彼女の夫

烏目浩輔

彼女の夫

「わたしのおっとは心配性なんです……」

 早川さんはそう言ったあと、苦笑いしながら続けた。

「ちょっと過剰なくらいに……」


 今年で二十九歳になるという彼女は、業務用食器を取り扱う企業で、一般事務の仕事に就いているそうだ。月末月初がらみの約六日間は仕事が立てこみ、連日に渡って残業することも珍しくないという。

 その多忙な六日間を乗り越えた早川さんは、休日の昼さがりに、自宅のリビングでうたた寝をしていた。昼食のあとにソファーにごろんと寝転ぶと、仕事の疲れと寝不足が溜まっていたせいで、そのままウトウトと眠りに落ちてしまった。

 しばらくウトウトしていた早川さんは、肩を揺すられて目を覚ました。

「こんなところで居眠りしていたら、風邪を引くぞ」

 半分寝ぼけたまま目を開けると、夫であるMさんの顔がすぐそこにあった。

 Mさんはまた早川さんの肩を揺すった。

「こんなところで居眠りしていたら、風邪を引くぞ」

 早川さんはノソノソと身体からだを起こした。

 すると、Mさんは忽然と姿を消していた。

 リビングを見まわしても誰の姿もなく、早川さんだけがそこにいたのだった。


「夫は二年前に病気で亡くなったんです。でも、亡くなってからも、私を心配してときどき現れてくれます。本当に心配性ですよね……」

 早川さんはそう言ってから、どこか嬉しそうに微笑んだ。


 しかし、Mさんは今も生きている。

 生きてはいるが、早川さんとは二年前に離婚した。

 にもかかわらず、なぜ、早川さんは「離婚」ではなく「死んだ」と口にするのか。

 早川さんの両親や友人は、彼女の話に困惑している。


     (了)


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