第45話 実家での生活
僕の屋敷は公爵家なだけあって威厳を、見るだけでその力を感じてしまうだけの圧倒的な美しさと広さがある。
ついでにボルベルク家の特性のせいか、僕の家にはたくさんの使用人や兵士が蠢いている。
僕は僕以外だとしたらミライムさんを含めて本当に身近な人間しか好きには成れない。
異性のかわいらしい子なら僕もちゃんと好意を持て接することが出来るけど、同性のしかも汗臭い奴らが身近に常にいるなんてまさに地獄だ。
いつも通り見回りは真面目に仕事をしており、何度かすれ違いながら僕の過ごしてきた部屋に戻る。
学園の寮とは明らかに違うその宝石の数、それだけではない、ちりばめられている宝石には芸術的なセンスを感じる。
僕が僕の時間を最も安心して最も穏やかに過ごすことが出来るのはミライムさんの存在を常に感じることを除くと大好きな僕自身の存在を感じること。
つまり僕のセンスを全開にした眩しいくらいの芸術品、貴金属を飾った僕の部屋は僕を穏やかにしてくれる最も素晴らしい部屋だ。
そしてその僕の部屋には現在所狭しと置かれていた貴金属品や絵画、彫刻品がただのひとつもなくなってしまっている。
残っているものと言えば僕が勉強しているときに使っていた資料や、僕個人的な特に価値のない小物しか残っておらず僕がこの家を離れる前にあったこの部屋に住む者の感性の良さをそのまま表したかのような美しさが全くなくなってしまっている。
僕の部屋をこんなに自由に勝手にできるような奴なんてそうそういない。
急いでレイブンの部屋へと長い通路を走りながらも人にはぶつからないように意識をして突撃する。
やはりと言うべきか、僕の部屋にあった貴金属品の類はほとんどここにある。
あまり入る機会が無かったので少し僕も驚いているのだが、思っているよりもレイブンはセンスがいい。
僕の絵画や彫刻品の見る目はないようだが、僕が男の子らしい貴金属品の配置をしているとするとレイブンは女の子らしい配置をしている。
効き目も確かなのか、僕が自信を持って作った作品がまるでどれだが分かっているかのように目立つ場所に置かれており、僕の部屋の様子と雰囲気は少し似ている。
ただ、貴金属品はそこまでかさばらないこともあり、レイブンの私物も多いこともあって僕の目の奥に残っている僕の部屋とはやはり大分違うが、この部屋もなかなか悪くない。
僕の私物もあることだし、この部屋は僕の部屋ということでいいだろうか?
一度考えてしまったことと言うのはなかなか頭から離れない。
それがあまりよろしくないもので忘れよう忘れようとすればするほどその傾向は強まってくる。
うん、ここはもう僕の部屋だ。
だって僕のものがたくさんあるし……異論は認めない。
僕はレイブンのベッドに飛び込んで僕の匂いをしみ込ませるようにして体をすりすりと刷り込ませる。
レイブンもなかなかいいベッドを使っているようで顔を擦り付けても僕の顔が摩擦でひりひりするようなことはないし、頬に感じる肌触りも心地いいものだ。
しばらくして仰向けになってみると、僕の部屋と雰囲気が似ているだけあってだんだんと心が落ち着いてくる。
僕の作った作品を見ていると僕が作ったときの集中している感覚を今体験しているかのように思い出すことが出来るし配置のセンスの良さでここをこうすればいいのにとか考えて腹が立つこともない。
レイブンのベッドに入ることでレイブンの部屋を侵略しているような気持ちになって正直レイブンに対して腹が立っていたのが噓のように消え、心が跳ね踊るような気持ちになる。
こうして人のベッドに忍び込むとあの時ミライムさんのベッドに入れてもらうことが出来たとき、もっと匂いを嗅いだり僕のにおいをしみこませたりすればよかったなと少し後悔してくる。
それでもそんな変態みたいなことその時に思いつかなくてよかったなと思う。
多分思いついていたら実行していたと思うから。
もしもバレてしまったときのことを考えると流石に僕がこれほどまでの美貌を持っているとしても僕の名誉が損なわれてしまっては流石に嫌われることはないとは思うが引かれるかもしれない。
しばらくボーっとしていると少しずつ睡魔に襲われてくる。
その睡魔に抗わず瞼を少しずつ閉じようとすると「お兄様!お兄様!部屋に戻るのは待ってください!お兄様の部屋を荒らしたままもとに戻すのを忘れてました!」という声が耳に吐いてくる。
だんだんと近づいてくる声に僕は僕の宝石を勝手にとったレイブンに対する怒りよりも一度冷静になったことで兄として妹のベッドで眠っていることに対するとんでもないことをしているのに思い至る。
「お兄様ったら一体どこに――」
そう言いながらレイブンは部屋に戻ってきてベッドで寝ている僕と目が合う。
僕がベッドで眠っていることはレイブンとしても予想外だったのか驚いている様子だ。
目を見開いている。
そんな様子も少しで終わり、いつも通りの表情に戻ったレイブンは真顔になってそっと目を逸らす。
「お兄様。確かに勝手に物をとったのは悪かったですけど、流石に……ベッドはちょっと……」
さすがのレイブンも僕を上から見下すほど嫌だったようでちょっと兄として好かれたいという思いはなくはないので少し心にダメージを負ってしまう。
「別にいてもいいのですよ。私は特に気にしません。お兄様のことですから基本的に清潔であるはずですし。今も見る限り清潔ですし。いいんですけど、さすがに一言言ってもらわないと見た瞬間のショックが大きいので――」
「いや、悪いとは思ってる。ついでに僕の方も見る目はあるようだし、持っていくのは良いけど、あらかじめ言っててもらわないと部屋を見たときのショックが大きいからな」
「確かに勝手に持って行ったのは私も悪かったです」
そう言うとレイブンは僕の寝ているベッドに近づいてきて僕の近くの端に腰を掛ける。
女の子らしいと言えばいいのか、体重は軽いようでベッドはあまり沈まなかった。
普段は口を開けば僕を小馬鹿にしたようなことしか言わないくせしてだんまりすると僕の妹なだけあって将来を期待させてくれる容姿をしている。
「分かれば別にいいよ。芸術作品は存在することに意味があるんじゃない。人目に触れてその姿をさらすことで人をその芸術の世界に引きずり込むことに意味がある。僕の部屋にあるだけじゃあ意味がない。それよりも気になるのが――」
「他の作品がどこにあるのかですか?」
レイブンが僕にかぶせるようにして言う。
「そう、それだ。他の奴はどこだ?」
「私には絵画や彫刻はまだ理解できないので絵画は父上の部屋に、彫刻は母上の部屋に、お兄様を模した彫刻は欲しいと手を上げた女性の兵士の部屋にありますよ」
「僕を辱めているのか?」
「ご想像にお任せします」
レイブンは僕の腹に頭を乗せる形で寝っ転がってだらける。
腹の上に感じる長く艶のあるまとまった髪の毛に頭の重さ。
僕の上に頭を乗せてどうしたいのだろうか?
どう対応すればいいのか僕には分からないが何もしないというのはあまり面白くない。
とりあえず僕の鍛えに鍛えた腹筋の力を思いっきり抜いて……入れる。
それを繰り返すと頭が揺らされて気持ちが悪くなるだろう。
だがそれ以上に僕の腹もなんだか気持ちが悪くなってくる。
しばらく続けると僕が力を抜くタイミングを見計らって思いっきり僕の腹に頭突きをかましてきた。
「ハウッぷ!」
一瞬僕の呼吸が止まったが妹の頭突き程度で怒るというのも兄としての評価に関わってくる。
悔しいが、僕に出来る仕返しといえば――
「よくもやったな!」
そう叫びながらレイブンを力の限り抱きしめることだ。
殴ったりしたら僕がさすがに悪い。
蹴るのは論外。
言葉でなじったりしても言い過ぎた場合は僕が悪い。
ならば抱き着くのはどうか?
ただのスキンシップと言い切れる、抱き着くという行為は腕の下に手を回し、思いっきり抱きしめると力の差がある相手だとなかなかに苦しいものだ。
「くる、苦しいです!お兄様!悪かったです!私が悪かったですから!」
レイブンと僕とではさすがに僕の方が力は大幅な有利がある。
僕たちの力の差ではなかなかに苦しいものだったと思う。
だから最後には優しく包み込むようにいて抱き着き、背中をポンポンとたたく。
それだけでみんな苦しそうな表情から一転して幸せそうな表情になる。
さすがにレイブンはそんな表情はしなかったが、怒っている様子もない。
「ひどいですよ。締め付けられるような感覚、私嫌いなんですからやめてくださいよ」
「なら、レイブンも悪戯はやめたらいいだろ」
「私のはただじゃれてるだけじゃないですか。お兄様と会うのは久々ですし、ちょっとやりすぎてしまうのは心が躍ってる証拠だと思ってくださいよ」
「じゃあ、やりすぎだと感じる度にしっかりと抱きしめてやるから文句言うなよ」
「優しくお願いしますね」
レイブンを抱きしめるために起き上がっていたのをベッドに再び倒れると今度はレイブンが隣に眠ろうとする。
「なぁ、レイブン。僕の彫刻って誰が持っていったか具体的に知ってるか?」
「確か『勇者』と『漆黒』だったと思いますよ。なかなか激しい取り合いになってたみたいですけど、高位の兵士になるにつれてやっぱりお兄様ですからね」遠慮していたのでしょう。そこを幹部の二人が搔っ攫っていきましたよ」
「『勇者』さんと『漆黒』さんかぁ。あんまりそんなことするイメージ無かったけど。むしろ僕から遠ざかろうとしているイメージがあったからな」
「正気ですか?確かにあの二人は奥手ですけど、普通にお兄様を見る目は他の人と変わらないですよ。むしろ普段気持ちを隠してる分怖いくらいですよ」
「まぁ、あの二人には僕もお世話になってるし別にいいか」
「いや、そういう問題ですか?」
「別にいいよ。確かに僕は僕が好きだし、自分の作った作品を見てると落ち着くけど、お世話になった人が欲しいものなら僕もあげるくらいの器はあるさ」
「そうですか。なら私も遠慮なく色々もらっていきますね」
「いや、お前はだめだ」
「どうしてですか?」
「レイブンのせいで今日僕訓練しなくちゃいけなくなったじゃないか」
「私が言ってなかったらどうせイルミナ辺りが甘いですよとか言ってもっときつい目に遭わされてますよ。あの人お兄様に対してなんだかすごく執着してますし」
「……そんなことはないと言い切れない。むしろその可能性が高いところがあいつの怖いところだよな。しょうがない、お前は僕の物を管理してくれるということでいいか?さすがに放置してるだけだったら劣化が早まってしまうかもしれない。きちんと僕の作品を綺麗に保ってくれると約束できるならあげるよ」
「それよりも言わなければならないのが、お兄様、汚れは特についてないですけど、汗かいてますね」
「………」
そんな会話をしていると時間と言うものは勝手に過ぎ去っていく。
僕は自分で荷物の整理何て面倒なことはしない。
そういったことは使用人に任せている。
ミライムさんたちも同様だと思うが、僕の屋敷に訪れたミライムさんは僕と違って父上たちにしばらく泊まることに挨拶をしなくてはならない。
全く面倒なことだと思うが、こういったことは僕も何度かしたことがあるし、やらなくてはいけない決まりらしいので僕は公爵家の長男としてこういったことはキチンとする。
そろそろその挨拶も終わって訓練が始まってしまう時間帯だろう。
「そろそろ訓練の時間だし、僕は早めに隠密の訓練をしてるから、父上たちの用事が児が終わったら僕のことを見つけに来てほしいって伝えてよ」
僕はレイブンのベッドから立ち上がり、出来るだけ物音を出さないように身に着けるものを最低限にする。
隠密は僕が最も不得意な分類だ。
存在するだけで皆の注目を集めてしまう僕は人目につかない方法と言うものが理解できない。
その分僕は索敵の面でどんなに隠密が得意な奴でも見つけることが出来るのだが、やはり自分が隠れることが出来ないというのは自分より強い相手に出会ったときに隠れることが出来ないのはまずいことだししっかりとマスターしておきたい内容だ。
イメージとしては物と同一化するイメージ。
隠密に磨きをかけている人だと、自分の存在を地の下に沈めて、自分でも自分の存在を感じ取れなくなるくらいの精度らしい。
僕にはそこにいるのだと一発で見ることが出来たのでその人も驚いていた。
でも、周りが演技をしていないのだとしたら確かに目の前にいるにも関わらず、まるでそこにいることに気が付いていないようで、不思議だった。
隠密というのは確かにある技術のようで僕の知ってる強い人たちは得意不得意はあると思うが基本的にみんな習得している。
「了解です。私は索敵の訓練をしておくと言っておきます」
レイブンも僕の作戦に乗るようだ。
だが、隠密の訓練には危険が伴い、緊張感を一瞬たりとも切らすことのできない。
隠れることのできている間は、隠れることに集中して精神をすり減らすものの、慣れてしまえばどうってことない。
僕は毎日体をすり減らしながら暮らしている。
今更精神をすり減らす程度何か感じるはずもない。
問題なのはもしも僕が隠密の訓練で見つかってしまうとそのまま拷問の訓練に移行されるということだ。
僕レベルの人間が隠密を使わなくてはならないような事態になったらそれは一大事で、もし捕まってしまうと間違いなく拷問に掛けられるらしい。
いくらその話に正当性があったとしても、お題を与えられて、初手で自白剤を飲ませるのはどうかと思う。
僕レベルで殴られる痛み、切り裂かれる痛み、炎に抱かれる痛み、毒を飲まされる苦しさに慣れている人間はいないものだと自負している。
物事は慣れるものだ。
痛みにも慣れる。
同じことが繰り返されると勝手に体が慣れてしまう。
たとえ痛みに慣れても痛いものが痛くなくなるというわけではない。
内臓を傷つけられえる痛みには僕は慣れることが出来ず、唾液をまき散らしながら発狂してしまうほどの痛みを体の表面に与えられる傷に慣れたころによく与えられるようになった。
「僕を見つけるなよ。もしも僕を見つけたらしばらく口も利かないからな」
「そんなことすると私がペナルティーを受けることになってしまうじゃないですか。そんなことできませんよ」
「レイブンが受ける程度のペナルティー僕の受けることになる拷問に比べたら何でもないだろ。僕のために耐えてくれ」
僕は懐から金貨の数枚詰まった財布を取り出し、その財布ごとレイブンに握らせながらそういう。
僕には全体を想像しながら作るような作業は好きなのだが、なぜか裁縫だけは好きになれないというか、嫌いではないのだが必ず途中で飽きてしま手最後まで縫うことが出来ない。
それに一度やめてしまったものは僕の気持ちの問題でもう一度再開することはあまり好きではない。
一日で作り上げることが出来ないことの多い彫刻も時々途中からもう一度作ることが嫌になってやめてしまうこともあるくらいだ。
僕は芸術品を作ることに向いてないのかもしれないと思ったこともあるが、こういったこだわることが大切だと自分に言い聞かせながら取り組んでいる。
「私の趣味じゃないですね。……まぁいいでしょう。次はもっといいものを貰わないと納得しないですよ」
そういいながら立ち上がり、部屋から出て行く。
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