第40話 次の舞台へ

 目が覚めると首に何か違和感を覚える。


 首を触ってみると硬い金属に質のいい布を巻いたものだということが分かる。


「起きましたね。全くあれくらいで気を失うなんて情けない限りですよ」


 誰かさんの声が聞こえてくる。


 それと同時に沸々とした怒りが湧いてくる。


 それと同時に僕の年上のそれもトップクラスの実力を持った人を相手に互角の戦いをしていたという自信がビンタ一つで気絶したことで崩壊していく。


「いや、確かに僕もなんだかあんなに頑張った後にビンタ一つで気絶させられてことに少し落ち込んでいるので勘弁してもらえないですかね?」


「その程度の実力で何を落ち込むことがあるのですか?落ち込むのは私の方ですよ。育てている生徒の実力がこの程度で私の指導力が低いと言われているみたいで落ち込んで、恥ずかしくなっているのですよ」


「それはシーガレオンさんを馬鹿にすることと同じだぞ」


「確かに………あの人はフリード様に甘いですからね。他の人にとっては目が合っただけで縮み上がるほど恐れられているのですけど、何があったのですかね?」


 シーガレオンさんとは僕の先生だ。


 僕がボルベルク領にいたときに基本的に僕はシーガレオンさんに物事を教わっていた。


 たくさんの人に代わる代わる教わっていて、僕はどんな武器で使えるようになったのだが、僕が一番長い時間を一緒に過ごしてきたのはシーガレオンさんだ。


 シーガレオンさんは僕に唯一優しく物事を教えてくれていた人で、つらい生活を送っていた僕の唯一の休憩時間を提供してくれた人だ。


 彼がいなかったらきっと僕は家出位は普通にしていたと思う。


 一回本当に家出したことがあったが、その時ボルベルク領の人間総動員で僕を探して、賞金まで懸けられたことがある。


 あの後お仕置きという名の拷問を受けて、自殺をしようかと考えていた時、僕に唯一優しく接してくれて、解放してくれたのが初めての出会いだった。


 僕はきっと一生あの恩を忘れないだろう。


「私あの人苦手なんですよね。自分以外を信じていないって顔をしてますしあの人私の上司だったことがあるんですけど怖いですよ」


「そうですか?僕にはいつもにっこりと微笑みながら訓練をしてくれて気分が楽なんですよ」


 僕はベットから起き上がるときに首から好きな人に褒めてもらおうと色々したときに邪魔と言われたときのような心の痛みを具現化したかのような痛みが走る。


「そう言えばこれって何ですか?」


 首を固定させるための器具を指しながらイルミナに聞く。


 僕の首が固定されてしまっていて気持ち息がしずらいし、邪魔だ。


「もちろん首を固定するための物ですよ。私治癒が使えませんし使える人にお願いするもの面倒だったですけど危ないので一応固定しておきました」


 感謝してくださいねと続ける。


 そっちの方が面倒なのではないかと思ったが、これを言うと何をされるか分かったものではない。


 僕はこの人に自決を命じられても許されるのではないのだろうか?


「そう言えばあれからフリード様寝てたので知らないと思いますけど、そろそろ昨日の戦勝祝賀会をする時間のはずですよ。寝ている間に変な人が来てくださいって報告に来てくれていましたよ」


 どうしよっかな?


 僕は今こんなにダサい格好をしているというのに人前に出るなんてこの僕に出来るわけが無いだろう。


 今日は一日中自室にいて何もせずにいようと思っている。


 それにしてもこれはエルメで治療しないとどれくらいで外すことが出来るのだろうか?


「僕は今日疲れたのでどこにも行くつもりはないですね。ここ最近戦い続きで疲れましたし自室で休んでいますよ」


「そうですか。あの程度で疲れて打ち上げにもいきませんか………戦闘のエキスパートにずっと教わり続けているにもかかわらず大して強くない、根性もない。私が直々に教えないといけないかもしれないですね」


「アハハ、そんなこと言ってるといろんなところにチクりますよ」


 僕が笑いながらベットの隅から手紙を一つ取り出す。


「アハハ………ぶち殺しますよ」


 僕とイルミナの笑い声が僕の部屋に鳴り響く。


 その刹那、イルミナの蹴りが僕の手紙に寸分狂わず当たり僕の持っていた手紙をかつて僕がむしゃくしゃしてた時に戦った盗賊のおじさんの頭の鬘の様に一瞬にして消滅した。


「ああああああ!何してるんですか!」


「安心してください。これから何枚手紙を書こうとしても一瞬にして塵にしてあげますから」


「直接父上に直訴しますよ」


「いいですけどそこまで生きてたどり着けるとは思わないことですね」


「あなた僕の護衛ですよね。なんで僕を殺そうとするのですか!」


「私の地位を守るためなら私はどんな汚いことにも手を染めますよ」


「おお………そうですか」


 これ以上会話してると僕の命の危機を感じるのでこの会話はやめにしようと思う。


「まぁ、良いです。僕は暇なので絵でも描いておきます」


 これと言って特にやることもない僕は画材を準備して僕の美しさを後世にまで残すため自画像を描く練習をする。


 僕は高名な彫刻家に師事していたのと同時に高名な画家に師事してた。


そのかいもあり僕の絵は大したものだと自分でも思っている。


 そういえば、僕が作った彫刻をミライムさんに見せてあげなきゃ!


 あの後、ミライムさんの裸を思い出しながらいくつか絵も描いてみたし、出来もよかった。


 きっと喜んでくれるぞ!


「でもいいのですか?せっかく誘ってもらったっていうのに行かなくって。勿体ないですよ」


 イルミナは僕が打ち上げに行かないことが不思議なようだ。


 自分に懐いていたはずのペットが三日会わなかったらその間に世話を頼んでいた友達に僕以上に懐かれたときの僕のような顔をしている。


「いいんですよ。みんなで食べることが出来るような料理よりも高価な料理をいつでも食べることが出来ますし、最近忘れかけていましたけど僕は週に一回しか本来は行かなくていいはずなのに先週は四回、今週は今のところ毎日行ってますし、本来やらなくていいことならやる必要も特にないでしょう」


「それで芸術に没頭ですか………そんなことが本当にできるとでも?そんなことなら私と一緒に昨日の戦闘に反省会をしますよ。昨日の戦闘で見つけた課題を少しでもおさらいしますよ」


「僕はもう疲れてるんですよ…………」


 僕は絵を描くために出していたターペンタインをアピールしてもう準備しているアピールをする。


 油絵に使う油は何もしなくても蒸発してしまうので使わないと勿体ないことになってしまう。


「………確かに、今は首もヤっちゃってますし、それは私の責任がないわけでもないですし、ここはおとなしく治癒師でも呼んでおきますね」


 あれ?意外だ。


 普段僕が同じことを言っても一発ビンタでもして従わしてくるとでも思ったのに簡単に引いてくれる。


 もしかしてイルミナも少しは僕に対して悪いとでも思っているのだろうか?


 ………そんなことは無いか。


 きっと意外と貧乏性で僕がターペンタインを出したことが効いたのだろう。


 今後はこの路線でさぼりを決めたいと思う。


そう言うとイルミナは治癒師を探しに行ってくれてた。


 僕は昨日使った武器のメンテナンスをしないといけないし、昨日ボロボロにしてしまった服を修繕しなくてはいけない。


イルミナが部屋を出て行くと入れ替わりの様にして僕の部屋のドアがノックされる。


「今出ます!」


 きっとエレーファだろう。


エレーファのことだから僕たちに昨日戦闘があったってことを聞いてどんな内容の戦闘だったのかを聞きに来たのだろう。


 どこからの情報なのかは知らないが毎度毎度研究熱心なことですごく真剣だ。


「失礼しますね」


 僕がドアを開けると手慣れた感じで入ってくる。


 僕も特には意識せずに部屋の中に入っていくための通路を開ける。


「今絵を描いてたんですか?」


「そうですね。今準備をし始めているところですけどね」


 興味深そうに僕の画材を見て回る。


 ミライムさんだった!


 ミライムさんが来るってわかってたらもっと準備してたのに……それにしてもやっぱりかわいいなぁ!


「もしかして邪魔してしまいましたか?」


「いや、別に大丈夫ですよ。僕の生活習慣にミライムさんが邪魔になるような、それほど大事な用事何て出来るようなことなんてとても思えませんし」


 決まったかな?


 僕はしっかりとミライムさんの目を見ながら話す。


 決まったかな?なんて思ったが、僕の心の中はまるでトイレに入ろうとしたらその中に既に女の子が入っていてさらにそれが好きな子だった時の様にこんがらがっている。


 こんがらがりすぎて逆に落ち着いてきているというが、落ち着いてきてなぜかきちんと対応することが出来ている。


 それが僕にしては不思議で仕方がないのだがいいことなので問題ない。


 ミライムさんは僕の部屋を興味深そうに物色している。


 異性の家族以外の部屋が珍しいのだろうか?


 それとも、僕の成金並みに取り揃えられたこの部屋にあきれているのだろうか?


 この僕の広い部屋に所狭しと置かれてある僕の作品をじっくりとみていると完成して間もないミライムさんの裸体の彫刻と油絵、僕が彫ったアクセサリーの目の前まで来た。


「――えっ?」


 ミライムさんの聞いたことのない低い声が聞こえてきた。


「完成したので見せたいとずっと思ってたんですよ。どうです?ミライムさん本体に可能な限り近づけた傑作だと思うんですけど」


 僕が自信満々に言うと感動からかわなわなと震えながら僕がミライムさんの裸を参考に作った作品群の一つを手に取る。


「……へぇ、これはどういう目的で作ったのですか?」


「目的……?それは特に考えてなかったです。ただ僕の目に映った最高の光景をできるだけ多く残しておきたかった一心です」


 僕の返事があまり納得いかなかったのか、持ち上げていた僕の作品から空中で手を放し、ガンッ!っと音が鳴り響いたが気にした様子もなく僕に振り返る。


 ああ、この作品なかなかに貴重な素材を使ってるし、傷つきやすいからそんなに乱暴に扱わないでほしいのに……


 早めに傷防止のコーティング作業をしておけばよかった。


 それにしても、少し不満げなミライムさんというのもこれまたびっくりするくらいかわいいな。


 でも、ここはかわいいとか思っている場合でもなさそうだ。


 普段からよく観察している僕だからわかる。


 常日頃からミライムさんは表情に薄い笑顔を張り付けてたとえ深いな想いをした時でも身近な人に対応を任せて、不満げな顔を見せない人だ。


 確かに最近僕は裸を見られることが恥ずかしいという思い以外にも不快だと感じるということを学んだ。


まさかそれが本体じゃなくて、それを模したものにも適応されるなんて……


 僕がこの前彫刻を作った時には何も……あっ!


 確かにこれはだれにも見せないでくださいねって言ってたわ。


 それでもミライムさんの裸を思い出しながら作品を作ることまで不快に感じるなんて……


 僕には全く想像できなかった。


 それでも、今ミライムさんが起こっていることを除いて考えると、ミライムさんが僕に不快だ!って表情を見せてくれることは、僕とミライムさんの関係が進展したということに違いない。


 一度裸を見せ合った仲だからだろうか?


 たくさん不快な思いをさせてしまっただろうが、結果的にはあの時あきらめずに何度もお願いをしていてよかった。


 さて、現在進行形で不快な思いをさせてしまっている今この時をどうしようか?


「あの時、フリード様はなんて言いながら私に裸を見せるように頼んでましたか?」


 確かに不快そうな表情をしているが、諭すような口調で話しかけてくれている分、まだ、大丈夫だろう。


「僕は……ミライムさんの裸とは、僕程度の頭ではきっと想像もつかないほど美しい、黄金比で形成されていて、一度だけでも芸術家を志す人間として裸を見たいと頼みました。実際に見たら、やはり僕の想像を上回る美しさと色気で、どうにかなってしまいそうでしたよ。心臓がずっとバクバクとなってました」


「そうですよね。あなたは本物の私を見ながら本物に限りなく近いものを作りたいといっていたのに記憶の中の私で作品を作ったということですか?しかも、立ち方や表情もすべて同じで……本気で作品を作りたかったんじゃないんですか?」


 あれ?


 僕が想像してた理由と他少々異なっていたようだ。


 僕の芸術に対する本気具合に怒っていたようだ。


 確かに僕はこれまで何度もあまり芸術について詳しくないミライムさんに対して長時間語ってきて、裸まで見せてもらったというのに、僕が妥協して作品を作っていたら腹が立つのか?


「僕をどんな人間だと思ってるんですか。僕はフリードボルベルクですよ。僕は一度見たものは決して忘れませんし、僕にだって異性に裸を見せることをためらうという気持ちぐらい理解することができます。それを理解したうえで何度も裸を見せてほしいとお願いできないでしょう!」


 僕がお願いしていたら何度も裸を見せてくれていたということかな?


 もしそうなら僕はすぐにでも告白するべきなのでは?


 いや、ミライムさんはきっと親が決めた婚約を自分の気持ちよりもきっと優先するはずだ。


 今はまだその時ではない。


「そんなこと、フリード様が考えるはずがないじゃないですか。私がお花摘みに行っている最中でも立ち去ることができないっていう理由で裸を見せてほしいとお願いしていたあなたですよ」


 うっ!


 それは耳が痛い話だ。


あわよくばミライムさんの裸が見れないかなって考えながら追いかけていたが失敗したときのことだ。


「それで、何か用事があってきたのですか?」


 僕は話を逸らすことにした。


 この話題は僕に都合が悪い。


 ミライムさんには例え、明らかな話題の転換であったとしても、人に話しかけられた内容には必ず応答してしまうという一つしては素晴らしい特徴がある。


 相手の厚意を利用してしまっているような気がして気が引けるが、これも僕の悪い印象をこれ以上悪くしないために必要な処置である。


 僕に人の厚意を利用して罪悪感を感じることがまだできるとは……


 ここはミライムさんの話から話題を広げていきたいと思う。


「いえ、私はイルミナ様に来てほしいと頼まれたので来たのですけど、今はいないみたいですね」


「…………?イルミナならさっき出て行きましたけど、会いませんでしたか?」


 イルミナとミライムさんは入れ替わりだったと思うけど…………


「確かに私がこの部屋から出ると同時に何か影がこのドアから飛び出してきたのは見ましたけど私の目ではとらえることが出来ませんでしたね」


 ならそれがイルミナで間違え出ないだろう。


 イルミナは世界最高速度の人間として有名である。


 僕の目をもってしてもイルミナの最高速度は見切ることが出来ない。


 最高速度ではないとしても普通の人では走っただけでも見切れないこともあるだろう。


「なら、ここで待ちましょうか?そんなものは置いて……すぐに帰ってくると思いますしね」


「分かりました」


 ミライムさんは持ってきていた自分の荷物を置きながら僕が普段よく使っている椅子に座る。


 僕の普段使っている椅子にミライムさんが座っていると思うとなんか…………こう……込み上げてくるものがある。


 そして僕は一方的に話し続けることでミライムさんに話させる隙を与えずにさりげなく近くにあったミライムさんの裸が彫られている作品をすべて回収する。


 そんなことをしていると、また誰かが来てドアをノックする。


「あ、来ましたかね」


 立ち上がって僕直々にドアを開けに行く。


「でもイルミナ様がわざわざノックなんてする性格だとは思えませんけど……………」


「こんにちは、フリード様。今日はイルミナ様に誘われて来たのですが…………いないみたいですね」


部屋の中にエレーファがやってくる。


さっき、ミライムさんの裸が彫ってある作品を片付けていてよかった。


いくら親友とはいえ、さすがにミライムさんの裸は見せたくない。


ミライムさんの時はそれどころでは無かったので意識していなかったが、二人とも大荷物を持ってきている。


「エレーファもイルミナに誘われてここに来たのか?」


「ということはミライム様もイルミナ様の誘われて?」


「ええ、そうよ。だけど、ここにいないみたいだから待たせてもらっていたのよ」


 僕の椅子をなでながらそう言う。


 この椅子はもう、僕は一生雑に扱うことは無いだろう。


「まぁ、エレーファもここで待っててよ。僕もイルミナが何の用があって呼んだのか知らないし………」

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