第52話 先を見る
僕もみんなと一緒に浜辺から海に入っていって僕でも確実に倒すことが出来るような魚を殺して、仲間と背中を合わせて笑い合いながら狩りをしたかったのに……
エレーファもミライムさんもいる。
僕にだってエレーファたち以外にも友達はいる。
身分の違いで敬語で話してくるが、それでもなかなかに遠慮のないことを言うようなやつとか。
僕の顔に惚れてのこのこと後を追いかけてくるやつとか。
なぜか僕の周りには口調がきつかったり、態度が僕に対しても大きいやつとか、変な奴が多いが基本的には根のいい奴らだ。
あいつらと一緒に戦うことが出来たら楽しかっただろうな……
それにミライムさん。
ミライムさんが戦てる姿なんて見たことが無いが、立ち振る舞いから察するに僕には及ばないものの基本的な動きくらいなら出来ると思う。
ミライムさんが危ない時は守って、僕が危ない時は守ってもらって――
そんな憧れが無かったというわけではない。
僕は昔すごく嫌味な子供だったらしい。
今ではこのルックスに馴染みやすい言動に気軽に話しかけることが出来る穏和な雰囲気を纏っているが、昔の僕は子供にして大人をメロメロにする顔を持っていながらそれを上回る程に話しかけられても自分に用事がないと無視をして、邪魔な人は蹴飛ばし恩を受けてもさも当然のことのようにふるまってみるものを威圧するようなそんな雰囲気を醸し出していた。
正直僕にとって人とは菌だった。
全身に細菌をつけてしゃべるたびに汚いものを僕に向かって吐き出すゴミ。
関わり合うことすら嫌だった。
それでも最低限接するようにしていたのは僕自身にも菌が付着していただからだろうか?
それでも僕についている菌の数は一般的な人に比べて十分の一ほどで僕は世界一清潔な人間だと認識していた。
父上にも母上にも同じような態度をとっており何度叱られても一向に改善される様子がなく諦めるようになった。
そんな両親の反応を見て周りの人たちも僕の態度を当然のように感じるようになり、さらにその態度が大きくなったというわけではないが、偉そうな態度で五歳の誕生日を迎えた。
僕自身ボルベルク家の長男というものがどれほど強大な地位だということははっきりとは分かっていなかった。
それでも肌でどれほど偉いものなのかは感じていたし、たとえ偉い地位に生まれることが無くても僕にはこのルックスがある。
おそらくどんな環境で育っても僕の性格は変わらなかっただろう。
その時の僕としてはそれで全く問題なかったし、やっていけた。
それでも自分の才能だけで物事をうまくいかせることが出来ない出来事に遭遇するのは意外と早くのことだった。
僕の五歳の時の誕生日のことだった。
五歳になったということで僕もついに社交界デビューが決定した。
それに伴い僕は大勢の人の前にさらされることとなったのだが、ここでこれまでの人生では考えられなかったような人に出会う。
事前に父上からいくら僕より身分が低い人が相手だとしても敵対意識を持たれることはあまりよろしいことではないので表面上だけでも相手に敬意をもって接するように口酸っぱく言われていたので一応僕も文句を言われない程度にキチンと接してあげた。
殆どの人が大人を含めて僕を格上の存在として扱ってきてそのしらじらしさに居心地悪く感じながらも誰もが気を遣う僕という存在に少しだけ自惚れていた。
そんな自惚れの一切を取り除き――むしろ僕なんて……と卑屈にさせられるほどの美しさ。
僕は生まれて初めて体に菌を付着させていない人を見た。
服や貴金属品、身に着けているものを含めて微生物一つ存在してなかった。
これは僕にとってまるで日帰り旅行に行き、帰ってくると街がきれいさっぱりなくなってしまったときのような衝撃だった。
これまで信じてきたことが根底から覆されるような感じ。
そしてさらにその程度のことどうでもいいと思えてくるほどの美貌。
その当時は美貌というには幼すぎる顔だったが、当時人を汚いだけの生命体だと思っていた僕は初めてこの人と一緒に居たいと思った。
それがミライムさんとの最初の出会いだった。
有体に言うと一目惚れだった。
もちろん僕も顔には強い自信がある。
フリーズしたのは一瞬のことですぐにいつも通りの態度に持ち直したのだが――
いくら僕の方から話しかけてもミライムさんは最低限の返事をするだけで、僕が話したりする女の子たちとは違ってそこから必死に話を広げようとすることはなかった。
話していたら勝手に話を広げられて、その話にあまり興味が持てなくてまともに相手にしてなかった僕には話の広げ方というものが分からなかった。
「ミライムさんの領地ではどのようなことが流行っていますか?」と何とか絞り出した質問も「未成年飲酒」とよく分からないことを答えられたりして何とも言えない空気になった。
表面上は普段通りになるように意識しながら話していたが、王やっても会話が思い通りに進まず内心、込み上げてくる焦りに吐き気が催してきた。
それで僕はこれまで接してきた人たちがどれほど僕のことを想って会話をしてきたのかを知った。
これまではそれくらい当然だと思っていたし、気を使われる存在であるということに誇りを持っていた。
だが、一度初めて人に気を遣うということをしてどれほどつらいことなのかを知った。
人に気を遣うとはまるで自分の身を削っているかのようでストレスだけが溜まっていく。
それでもうまく相手にされなかったなんてその相手をぶん殴ってやりたくなる。
普通の人を相手にしたらこう思っていたかもしれないが、相手は僕が一目ぼれした相手。
むしろ好きな相手ならもっと気を使いたい、もっと自分自身を捧げたいと思うようになる。
でも、相手に気を使う方法が分からないし、どういったことを話したらいいのかもわからない。
そこから僕は変わった。
それと同時に誕生日プレゼントとして今僕が着けている眼鏡を貰って不可視の呪いで菌を見ないで済むようになったのも理由の一つかもしれないけど人の目を見て話すことが出来るようになった。
片手間で相手をしていた時は本当に面倒でしょうがなかった会話や一緒に行動したりすることは本気で相手をすると何気ない会話から様々な知識を取り入れることができ、一緒に行動することで自分の動きのどういったところが悪いのかが分かったり、作業の効率がびっくりするほど上がった。
僕は人から話しかけられることに事欠かない立場でどのように対応すれば相手が気持ちよく話すことが出来るかをすぐに感覚で掴むことが出来るようになった。
一年もすると誰に対しても優しく微笑みながら接する穏和な男の子へと変貌を遂げてそれまでの僕との違いに出会う人出会う人みんなが「どうした!」と目で聞いているのを感じたが、見覚えのないこの人たちは僕にどういう気持ちでこれまで話しかけてきたのだろうか?
社交界デビューした後からはお互いに公爵家の人間という縁もあり、ボルベルク家自体があまり政治に不干渉でいる立場であるので特に敵対しておらず結構な頻度で会うことが出来た。
会うたびに少しずつ成長していき、僕の視線を独占していくミライムさんは話す回数を重ねていくごとに少しずつ、ほんの少しずつ会話が広がりやすい返事を返してくれるようになってきた。
少しずつ身の上話もしてくれるようになっていくのにつれて指数関数的に僕の好意は登っていった。
もともと話に聞いていた情報も多かったのだが、少しずつ僕のことを信頼してきてくれているのだと感じることが出来てその嬉しさとともに僕の個人情報を垂れ流してしまったような気がしなくもないが、それはしょうがないことだと思う。
もしもミライムさんに会うことが無かったらどうなってたのだろうかと時々思う。
もしかしたらまた別のきっかけでこんな性格になってたのかもしれないし、なってないのかもしれない。
あのまま性格が変わってなかったらただでさえ最高位の人たちにいじめられているが、生意気だと言われてさらにきついいじめにあっていたかもしれない。
あの人たちは流石に僕を死なせたりするわけにはいかないから陰湿なものになっていただろう。
陰湿とはいえ、あの人たちは自分より強い人がいないから基本的に誰も逆らったりすることがない。
だから治療を遅らせたりするようなことしかしてこないかもしれない。
だけど僕はこれまで何度も訓練の中で死にかけたことがある。
その中には大量出血で本当に生死をさまよったことがある。
そんな陰湿な嫌がらせをされると僕は死んでしまっていたかもしれない。
そう考えるとミライムさんは僕の命の恩人だと考えてもいいのかもしれないが、流石にその程度のことで見殺しにしてしまうほど未熟者は流石にいないと思うから命の恩人は言い過ぎのような気もする。
それからもエレーファや僕を慕うたくさんの人に出会い、僕は一人でいるよりもたくさんの人に囲まれる今の状況を気に入っている。
だからミライムさんには特別な感謝をしている。
フラれてしまって正直悲しい。
それでもやっぱり僕はミライムさんのおかげで菌で満たされたこの世界にも奇麗で寸分の陰りのないものがあることを知ることが出来た。
やっぱり好き!
フラれてしまってもだからといってわざわざ嫌いになったり何とも思わなくならないといけないなんてそんなことはないはずだ。
僕は垂れ流しにしている魔力をいったんすべて遮断する。
「……『水中気息』」
一度感覚が狂ってしまえばもう一度最初からやり直した方がいいということを僕は知った。
だんだんと暗くなってきていた目の前が明るく色付き始める。
オオスジニべは僕が気を失う、もしくは僕が死んだ後にでも僕を食べようとしているのだろうか?
ある程度距離を離れたままじっと僕を見詰めている。
なら有難い。
落ち着いて魔力を高めることが出来る。
「エルメ『固位』彷徨遷移『恋悲心』!」
ゆっくりと目を開けると、これまでとは世界が変わって見えた。
水の抵抗もさっきとは比べ物にならないほど弱く感じるし、怪我でぐったりしている体も少し活力が湧いてきたようだ。
だが、それと同時に危機感も覚える。
これほど体に活力が湧いているのに普段通り動こうとしてくれない体がどれほどのダメージを受けているのかを鮮明に教えてくれている。
僕の先ほどとは違う雰囲気に疑問を抱いたのかオオスジニべが少しずつ速度を上げて近づいてくる。
正面からだんだんと寄ってくるオオスジニべが僕と三メートルほど近づいたとき――
「『跳砲!』」
急速潜行して腹びれの少し手前にある鰭めがけて突き進む。
今度は鰓だけ何てダサいことはせずにオオスジニべ本体を狙う。
「『初恋ブレイク』!」
技名とはいえ自分で言うと少しだけ、ほんの少しだけ悲しくなった。
貫く閃光と伝わる振動。
僕のこれまでの技の威力とは比べ物にならない破壊力のある攻撃は――
グゥギァハァァア!
これまでビクともさせることが出来なかった本体に情けない鳴き声をさせることが出来る程だった。
オオスジニべはその体を『つ』の字に曲げる。
そして一回転宙返りするようにして僕を尻尾で狙う。
矛で体をかばいはしたが、やはりオオスジニべの攻撃は重い!
何とかして耐えはしたものの手がしびれる。
油断していたはずなのにすぐさま反撃とは小さそうな脳みそなのになんて判断力だろうか……
僕とオオスジニべが体勢を整えたのはほぼ同時で、少しだけ離れたところで角から一つ一つ大きくしっかりとしたつくりの氷砲を作り出す。
僕にはこの状態で遠距離攻撃は使えないので何とかして距離を詰めようと足を動かす。
氷の出来がさっきよりも圧倒的に早い!
僕が足を動かそうとした隙に一つ、また一つと氷が出来てきてほんの少しの時間差で僕に向かってくる。
「うおおおおぉぉぉぉ!」
肋骨の骨が折れている状態で叫ぶと異常に胸が痛いが気持ちづくりは大切だ。
片足の跳砲は思ったように進まないし方向転換もうまくいかないそして疲れやすい。
それはいくら身体能力が高くなったとしても同じことで、特に小回りが利かなくなるのが大きい。
飛んでくる氷を一つ一つ全力をもって砕いていく。
それに並行して時々水刃が飛んでくる。
鰓と角で別々の攻撃が出来るのか、氷砲はゆっくりと来てくれるが威力が大きいので一つ一つ全力をもって対応しなければならない。
そして水刃の威力はそこまでで簡単に霧散させることが出来るが、一撃一撃のスピードが速い。
しかもそれが不規則にやってくるので。
「ウガァ!」
氷砲に気を取られていたところを水刃で攻撃され、足を切られる。
切り取られるまでいわないがなかなかに深くまで切られた足はそこから大量の血を漂わせ、さらにそこに力を込めることを不可能にする。
「『跳砲』!『跳砲』!『跳砲』!……なんで動かない!」
足を動かそうにも動かない。
それはオオスジニべが作り出す海流の影響を何の抵抗も出来ずに受けることを意味する。
そしてさらに迫りくる氷砲と水刃を何の支えもなく受けることとなり――
「クッソォォォォオオ!」
氷砲、水刃自体は何の問題もなく対処することが出来るが、対処するたびに僕とオオスジニべの殆ど追い詰めていた距離が再びすごい勢いで引き離されていく。
足は動かなくてもせめて足から衝撃波を放つことで抵抗するが、少し話される速度が遅くなっただけで影響は微々たるものだった。
「一度リセットだ……『初恋インパクト』!」
距離が離されていくにつれて到着するまでの時間が少しずつ長くなっていく。
その隙をつき、ピンク色の衝撃を矛から辺り一帯に放出する。
僕の残りの魔力をほとんど放出する勢いで出した衝撃は既に水中に漂っていた氷砲と水刃を霧散させ、さらに奥にいたオオスジニべまでを攻撃する。
ギエエエエエェェェェ!
オオスジニべの叫び声が僕の攻撃が聞いているのかどうかを丁寧に教えてくれる。
僕のこの攻撃の本領は内臓破壊にある。
眼から血を流し、口から血を垂らしている様子を見るとその本領がいかんなく発揮されたことが分かる。
いくつか鰓を切り取り、彷徨遷移を発動させた本気の矛を受けて内臓に損傷を与えた。
オオスジニべがいくら大きな生き物だとしてもこれで無事なはずがない。
僕の方が比べ物にならないくらい重傷を負っているとしてもそれでもまだやれる。
この勝負、必ず取る!
僕の攻撃を受けてオオスジニべはしばらくピクリとも動かなかったが、ビリビリと紫電纏いの音が僕にまで聞こえてくるほど色濃く強く纏い始める。
お互いに異なる生物ながらも殺し合った仲で理解しているのだろうか、この一撃で僕とオオスジニべの勝負、最後になると確信していた。
僕の残りの魔力を全て使い切る勢いではなくすべて底まで掬い取るようにしてすべて矛の集める。
オオスジニべを見詰めているとググッとためを作った瞬間、弓を放つような勢いで最初からトップスピードの突進がやってくる。
水を切り裂くようにして進むオオスジニべを僕は矛の遠心力を使いながら前方向に回転して勢いを作りつつ待ち構える。
僕とオオスジニべ、最初の衝突も似たようなものであれは僕が押し負けた。
それでも今の状況は何もかもが違う。
怪我の具合からエルメの解放具合、後のなさ。
僕は故きを越えて先を視る!
「『越故先視』!」
衝突の瞬間、オオスジニべと目が合ったような気がした。
僕の矛はオオスジニべの角と耳が痛くなるほどの金属音で接触して――
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