第46話 僕に対する扱い
僕も後を追うというわけではないが、部屋を出てこの広い屋敷と言うより城と言う方が正しい気がする僕の家からうまく隠れることが出来そうな場所を探す。
大切なのは隠れる場所と言うよりも隠れる技術だが、正々堂々とその場にいて隠れ切れる技術はまだ僕にはない。
堂々とせずにこそこそと隠れるのは僕の主義に反するが、我が身の為なら僕は自分の主義すらもためらいなく捻じ曲げる。
隠密、もしくは潜伏で僕にとって最も難しいことは息を潜めたまま長い間耐え抜くことである。
僕ってやっぱり誰よりも人気者で誰からも好かれる完璧な人格と容姿の持ち主なので常氏いろんな人から話しかけられてこれまでに何もしないでいる時間は無かったと言ってもよい。
そんな僕に何もしないでいろと言われると何もしないでいる時間の使い方と言うものが分からない。
僕は今、父上の部屋の前にあるずっと前に僕が作った隠し倉庫と言うべきか、人が二人入るかどうかという小さな場所に体を押し込んでいる。
何となくとしか言いようのない理由で作ったこの空間だが、父上の部屋の前に置いておくと便利なものなど何もないし、必要もない。
ただ、誰にもばれないようにと苦労だけした無用の長物だ。
だが、誰も父上の部屋の前に理由もなく来る人はいないし、長時間滞在することもない。
この空間は入り口が分かりにくいように設計されているしわざわざ僕を探しているわけではない人に見つかることは無いだろう。
しばらく時間がたち、訓練に来ない僕を不審に思って、今頃イルミナたちはレイブンから話を聞き始めたころだろう。
空気穴があるとはいえ、いつまでも同じ狭い空間にいると息苦しくなってくる。
だが、僕の目は真っ暗なこの狭い部屋どころかそれを通り越して廊下まで見ることが出来る。
今、使用人が僕の目の前を通っていったが、僕を探しているという様子はないし、見つかっても気を失わせてまた隠れるだけの実力はある。
たまたま通っただけだった使用人には可哀そうだったという感想しかわかないが、それはしょうがないことだ。
そうしなければ僕がそれをはるかに上回るくらいにひどい目に遭うのだから。
それからどれくらいの時間がたっただろうか?
おそらく三十分ほどだと思うが、僕にはそれ以上の長い時間に感じた。
暇すぎるというのもあるが、いつ訪れるか分からない拷問の時間が僕の精神を蝕んでいた。
ドガッ!ドガッ!ドガッ!
何か踏み鳴らしたような地面が揺れる程の大きな振動が鳴り響く。
一人で作られるような振動ではない。
何十人もの人たちがいないと作り出せないような音だ。
「「「「フリード様!」」」」
耳の奥にジーンとくるような大音量に僕の背中から嫌な汗が出てくるのを感じる。
その音の源と言うには広範囲に広がりすぎている音の発生源はこの屋敷を囲うようにして展開されている。
眼鏡を外して声の発生源の方を目を凝らして見てみるとレイブンが指揮をしながら兵士たちが屋敷のあちこちでものすごい音を出しながら僕を探している。
その探し方といえば徹底的でまるでこの屋敷にある米粒一つを探しているかのようで屋敷の破壊すらもためらっている様子はない。
ボルベルク領の兵士にはランクが設けられている。
下位→中位→上位→高位→最高位といった具合で五つに大まかに分けられている。
下位はエルメが『投位』の兵士のことを指し、実際にはこの兵士はボルベルク領の兵士として認められていない。
ただの訓練兵として扱われている。
役回りとしては正規兵、つまり注意に上がったときの仕事の確認。
兵士としての礼儀作法、『固位』に至るための訓練、ボルベルク領に命をも費やす忠誠を誓わせるために洗脳を主にしている。
だが、低位でいられるのには年齢制限があり、二十五歳までに『固位』に至れなかった人は強制的に才能無しとして育成部から追い出されるというわけではないが、別の部署に異動させられる。
毎年全体数から見れば多いというわけではないがなかなかの数が涙を流しながら教官からの宣告を受けている人がいる。
中位はエルメ『固位』を発現している人がいる。
中位になると正規兵として認められて、仕事をするようになる。
仕事の内容といえば、ボルベルク領の門番、見回りなどたくさんあるが、そのほとんどは低位の人間に任せているのが現状だ。
もう一つはボルベルク領は傭兵業をやっており、その依頼の難易度と派遣される人材によって依頼額も変わってくるが、その中でも確実に完了できるような簡単な仕事や死人が出るような難易度の高い仕事があったり、遭遇したイレギュラーのせいで亡くなったりする人もいるし決して楽なものではないが僕の生活から考えたら楽な部類だ。
あとはボルベルク領で訓練の日々。
依頼によって給料も振り込まれてなかなか恵まれている奴らだと思う。
上位になると僕を上回る強さになってきて、新たにエルメが発現するというわけではないのだが、魔力がなんちゃらとか言っていたのを覚えている。
イルミナやビカリアさん、その他僕を訓練してくれる人たちは具体的にどうすれば手っ取り早く強くなれるのかを教えてくれない。
僕がエルメ『固位』を発現させたのもイレギュラーのようだったし本当に強くするつもりはあるのだろうか?
仕事は依頼のみとなり、中位では達成の難しい仕事が割り振られる。
あとは訓練だ。
高位の人間ともなればエルメ『柔位』を発現させるらしい。
ここまでくるとだんだん人数も少なくなってきて、全員の名前を憶えている人もいるという噂もあるらしい。
だがまだ大分多い。
ここまでくると相当に依頼の難易度も高くなってその分依頼の数も減り、暇を持て余している人が多くなってくる。
多くは教官として新人育成に取り組んだり、訓練したりしている人が多い。
最高位となればその数は三十四人しかおらず、僕でも全員の名前と顔が一致する。
高位の人間とは逆にここまで強い人間になると国王に仕えたり、他の公爵家の人間に仕えたりと逆に忙しそうにしている。
それでもその筆頭であるビカリアさんやイルミナは暇そうにしながら僕をいじめてくるので僕には判断がつかない。
エルメ『極位』を発現しているらしいがあまり好んでなろうとみんなしないので僕もあまり見たことがない。
その中で序列があり、その上位三人が最高幹部として君臨しているが、実力的にはそんなに変わらないんじゃないかと巷では噂になっている。
さらに噂では父上がさらにその三人よりも強いという僕にはとても信じることが出来ないが、そういうことなのだろう。
今僕を探している兵士たちはみんな高位の人間のようだ。
顔ぐらいは見覚えがある。
これほどの人間が寄ってたかって僕を探しに来てるなんていくら暇だとしても程があるだろ!
これからしばらく父上に提言して高位の人間も暇している人が多いので格安で仕事を引き受けるように言っておこう。
「フリード様―!」「フリード!」「フリード!出てこいや!ゴラァ!」「出てこないと殺しますよ」
いつから僕の領地の兵士たちは主人に対してこんな態度をとることが出来るようになったのだろうか?
僕は主人としてこんな態度を部下がとることが悲しくて仕方がない。
きちんと洗脳されているのだろうか?
とにかく後でしっかりと父上に頼んで再教育しておかないといけない。
その怒鳴り声にビビッてちびりかけたのは僕の中だけの秘密だ。
こういった感じの声はディル・ヴェルヴェーヌさんを思い出してあまり好きじゃない。
あの人だけは僕はもう二度と立ち向かえる気がしないのだけど、あれは恥じる必要のないことだろう。
相変わらず外では僕名前を叫びながら探しているようだ。
三回ぐらい呼ばれると意外と慣れるもので、たとえ僕よりも強い人の怒鳴り声を聞いても何とも感じなくなった。
五回くらい呼ばれると今度は何馬鹿なことをしてるんだと思うようになってきた。
本能的になのかどうかは分からないが、誰も父上の部屋に近づこうとすらしようとしない。
レイブンの指揮のもと見当違いな僕の部屋を中心に探しているようだ。
この屋敷は広い。
さらに不審者が現れたときの対応のためにとりわけ防犯と建物の強度には気が使われており、防犯の観点からこの屋敷は普通の建物に比べて広さよりも廊下や階段の複雑さが目立つ。
初めて来た人は決して目当ての部屋に一人ではたどり着けないと言われているらしい。
よく道に迷っている人も見かけるが、僕はしっかりと笑顔で見過ごしてきた。
また、この屋敷にはよくいろんな人が訪れる。
そのおかげで変装さえすれば、誰にもばれることがないような気がする。
それからに十分ほどしたと思う。
誰も父上の部屋に近づこうとすらしないのでぼくはうたたね気分で時間が過ぎるのを待っていた。
すると誰かの足音がついに聞こえて、僕の心臓は跳ね上がるようにして意識もまたはっきりとする。
こんなところに誰が来たのだろうか?
僕はさっきから主張の心臓を押さえつけながら誰が来たのかを透視して……納得する。
来ない方が逆におかしいくらいだった。
父上は一人で近くに誰もいないにも関わらずスタイリッシュに決めながら歩いていた。
いつもこんな感じなのかと少し驚いた反面、普段僕の目の前で見せてくれる表情や態度とは明らかに違うもので、見るものを威圧するような、怒ってないのに体が勝手に委縮してしまうようで先ほどの怒鳴り声で驚いたのとは明らかに違う汗をかいた。
それでも父上ならばれることもないだろうし、僕の味方になってくれるし、特に問題ないだろう。
それでも自分からここにいると教える理由もない。
ただ、部屋の中に入っていくのを待つだけだ。
いつも僕のことを呆れた様子で見てくる父上は廊下で僕に近づいてくるにつれて違和感を覚えたのか、僕のいる隠し部屋の方を凝視している。
「フリードか?そんなところで何をしている」
父上はとうとう足を止め、厳かに僕の名前を呼んだ。
いつものやれやれって感じの無気力なものとは違い、腹から声が出たなんだかかっこよかった。
一応とはいえ、僕は本気で気配を消している。
さすがに気配を消してなかったら高位の人間ならこんなところで一切動こうとしない僕の気配に疑問を抱いてやってくるはずだ。
それでも父上は一切ためらう様子もなく気配を探っているわけでもないのに僕を見つけた。
これが、噂で聞いた人類最強の男の実力と言うものでいいのだろうか?
「ええ、今隠密でレイブンから隠れているのですよ。だから見なかったことにしてもらってもいいですか?」
僕が真剣な声で父上に懇願すると事情を察してくれたのか、ポケット方をごそごそと探り出した。
「よっと」と取り出した父上の握っているものを見て僕は顔面蒼白になっていることだろう。
いや、間違えなくそうなっている。
そこにはレイブンにあげたはずの僕の財布がある。
「レイブンは具体的には教えてくれなかったが、手伝ってほしいことっていうのはこういうことか」
父上はポンっと手を叩き、僕の方へ歩みを進める。
もうばれてしまっているんだ。
このままいてもただ捕まるだけだ。
ならばイチかバチか!
「エルメ『固位』・シルバーアイ……『執心傾倒・恋の盲目』!」
僕はこの小部屋のドアを思いっきり開き、それと同時に父上に向かって飛び蹴りをする。
魔法を使ってもいいが、もし僕が屋敷に傷を作ってしまうと他の人は良いのに僕だけが怒られる。
初動はこれ以上ないくらいに完璧!
「おらぁぁぁああ!」
僕の蹴りは父上の胸に思いっきりブチ刺さり、そのまま停止した。
「え……!」
そしてそのまま重力に従って地面に叩きつけられる。
いや、父上に足首を握られてしまっているので、正確には地面に後頭部から頭だけで落ちる。
ゴンッ!と言う音が耳に響いてきて思ったより強い痛みに襲われる。
「~~!」
痛みと言うよりも振動だ。
頭がクラクラとしてくる。
「大丈夫か?」
父上は僕の足首を握ったままジャケットを肩に開けるようにして僕を背骨から肩にかける。
ああ……背骨が……
「~~~~~!」
背骨が一体何本ボキッ!っといっただろうか?
僕には分からない。
思ったよりも振り回す際の遠心力が強く、僕は衝撃に耐える準備をしていなかったせいで海老ぞりで父上の肩にかかった。
その痛みはどのように表したらいいだろうか?
僕にはそれを表すほどうまく言葉を表すことが出来ないが、背骨の砕けた感触だけは確かだ。
吐くような、刺すような、どうしようもない痛みに呻き声をあげることすらできずにだらッと力を抜いた。
こういった場合は力を少しでも入れようとするととんでもない痛みに襲われることは体験済みだ。
父上も僕を肩にかけて少しの間は止まっていてくれたが、少しするとどこかへ歩き出した。
「大丈夫か?想定していた向きと逆になってしまった」
父上は軽い感じて少しの傷のように言うが、捻挫や切り傷、打撲あとは腕の骨折などでも眉一つ動かさない自信のある僕でもさすがにこれは厳しい。
とんでもない痛さだ。
呼吸をする際、息を吸い込もうとするたびにとんでもない痛みに襲われるし父上は僕のイメージとは意外とかけ離れた人なのかもしれない。
これに歩く振動が加えられたらいったいどうなるのだろうか?
父上の歩き方はいたって自然なのに、まるで止まっているかのように振動がない。
一体どんな体幹をしているのだろうか?
「レイブン!連れてきたぞ」
父上が僕を運んだ先はレイブンの部屋で、レイブンはベッドで寝っ転がっていた。
僕を探していた厳つい声を出す人たちもいつの間にかいなくなっているし、レイブンはどうして僕を探してないのだろう?
「え?……それ、背中大丈夫なのですか?」
「ああ、たぶん痛いだろうな。声も出ないようだし、結構いってるのかもしれん」
「~~!」
いつまでたっても呼吸をするのすらしんどい状態で、しゃべるさらに叫ぶの何て出来るわけがない。
何かを伝えようにも僕の頭は父上の背中の方にあり、僕の顔を誰も見ていないので誰も分かってくれない。
すると父上が僕をタオルのように扱ってレイブンのソファに僕を寝かせる。
「おっと!これは思ったよりも酷いな」
「ええ、酷い顔をしてます」
こいつら好き勝手言いやがって。
絶対に許さない!
確かにあまりの痛さに顔面蒼白になって涙と鼻水、唾液をまき散らしているかもしれないが、そこまで言うことないだろ!
「とりあえず顔は隠しておいてあげるか」
「ええ、見ているこっちが気分悪くなります」
「俺はそこまで言ってないからな!」
そう言いながら僕の顔に父上が懐からハンカチを取り出し、僕の顔にかぶせる。
一応僕、意識あるんですけど~って言いたかったが僕の背中の痛みはそれどころではなく僕の悪口を言っていることは理解できるがそこに意識が回らなかった。
「レイブンは拷問官と治癒師を呼んできてくれ」
「拷問官ですか?どうしてですか?」
「いや、いくら痛そうにしているとはいえ、捕まったことには変わりないんだしこれから拷問が始まるのは当然のことだろう?」
「鬼ですね」
「この程度でへばるようなやわな育て方はしてないはずだから大丈夫だろう」
「いや、それでも可哀そうですよね」
「こういった経験が将来、ギリギリの戦いで余裕が生まれたりするものなんだよ」
しばらくすると僕の背中が急に暖かくなり、痛みが引いていく。
バキバキになってた背中がひとりでに動き出して元の正常な位置に戻っていって治る際にまた痛い目に遭ってちょっとしんどいが、ゴールの見えた痛みなら我慢が出来る。
呼吸が荒くなっていたのも少しずつ収まってきて気持ちも楽になってきた。
「父上!腰だけはダメで――」
顔に掛けられていたタオルを外しながら父上に文句を言おうとした僕が一番最初に見たのは僕の足に向かってハンマーを振り下ろす拷問官の姿だった。
「さすがに俺相手に隠密で勝負するのは可哀そすぎるから今回のペナルティーは三時間でいいぞ」
父上とレイブンはそう言いながら部屋から去っていってレイブンのセンスあふれる部屋は血の溢れ出す拷問所と化した。
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