第51話 強い魔物
僕のインパクトブレイクがきれいに決まり、雑魚共を一掃して周りに小さくない隙間が出来たとはいえ、まだまだ危機は去ったとは言えない。
僕の方が一足早く海の中に入ったが、近くにはまだオオスジニべが僕を食べようと近くにいる。
急いで海面に上がって少しでも安全な場所で時間を過ごしたい。
そんな僕の願いをあざ笑うかのように巨大な海獣が作り出す海流は力強く僕を海の底へと引きずり込む。
ゴボゴボと耳鳴りがしてどっちが上か下かもわからない状態になりつつも必死に僕も周りの水を掻き分けて背後に迫る怪物から逃げようと必死だ。
僕は闇の深い方に向かって逃げて行っているからきっと深海に向かっているのだと思う。
下に向かい海流をオオスジニべが発生させているおかげで何とか下に向かって泳ぐことが出来ているが、なんだか僕に掛かる水圧がこの極限状態でも意識してしまうほどに強まっているし下に向かって泳ぎずらくなっている。
『海の王』の群勢の主戦力からここはある程度離れているようだが、僕が血を一滴落としただけでオオスジニべがやってくるほどここは危険地帯なのである。
生態系を築いている攻撃力などのさほどない魚はこの付近からはすでに姿をけるが食べられてしまっている。
それもそうだろう。
二十メートルを超えるような巨体。
遠くからでも何かがいることが分かるし、その何か来たら小さな魚は逃げようとするだろう。
残念ながら逃げることが出来なかったとろい魚はオオスジニべが作る海流に飲み込まれて、つい先ほど最後の魚が口の中に入っていった。
海の中で浮上していきそうになる体を制御して海の中を漂いながら覚悟を決める。
時間にして僕がオオスジニべから逃げた時間は二分くらいだっただろうか?
無呼吸運動で必死に動かしてきた体もさすがにもう動けないと悲鳴を上げてくる。
「『水中気息』」
これは精神を擦り減らすからあまり気が進まないが使いどころのない技術を培ってきてもそれこそ意味がないことだ。
水中に溶けている空気を風魔法でその質量のほんのわずかな差から体に必要な空気を取り込む魔法。
言うまでもないが針に糸を通す程度では言い表せない精密作業を常に要求される。
常に取り込む必要があるのでそれこそ広大な範囲の水を操作する必要があり、正直体にどのようにしたら適切な量を取り込むことが出来るのかを覚え込ませることしかできない。
水魔法を風魔法の混合技。
魔法の中でも最難関と呼ばれる三錬技の一つだ。
基本的に僕は魔法を教えてもらったり体をどのように動かすべきなのかなど、基本的な型以外には一切ならっていない。
分からないことがあって質問すると答えてくれ派するのだが、それも的を得た答えだとはとても言えず答えまでの道のりの指針を示してもらえるくらいのことだ。
そんなことで僕の師匠面をするやつを見ていると少し腹が立ってくるので基本的に僕の持っている技術の根幹以外、枝葉のような部分はすべて僕が独学で身に着けたものだ。
そういったこと一つ一つに意味があることなのだとみんなが僕に行ってくるし、母K地震理解はしているが、そのために僕が費やしてきた時間のことを思えば馬鹿には出来ない。
もしも一つ一つ教えてくれていたとしたら僕は今頃さすがに最高位は無理かもしれないけど、高位にくらいにはなれていたと思う。
水中気息は発動するために必要な集中力を除いたらなかなかに便利な技術だ。
わざわざ呼吸をしないでも呼吸をすることが出来るのだ。
常に無呼吸運動のクオリティで体を動かすことを可能にしてくれる。
僕が水中気息を使って体の訴えが引いたころには僕が必死になって作ったオオスジニべとの距離は二十メートルほどに縮んでしまっていた。
覚悟を決めたのは良いものの、どうやって戦おうか……
相手は二十メートルほどの巨体、ここは海の中、既に相手はいつもやっているであろう辺り一帯の海流を操り、僕のただでさえ弱い機動力は前か後ろかの二つしか移動する方向の選択肢を与えてくれない。
矛を構えて態勢を安定させるとなんだか武器を持っている僕はそこら辺に生息するような武器を持たない丸腰の奴に負けるわけがないと謎の自信を沸かしてくれる。
「エルメ『固位』ブラックアイ『悲愴』!」
体制を安定させるためにやっていたバタ足をやめて水を地面を蹴る要領で蹴り、跳ねるような軌道で大きな口を開けて待ち構えているオオスジニべの元へ跳んでいく。
「『跳砲』」
『悲愴』を使っているときにだけ使える移動法、足から衝撃波を放ちながら水を蹴ることによって、普通に泳ぐよりも圧倒的に早く動くことを可能にしている。
一歩一歩踏みしめていくたびに体にかかる負荷が増していくが、その分どんどんスピードが増していく。
狙いはカジキのような角の先端!
「『ブレイクインパクト』!」
僕の矛と角がぶつかった瞬間ボキッ!と気持ちのいい爽快な音がしてオオスジニべの角の一部、僕の一指し指の第一関節程の大きさ程の先端部分にできたでっぱりのようなものを削り取ることが出来た。
ブレイクインパクトはインパクトブレイクとは違い一点集中型。
オオスジニべの角にきれいに決まって少しだけ気を抜いたその瞬間――
僕は百八十度反対の方向に吹き飛ばされた。
体の四肢が引きちぎられそうだと錯覚してしまうほどの衝撃!
「――ゴボォア!」
吹き飛ばされた直線上に存在した岩石に吹き飛ばされて背中からぶつかる。
僕のブレイクインパクトを正面から食らわせて力負けするなんて……!
荒い岩肌と僕のつややかな肌衝突すると傷がつくのはもちろん僕の肌で、力負けした衝撃は僕の内臓をずたずたにして、さらに両肩と両肘の関節が外す。
海水で傷が沁みる――!
筋肉が攣るような感覚が肩と肘にあり、骨折したのではないかという痛みにさすがの僕の頬が引きつる。
だいぶ吹き飛ばされてしまったが、この辺りの魚もオオスジニべを警戒してか姿が見当たらない。
オオスジニべは取るに足らない僕の体をさっさと腹納めてしまおうと一直線にやってくる。
海流を操り、僕を引きよせようとしているのか、岩に足を絡ませていないと吸い込まれてしまいそうだ。
ダメだこれ。
僕よりも強い相手だということは戦う前から分かっていたけど、海流を操るのがうざすぎる。
海流を操る力がもう少し弱くあってくれたら僕も少し遠回りするかもしれないけど岩陰に隠れながらなら逃げられないこともないはずなのに……
関節が外れてデローンとなっている肩を腕を振り回すことで浮かして嵌める。
これが出来るようになったのは家硬最近のことだったが、意外と役に立ちうれしくなる。
オオスジニべ……確か『虐殺器官』の講義だと、オオスジニべは鰓に魔力を集中させて海流を操っており、食事ではなく狩りをする際は角を媒介にして強力な魔法を放ってきてくるらしい。
基本的には水刃、氷砲、紫電纏いを発動させるという。
水刃、氷砲は遠距離攻撃でまだましらしいが、紫電纏いはなかなか厄介で基本的には海流を操っている段階で警戒させずに一撃で仕留めることが求められるらしいが……
つまりは僕はこれから鰓をすべて奪えばいいということだ。
海流さえ操られなければこんな魚畜生の目を欺くことくらい訳ないはずだ。
僕の攻撃がうまく入って角をほんの少し削ることが出来たせいか、なんだかオオスジニべの様子がさっきまでと異なっているような気がする。
角の先端に氷の塊が生成されて行っている。
氷砲とは、大砲の砲などといった字を使って、少々大袈裟なことだろうと思っていた。
所詮は知能の低い獣畜生。
氷魔法という高等魔法何て使えるはずがない。
もしくは使えたとしてもそれはお粗末なものだろうと思っていた。
氷の塊が出来ていくにつれてだんだんとこの辺りの温度が低くなっているような気がする。
デュロォン!
という音がして氷が発射された。
全長二十メートルほど怪獣がわざわざ攻撃に使うためにやるような技だ。
生半可な威力ではないだろう。
そう覚悟はしてたはずなのに――
まるでグングンと拡大されているかのように錯覚してしまうほどのスピード、僕の体よりもはるかに大きな氷の大きさ、カラスのように透明になるほどまでの密度。
どれにおいても今の僕ではできない芸当をこの獣畜生はすることが出来る。
「『ブレイクインパクト』!」
それでもオオスジニべの角はもっと大きく感じたし、硬かった。
いくら遠距離攻撃が出来ると言ってもこれでは意味が無いだろう。
パサパサになった泥団子を地面に叩きつけるようにしてオオスジニべの氷を砕く。
「『跳砲』!」
その勢いでオオスジニべ自身が作った海流に僕の脚力で水を蹴る跳砲を使い僕だけではできないような高速でオオスジニべの背後へ回りこもうと動く。
流石に背後に回り込むことは難しかったが、オオスジニべの目の位置からだと僕が目に入らないような腹の部分の潜り込むことには成功することが出来た。
「『インパクトブレイク』!」
この巨体。
ブレイクインパクトではたとえダメージを与えることが出来たとしても大した影響を及ぼすことは無いだろうという判断からインパクトブレイクを選択したが、間違えていたかもしれない。
あえて腹の鱗のない部位を狙ったが、僕のこうげきでデブな巨漢の腹を軽くたたいたとき並みの振動しか与えることが出来なかった。
――鰓がゆっくりと上下に動く。
鰓の枚数でもある八本の波のような形で迫ってくる。
水流を操っているのとはまた違うようで、僕の作り出した気泡が真っ二つにされるのが見える。
僕はこれを矛で受けながしながら邪魔な鰓から一枚ずつ剝がしていこうとする。
迫ってくる水刃を威力試しに一つ叩き切る。
ギンッ!
切っているのは水のはずなのに金属でも来ているような感覚。
切れないことはなかったが、僕の筋力では一つ一つ全力を持って対処しなくては力負けしてしまいそうだ。
霧状に霧散していく水刃を見ながらちょっと今の僕には早かったような気がして嫌になる。
残る水刃は躱すもしくは受け流すようにしてまずは腹にある一枚の鰓に狙いを絞る。
「『ブレイクインパクト』!」
僕の身長よりもはるかに大きな一枚の鰓を一撃にして叩き切る。
肉まで持っていくことが出来たか、オオスジニべから海によって薄められてはいるが、血がにじみ出ている。
「ギチギチギチギチ……ガリガリガリガリ」
歯を食いしばって歯茎を鳴らしているかのようなあまり心地よいとは言えない音が、聞こえてくる。
「ギチギチギチギチ」
聞こえてくると言っても音源がどこかなど考えなくても分かる。
それが痛みによる怒りによるものか、ただ体の一部が削られたことを認識したことによ不快感なのかは分からなかったが、その音が僕に向けられたということ緒はすぐに理解することが出来た。
この場を一度離れてしまったらもう近づくことが出来なくなるかもしれない。
静かにではないが、何もせずに佇んでいるオオスジニべを見ているとそんな気がしてならなかった。
「『跳砲』!」
いい加減魔力を垂れ流し過ぎている。
水中気息で常に魔力を垂れ流しているうえに跳砲といった魔力を使う移動法、インパクトブレイクとブレイクインパクトといった大技の連発。
「『ブレイクインパクト』!」
今度は尾鰭を叩き切る。
「『跳砲』!」
行きつく暇もなく今度は背中に回り込み、背びれを狙って進んでいく。
早く、出来るだけ早く移動して、今のうちに少しでもダメージを与えて少しでも相手も武器を奪いたい。
あまり慣れない海中でも行動である上にオオスジニべが海流を操っていて何か支えにあるものが無ければ体制を安定することさえも難しい。
そんな状況で僕はありえない体勢になりながらも背びれの位置に到着する。
「『ブレイクインパクト』!」
背びれに刃を通して半分ぐらいの距離まで刃を通してからか――
オオスジニべの体に紫電が走り、横一回転をする。
指先に着いた水滴を振りかぶって払ったかのように僕の体は振り払われた。
一度僕の背中が傷つけられた場所までもう一度同じような形で吹き飛ばされる。
鰓にはまりかけていた矛は何とか一緒に持っていくことが出来たが、状況は最悪だ。
紫電纏い。
体に紫色の電気を纏い、触れるものは体が痺れ、動くとそれ自身の身体能力を遥かに超えた動きをすることが出来るという能力。
オオスジニべはその巨体を少しかがめてジッと僕の方を睨んでいる。
だが、僕の攻撃で鰓を二枚半奪ったおかげで海流の影響は気持ちマシになったような気がしなくもない。
かがめた体をばねのように弾き飛ばしてオオスジニべが迫ってくる。
宙返りするかのような動きをして尾鰭のなくなったしっぽで僕に攻撃してくる。
飛び跳ねるようにしてその場から飛び跳ねるようにして避ける。
ドォゴォーン!
土煙が舞い、足元は崩れるようにして無くなっていく。
返す尻尾で元の体勢に戻るようにしながら僕の方へ薙ぎ払う。
まだ崩れていなかった岩を砕きながら僕をピンポン玉のように弾き飛ばす。
「グゥォオオオオォォ!」
瞬く間に変わっていく景色を見ながら、僕の体は今のところどれくらいが無事で済んでいるのだろうかと考える。
間違えなく肋骨は砕けている。
鼻と顎の骨も折れてしまっているだろう。
左足も力が入らなくなっている。
水中であることが幸いして正直体中が痛くてしょうがないが動けないことはない。
残りも魔力はどれくらいだろうか?
何より頭がやけに痛いなと思うとそういえばクロームさんにもらった薬を飲んでなかった。
それでもここまで何とか耐えきることが出来るようになったのは薬を飲み続けて限界を超えて脳を酷使してきただろうか?
それでもこれ以上は入ってくる情報量を捌けそうにない。
尻目にオオスジニべ追ってきているのを見ながら腰につけているポーチから薬を取ろうとするが、水中なのでうまく一粒が取れない。
しょうがないので一掴みして口の中に放り込むと一緒に海水まで入ってきた。
高い塩分濃度に僕の目には見える様々な雑菌や微生物。
触れるくらいなら我慢できるが飲むのには少々抵抗があるが飲み込む。
確かに魔力は少し心許ないがまだ頑張れる!
目を見開くとすぐそこにオオスジニべがいる。
「『跳砲』」
右足だけとなり方向性もままならず、スピードは半減になるがそれでも普通に泳ぐよりよっぽど早い。
だが、紫電纏いを発動させたオオスジニべにとって僕は止まっているかのように見えるのだろうか――
動く僕を狙い撃ちしてオオスジニべの角で僕の腹を突く。
「グゥオァハ!」
内臓が傷ついたのか口の中から大量の血液が吐き出される。
まだだ。
まだいける!
急いで体勢を立て直して相手をしっかりと観察して動けばまだ何の問題もないはずだ!
僕は血を吐き、それでもまだ顔を上げる。
「ゴハァッ!」
オオスジニべの尻尾が僕の背中から思いっきり叩き、危うく意識が飛びかける。
「ゴボォ……ゴボゴボゴバァッ!」
ただ発動させているだけで神経をすり減らす水中気息。
意識を失いかけた拍子に制御を誤り、酸素を肺に取り込めない。
「ぐるじぃ――ゴバァ!」
一度崩れた制御をもう一度取り繕うことが出来るだろうか?
少なくとも僕にはできなかった。
これまで何度も首を絞められたり、水攻めも食らって来たけど、助けてもらえることがないとわかっている窒息がこんなにもしんどいなんて――
周りに僕をこんな目に遭わせた張本人以外に誰もどんな生物も近くにはいない状態で、僕は来るわけもない助けを求めながら藻掻き苦しんでいた。
光のあまり届かない深海から光の差す上へと手を伸ばしながら少しずつボーっとしてくる頭を必死に耐える。
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