第49話 僕の課題
目が覚めると僕の側にはレイブンが眠っていた。
安心しきった顔をして僕にくっついている。
寝顔だけは天使みたいだ。
性格はクソだけど……
僕が一昨日拷問を受けた原因はレイブンにある。
そう考えたらなんだか無性に悪戯したくなってくる。
とり合えず鼻と口を摘まんでみる。
「……ん……んぅ、んぅぅぅうう!」
なんだか変な声を出しながらレイブンが目を見開きながら目を覚ます。
それでもまだ鼻と口を摘まみ続ける。
「んん~!んん!んん~!」
“ん”と連呼し続けてさすがに苦しくなったのか、僕の手をタップしながら降参という念を伝えてくる。
それでもまだ摘まみ続ける。
摘まみ続けてようやく気を失いかけた頃に手を離すと僕のことを恨めしそうな目で見てきた。
「――プハァー!ハァ、ハァ……何するんですか!」
「お前こそどうして僕のベッドの中に入ってきてるんだ」
「それはお兄様が昨日うなされているのを見たからに決まってるじゃないですか。私が少し触れただけで大暴れして大変でしたよ」
レイブンはそう言いながら腕をまくって昨日僕がつけたという傷跡を見せてくる。
引っ掻いたというよりもつねったかのようなその傷はレイブンのその白く傷一つない肌に赤く血の滲んだところを創り出して痛々しく感じる。
「これを僕がやったのか?」
「ええ、別に怒ったりしているわけではないですけど。何かあったのですか?」
「いや特にそういうわけではない」
何かあったのか聞かれて僕はどうしても昨日あったことを思い出してしまう。
悲しいが乗り越えて行かなくてはならない。
そして僕をこれまで幸せな気持ちにしてくれたことを感謝しなくてはならない。
「私が抱き着いてしばらくは暴れてましたけど、しばらくしたら落ち着いてましたけど、何か悩み事があったら教えてくださいよ。家族ですから」
昔の僕は生意気なところはあるとはいえ、根は僕のことをこんなにも思ってくれているレイブンのことを嫌っていたのか。
もうその時の記憶はほとんどないし、レイブンもそんな昔のこと覚えているはずがないが、申し訳ない気持ちになってくる。
「ああ、ありがとな。どうしようもなくなったら真っ先にお前に相談することにするよ」
「本音で言えば何かあったらすぐに相談してほしいのですけど、今はそれくらいで勘弁してあげますよ」
僕はベッドから起き上がって荷物をゴソゴソと漁りながらブーゲンビリアの模様を彫りこんだチョーカーを取り出す。
気になることが無いように出来るだけ小さいほうがいいかと思ったが、僕がしっかりと装飾品として違和感がないようにこだわって作っていたらいつの間にかちょっとつけにくくなったかもしれないくらいに大きくなったかもしれないが、これくらいなら特に問題ないだろう。
本来はミライムさんに渡そうと思って作ったものだったが、もうあげることも出来ないだろうし、あげてしまっても問題ないだろう。
「これやるよ。自分でつける様な柄でもないし」
「え、いいんですか!こんな凝ったものなかなか作らないのに」
レイブンにしては謙虚なことだ。
いつもならいいのかなんて言わずにただただ喜ぶだけなのに。
それにしてもこの喜びよう。
本来はミライムさんにあげようとしたものだがここまで純粋に喜ばれたら少し申し訳なく思ってしまうな。
「ああ。……そろそろ日が昇ってきているし父上たちの方に行かないか?」
「ええ、そうしましょうか」
レイブンは自分でチョーカーを器用に着ける。
宝石と金属を布で括りつけたものだと思えばなかなかの見栄えだと思う。
だけどまだレイブンが身に着けるには大人っぽ過ぎる。
ミライムさんがつけてもまだ早いと感じてしまうかもしれない。
それにやはりまだ大きかったか、バランス的にもよろしくない。
今は喜んでくれているから言わないが、後でそれとなく大人になったらつけるように言っておこう。
まだみんなが集まる時間にしては早すぎるような気がしなくもないが、今は少しミライムさんに会いずらい状況なので早めに行って、用事は早めに済ませておく。
僕の部屋から出て外まではたいして時間はかからない。
外では今日の戦闘の準備として軽く運動をしている人たちが結構な数いる。
父上もその中にいて、いろんな人たちにこれからのことについて指示を出しているようだ。
世界で一番強いという噂の父上の戦っている姿はあまり見たことが無いが、きびきびと周りに指示を出している姿はほんとにかっこいいと思う。
「父上、おはようございます」
「お父様おはようございます」
僕とレイブンが挨拶をすると父上は、話していた相手との会話をいったん止め、僕たちの方を見てくれる。
「ああ、おはよう。まだ集合の時間じゃないがどうかしたか?」
「早めに心の準備を決めておきたいので僕たちにかせられるノルマを教えてもらいたいなと思って……」
「私はお兄様についてきただけです」
「そうか。ならよかった。フリードの課題は一応もう考えていたけど、レイブンはどうしようか悩んでたからな。フリードは俺が指定する孤島で一週間サバイバルしてもらう。生き残ってくれるだけでいい。ただそれだけだ。簡単なことのはずだぞ」
生き残るだけ……
ああよかった簡単な内容でなんて絶対に思わない。
生き残ることが課題だなんて絶対に普通じゃないことは確かだ。
それにここは『海の王』の軍勢がいるんだ。
ただでさえ危険地帯だというのに海の上に入って生き残るだなんて並大抵のことではないはずだ。
「ああ、そうですか。僕もみんなと一緒に海に入って戦うということでいいですね」
「いや、お前だけ孤島に行って一人で生活してもらう」
「いやー楽しみですね。僕もみんなの勢いに負けて狩り遅れないように頑張らないといけないですね」
「そうだな一人でしっかりと狩りを楽しめよ」
「じゃあ、私は後でまた来ますね。朝ご飯を食べないと朝は元気が出ないので」
僕が現実逃避をしているとレイブンが朝ご飯を食べたいといったことで中断された。
僕も朝ご飯をしっかりと元気が出ないというわけではないが、あまり気分が盛り上がらない。
たとえ食べたとしても正直昨日のこともあって元気が戻ることはないだろうけど少しはマシになってくれるだろう。
「お前もしっかりと食っとけよ。これからしばらくご飯を食べることが出来なくなるかもしれないからな」
「僕もうメンタルズタボロだし家に帰りたいのですけど」
「そんなことできないとは思うが、もしも実行しようとしたら俺が直々に本気の訓練を施してやるからあまり変なことを考えないことを勧めるぞ」
僕の今日の朝ご飯はサラダとバン、そして昨日の残りの肉を腹いっぱいに詰め込んだ。
これからしばらくご飯を食べることが出来なくなる可能性があるから食べられるだけ食べようとするのは当然ということだろう。
昨日の残り物だという時点であまり食欲が湧いてこないが味はなかなかなものだった。
「そろそろ出発する時間帯ですよ。急いだほうがいいんじゃないですかね?」
「ああ、行きたくないな」
「頑張ってくださいよ。もしかしたら楽かもしれないという希望があるじゃないですか」
「本当に楽が出来ると思うか?」
「……もしかしたら」
レイブンが目を逸らしながらそういうのでもう一度聞いてみる。
「楽できると思う?」
「出来るわけがないじゃないですか」
本性を現しやがった。
「お前は良いよな。楽をしようと思えばいくらでも楽が出来るじゃないか。僕の持っている技術をもってすればいくらでも頑張ってるふりをすることが出来るし、人の成果を奪うことが出来る技術はもう一級品になったと思うぞ」
僕たちが朝ご飯を食べている少しの間にご飯を食べる前は雑多に一人一人が思い思いに訓練してたのがいつの間にか全員水着姿で手に武器を持った状態で整列している。
一応僕も矛と銛の二つを持っているけどよっぽどのことがない限り矛を使う予定はない。
やはりミライムさんにあったときにどういう反応をすればいいのか分からないので隅の方で目立たないようにしている。
レイブンとは離れたし、父上も僕のことを忘れて一緒に海に突入することになってくれたら有難いのだが……
「フリード、こんなところにいたのか。お前は指定する島には俺が連れて行くから少ししたら俺のところに来るようにしろよ」
「僕のことしばらく忘れてくれててよかったですよ」
「馬鹿、自分の子供のことを忘れるような親がいるかよ」
たまには冗談ぐらい通じてくれたらいいのに……
「いつ頃行けばいいかとかそういうのはありますか?」
「そうだな……俺の挨拶が終わった後にすぐにでも来てくれたらいいぞ。それから一斉に特攻するがその前に運んでやる予定だから安心しろ」
「出来るだけ遅くて問題ないですからね」
そうして僕は幹部たちが並んでいる列の一場後ろに並んで父上の登場を待っていると視界の端にミライムさんが移る。
さすがに昨日の今日なので感謝するべき相手だと頭では分かっているが、心は納得できていない。
気まずさも相まって少し前の人の陰に隠れて目が合わないようにする。
見る限りエレーファもいてどうやらエレーファは状況を把握しているようで見てみぬふりをしてくれた。
気が利く友達というのはいい。
前の人はあまり体格がよくないようで隠れずらいけど、常に気を張っているようで隙が無い。
誰だろうかと気になって見てみると『勇者』だった。
『勇者』は僕がいることに気が付いているようだったけど、僕が『勇者』の体で身を隠していることに気が付いているようで気を利かせて動かないでいてくれる。
気が利く部下というのは良い。
ミライムさんは姿を現さない僕のことを心配してくれているのか、辺りをキョロキョロとしているようだが、勘弁してほしい。
泣きそうになってる顔を見せたくはない。
ミライムさんの姿を見て泣きそうになってると、父上が壇上の上に上がってきて、腹に響くような低音で後ろにまで千人全員にまで聞こえそうなほどの大声で話す。
「諸君!ここに集まりし千人の精鋭どもよ!これから我々は例年通り一国の戦力を上回ると言われる『海の王』の群棲に突撃する。細かい配置自分がどのあたりを担当すればいいかはもう聞いているはずだ。俺と幹部たちは例年通り海の王とその側近を担当する。下っ端どもは任せる。雑魚とはいえ、海の中だ。油断するような馬鹿はいないと思うし、海の中だからだと遅れをとる様な奴もいないと思う。貴様らの実力を存分に発揮できるような強敵を用意してやることが出来なくて申し訳なく思っている。これが終わると存分に楽しませてやるから、このきれいな青い海を魚共の血で真っ赤に染めてやれ!」
父上の『海の王』の群棲のいるところに行きことを恐れている僕を煽っているのかと心配になるようなスピーチが終わって父上が壇上を降りた直後僕の前にいた幹部連中全員が我先にと争いながら海に突っ込んでいった。
僕の目の前にいた『勇者』までもが行ってしまい、何があったのかとキョロキョロとしていると直後に海の沖の方から海水が魚のひき肉と一緒に轟音を立てながら飛び散ってくる。
突然の出来事に驚いて目を丸くしているとミライムさんも僕を見つけて目を丸くしていた。
前にいた人たちが急にいなくなったせいで目立ってしまっているが、僕はこの後父上のところに行かなくてはならないので「行かないのか?」といった視線を向けないでほしい。
ミライムさんの視線を受けて僕は会釈をすることしかできない。
それでもミライムさんからの視線は止まらない。
少しの時間でも見られてると感じってしまうと居心地の悪いものだ。
僕は逃げるようにして父上のところへ走っていった。
断続的に響いてくる、爆発音に大多数の目が奪われているうちに僕は父上の元へ行くと、父上は幹部たちの戦いを見ながら自分も参戦したそうにうずうずとしていた。
こんな大人にはなりたくないなと思っていると父上は僕が来たことに気が付いたのか、体を僕の方に向けて急げといった雰囲気を全身に醸し出している。
「おい、俺も早く行きたいから急いでくれ!」
しまいには言った。
何も言わなかったのなら僕も急ぐつもりは全くなかったけど言われてしまうと報復が怖いので一応小走りで近寄る。
「とんでもない強さだろう。あれでもまだ全力を出してないんだぞ。お前には将来あいつらを率いてもらわなくてはならない様になる」
「はぁ……」
急にどうしたのだろうか?
普段ならこんな無駄話なんかせずに用件だけ言うというのに。
「率いるというのは簡単なことではない。軒並み外れて強い奴っていうのは大抵頭のどこかが壊れてしまっている奴ばかりだ。そいつらを率いるには信頼というものを得なければならない」
「まぁ、そうですよね」
「実感しているとは思うが、あいつらに権力が通じるとは思ってないだろう?」
「通じたら何人かの首が飛んじゃってますしね」
父上が僕の両肩をガシッと掴み、その後で右手を離し、僕の後ろに手を向けているようだ。
「強い奴の信頼を得る方法はただ一つ。……強いことだ。頭がいいだとか、部下のことを思いやってるだとかそんなことはどうでもいい。頭がいい奴なんてものは腐るほどいるんだ。教育に力を置いている我が王国には天才と呼べるものたちが腐るほどいるし、エレーファよりも賢い奴なんていると思うか?それに過度な思いやりは自分の力を過少評価しているのではないかと逆に不満につながることがある。一番手っ取り早く信頼を得られるのは強いことだ。常に背中を見せ続けていると部下は勝手に慕い、ついてくる」
「僕が普段から部下たちに急にどつかれたりしているのは僕が弱いからだと言いたいのですか?」
なんだか、すぐ後ろ、海まではもう少し距離があるはずなのに、まるで過ぎ底に海があるのではないだろうかと錯覚させるほど耳元に波の音が聞こえる。
「それもそうだが、ここまで無駄話をしたのはな、お前には才能がある。人類最強と謳われているこのテンザン・ボルベルクを遥かに上回る天賦の才だ。お前にはこの国の貴族たち、国王までもが期待している。……だから頑張れ!」
父上が笑いながら僕の胸を押し、その力は僕の体幹では耐えきることが出来ずに尻餅をつく。
「スタローンの娘にお前の行き先を教えておいてあげたが、心配していたぞ。帰ったら元気な顔を見せてやれ」
父上はそう言ってゲートのような空間の歪みをもとに戻してその姿を消していく。
父上が僕の背後に空間の歪みを作っていたのは気がついていたが、顔を逸らすと目を逸らすなと言われてしまうのでそのままにしていたが、あのように「驚いたか?」と目で言われると腹が立つ。
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