第四話 心が休まる瞬間

 目の前に立つ女性の牧師は、黒色の修道服に身を包み、背中まで伸びた長髪は黒くて艶がある。笑みを浮かべ、優しげな目元で俺を見つめている。

 

 「おはようございます。すいません、遅れてしまって」


 俺は立ち上がると、軽く頭を下げた。

 日曜礼拝に遅れてやって来たことを詫びると、


 「とんでもない。来てくれて嬉しいわ」


 垂れ目がちの大きな瞳を細めてそう言った。彼女の穏やかな笑顔に思わず俺も笑みを浮かべる。俺が小さく頷くと、再び彼女が尋ねた。


 「前に、ひどい騒音が聞こえる現象に悩んでいるとおっしゃっていたけれど、最近はどうかしら?」


 「相変わらず響いてますよ。今日の夜中とここに来る時も。ですが、ここに着くとそれが止むんです。まるで最初からなかったみたいに、無音になる」


 俺がそう答えると、彼女は目を丸くした。形の良い小さな唇を少し開けたまま、驚いた表情で俺を見上げている。

 だが、すぐに笑顔を作ると、


 「そうでしたか。それなら良かったわ。ここがあなたにとって救いの場になっているのであれば」

 

 「はい」


 牧師とこうして話している時間が一番心が休まる。不安も苛立ちも全くと言っていいほど感じない。

 

 「俺はそろそろ帰ります。他の信徒さんが待っているようですし。それに、今度は第二礼拝があるでしょう?」


 俺がそう言うと、牧師がちらっと背後に目をやった。

 少し離れたところから姉妹と思われる若い女性がこちらを見ている。

 牧師は俺に顔を戻すと、


 「ええ。クラウディくん、遠慮せずにいつでも来てちょうだいね?」


 そう言ってまた微笑んだ。


 「はい、ありがとうございます。それじゃあ」


 俺は軽く頭を下げて礼拝堂を出た。

 そのまま廊下をまっすぐ進んで教会を出る。

 顔を上げると、先ほどよりも雲が厚く感じるのは気のせいか。

 そんなことを考えていた時、急に片腕を掴まれた。


 驚いて振り返ると十三、四歳くらいのボブヘアの少女が真顔で俺を見上げている。

 いや、にらんでいる。

 

 「さっきの見ていましたよ?」


 「見てた? 何をだ?」


 「あなたが牧師先生と話しているところです。いいからこっちに来てください!」


 少女はきつい口調でそう言うと、俺の腕を掴んだまま外に出た。

 連れていかれたのは人気の少ない建物の裏だ。

 俺の腕から手を離した少女は自分の腰に手を当てて、また俺を睨み付けてこう言った。

 

 「どうしてあなたがここにいるんです?」


 「どうしてって、今日は日曜だろ? 礼拝に来たんだよ」


 「嘘つかないで。あなた、信仰心なんてないでしょう? ずっと牧師先生のことばっかり見ていましたよ?」


 俺は内心ドキリとする。

 まさか、ずっと見られてたのか?

 俺は適当に愛想笑いを浮かべた。


 「あー、確かに他の信徒たちに比べると信仰心は低いかもしれないな。先生を見つめていたことも認めるよ。だからさ、そんなに怒らないでくれよ、瑠希るきちゃん?」


 目の前の少女、瑠希はまだむすっとしたままだ。

 最初にこの教会を訪れた時から、この少女は俺のことを良く思っていなかった。

 俺に信仰心がないことも、牧師に会いたいがためにここに通っていることもお見通しだ。

 それに、突然聞こえる謎の騒音の現象に悩んでいることも嘘っぱちだと思っている。


 「私を子どもみたいに扱わないでください。いいですか、くれぐれも変なことを考えないでくださいね?」


 眉間にシワまで寄せて、そんなことを言う。

 いや、そもそもまだ子どもだろ?


 「ああ、分かったよ」


 「本当に?」


 「ああ、もちろん」


「それなら結構です。どうぞお帰りください」


 ふいっと顔をらして、そんなことを口にした。

 てっきり、もっときつく問い詰められると思ったのに。

 瑠希はさっさと帰れとでも言うように、無言の圧力をかけてくる。


 こうして俺は少女の詰問きつもんから解放された。


 

 

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