クラウディの騒々しい世界に祈りは届くか

野沢 響

第一話 真夜中に目を覚ませば

 俺の目の前にいる男は、どうやららしい。

 その証拠に男の目には光が宿っていないんだ。

 ただくらい目で宙を見ている。

 もしかしたら、本当は何も見ていないのかもしれない。

 まるで焦点が合っていないんだから。


 俺は目の前の男にゆっくり近付いていく。

 そして、奴の腹部に自分の手の平を押し当てた。

 次の瞬間、緑色の光が見えてバチッと短い音を立てた。

 当てられた『音』はこれで霧散したはずだ。

 

 俺がその男の顔を見ると、昏かった目に光が戻っている。

 まばたきして、不思議そうな顔で空を仰いだりして。

 まるで何が起きたのか分からないって感じだ。

 俺は目の前の男と視線が合う前に、その場を通りすぎた。

 顔を上げると、厚い黒い雲が空を覆っていて――。


 

 俺はそこで目を覚ました。

 最近、夢を見ることが多い。昨日は子どもの頃の夢だった。死んだ母親はあの頃、まだ生きていた。


 ため息をいて、側に置いてある目覚まし時計に目をやれば、時刻は午前二時十五分。

 夜中に目が覚めるのが習慣になっているようだ。

 こうなるとなかなか寝付けない。


 俺はベッドから起き上がって、寝室とベランダを隔てる窓を開けた。

 開けた瞬間、冷たい風が入り込んできたが、気にすることなくベランダに出て辺りを見回した。

 無意識であの女性ひとのいる教会を探している。

 俺が唯一、どころにしている場所だ。

 当然、真夜中なので明かりは付いていない。


 今度は明かりの付いている箇所に目線を移してみる。

 イカれた連中はまだ起きているらしい。

 いつものことだ、と心の中で呟いた時、急にやかましい音が聞こえてきた。

 金属が鳴るような音と電子音のような音が混ざった高い音は耳障り以外の何ものでもない。


 この町は音で溢れている。静寂とは無縁の世界だ。

 なんでもこの町の住人たちは『音』に依存している。

 聞こえる音は一人ひとり違うため、全員が同じように聞こえるわけじゃない。

 周りの連中にとってみれば心地よい音も、俺にとってはただの騒音だ。

 ひどい時は頭が割れそうになる。

 連中が昼夜問わず騒いでいる音も混じるからだ。そうでなくても、謎の金属音や電子音なんかが毎回俺を悩ませる。

 俺は舌打ちをして、顔を上げた。

 見上げた夜空は今日も厚い雲に覆われていて、星空は拝めそうにない。

 最後に快晴を見たのは何時だっただろう。


 俺は背を向けると寝室に戻り、テーブルに置いてあった煙草の箱に手を伸ばした。

 一本取り出して、愛用しているジッポで火を付ける。

 煙を深く吸ってゆっくりと吐き出しながら、ぼんやりと外の景色を眺めた。

 まだ騒音が聞こえるが、さきほどと比べて幾分かはマシになった。

 音量が小さくなっていたから。




 

 

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