――そこに映ったのは、我々無粋な男二人には全くもって疎遠な、可憐な女子だった。


 艶やかな黒い髪が肩まで長く伸びて、白い肌によく映える。硝子玉の如き美しき眼にかかる長い睫毛が瞬いて、凝と此方を見つめる女子であった。


 彼女は狐につままれたかの様な表情をしていた。きっと我々も同じ様な表情をしていたに違い無い。


 彼女の背後を見ると、黒板らしきものが在るので、直ぐに彼女が居る場所が学舎だと解った。

部屋に日が照りつけて、彼女の顔が反射光で微かに白んでいた。


「君にも見えるか」


 謙一は茫然自失としていた。その中に映る女子の姿に、彼の目が釘付けとなって居るのを、私は見逃さ無かった。

 鏡に映る女子が、鯉の様に口を動かすのが見える。されど、音声は聞こえない。まるで無声映画の様だ。我々も応じて声を発するも、相手には届か無い。


 そうして我々が慌てて居ると、先生の低くよく響く声が廊下から聞こえた。


「おうい、片付けは進んでいるか」


 謙一が威勢よく返事をしつつ、我々は急いで鏡を背後の箱に隠した。


 先生は燦々と輝く太陽のように微笑みながら部屋に入って、入口の方に動かしてあった軽い木箱の一つを持ち上げるとスタコラと退散して行った。

 先生は給金以上の仕事をやりたがらない人だと噂には聞いていたが、その薄ぺらな笑みを貼り付けて出ていく様子には、些か反感を覚えた。


 先生が退出された後、我々は再び、急いで鏡を取り出した。ところが、先ほどの少女の姿は見えず、ただ我々の顔が映るのみだった。


 ――一体全体何だったのだと、我々は互いに顔を見せ交わした。

 此の手鏡が、最近の発明品で、そういう風景が見えるものなのか、はたまた、妖怪か何かの所業なのか。


我々は唖然として、暫くその場に佇んで居た。そして、不気味だという風に、我々は鏡を慎重にくるみ直し、再び箱に収めた。


「暫くこの事は他言無用としないか。先生の私物かも知れないし此処に置いておこう」


 謙一の言葉に、私は深く頷いた。

 帰り道も、我々は朧に、この不思議な出来事について考えていたので、二人して馬車に轢かれそうになったり、犬に吠えられたり、溝に足を突っ込みそうになって散々な日だった。


 此れを機に、日記を兼ねて文学と云う物をしたためてみようと思う。

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