14

 朝の足取りは重たかった。インフルエンザにかかった時みたいに、頭も痛くて全ての音が反響して脳を揺らしてくる。学校を休もうかとも思ったが、今日学校に行けなかったら、恐らく一生ずるずる学校に行きたくなくなってしまう気がした。​​


 石井は授業中も休み時間も、そっぽを向いて、私の方を一切見ようとしなかった。私は話しかけるわ勇気が出ずに、そのままずるずると放課後まで残ってしまった。



 4時40分。石井と私だけが教室に残っていた。

 7限目の授業が終わってから、石井はぼおっと窓の外を見ていた。部活に行こうとも、帰ろうともしない。その時季を見計らって、私は声を絞り出した。


「何だよ」


 石井の声には昨日の怒りは感じられない。しかし、石井と二人きりの空間が、妙に重苦しく感じられる。こんな空気を感じた事は今までなかったのに。


「昨日の事なんだけど、ごめん」


 私はスカートの裾を無意識のうちに握りしめていた。石井は相変わらず無言でこちらを見つめている。



 私が続いて、口を開こうとしたその時だった。

 ――鞄がいつになく震えている。まるで地震が起きているかのようだ。


 私は急いで鞄のチャックを開ける。そこには佐伯さんと宮本さん、二人の姿があった。


「すみません。今しばらくお話できませんか」


 佐伯さんが焦ったように、紙を見せてくる。文字の縁が雨に濡れたかのように滲んでいた。石井は驚いた様子でこちらに駆け寄って来る。


「僕が子供でした 僕は石井君に嫉妬していた」


 あまりに意外だった彼の一文が私の目に飛び込んでくる。私は固まったまま、思わず、石井と佐伯さんを交互に見た。


「二人とも、昨日は僕が勝手に不機嫌になってしまって、話を切り上げてしまってごめんなさい。もっと思慮深く在るべきでした」


「先ずは石井君とお話ししたい事があります その後美咲さんに 少し時間をいただけませんか」


 石井が外に出ろ、と目配せをしてくる。こんな時まで、石井は偉そうだ。

 それに少しむっとしながら、荷物を持って、廊下に出た。ひんやりした空気が心地よい。

――佐伯さんが話したい事って何だろう――数学の問題が解けない時のような、すっきりとしない感じが私を包んだ。

 教室からボールペンと紙が擦れる音がする。

はその音に耳を傾けながら、単語帳を開いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る