8
デジタル時計は六時十五分を指している。私は布団から抜け出して、壁にかけていた制服と鞄を手に取る。中にはあの、不思議な鏡が、そっと収まっている。
通学路は、いつもより静かだった。途中まで曇り空だったが、家を出てしばらく歩くと、細かな雨粒が降ってきた。
天気予報から外れた雨ほど、嫌いなものはない。まるで誰かが巨大な綿を引き裂いて、そこから水が漏れ出したような感じに雨が降り注ぎ始める。
*
駅には着いたものの、道中、車の水飛沫で服が少し汚れてしまったし、足先が湿っていて気持が悪い。
少しどんより気分で歩いていくと、構内の、階段を降りて目の前のベンチに、石井がずぶ濡れでベンチに座って、タオルで忙しなく頭を拭いていた。
私が居る事に気付くと、彼はきまり悪そうな表情で私を見た。何となく横に腰掛ける。
「傘、忘れちまってさ。天気予報は、晴れって言ってたのに」
そう言って石井はズボンやシャツを摘んで浮かせてぱたぱたと動かす。私は石井に追加のタオルを手渡して、黙って彼の横顔を眺めていた。
*
電車に乗っている間も窓を斜めに雨が走っていく。
私は建前で単語帳を開きながらも、頭をいっぱいにしていたのはやはりあの鏡のことだった。
彼らは本当に大正時代の人間なのだろうか。本当はとても古き良き文化を大切にするしきたりの高校に通っている同年代なのかもしれない。
今時、袴にマントで学生帽を被って登校なんて、コスプレでもあるまいし、そんな高校なんてあるのだろうか。疑問は増えるばかりだった。
*
電車が駅に到着し、私は深い息を吐きながら席を立った。降りた先のホームは、雨に濡れて滑りやすい。通行する人々もどこか急ぎ足だ。
「ごめん、傘に入れてくんねぇ」
駅の南口を出たところで、石井が申し訳なさそうに言った。
「仕方ないなあ」
無視するわけにもいかないので、私は仕方なく彼を隣に入れてあげた。
「これくらい持つよ」
「いいよ、別に」
「入れてもらってんのに、何もしない訳には行かないだろ」
石井は私の手から傘を取って、持ち手を高いく掲げた。時々不器用に左に傾いた傘の雨粒がこぼれてくる。
私の傘では、二人が入るには少し狭かった。車のランプと街灯の明かりが、雨に濡れた舗道に広がって、水たまりが私の足元を更に濡らしていく。
校舎の下、石井は傘を開いたり閉じたりした後、私に傘を渡した。彼の肩が少し濡れて、シャツが透けて張り付いているのに気がついた。
「その、あんがとな。それじゃ、俺、朝練行くから」
私はそのまま、彼の姿が体育館へと消えていくのを見送った。
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