第50話 孤島での耐え

 土が違う、風が違う、草木がない、周りは十メートル四方ぐらいだろうか、生きていくだけだと活動班落としては狭すぎるかもしれないが、問題はそこではない。


僕の身に掛かる無数のプレッシャーだ。


 僕が尻餅をついたときの第一印象はそんなところだろうか。


 ヒュッ!


 耳障りな音が耳に入った瞬間、僕の心臓めがけて何か尖ったものが飛んできた。


 僕の人並外れた動体視力のおかげで何とか右手に持ってた矛で受けることが出来たが、手に伝わってきた威力と矛には傷は無いが聞こえてきたボガッ!という音が、何もしていなかったら僕の心臓を一瞬で貫いていたことを示しているようでゾッとする。


 矛にはねのけられて地面に転がっているものを見てみるとそれは一メートルほどだろうか、真っ直ぐに伸ばされたまるで弓矢にような形の魚だ。


 矛で受けたことで先端が折れているようだが、まだピチピチと動いていてなかなかの生命力も持っているようだ。


 一応立ち上がって踏みつぶし、確実に息の根を止めると、昆虫を踏んだかのような感触で矛で受けた感覚とは大幅に異なって、そこまで固くは無いようだった。


 癖になりそうな感触にしっかりと頭の先からしっぽまで踏みつぶしているが、いったいどうして僕の存在がばれてしまったのだろうか?


 それが気がかりだ。


 偶然だとはとても思えるとうな感じでは無かった。


 危なかったと一息つき、焦ってはやる心臓を落ち着かせていると――


 先ほど僕の心臓を狙ってきた細長い魚がまるで戦争時の弓矢のようにして一斉に僕に襲いかかってきた。


 戦時中、僕は戦争を経験したことがないので訓練を参考にしているが、違うことといえばそのすべてが僕のことを正確無比に狙っていることだろうか?


 三百六十度一斉に襲い掛かってくるその魚たちはすべて同じ種類で対応しやすいと言えばしやすくはあるのだが、如何せん数が多い。


 手持ちの矛と銛を片手ずつで高速回転させてすべて叩き落とす。


 こんなことがこの齢で出来るような人間はそういないだろう。


 矛を片手で高速回転させるということは矛を手に馴染ませていた時に死ぬほどやってきたことだ。


 そのせいで回転させるために必要な前腕が異様に発達して、一見少し他の人よりごつごつしている。


僕のこれまでの遊び心ゆえに未だ保つことが出来ているが、何かが狂ってしまうと一気に押し切られてしまいそうなそんな危険性がある。


 ――そしてそれはすぐに訪れた。


バシャッ!


 水の跳ね上がる音がして、僕の背後から僕の身長を超える大きさの厳つい魚が飛び掛かってきた。


 僕よりも大きいとはいえ、僕だってこれまで何度も僕よりも圧倒的に大きい相手と戦ってきた経験がある。


 この程度どうってことないのだが、今は状況が悪い。


 大きな魚は強そうなひとくちで人体を軽く引きちぎってしまいそうな顎をしており一撃でも食らってしまうとそれは致命傷になってしまう恐れがあるだろう。


 一週間も一人で過ごさなく手はならないその初日で大けがは不味い。


 矛の柄の先で大きな魚の額を思いっきり突き、止めたところを矛で一凪する。


 手足のない相手というのは何て戦いやすいのだろうか?


 魚なんて海から出てしまえば何も出来ない木偶の坊だ。


「ウグッ!」


 だが、僕はその木偶の棒に一杯食わされた。


 三百六十度カバーすることは僕の技量ではなかなか難しいものがある。


 顎の厳つい魚に対応を迫られていると小さな弓矢のような魚が僕の左腕と左腹の二か所に刺さってきた。


 刺さった魚を気にせず、僕は一先ず足から魔力を送って穴を掘り、簡易的にでも休憩所を作る。


 正直あまり足から魔力を流して魔法を使うという行為自体滅多に行うことでもないしあまり慣れているというわけではない。


 掘った土を周りに堆積させながら二メートルほど堀り進めることは出来たが、本当にひどい出来で、でこぼこで今に壁が崩れてもおかしくない。


しかし矢のような魚、『ダーツ』とでも呼ぼうか、ダーツは魚だし、海中から飛び出しているだけなのでくぼみの中に入ったらもう僕を狙い撃ちすることは出来ないだろう。


 だが、僕がこんな隠れなければならなくなるなんて……


 あまり趣味じゃないな。


 魔法で火を作ることが出来るし、周りには僕が叩き落した魚たちがピチピチと蠢いている。


 ダーツは小さい魚で叩き落した感覚も堅かったのでおそらくとても食べられるようなものでもないだろう。


 だが、先ほどの大きな魚は……


 ダメだ顔が気持ち悪すぎてとても食べる気にはなれない。


 腕と腹に刺さったダーツがグネグネと暴れだしてきたので引っこ抜くと血があふれ出してきた。


「あらら……こんなにぼたぼたと……」


 直径二セントほどの人体に空くにしては大きな穴が、開いていた。


 そこからあふれ出る血というのも相当なものだ。


 それでも僕のボルベルク領で生活してきた中で身に着けた技術、『止血』をもってすれば大したことがない。


 ちょっと傷を負った場所に血が止まるように力を込めて、傷口を同時に『融肉』を使って塞げば一時間ぐらいすれば何も意識しないでもどうってことなくなっているだろう。


 僕の上空では今もダーツが飛んで僕の本来いたであろう場所を飛んでいる。


 特に今なにかできるようなこともない。


 こんなに小さな島に僕を飛ばして一体何をさせたかったのだろうか?


 ここにずっといるだけで何もしなくてもある程度の安全性を保つことが出来る。


 気配を消しさえすれば何も食べられないのは痛いかもしれないが、最悪皮を剥いでダーツやあの気持ち悪い魚を食べればいい。


 ここは海の真ん中で温暖な気候、それにこの空気の流れだと察するに夕方ごろには雨が降るだろう。


 雨は汚いからあまり飲みたくないが我慢すれば問題ない。


 五分ほど気配を消してから時間がたつと上を飛んでいたダーツの数がほとんどいなくなってきた。


 気配を消し続ける程度のこと僕のこれまでの修行に比べたら楽であることこの上ない。


 父上は厳しいみたいなことを言ってたけど、これはもしかするとレイブンが言ってたように楽なのかもしれない。


 海の上で、暇つぶしも何も出来ないことを除いたらいつもみたいにいろんな人に痛めつけられることもなく時を過ごすことが出来る。


 これはいつも頑張っている僕に対するプレゼントなのかもしれない。


 ならば楽しまなければ損だ。


 ちょっとけがをしてしまったがこれなら父上が送ってくれた分を割り引くとトントンだろう。


 問題ない。


 さて楽しむと決めたらまずはここがどれくらい危険なのか知る必要がありそうだ。


 二メートルを超える壁を越えて海を見るのは正直危険度が分からない状態では正直怖い。


 このまま土を透視して見ればいいのかもしれないが、土を透視するにはそれ相応の集中力が必要だ。


 眼鏡を取れば難なく見えるが疲れるようなことを自分からするのは趣味じゃない。


 ジャンプと同時に穴のふちに手をかけて海の中を覗いてみるとなんというか黒かった。


 黒かったというよりも黒い。


 青くて透き通った海が黒く見える程大きな海獣たちが海の中で所狭しと蠢いていた。


 背筋に嫌な汗が流れちゃったよ!


 魚と呼べる程度の沖差から怪獣と呼びたくなるような大きさのものを含めて恐ろしいほどの数がいるがそれでも一番恐ろしいのはその質だ。




 

 海面にいるようなものはおそらく戦力だと数えない方がいいだろう。


 五十メートルほど潜ったころだろうか、そこからはやばい。


 全長数十メートルほどの海獣がうじゃうじゃしている。


 正直勝てる気がしないが、こちらに向かってくる様子はない。


 これはばれなかったら楽かもしれないけど、ばれたら確実に殺されてしまうこと間違えないやつだ。


 ある程度安全だったら泳げたりしないかなぁ~って思ってたけどこれは無理だわ。


 それでも僕に気が付く様子は全くない。


 僕も気配を消すのがうまくなったのかなと一瞬思いはしたが、相手から見れば僕はその辺を歩くアリのようなもの。


 食べたとしても一切腹が満たされることは無いだろう。


 そう考えたら気が付いて入るけど無視しているだけという線も出てくる。


 ここは刺激したりしないようにしながらこの孤島というよりも岩に近い陸の上で大人しくいておこう。






 そう考えてから既に三日が経過した。


 僕は一人でこの大海原で常に僕を殺そうと躍起になっている謎の生物たちからの襲撃を受け、三回僕が作り上げた周りの土の防壁を突破された。


 問題が起こるたびに僕は魔法を使って防壁を修繕したり拡張したりしている。


今では小さかった穴もこの島ギリギリにまで拡張してさらに端には僕の身長よりも大きな壁を作ってそこには返しまで着いている。


僕の土魔法では張りぼて始末来ることが出来ないが、あるのとないのとでは大違いで。


僕が安心度も変わってくる。


しかし厳しい。


周りに援助の期待できない状況において我慢をするということは自分の首を絞めているようなものだ。


だから僕は毎日毎日次の一言を考えることなくせめて食事ぐらいはといつも通り食べていた。


いくら僕でも大ぐらいというわけではない。


ただ成長期に必要な栄養を取ろうと普段からしっかりと食べようと努力しているくらいだ。


するとどうだろう。


初日に手に入れたぐロい魚以降、何匹もの魚を葬ってきたがその時は基本的にこの基地が崩れかけたりしてピンチの時でとても持ち込む余裕はなく、基本的に潮の流れに任せてどこか遠くへ漂って行かせた。


最初遭ったグロい魚も空腹には耐え切れず手を出し、ダーツの本当に悲しい量の肉も吸い出してなお今の僕は腹をすかしている。


ここ二日間ほとんど何も食べずに過ごしている僕は体のキレが少しずつ悪くなってきているのを感じ、覚悟を決めた。


これまでかき消していた気配を戻して壁から海を覗き込む。


 そう思った矢先、覗き込んでいた僕の眉間にダーツが垂直に突撃してきた。


「おぅわっ!」


 僕の両手は穴のふちに置かれているのでろくにガードをすることも出来ない。


 頭をのけぞらせてとっさによけようとしたが額に少し掠ってしまって血がほんの少し垂れる……


 鼻筋を通って顎まで至った血は一滴だけ海にピトッと音を立てながら落ちて行った。


 この広大な海の中に赤い血が溶けて薄まっていくのを確認した瞬間――


「――えっ」


 そんなに驚くようなことでもないのかもしれないが、海に波が立った。


 それも一直線に進む波ではない円状に広がっていくような波。


 そして心なしか、ここら一帯の海が周りに比べて少しずつ盛り上がっていっている気がしなくもない。


 気がしなくもない……


 気がしなくもなくなくない……


 気がする。


 これは確実に海が盛り上がっちゃっているわ!


 僕が状況を確認したころにはもう遅かった。


「グルルルゥゥ」


 目の前が真っ暗になったと錯覚するほど大型の海獣。


 この大きさ、この姿、この迫力はオオスジニベだろうか?


 自分の周りの海流を操り、一か所にまとめたところを一丸呑みするという海中の大食感と言われるオオスジニべは放物線を描きながら僕と一つになろうと迫ってくる。


 目が合っただけで玉がヒュンッ!と縮こまるような感覚!


ほんの少し足がすくんでしまう。


 このままでは確実に食われてしまう。


 それだけは確かだ。


 だけど、僕のこれまでの経験の中にはこれほどの命の危機にある状況でこれほどまでに危険度の高い怪獣に会ったことはない。


 今すぐ逃げなくては、何かしら行動しなければと思う反面、これはいい作品を作ることが出来る糧になってくれるかもしれないなと思っている自分がいた。


 この島と同じくらいの大きさを持っているのはないかと錯覚させる顎からとっさに矛だけを足で掬い取り、這うようにして海の中へ飛び込む。


 僕の足元から怪獣が僕がさっきまでいた地面を抉るようにして食べる音を感じた。


 いい作品といえば……


僕はフラれてしまったのか……


こんなことなら告白なんてするんじゃなかった………


大好きな人と少しでも長くいられればそれでよかったのに。


人生欲張るものじゃないな。


 僕の実力では天地がひっくり返ったとしても勝つことが出来ないような怪獣の今日を目の前にしてもちょっとしたことで昨日のミライムさんを思い出してしまう。


 僕は顔から海の中に少し滑稽な感じでダイブしてしまったが、攻撃を避けることが出来たので良しとしよう。


 海に入ることは確かなことだったので、普段は眼鏡を掛けている僕も今は不可視の呪いの篭ったゴーグルをつけている。


「エルメ『固位』ブラックアイ『悲愴』」


 海に飛び込むと同時にエルメ『固位』を発動させる。


 頭で水につかると同時に矛に魔力を素早くかつ大量に込めて三百六十度に横薙ぎする。


「『インパクトブレイク』!」


 僕の目から見ても完璧に決まった衝撃波がとんでもないスピードかつ威力で空気中では届くことが出来ないような距離まで飛んでいく。


 僕が海に入った瞬間、目を光らせてこちらを向いていたダーツや、他の雑魚な魚たちはこの一薙ぎで肉塵と化した。


 インパクトブレイクは『悲愴』を発現したときの必殺技で普通に使うと衝撃波を発生させて体の奥、防御の難しい内臓などを軽くやると傷つけて、痛みに弱い奴だと立っていられないほどの威力があるし、本気でやると内臓をずたずたにして全身内出血だらけ、どんなに痛みに強い奴でもまともに立っていられないような攻撃だ。


 しかも特定の環境、つまり水の中のような衝撃の伝わりやすい媒質がある場合には威力がさらに上がるなかなかに強い技だともう。


 その威力の違いは実に五倍!


 なぜかは分からないけど普段僕はビカリアさんたちから『怒瑠』か『恋着』だけで戦うように言われている。


 違いがあるとすれば魔力の使いかたぐらいなのだけど、もっと威力がある技があるのに使ったら怒られてしまうから面倒だ。


 だけど、今は誰も僕のことを見ている視線を感じない。


 僕のことを見ているという視線は正直いつ、どこでも感じてきていた。


 でも今はそれがない。


 いつもの僕ならどうせ死ぬことはないだろうと高を括っている節がある。


 いくら死んでもおかしくないくらいの拷問のような毎日だとしても実際僕はまだ生きているわけだし、手加減自体はしっかりとさせているように感じている。


 だから怖い。


 実際に命の危機にさらされているという感覚というのは僕にはあまり経験がないので慣れないし、特に今回の相手は人間ではないもで、話が通じない。


 人間相手だと何とか交渉して生き残ることが出来るとは思うのだけど、怪獣だと厳しいものだ。

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