11

 謙一さんが鏡を伏せた後、鏡は真っ暗になって、何も映らなくなった。

 同時に、石井が乱暴に荷物を持って廊下に飛び出した。


「石井、待って」


 慌てて荷物をまとめ、私は石井の後を追いかける。夕暮れの光が窓から差し込み、廊下に長い影を落としていた。


「急にどうしたの?」




「お前、鈍いんだよ」


 石井の声色は、これ程に無いほど威圧的で、それから低くくぐもっていた。

 同じくらいの背丈のはずなのに、石井の姿が何だかずっと大きく見える。


「どういうこと」


「あいつの目、見てないのかよ。あいつは熱心にお前のこと見てるのに、お前は観察対象、って感じでしか見てねえじゃん。謙一のこと」


「観察対象って、そんな事ないよ」


石井は私のはっきりとした言葉を聞くと、まるでコーヒー豆を奥歯で潰したかのような表情で私を睨んだ。


「お前、近くの人間の事も何も分かってない。謙一のことも、全部、分かってないんだよ」


 佐伯さんのことがあった今、石井の言葉があまりにも大きく響き過ぎた。

 どの口が言ってるんだ。

 私は、強い語気で言葉が飛び出してくるのを抑えることが出来なかった。



「もういいよ。最初から、無理に付き合ってもらうつもりなんてなかったし」


 しまった、と思ったがもう遅かった。石井は顔を真っ赤にして、それからずり落ちた鞄を背負い直して、大声で言い放った。


「あっそう」


 石井はそれだけ言うと、再び足早に歩き出した。


 彼の足音が校舎の廊下に響き、やがて消えていく。どうしようもない孤独感が押し寄せてきた。


 教室に戻る。鉄製ロボットを動かすかのように、自分の体を引きずりながら、石井の言葉を反芻する。

 ニブイ。ザンコク。頭の中でぐるぐると蓄音機のレコードのように、同じフレーズを繰り返して、それが何度も何度も、繰り返し私を刺す。

 何だそれ。わけがわからない。石井のくせに。


 私は、靴のかかとを無意識に踏み潰した。

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