大正九年 十一月十五日 晴天


 私達は幾度か、鏡を介して彼らと言葉を交わした。彼等の質問は実に様々で、彼らの思いつく全ての事について詳細に、好奇の眼差しを向けて来た。

 お返しに、彼らは板状の機械を用いて沢山の写真を見せてくれた。

 我々の時代の写真機では白黒でしか写せないが、彼らが撮ったものは着色されていて、本物の人間や風景が直接閉じ込められているような気さえして来た。


 私は愉快であった。未来の事を知るのは、授業の何倍も面白かったが、同時に、謙一が段々美咲に夢中になって行くのを、私は見ていた。



 今日の帰り道も、謙一は奇妙であった。

 私達は偶然、河川敷で少年らが楽しそうに野球をして居るのを見つけて、足を止めて眺めていた。


「好いねぇ、元気な子ども達と云うのは、未来永劫大事にして行くべきだ」


 私がそう呟くと、謙一は爺さんじみた事を言うな、と軽く笑って、それからまた少年達の方に向き直った。彼らの潔い髪の毛を見ていると、石井君の姿が自然と浮かんで来る。


「そう云えば、八月に甲子園大運動場が出来たばかりだったね。まだ出来たばかりだけど、美咲達の暮らす時代にも残っていて欲しいな」


 謙一がそう呟く。夕暮れに照らされた其の顔も何処か上気していたように思う。


「石井君は、わりと真面目にやれば、大会出るくらいは出来そうなものだけれどね」



 私が石井君の事を切り出した途端に、彼は睨みつけるようにして此方を見た。


「石井君はね、まじめにやれば好いのに、まじめにやらないから、いけないんだよ。全ての点に於いては、僕の方がずっと、まじめだと思う」


 彼はそう言ってまた河川敷を眺めた。

 声色が何だか普段より堅くて、いつもの謙一では無いように感じたが、それを指摘してもどうにもならないと解っていた。私は静かに、謙一の隣で彼の様子を傍観しているだけだった。


 謙一の様子が日に日に変わっていくのを、私は静かに、憂慮の念を抱きながら見守っていた。彼らとの交流が、謙一にどのような影響を及ぼしているかは一目瞭然であろう。


 ただ一つ、根本的に変らないのは、彼がまじめであると云うことだ。


 彼はきっと恋に対してもまじめなのだ。


 まじめなのは、良いことだ。


 しかし、彼のその性分が時に災いを招く、こともあり得るのではないかと、私は危惧していた。

 彼の友として、彼の恋は応援してやりたい。然し、道が険しく厳しいものであることを、彼はまだ知らない。


 まじめで正直である者ほど、恋でも社会でも苦しむのだ。

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