11
謙一さんが鏡を伏せた後、鏡は真っ暗になって、何も映らなくなった。
同時に、石井が乱暴に荷物を持って廊下に飛び出した。
「石井、待って」
慌てて荷物をまとめ、私は石井の後を追いかける。夕暮れの光が窓から差し込み、廊下に長い影を落としていた。
「急にどうしたの?」
「お前、鈍いんだよ」
石井の声色は、これ程に無いほど威圧的で、それから低くくぐもっていた。
同じくらいの背丈のはずなのに、石井の姿が何だかずっと大きく見える。
「どういうこと」
「あいつの目、見てないのかよ。あいつは熱心にお前のこと見てるのに、お前は観察対象、って感じでしか見てねえじゃん。謙一のこと」
「観察対象って、そんな事ないよ」
石井は私のはっきりとした言葉を聞くと、まるでコーヒー豆を奥歯で潰したかのような表情で私を睨んだ。
「お前、近くの人間の事も何も分かってない。謙一のことも、全部、分かってないんだよ」
佐伯さんのことがあった今、石井の言葉があまりにも大きく響き過ぎた。
どの口が言ってるんだ。
私は、強い語気で言葉が飛び出してくるのを抑えることが出来なかった。
*
「もういいよ。最初から、無理に付き合ってもらうつもりなんてなかったし」
しまった、と思ったがもう遅かった。石井は顔を真っ赤にして、それからずり落ちた鞄を背負い直して、大声で言い放った。
「あっそう」
石井はそれだけ言うと、再び足早に歩き出した。
彼の足音が校舎の廊下に響き、やがて消えていく。どうしようもない孤独感が押し寄せてきた。
教室に戻る。鉄製ロボットを動かすかのように、自分の体を引きずりながら、石井の言葉を反芻する。
ニブイ。ザンコク。頭の中でぐるぐると蓄音機のレコードのように、同じフレーズを繰り返して、それが何度も何度も、繰り返し私を刺す。
何だそれ。わけがわからない。石井のくせに。
私は、靴のかかとを無意識に踏み潰した。
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