第43話 友達と書いて敵と読む

 イルミナは治癒師を探しに行った時とは違い、一瞬で戻ってきた。


 なんだか恐ろしいことを言っているような気がしなくもないけど、僕の意見は決して変わるようなことはない。


 人の不幸。


 考えるだけで涎が出るくらいに胸が躍る。


「早かったですね。僕もいっぱい持って行ってもとくに意味ないですし、これだけでいいですよ」


「これだけと言う割にはなかなかの量がありますけどね。まぁ大丈夫です。もともと荷物と人が乗るよう別々に馬車を準備しているので問題ないですけど、自分で荷物は運んでくださいね」


「自分で?………なんでこの僕がそんな怠いことしなくちゃいけないんですか!」


「別に私が運んでもいいですけど、芸術なんて高尚なもの私には理解できないですし作品がどうなっても知らないですよ」


「じゃあ自分で運びますよ。エレーファ運びなさい!」


「いや、自分で運んでくださいよ」


「僕に逆らうの?」


「逆らうも何も、僕が従う理由もないですよね」


「従うか逆らうかどちらがエレーファ自身に利益があるのか考えてみるといいさ」


「いや、別にいいですけど、普通にお願いしてくださいよ。そんな脅すようなことを言う必要は無いじゃないですか」


「僕の立場を考えたらみんなが僕に従うことぐらい普通でしょ。むしろ命令をしたらいけない理由もないでしょう」


「確かにそうですけど、僕たち友達じゃないですか!身分の違いがあったとしても!だから命令じゃなくて頼んでくださいよ。普通に!文句一つ言わずに聞きますから」


「お、おう。なら今度からは普通にお願いするよ。だけど、友達とか言うならさっき助けてくれたとしてもよかったんじゃないのか?」


「なら最初から避けてたらよかったじゃないですか。『両豪刀』って最初から気がついてましたよね。引きつった笑みを浮かべてましたし。そしたらどうなるか予想ぐらいついてたはずなのに普通に近くによるのに、手を出されかけたら泣きそうな顔をするんですからこんなに面白いこともないじゃないですか」


「気が付いてたのですか?」


「もちろんそうでしょう。あんなにあからさまだとみんな気が付いていると思っていたのにみんな気が付いてない振りをするものですから面白かったですね」


「多分みんな気が付いてなかったし、変だと思ったら行ってくれよ。みんながお前みたいに頭がいいってわけじゃないんだぞ」


「まぁ、気が向いたらそうします」


 僕はエレーファに彫りかけのミライムさんの彫刻を持たせて部屋を出た。


 僕の荷物と言えば貴金属の彫刻品くらいだ。


 片手に収まるサイズだから足が軽い。


 後ろで慎重に布のかかった大きな石と自分の荷物を持っている人がかわいそうに思えてくる。


 ミライムさんとイルミナが血も涙もない冷血漢を見る目で僕を見てくるが僕の心は決してへこたれない。


 これも僕を笑った罰だと思えば軽いものだ。


「この程度の馬車ですか?もっといいのあったでしょう」


「あれ?乗りたくないですか?走ってもいいですよ。むしろ走りますか!いえ、走りましょう!このしょぼい馬車の中からしっかりと応援しておきますから」


「そうですか。フリード様がやるなら僕も一緒に走りますかね」


 なんだか話が進んでいるが、僕はやらないぞ!


 ………そう言えたらいいのに。


「頑張ってくださいね。しっかりと応援しますから」


「でも、走るだけだと甘いですよね。足に重りでも付けますか!」


 話がどんどん進んでいく上に雲行きが怪しい。


 このままだと僕の歪んだ顔をミライムさんに見せてしまうことになるかも入れない。


「でもそしたら移動の効率が下がりますよね。時期もありますし、急いだほうがいいですよ。だから諦めて乗っていった方がいいですよ!」


 僕のせめてもの抵抗!


 いったいどれくらいイルミナと言う理不尽に通じるだろうか?


「そうですか。じゃあ行きましょうか」


 やっぱり通じなかったか。


 ここまでは予想通り。


 問題はこれ以上どうすればきつくさせられることなく出来るだろうかということだ。


 数分後、僕の身には足に重り、腕にも重り、背中にも重りを背負ってさらに水でびしょびしょになったマスクをつけさせられていた。


 重り一つ一つは僕の高い交渉能力のおかげで何とか少し軽減することが出来たけど、マスクは僕が何か言う前につけさせられて水でびしょびしょにされられた。


 エレーファも同様につけさせられていて笑いそうになる。


「フリード様、ここまでされるとは思ってなかったのですけど、フリード様は最初からわかってましたか?」


「もちろん分かっていたに決まっているだろう。走るだけなら僕も別に問題なかったさ。でも、ボルベルク領の人間は自分に出来ることは人にも出来て当然だという考えを持ってる馬鹿の集まりだから必ず条件はきつくなるんだよ」


「なら教えてくださいよ」


 エレーファが顔をゆがめながら懇願する様子を見るとなんだか胸の張れる思いがある。


 言おうとはしたさ。


 だけど、イルミナの後押しをするような感じで入ってきたエレーファに僕はどうせやらなければならないことになるだろう。


 なら道連れしたいと思うのは当然のことだろう。


「お前も教えてくれなかったし、これで同じだな」


 僕はニカッと白い歯を見せながら笑おうとするが、マスクがあるので歯は隠れてしまっている。


「フリード様!エレーファ様!そろそろ走り出しますよ」


 ミライムさんが馬車の中から笑顔を浮かべながらこちらを見ている。


 普段なら僕に笑顔を向けてくれているという事実に僕の心は飛び跳ねそうになっているのかもしれないが、僕は地面、ミライムさんは馬車という状況下では嫌味としか思えないので少し腹が立ったり立たなかったり。


 いや、この笑顔を見ていると腹の立ちようがない。


 だってこんなにも愛くるしくて、可愛らしいのだもの。


 間もなくして馬車は出発した。


 イルミナが御車をして、ミライムさんが僕たちの様子を見ている。


それに合わせて僕たちも走り出したが、思ったよりもマスクと言う存在がきつい。


僕の普段つけている戦闘用マスクは、その時々の状況に応じて必要な分だけの空気を勝手に取り込んでくれるので普通に息をしているのよりもむしろ楽だ。


もっと本来の目的は別にあるのだが、思ったよりもこの機能が楽で驚いている。


 でも、僕はこの苦しさに苛まれながらも僕の表情は澄ましたものに頑張って保っている。


 僕の苦しそうにしている表情もまた普段とのギャップがあってかっこいいものだと思うけど、ミライムさんにそんな表情を見せるわけにはいかない。


 道もここら辺はしっかりと整備された道であるのでまだ走りやすいが、あと少ししたら山に出る。


 憂鬱で仕方がない。


 しばらく、一時間ぐらいしたころだろうか、馬車が相当のスピードで進んでいくのを追いかけていると僕の心臓はバクバク跳ね上がっていることに気が付く。


 ミライムさんの顔に夢中で自分の体を全然気にしてなかったが、一度意識してしまうとその意識を逸らすのは難しい。


 ハァハァ……息を吐きながらも、吸うことが難しい。


 どうすればいい?


 顔の表情を澄ませたものに保つのも段々しんどくなってきて、少しずつ歪んできている。


 エレーファはどんな様子なのだろうか?


 横目で覗いてみると、エレーファもまたハァハァしんどそうにしているが、しっかりと無理やり吸い込んでいて僕よりも余裕がありそうだ。


 この程度で音を上げていたらミライムさんに歪んだ顔を見せることになるよりも幻滅させてしまうかもしれない。


 こんなことをを思うなんて初めての経験なのかもしれないが、少しでも早くミライムさんの視界に僕の存在が入らない場所に行ってほしい。


 走っていると正面から来る向かい風が、僕とマスクをさらに密着させて僕をさらに苦しい世界へと誘う。


 …………風。


 ……風?


 風!


 そうだ!風だよ風!


 何のための魔法だろうか?


 僕はインチキがばれない様、予備動作なしにマスクの中に風を送り込む。


 吸って吐く、それを数回繰り返すだけで僕を息苦しさで頭までボーっとさせていたのがどんどんクリアになっていく。


 苦しさはさっきまでとは日にならないくらい楽になってる。


 風を操らないといけないので精密な操作が必要だが、この程度何の苦労でもない。


 そうなると自然と足も軽くなってくる。


 横目でエレーファの方を見るとさっきまでよりもさらに苦しそうな表情をしている。


 だから僕はエレーファを馬鹿にした表情で見る。


 エレーファは僕の余裕そうな表情を見て驚くが、何かしゃべってもただただ体力を消耗させるだけだと気づいているのか、何もしゃべらない。


 そう思ったのも束の間。


「イルミナ様!フリード様がずるしてます!」


 エレーファが早口でまくし立てるようにして喋る。


 どうせチクる勇気なんてないだろうと高を括っていたが、きつい目に遭ってまでわざわざチクろうとするとは……!


 僕はエレーファのことを侮っていたのかもしれない。


「ミライム様。少しの間だけ御車を変わって頂いていいですか?」


「いいですよ。ですけどあまりやりすぎないようにしてくださいね。本番はここではないのですから」


 ミライムさんが優しいことを言ってくれるが、そんなことではイルミナの考えは変わるようなものではない。


 イルミナに理屈と言うものは通じない。


 動物だと仮定して接した方がいい。


 例えばこの場面だとかわいそうだからだとか、感情に訴えた方が意外と有効だったりする。


 それでも人の心を持ってないイルミナに通じないけど、もしかしたら罰が優しくなるかもしれない。


「大丈夫ですよ。丸一日薬漬けにして休ませたらどんなにひどい傷を負っても勝手に万全な状態に戻りますし、ボルベルク領に着いたら治癒師は掃いて捨てる程いますし問題ないです」


 ほら、やっぱり鬼だ。


「そうですか。それなら問題ないですね」


 ミライムさんがいい笑顔で安心したように返事をする。


 ちょ、ちょっと~!


 もう少しぐらい粘ってくれても罰は当たらないんじゃないですかね?


「じゃあ、頑張ってくださいね」


 あれ?


 なんでそんなことを僕の目を見ながら言えるんだ?


 僕がこんなにも媚びるような目をしているというのに……


「あれ?私の予想に比べてマスクの乾きが早いですね。風を送りましたね」


 イルミナが突然僕の目の前に現れて僕に尋問するようにして話しかける。


「…………」


 僕はしんどそうに息を切らせて返事をする余裕もないアピールをする。


「まぁいいです」


 そう言いながら大量の水を創り出して僕の顔面にぶつける。


「……プハッ!」


 クソが!


 しばらく息が出来なかった。


 ここでマスクを外してもいいが、そんなことをしたらどんなことをされるか分かったものでない。


「別にマスクをとってもいいですよ。もし取ったら今度は口の中に大量の土を放り込みますけど」


 そう言うとイルミナはまた戻っていった。


「ずるをするのはよくないですよね!」


 エレーファが息を切らしながら話しかけてくる。


 腹が立ったので僕はエレーファにも水の塊を作りだし、ぶつける。


 僕の行動を予想していたのだろうか?


 エレーファは僕の作り出した水の塊を軽いステップで避けて、それと一体化した動作で僕に水の塊を投げつける。


 僕もエレーファも息苦しくなるだけだと分かっているので、言葉には出さないが、確実に戦いの火蓋が切って落とされた。


 僕は蛇の形を模した水の塊を作り上げると今度はエレーファが竜を模した水の塊を創り出す。


 僕たちの手足には重りがつけられている。


 本気で当てようとすれば決して避けられるようなことはないはずだ。

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