第44話 家族との再会

 それから半日ほど不眠不休、トイレはどうせ濡れているし、垂れ流してもどうせすぐに新しい水で洗い流される。


 ただただ相手に水を当てて少しでも優越感を覚えるためだけに戦った。


 でも水を当てると同時にあてられるので優越感はすぐに敗北感に変わる。


 その敗北感を優越感にまた変えるために何度も何度も無理をした。


 その結果当たり前と言えば当たり前だが、僕たち二人の魔力は底をつきて、無呼吸運動をずっと続けながら走り回ったこともあり、疲労で体が言うことを聞かなくなってダウンした。


「フリード様!さすがに石をぶつけてくるのは酷いですよ!」


「それはお前も同じだろ!氷をすごいスピードで投げてきて、体中にあざができてしまったぞ!」


「私にだって出来てますよ!」


「お前の方が数が圧倒的に少ないだろう」


 僕たちは炎に身を当て、キンキンにへ切ってしまった体を温めてながら先ほどの戦闘?遊び?喧嘩?の続きはもう疲れ切ってしまって出来なくなったので口喧嘩をしていた。


 僕の心臓の感覚はまるで麻痺してしまっているかのように感覚を探ることは出来ない。


「それにしても無駄がなかったですね。自分から魔法の修行をするなんて私感動してしまいましたよ。私のメニューでは足りなかったようですね。今後はもっと厳しくしてあげますから安心してくださいね」


 僕たちの喧嘩は余計な人まで熱くしてしまったようだ。


 楽しかったことは少し認めるけど、こんなことを言われてしまうと余計なことをしなければよかったと後悔してしまう。


 嬉しそうに話しているイルミナを見ていると僕が最も見たくない人の笑顔を見てしまって悲しくなる。


「楽しそうにやってましたね。私も見てて混ざりたくなりましたよ」


 ミライムさんも混ざってくるが、僕の動けなくなっているような恥ずかしい姿を見てほしくない。


 笑いながら僕の顔を覗き込んでくるが、その笑顔は少しいつもより嗜虐的に感じる。


 真っ白な歯を見ながらその笑顔を見ていると僕の胸の奥がだんだん熱くなる。


「ミライムさんも普通に混ざってたじゃないですか。大分勢いが強くて痛かったですよ!」


「そうですよ。私不意打ちで食らって驚いてしばらく息が出来なかったし、その後のフリード様の攻撃に無抵抗で受けてしまいましたし……」


 僕たちが水をかけあっているだけでもやはり実力差が出てくる。


 僕とエレーファの間にはやはり埋めがたい実力差がある。


 特に水はエレーファの得意属性でもある。


 ミライムさんが加勢してくれるまで、僕はエレーファの五倍くらいの量の水を浴びていたが、ミライムさんに気を取られているうちに僕はそれまでの恨みを晴らすくらいの量の水をかけてやった。


 大量の水を常にかけ続けてしばらく息が出来なかっただろう。


 そう思うと僕の胸の中がすっとする。


「じゃあ、そろそろ夜中の移動を始めますよ」


 イルミナが僕とエレーファに重りをつけながらそんなよく分からない言葉を言う。


 僕もエレーファもまだ体力が回復してないと言うのに……


「早く立たないとぶちのめした後で馬車に括りつけたうえでサボテンの群生地を駆け抜けますよ。そこらへんにない場合は私が地面に棘を作ります」


 そういわれると僕たちに動かないという選択肢は一つもない。


 ご飯休憩を除くと僕たちはほとんど休憩してない。


 馬も僕たちに走らせるために走り続けてほとんど休憩してないし、普通に走り続けるのは無理なのではないだろうか。


 実際ウマたちも疲れてそうな表情をして水を飲んでニンジンを食べてる。


「二人にだけ走らせて、指南役の私が走らないわけにはいかないでしょう。今度からは私も一緒に走ります。ついでに馬と荷物とミライム様も私が運びますから安心してください」


 確かにイルミナが走らないのに関しては腹が立ってたが、それはそういうものだと思ってたからどうとも思わないからいいとして、馬と荷物とミライムさんを運ぶって、荷物の中には僕の作品も入っているのに、稀代の天才と謳われた僕の作品が入っているというのに。


 それをこんなに雑なイルミナに運ばせるなんて、僕の作品がまた大丈夫な姿で日の目を浴びることはないだろう。


 だが、それを上回るくらい、僕は少しでもイルミナの重りを増やしたいという気持ちがある。


 だから問題なし。


「じゃあ、頑張ってくださいね!」


「ええ、先に待ってますよ」


 そう言い、ミライムさんとイルミナを置いて、僕とエレーファは走り出した。


 後ろから「早っ!」と言う声と「大丈夫です。すぐに追いつきますよ」と言う声が聞こえる。


 その声に危機感を覚えて、僕たちはさらにスピードを上げる。




 

 そして五日後、僕とエレーファは地面に倒れ込みながら僕の故郷であるボルベルク領の正門前に立っていた。


「いやー、最初はどうなるかと危機感を覚えてましたけど、思った以上に、馬車以上に快適な走りで、しかもスピードも圧倒的最高の旅でしたね!」


 ミライムさんはそんなことを言っているけど、僕たちにとっては地獄でしかなかった。


 王都ダマスカスからボルベルク領に着くまでには二つほど大きな山がある。


 その山には特に危険な虫はいないので僕たちはイルミナが両手でとんでもない大荷物を持ちながら走っているだけでもすごいのにその状態で戦闘まで始める。


 その様子をおびえながら見て心臓破りの坂道と恐れられている坂道をマスクを濡らしながら走り続ける。


 僕たちが疲れて走る速さを少しでも緩めるとイルミナが魔法でただの怪我では済まなそうな大きな石を投げつけてくる。


 それにミライムさんも悪乗りして僕たちに水をかけてくるので、僕たちも水を掛ける。


 そんなことをして魔力もガンガン削りながら走り続けて、やっと着いたボルベルク領。


 達成感で思わず頬を緩めてしまう。


 俺たちの戦いはこれからだ!




 僕たちは馬車に乗り、ボルベルク領最大の都市『セキラ』の街をゆったりと運ばれていく。


 自分で走らなくても勝手に運んでもらえるとはなんて幸せなことなのだろうか。


 イルミナに心の奥底で激しい怒りの炎をたぎらせながら、僕は何でもないように装いながらミライムさんを凝視する。


 イルミナも、まさか僕がミライムさんを見ながらイルミナに激しい怒りを抱いているとは思わないだろう。


 僕の領地では相も変わらず至る所で子供たちが木刀をぶつけ合う音から真剣での剣戟、魔法による爆発音が、そして笑い声の様にして所々で悲鳴が上がっている。


「やっぱり実家に帰ってきた気がして落ち着きますね。やっぱり道路には所々血の斑点があって、常に悲鳴を上げてないと人がいる様には感じないです」


「確かにわかります。私も向こうでの生活は聞きなれた音が聞けなくて少し生活リズムが崩れてしまってましたし」


 イルミナと意見が被るという不思議な結果があったが、同じ感想を共有できるということは幸せなことだ。


「それは……ちょっと私には分からない感覚ですね」


「私もちょっとその感覚は……少し羨ましい感覚ではあるのですかね」


 そんな思い出話にふけながら馬車でしばらく歩いているとようやく本邸が見えてきた。


 御車をイルミナがやってくれているおかげでそれを見た兵士たちが寸分狂わない敬礼をしてくるのでこういったところだけは一緒に居てくれてよかったと思う。


 僕が目立つ場所にいるとみんなから恐れられているイルミナとは違い、かっこよくて人望のある僕の周りにはたくさんの女の子たちに囲まれて動けなくなってしまう。


 ミライムさんもいる中でそれだけは避けておきたい。


 それに血気盛んな男連中にミライムさんの姿をさらしてしまうとどんな反応をするか分かったものではない。


 僕が父上にお願いして懲罰を与えなくてはならなくなる人が増えてしまう。


 懲罰を与えること自体は何の問題もないのだが、やはりそれまでの過程が面倒だ。


 正門に着くころにはたくさんの出迎えの兵士が整列をしており、その真ん中にはボルベルク領の兵士の幹部の一人『惨殺器官』イシュメル・クウォークが立っている。


 そして彼が守るようにしている人もおり、そこには僕の父上と母上と妹が久しぶりに帰ってきた僕を出迎えるようにして待っていた。


 さすがのイルミナも僕の父上たちの前でいつもの態度はとてもとることが出来ないのか、大人しくと言うよりも自分の存在を隠している。


 それはもう、僕も意識を不意にイルミナから外してしまうと存在を忘れてしまうかのようなはかなさで、力推ししかできない人だと思っていたのにこんなにも技術的なことが出来るような人だとは思っていなかった。


 それでも僕の父上や『虐殺器官』はそんなに意識してイルミナを探っている様子もないのにはっきりと把握している様子だ。


 僕の索敵機能は目にほとんどを依存している。


 物さえを透かしてさらに向こうを見ることが出来る僕の目は集中してみさえすればどんなにはかない存在であろうとどれだけ自然にどうかしていようとはっきりと見ることが出来る。


 だが、集中をしていなければ僕の索敵機能はそのた大勢と大して変わらない。


「お帰り。あまり変わっていないようで何よりだ。健康でさえいればどれだけ激しい訓練でもすることが出来る。もう学園に入るような年齢だし甘やかしたりするつもりはないからな」


 僕に向かって父親のような口調で家族よりも早く僕に話しかけてきた『虐殺器官』はその二つ名がつけられていいような人だとは思えない穏和な笑みを浮かべている。


 僕の中での彼の評価は良い人その一言に尽きるが、ただこのように少し空気の読めない部分もある。


 そんなイシュメルを僕が返事をする前に押しのけて僕の父上、テンザン・ボルベルクが僕の前に歩み出る。


「元気そうで何よりだ。長旅と言うわけでもなかっただろう。ほんの数日間なのにどうしてそんなに疲れているんだ?」


 父上にはキチンとした感覚が備わっているのか、イシュタルとは違い、僕がきちんと疲れていることを把握してくれているようだ。


「イルミナが――」


「私が用意した馬車を気に入っていただけなかったようでこれに乗るくらいなら自分で走ると言い出したので、ついでにエレーファ様も走ると言い出したのでそのようにさせると、魔法を放ちあって遊んでいたようで魔力切れで疲れているようです」


 僕が話そうとするとイルミナが横から割り込んできてまともに話すことが出来なかった。


「イルミナ!家族の会話だ。黙っていなさい」


 イシュメルもそう言ってくれている。


 だがこの流れで僕が本当のことを言っても実際僕が馬車に文句を言ったのは事実なので逆に贅沢言うなと文句を言われてしまいそうなので、この話は終わりにする。


「ただいま帰宅いたしました」


 僕はそう言い、特に自分から話すようなこともないし、流石に少し疲れたので休みたく思い父上の脇をすり抜けようとするとアリスト、僕の母上に抱きしめられた。


 僕の母親であるアリストは僕と言うイケメンを産んだだけあって美しいという言葉の似合う、もうすでに三十歳中盤だというのにまだまだ若々しく思える誰に自分の母親だと紹介しても恥ずかしくない人だ。


 そんな人に抱きしめられている僕は少し恥ずかしい気持ちになりながらも自分の母親から感じる愛情とぬくもりを感じて背中に手を回し抱きしめ返す。


 手さぐりで僕の体まさぐっているような気もしなくはないがまるでまた母親の胎盤の中に戻ったかのような安心感がある。


「フリード、もっとしっかり食べないと。今しかない成長期、もっとしっかりと栄養を取って大きくなりなさい」


 やはり僕の感覚は間違っていなかったようで僕の体をまさぐっていたようだ。


 それでも「修行が足りませんね」とか「変化がないじゃないですか。もっとハードにしなければなりませんね」とか言われないだけましというものだろう。


 僕もよくいろんな人に抱き着かれるが、よくそんなことを言われる。


 そう言われた後の訓練はたいていすごく厳しいものになって最近になると抱擁されることに本能的に恐怖を感じて避けるようになっているが、こういった癖はいつでもミライムさんの抱擁を受け入れることが出来るように直していた方がいいだろ。


「最近疲れがすごくて食欲も少し落ちてきているからかもしれないですね。ご飯食べた後にすぐ走らされたりして意図的に食べる量を減らしたりしてましたしね」


 チラリとイルミナの方を見ながらそういう。


 イルミナは僕が視線を向けたことに少しむっとしている様子だったが、周りの視線もあるのですぐにいつもの澄ましたものに戻る。


「疲れているようですし早く休みなさい。激しく頑張ることと休むことそれは同じように大切ですからね。私が体の疲れを取ってあげてもいいですけど自然に治るものを人の手で直すのはあまりよくないでしょう。『プレディア海』には明日出発しますし、今日のところは休んでなさい」


「分かりました母上」


 母上の有難い言葉を聞きながら僕はイルミナの方を鼻を鳴らしながら馬鹿にした表情で見る。


「あまり甘やかす者ではないですよ母上。今は成長期だからこそ頑張らないといけない時期なんです。それに一日休むだけで体の感覚は鈍ってしまうものです。せめて私と同じメニューくらいはこなしておくべきでしょう」


 僕の妹のレイブンが余計なことを言う。


「確かにその様子だと最近は走ってばっかりだったのだろう?技と駆け引きは毎日体験しておかなければ勘が鈍ってしまうからな。レイブンは身体能力はあまり大したことないが、わざと駆け引きに関してはお前よりも上だからな。得るものも大きいだろう」


 父上からの援護もあり、僕の今後の行動は勝手に決められた。


 その時のイルミナの表情が何となく腹が立った。


「じゃあ、僕はさっさと荷物を置いて休んでおきますね」


「それは私がやっておきますからミライム様達の案内をしてあげてください」


 『虐殺器官』が僕たちの荷物を率先して運び出してくれる。


 それを見てイルミナも慌てて手伝っているが、既に手もち無沙汰のようだ。


「その訓練私も参加しましょうかね」


 ミライムさんがおかしなことを言う。


 僕のあのしんどそうな顔をしながら走らされていたのを見てその発言をしているのだとしたら僕が思っているよりミライムさんは変な人なのかもしれない。


「実際に戦う人に気持ちも知りたいですし」


 そう付け加えられると僕はそれまでの思考を捨ててなんていい人なのだろうと思う。


「うーん。ミライム様か。ミライム様のようなエルメの人もいるにはいるし、そういった人との戦闘経験は得難いものだけど、今は変な癖もついてはいけないし、私と訓練するということでいいかな?」


 父上が僕とミライムさんの戦闘デートの邪魔をする。


 僕が手取り足取り技を教えてあげてすごい人っていう印象を植え付けたかったのに!


「僕はしばらく自分の部屋に戻ってますから訓練の時間になったら教えてくださいね」


 僕は一人そう言い残して誰も後につけさせず部屋に戻る。


 チラリとレイブンを見つつ部屋に戻りに行くとレイブンが僕を見て気まずそうにしたのを見逃さない。


 そんなに申し訳思うなら言わなければよかったのにと思うが、また僕はレイブンがそんなことを感じるような人間だったか疑問に思う。

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