第六話 瑠希の危機

 翌日。

 俺は自宅のアパート近くのカフェで朝食をとっていた。

 外壁も内壁も白を基調とした落ち着いた雰囲気のカフェだ。

 カウンター席に腰を下ろして、注文したサンドイッチを口に運ぶ。

 プレートの上にはサンドイッチ以外にもポテトサラダやソーセージ、サラダなんかも付いている。

 最近偏食になりがちなので、単品ではなく思いきってプレートを注文した。

 友人からはもっと栄養のあるものを食え、と前から言われていたことも大きい。

 

 俺が辺りを見回すと、先ほどよりも店内の席が埋まっていた。

 老若男女がそれぞれ食事や会話を楽しんでいる。


 意識していなくても聞こえてくる彼らの話を聞きながら、黙々と食べ進めた。


 ♦


 朝食を終えて自宅に向かっていた時、背後から声をかけられた。

 振り返った先にいたのは、子どもの頃からの友人である映一えいいちだ。

 

 「晴玖はく、おはよ。珍しいな、こんな時間に会うなんて」


 「ああ、たまには外で朝飯食おうと思ってさ。さっき近くのカフェに行って来た」


 晴玖は俺の本名だ。俺が答えると、映一は更に続けた。


 「もしかしてラ・ルースってカフェか? いいよな、あそこ。結構寛げるし、どのメニューもうまいし」


 その時、悲鳴が聞こえた。女の子の声だ。

 映一と俺は声のした方に慌てて向かう。

 向かった先にいたのは、セーラー服を着た瑠希るきと少し距離を開けて立つ若い男の姿。

 

 (ん? あいつは……)


 男の方にも見覚えがあった。

 日曜礼拝に行く途中で俺に声をかけてきた若い男だ。

 金髪の髪も黒のサングラスも、この前見た時と変わらない。

 瑠希が後退あとずさるたびに男も一歩また一歩と距離を詰めていく。

 俺は急いで彼女と男の間に入った。

 

 「どうしてここに……」


 背後にいる瑠希は呆然と呟いた。

 俺は顔だけを彼女に向けたまま言った。


 「朝飯の帰りにこの近くを歩いてたら悲鳴が聞こえたから。何かと思ってさ。それより、怪我はないか?」


 瑠希がこくりと頷く。

 俺も頷いた後、顔を前に戻した。

 目の前にいる男の後ろには三人のお仲間が同じよに、光を失ったくらい目のまま突っ立っている。

 その瞬間、強風が吹き荒れているような音と蛍光灯が点滅している時の不規則な音が聞こえてきた。


 「晴玖、そいつら『音』に当てられてるぞ!」


 映一が俺に向かって叫んだ。

 彼が右手で持っている細長い端末からは、画像らしきものが出現している。サーモグラフィーの画像みたいだ。

 人のシルエットが六体見える。瑠希と俺と思われる二体は全体的に緑色に染まっているのに対して、残りの四体は赤く染まっていた。


 「ああ、分かってるよ」


 俺は短く答えると、顔を前に戻して瑠希の名前を呼んだ。


 「俺から離れて」


 すると、すかさず映一も、


 「瑠希ちゃん、こっちに来て!」


 彼女は言われた通り、俺から離れた。駆け足で映一の元へ向かうのを横目で確認した後、若い男が俺に向かってきた。


 「危ないっ!」


 瑠希の叫ぶ声が聞こえた。


 俺は男の腹部目掛けて手の平を押し付ける。次の瞬間、緑色の光がバチバチというけたたましい音を響かせた。

 それを数秒続けると、男の目に光が宿るのを奴のサングラス越しに確認した。『音』が霧散した合図だ。

 自分の手を離すと、俺はそのまま残りの三人にも同じように手の平を当てて『音』に当てられた状態から通常の状態に戻していった。

三人とも目に光が戻っている。


 「すごい、赤かった部分がみんな緑色になってる!」


 瑠希が信じられないといった表情で、浮かび上がっている画像を見なが声を上げる。

 

 「こんな風に緑色になれば、もう大丈夫。逆に赤い状態だと、さっきみたいに危険なんだよ。俺たちはこの状態をって呼んでる」


 俺がその場を離れようとした時、サングラスの男が振り返って言った。

 

 「よお、クラウディじゃねえか」


 「ああ、おはよ。早く帰って寝な」


 「どういう意味だよ?」と、文句を言うのを背中で聞きながら、二人の方へ歩いて行く。


 「ひとまずこれで解決だな」


 「ああ、こっちもデータ取れたよ。後で分析してみる」


 「瑠希ちゃん、そろそろ学校行かないと遅刻するよ?」


 何か言いたそうにしている彼女に俺が声をかけると、はっと思い出したように「あっ」と、呟いた。

 

 「あの、助けてくれてありがとうございました」


 それから、何度も失礼なことばかり言ってごめんなさい、とも。


 「無事でよかった。俺の方こそ不真面目な奴でごめんな?」


 瑠希は首を横に振った。

 それから、軽く頭を下げて学校に向かって歩いて行った。


 

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