第41話 危険な旅先

 こんな大荷物をもって、いったいどうしたというのだろうか?


 僕の目から得られる情報から察するに二人のカバンの中に入っている荷物は旅用の生活用品に衣服、武器、食料品を少々のようだ。


 こんなものをもって僕の部屋に来る理由、この時期、この人選………


 僕はどういった事情でイルミナが二人を呼んだのか大体の予想をつけることが出来た。


 でもこういったことをいちいち僕に何も言わずに行動するから僕の知識に偏りが出来て重要なことにも関わらず知らないことが多いのだと思う。


 この程度のことは周りの状況から精査して察しろ、それくらい常日頃から考えながら生活しろということなのかもしれないけど僕だって人間だ。


 常日頃から不思議だと思うことが全くないというわけではないし、むしろ多い方だけどそんなこといちいち聞くことがトンでもなく面倒だとしか思わない。


「ええ、了解です」


 エレーファは普段イルミナが使っている椅子に座った。


 二人とも座っているのに僕が怪我立っているわけにもいかないしお客様用のソファーに腰を下ろす。


 本来、位置逆なんじゃないかと思わなくはないけど、そこまで目くじら立てて言うようなことでもない。


「二人ともなんで呼ばれたかとか聞いてます?」


 特に話すようなことがあるわけでもないし座った後の一言目にそう切り出す。


「私はこれからどこかに旅行に行くから荷物をもって集合って言われましたね」


「私は戦闘旅行をするから一緒に行こうと言われたくらいですね」


 二人とも普段から忙しいだろうに断るということを知らないのだろうか?


 僕だったらそんな一言だけで誰の護衛だろうと旅行だなんて行かないと思う。


 まぁ、それだけ二人とも僕に心を開いてくれていると考えてもいいのだろうか。


 エレーファとは小さい頃から一緒に訓練と化してきていた仲で、ミライムさんはお互いに裸になった状態で一時間以上過ごした仲だ。


 それに僕手作りの腕輪をあげてもいる。


 これも学園効果と言うべきか、旅行に行こうと言っても断られないくらいの仲になっている。


「そうですか………具体的にどこに行くとか聞いてないんですか?」


 そう言うと二人ともはっとした表情をする。


 これは間違えなく何も考えていなかった表情だ。


 そんな熱い僕隊する信頼がうれしくてしょうがない。


「………ちなみにフリード様はどこに行くのか予想ついているのですか?」


「それはもちろん、二人の話を聞いただけで分かりましたよ」


「分かるのですか?」


「それはもちろん。この時期にイルミナたちのようなボルベルク家の人間が旅行に誘うような場所なんて言ったら一つだけしかないですよ」


 これだけ言うと、エレーファはどこか心当たりでもあるので考え込んだような表情をする。


 と言うか答えは単純なものだし、そこまで考え込むようなものではないと思うけど……


 時間で言えば少しの時間ではあるのだろうが、エレーファの頭の中ではとんでもないし高速度で考え込んでいたのだろう。


 目を開けた。


「………それってもしかして……プレディア海のことですか?」


 『プレディア海』それは時期さえ間違えなければ我が帝国の貴族や豪商に人気の天然海水浴場だ。


 昼は水天一碧と言う言葉が似合う陸と海の境目が分からなくなるほどの青さ、夕時は波の綾と言う言葉がピッタリなさざ波で水面にできた細やかな綾織物のような美しさが人気の場所だ。


 その近くには貴族御用達ということでたくさんの別荘が立ち並べられている。


 海の中も小さな魚が多いものの人を襲ったりするような危険なものは一切なく、水中から見る海の中ではどこまでも奥を見通すことができ、それは神秘的だ。


またそこは年中温暖な気候で年中無休で海に入ることが出来る。


「こ、こんな時期にプレディア海って……さすがにないでしょう」


 ミライムさんの言いたいことも理解が出来る。


 そんな理想的な海水浴場であるプレディア海には時期を誤って海に入り、少しでもおようだら最後、二度と戻ることが出来ない場所であると言われている。


 それはその言葉に疑問を持ったこれまでの何人もの無謀なものが証明している。


 あと二週間ほどしたころだろうか、プレディア海に天災と言うべきだろうか、その言葉では言い表せないほどの脅威が訪れる。


 なぜだろうか?


調べようにもそれは誰にも分らない。


 調べようと船を出したが最後帰らぬ人となるからだ。


 『海の王』の一団、『海王龍・リヴァイアサン』を頂点としたこれまた獰猛な海獣たちを引き連れてやってくる。


 この世界で王と呼ばれるものは本当に強い。


 もちろん王といってもそれは身分のことを表しているわけではない。


 その強さで王と呼ばれるに至った人たちのことだ。


 もちろんそれは魔物にも適応される。


 今は割愛するが本当に強い、ただそれだけを印象に残していてくれたらいい。


 その『海の王』の一団が来ることで人々は恐れをなして今ではまるで誰も近づかない。


 たった一か月でその影もなくなってくれることもあってわざわざ誰も危険を冒してまでこの『海のギャング』とも謳われる『海の王』の一団を倒そうだなんて考えない。


 だからあえて僕たちボルベルク領の兵士たちは精鋭たちを集めてプレディア海へ毎年この時期に遠征をする。


 死人も珍しくない危険なものだが、それはあくまで精鋭と言っても精鋭と呼ばれかけというかまだ熟練の兵士には到底届かないものだけだ。


 何度もプレディア海に遠征していくにつれて死亡者の絶えない。


「いえ、この時期にみんなで海水浴に行くのですよ。多分イルミナもそのつもりで二人を呼んだのだと思いますよ」


 そう言うと少し引きつった笑みを二人が浮かべる。


「で、でも私って攻撃力がありませんし、戦闘経験もあまりないです。というか今後も戦う予定なんてないですから行く意味ないのでは?」


「私も少しは強くなってきている自覚はありますけど、『海の王』の軍勢に手も足も出るとは思えないのですけど……」


「大丈夫大丈夫。みんながみんな強いというわけじゃないですから。ただ数が多いというだけで、実力はピンキリありますよ。だから僕も行けるのですから」


 僕がそう言っても二人の表情は硬いままだ。


 僕も行っているというのにエレーファに至っては一体何を怖がっているというのだろうか?


 正直ミライムさんをどうしてイルミナが誘ったのかということは理解できない。


 それでも一緒に居られるというならばそれは僕にとってマイナスなことであるとは思えないしいいことだけだ。


 それにしても前に会ったときは僕はなかなか激しい戦闘後で、そんなにじっくりと見る余裕なんてものはなかったし、今は僕の部屋だというだけあってミライムさんが服を着ているという状況がなぜだかとてもエロく感じてしまう。


 なんだか申し訳ないことだとは思うが感じてしまうものはしょうがない。


 もっとしっかり感じよう。


 そう思い、僕はミライムさんをやろうとすればいつでもできるが透視せんとばかりに凝視する。


エレーファに「フリード様、フリード様。さすがに見過ぎですよ。そんなにずっと見てたら不審に思われてしまいますよ」と言われるまで僕は見ていた。


「でも何と言ってもこの時期のプレディア海は魔の巣窟で来るものは一生『龍の呪い』が蝕むと言う話を聞きながら過ごしてきているじゃないですか。そんなに恐ろしい場所に何てさすがに行きたくないですよ」


 『龍の呪い』?


 一体なんだそれは。


「何それ、僕、そんな話一回も聞いたことないですよ」


「いや、さすがにそれは嘘でしょう。この時期にプレディア海に入るとたとえ浅瀬で何事もなく過ごせたとしてもなわばりに侵入されたと勘違いした龍の王がそのものに筋力、魔力、財力、学力、全ての力と名の付くものを奪い去っていくという話くらい聞いたことがあるでしょう。その者が周りから邪魔者扱いされて死んでいく悲しい最後まで」


 当たり前の話なのだろうか?


 そんな話僕は聞いたことがない。


 だが、そんな伝承のある海に僕は何も知らずに入っていたと考えると背筋に冷や汗が走る。


「あ、その話我々が流した嘘なので大丈夫ですよ」


 そんな言葉を後ろから急に投げかけられた日には僕は飛び跳ねて驚いても誰も笑ったりしないだろう。


「うわぁぁああ!」


 後ろから急に現れたイルミナに僕の心臓はミライムさんによって感じさせられるものとは違う意味でバクバクと高鳴っている。


 イルミナのさらにその後ろを見るとまだ人がいる。


 なかなかに健康的な人で体格もガッチリとしており、顔も悪いというわけではない。


 しかし、気の小さそうな男で………ボルベルク領の人間ではなかったと思う。


 もしそうなら僕が一目で気が付いてると思うから。


 だけどイルミナは治癒師を探してくると言って出て行ったし、その言葉が本当なら治癒師ということでいいだろう。


 僕の目には前衛で戦っている様子しか考えられない。


「あの……イルミナ様。『龍の呪い』が嘘と言うのはどういうことですか?」


 ミライムさんがためらいながらもおずおずと聞く。


「要するにこれは我々、ボルベルク領の幹部以上の者にしか知らされてない極秘の話なので割愛するとこの時期に誰も海に近づけたくない事情があるということですよ」


ミライムさんとエレーファの頭に?マークが具現化しているかのようだ。


 またもや正直僕も知らない話だ。


 ここまで内緒話があるともうなんとも思わなくなってきたが、もしも僕の代でボルベルク領が大変なことになっても絶対に僕は責任取らないからな!


「よく分からないですけど、とにかく『龍の呪い』は出鱈目ということでいいのですか?」


「ええ、というか『龍の呪い』なんて実際あるわけないじゃないですか。現実的に考えましょうよ」


「いや、呪いをかけることのできるエルメを持っている人だっているじゃないですか。龍がもっと強力なものを持っていたって不思議ではないじゃないですか。特に王ですよ」


「確かに、王だからな。あいつらは実際やばいですしね」


「やばいってイルミナも勝てないのですか?」


 僕がエレーファとイルミナの会話に割り込んで話す。


「まぁ、『海の王』と呼ばれている龍なら相性も悪くないですし勝てると思いたいですけどね。毎年テンザン様と他の幹部、最高幹部の方々と一緒に袋叩きにしてますから分からないですね。あいつらが毎年ため込んだ財宝を回収することがこの遠征の主な目的なのですよ」


 その『龍の呪い』が実際にあったらこれは間違いなくこいつらへの恨みのせいだな。


 もしも僕に呪いがかかりそうなことがあったらこいつらを何人かだまして行動不能にして差し出して何とか許してもらおう。


「なら結局私たちプレディア海に行くということ良いのですか?」


 ミライムさんが不安そうに最後の希望に縋りつくようにして聞く。


「ええ、よくわかりましたね。なのできちんと私の方から皆さんの分の休学届を出してきましたから安心していきましょうね」


「仕事が早いですね」


 毎度のことだがこういうことだけはイルミナはきちんとやってくれる。


「いや、仕事が早いって、なんで私たちの分まで休学届が出せるのですか⁉というかどうして私まで一緒に行くのですか?」


 これはなんとなく疑問に思っていたが、まぁ、考えてみれば少し考えればすぐにわかる単純な話だ。


「この学園ってボルベルク領出身の教師が何人いるか、何割いるか知ってますか」


「結構多くいるとは感じていますけど、具体的な数までは知らないですね」


「いいですか物事には建前と言うものが無くてはいけないのですよ」


 イルミナはミライムさんに諭すようにしながら話す。


 その姿はさながら世の中の理不尽をそれを正す力が無いのであればそれを疑問に思ってはいけないのだと諭す親のようだ。


「この学園には将来、爵位を継ぐような決して死なせてはいけないような方がたくさん通っていることは知っていますよね」


「まぁ、そうですね。私とかフリード様のみに何かあったらそれだけで戦争が勃発しそうですもんね」


「人を危険から守るということはなかなかに難しいことなのですよ。特にここには我儘な人が多いときたらある程度の権力者なら笑いながら殴れるような優秀な兵士が必要と言うわけです」


 笑いながらと言うのは必要ないとは思うが、僕ほどに人間は変えの利かない存在だ。


 決して死なせるわけにはいかないだろう。


 そうしたら優秀な強い人に守らせなければならないだろう。


「そこでボルベルク領の優秀な兵士です。私たちは王からの信頼も厚いですし、しっかりとした教育も受けてきている。だから私たちが教師をしていることが多いのですよ。そして私はそのボルベルク領の数少ない幹部の一人。誰も逆らうことは出来ませんよ」


 イルミナは頬を吊り上げ、嗜虐的な意味を浮かべて僕たちの方を見る。


 鬼だ!


 ここに鬼がいる。


 僕たち三人は身を縮めて一か所に固まって小さくなる。


「ついでにミライムさんはあなた様の御父上のヴァルナ・スタローン様からの願いによる参加です」


 お!


 これはもしや、御父上が僕のことを認めてくれてミライムさんとの仲を深めるために企画してくれたのでは!?


 僕は勝手な妄想を膨らませながらうわの空でいると隣から響いたゴンッ!という机に質量の大きなものがぶつかった主により正気に戻る。


「どうして……どうして……私戦うことなんて好きじゃないのに………」


 うわ言の様にそう呟くミライムさん。


 こんな弱々しいミライムさんもこれはこれで庇護欲がかきたてられてむしろいい!


「別に行ったら必ず戦わなくてはならないというわけではないですし、こういうことが将来に役に立ったりすることですし良いじゃないですか。最高峰の戦いを見ることが出来るのですよ」


 小さな声で「運が良かったら」と付け足す。


「世界最高峰!それは見なきゃ損ですね!」


 僕が思っていた人とは違うがエレーファは行く気になってくれたようで良かった。


 だけど、思っていたよりもミライムさんは興味がなさそうで相変わらず落ち込んでいる。


「……………まぁ、決定事項のようですし行きます。行きますけど、もう少し私の意見の方も聞いてほしかったという気持ちが無かったというわけではないですね」


 ちょっと待を置くとミライムさんも落ち込んでいた様子を魅せるわけでもないが、引きつった笑みを僕に見せてくれる。


「じゃあ、行きましょうか」


 それを見たイルミナがそんな変なことを言う。


「今?」


「ええ、もちろんでしょう。だから荷物まで持ってきてもらっているというのに」


「僕、何にも準備できてないんだけど……」


「必要ないでしょう。ボルベルク領に寄っていきますし、そこで準備すればいいですし、お二人もそうですが、必要なものは基本的に何でもありますよ」


「なら、せめて今僕が持ってるものだけでも準備させてもらっていいですか?」


「まぁ……特別ですよ」


 このクソ女ァ……僕が下手に出てたら偉そうに………いつか顎で使ってやる!

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