第二話 向かう先は

 また目を覚ました。

 辺りを見回すと、夜中の時と比べていくらか部屋が明るくなっていることに気付く。


 「朝か……」


 それだけ呟いて、体を起こした。

 壁にかかった時計を見れば、時刻は午前八時を少し過ぎている。

 今日は日曜日だったはず。


 俺はベッドから降りるとすぐ傍のテーブルに置いてあった煙草の箱を手に取り、一本抜き取った。口にくわえて火を付ける。

 煙草を咥えたまま、台所へ向かった。

 ポットでお湯を沸かして、昨日買っておいた食パン二枚を取り出してトースターに突っ込む。

 洗顔をすませて戻ってくるとパンも焼けて、ポットの中身もそれなりの温度に変わっていた。


 パンを皿に移して、冷蔵庫からバターを取り出す。パンに塗った後は、棚からカップを取り出した。

 数種類あるドリップコーヒーの袋を一つ掴んで中を開け、カップの上に設置する。その上からお湯を注いだ瞬間、香ばしい良い香りが広がった。

 パンが乗った皿とコーヒーが入ったカップを持ってリビングに移動する。

テーブルに皿とカップを置き椅子に座ってパンをかじった後、カップに口を付ける。熱い液体が少し冷えていた体を温め、まだぼんやりとしていた頭を覚醒させていく。


 黙々と食べ進めて十分ほどで食べ終えると、残りのコーヒーを飲み干した。

 時計に目をやれば時刻は八時四十五分。

 礼拝は九時から始まるから急げば十分間に合うが、最悪時間が過ぎても大丈夫だろう。

 多少遅れたところであの女性ひとは咎めたりしない。


 皿とカップを持って台所へ向かう。持っていたそれらをシンクに置いて適当に水で浸しておく。

 歯磨きと着替えをすませて外に出ると、秋の風が俺の頬を撫でた。

 扉を閉めて鍵をかけ、アパートの階段に向かう。

 階段を降りて外に出るまで、住人とは誰ともすれ違わなかった。

 朝の空を見上げると、やはり厚い雲に覆われている。

 

 (この町はいつも曇ってるな……)


 そんなことを思っていると、また騒音が聞こえてきた。

 今度は警告音に似た嫌な音が不快に鳴り続ける。


 俺は空を見るのをやめて顔を前に戻した。

 目の前にいるのは騒ぎ疲れて路上で眠る数人の若い男たちや朝っぱらから酒をあおる中年の男。それに加えて音楽が流れている訳でもないのに、複数の男女が歌ったり踊ったりしている異様な光景。


 次の瞬間、また鳴り響く音が酷くなった。あきらかに音が増えている。電子音のような音に加えて、テレビの砂嵐のような音まで混じり、より不快感を倍増させる。

 顔をしかめながら歩いていると、踊っていた連中の一人が俺に気付いて声をかけた。

 

 「よお、じゃねぇか!」


 クラウディはもちろん本名じゃない。俺のあだ名だ。


 金髪の短い髪を立たせた、褐色の肌の体格の良い若い男。俺よりも三つ、四つは若いと思う。

 名前までは知らない。

 そいつはニヤニヤと笑みを浮かべて、俺に近付いて来た。

 口元だけでなく目も一緒に笑っているのが、かけたサングラス越しでも分かる。


 「これから教会に行くのか?」


 「そうだけど?」


 「もしかして、お祈りか?」


 お祈り、という単語を聞いた途端、周りにいたお仲間たちも笑みを浮かべるのが見えた。


 「礼拝だよ、日曜だからな。それがどうかしたか?」


 目の前の男をにらみ付けたが、男は気にした風もない。そのまま続けた。


 「いいや、全然。まあ、せいぜい音のない静かな生活が送れますようにってお祈りして来るんだな」


 男がそう言うと、周りにいた男女が一斉に声を上げて笑った。

 鳴り響く騒音と相まって、苛立ちが増していく。

 何も返さずに、男たちに背を向けて歩き出す。

 急ぎ足で教会へ向かった。

 

 

 

 

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