第38話 意外な援軍

 それはともかく、今は武器が欲しい。


僕のモーニングスターはバルテルの能力によって奪われて、今は部屋の隅に投げられてしまっているため取りに行かなくてはならない。


「よし!全然問題ない!」


 自分の頬を叩きながら、悪い方向にばかり考えていた頭をリセットする。


 一直線にモーニングスターの元へ走り出す。


「素手じゃ不安か?」


 当然お優しいことに武器を取らせてくれるわけがなく、僕の道を塞いでくる。


 相手は剣を持っている。


 素手のまま突っ込んでいくのは流石に不安があるが、ここで立ち止まってしまうことはもっと悪い状況に導いていくことは考えるまでもない。


「武器を持っておいてよく言うな。そっちこそ『六寮の王』と呼ばれていながら何歳も年下の子供が怖いか?」


「怖いわけじゃないけど、勝負事で最善を尽くすのは当然のことだとは思わないか?」


「なら、武器を取ろうとするぼくの行動も最善の行動だと思ってのことだと思わないか?」


 バルテルが剣を振り下ろすのではなく突いてくることをいやらしく思うが、僕の動体視力とエルメ『固位』を発現させた身体能力なら簡単に避けることが出来る。


 バルテルは僕の避けた軸足に足をかけてくる。


 ステップを踏みながらそれも避けるとかけてきた足を軸足にして蹴りを放ってくる。


「グッ!」


 その蹴りは避けきることが出来ず腕で受け、吹き飛ばされそうになったが、それは何とか踏ん張って耐える。


 だが、その衝撃は激しいもので、腕がジンジンする。


 バルテルは強い蹴りを放った影響であまり体制が安定していない。


 その隙に何とか身をねじ込み、バルテルを追い抜かす。


「ああ、クソッ!」


 バルテルが悪態をついているのを背中で感じながらモーニングスターのところにたどり着き、モーニングスターを手に取る。


「よし!」


 僕の力ではあの甲羅を壊すことはなかなか難しいだろう。


 武器を手に取っただけであまり状況は変っていない。


 だがこの武器は僕の好きな武器、モーニングスターだ。


「防具破壊『腐食球』!」


 このモーニングスターは『創設期』のものだ。


 ちょっと使い勝手が悪いし、魔力も多く使われるのであまり多用しないが、この状況のための物ではないかと疑いたくなるほどの能力だ。


 『腐食球』は生身の人に使っても特に効果は無いが、防具に使われるような革、金属性の物、非金属でも肌荒れの酷い貴婦人の顔の肌の様にボロボロと落ちる。


 銀色だったモーニングスターの棘のついた球は毒々しい紫色に変貌する。


「なんだかとても触れたいとは思えない技名だな」


 バルテルが僕のモーニングスターを見て少し頬を引きずらせる。


 確かにこれではどんなことをするのか鮮明に相手に伝わってしまう。


 少し技名を変えた方がいいかもしれない。


「なら逃げ回るんだな」


 僕が走り出すとバルテルは立ち止まったまま僕を迎え撃つ。


「『針甲羅』!」


 バルテルについていた甲羅に丈夫そうな針が出てくる。


「来い!」


 僕が近くにくると衝撃に備えてバルテルは重心を落とす。


 僕も覚悟を決めてモーニングスターを振り上げてバルテルの甲羅に叩きたきつける。


 モーニングスターの叩きつけられたところがガサガサと鳴りながら薄氷の様に砕けていく。


「グオッ!」


 腹に叩きつけたモーニングスターを受けてバルテルにも衝撃が届いたのか、気色の悪い声を出す。


 甲羅に生やしてある棘が叩きつけた際に僕の腕に刺さった。


 ヒットアンドアウェイで飛び退いて、バルテルの反応を見る。


「あれ?」


 口から僕の気の抜けた声が漏れる。


 膝が崩れ落ち、エルメ『固位』解ける。


 それと魔力不足のせいで頭がうまく働かない。


 その刹那、クロームさんの薬の効果が切れ、疲れと相まって気絶してしまいそうな頭痛に襲われる。


 頭がうまく働かないおかげか、頭の痛みが他人事のように感じられてまだましだ。


「――クッソ、いってーよ!」


 僕が地面に尻餅をついて、頭の痛みにあぐねているとバルテルの声が聞こえてくる。


「よくもやってくれたな。ここまでやられたのは何年ぶりになるのだろな」


 いったいこれまでどれだけ自分よりも弱い奴と戦い続けたのだろうか?


 僕とは真反対の戦歴だと思う。


 バルテルは尻餅をついて頭を抱えている僕の元へテクテクと歩いてきたと思うと僕のことを思いっきり蹴り上げる。


「ガハッ!」


 僕は部屋の隅にまで吹き飛ばされ、壁に頭を打ちつける。


 バルテルは僕の肩を踏みつけ、上から見下ろす。


「あと少しで私が負けていましたけど、また私の勝ちのようですね」


 次は僕の顔に回し蹴りをする。


「無駄に良い顔で、腹が立つ!クソが!」


 倒れ込んだ僕の顔を踏みつける。


 ……………こんな屈辱は生まれて初めてだ。


 絶対に許さない!


 親の仇を見る目でバルテルを睨む。


 もう、今の僕にはこれくらいしかできない。


「年下でただ貴族の子供に生まれただけで偉そうによぉ」


「偉そうなのはお前だよ」


 あれ?誰かが僕の気持ちを代弁してくれているのかな?


 聞いたことがあるくらいの誰かの声が聞こえてくる。


「おい!お前『少年の心』だろ。なんでそいつらと一緒に立ってんだよ!」


「恩返しかな?前に殺されそうになったところを助けてもらったことがあるし」


「はぁ?意味わかんねぇよ」


「大丈夫、お前はこれから一方的にボコボコにされるって事さえ理解してればいいよ」


 何とか視線を声の主の方に向ける。


「……アルバート?」


 ちょっと信じられない。


「僕のこと覚えていてくれました?」


「まぁ、僕に対してあれだけ失礼な人はなかなかいないですし……………」


 アルバートは頬を掻きながら、申し訳なさそうにする。


 それでもやけに体中が煤だらけで、服もボロボロになっていることが気になってしまう。


「それは…………ノルザから使えない人間だと思わせるためにフリード様に喧嘩を売ろうとしたんですけど、普段喧嘩を売ったりしないからあんな方法しかできなかったんですよ」


 確かに人に喧嘩を売るような人が護衛もつけずに魔法も使えないような人だとは思えない。


 貴族の恥さらしと言う噂を聞いたことがあったけど、意外とそんなことないのかもしれない。


 あの時はノルザのことで頭がいっぱいだったからあまり記憶が残っていなかった。


「おい!さっきから何訳の分からんことを話してんだよ」


 話に置いてきぼりにされたバルテルが声を荒げ、僕を踏む力を強める。


「どうしたんですか?普段の丁寧なしゃべり方と全然違いますけど猫被ってたんですか?」 


「それを言うならお前もだろ。いつも馬鹿みたいなことしかしゃべらなかったくせして、そんな理知的な振りしなくていいんだぞ」


「これが僕の素ですし、恩人で公爵家の方の御前でそのような無礼な口をきけるわけがないじゃないですか」


「公爵家の方?そんなひとがいるわけがないだろ」


 もしかして僕が公爵家の人間であることを知らないのだろうか?


 僕ってこの美貌でこの強さと優秀さ。


 この学校に通う人ならだれでも僕のことを知っていると思っていたけど、案外僕は有名人ではないようだ。


「まぁ、知らないならそれでもいいですけど、いい加減その足をどけなさい!僕も怒りますよ」


 アルバートは僕を踏む足を見て憤った声を出す。


「『少年の心』でのあなたの地位は私の方が上ですよね。そんなこと言うんですか?」


「『六寮の王』の力でしかまともに年下と戦えないような雑魚ですよね。何調子に乗ってるんですか。いい加減足をどけろ!」


 いつまでたっても足をどけないバルテルにアルバート剣を抜き、突撃する。


「その『六寮の王』の力というものを見せてやるよ」


 バルテルも応戦する。


「『土槍重装』」


 バルテルの周りに土性の槍が何本も作り出される。


 それがバルテルに発射され、土ぼこりが舞う。


「この程度の攻撃が効くとでも本当に思っているのか?」


 バルテルに槍は直撃したものの、少しも重心はずれず、余裕の表情だ。


 アルバートの剣戟もおしいところまでは届いているものの、怪我をさせるまでには至っていない。


 だが、少しするとバルテルが、ちょっとずつ後ろに下がりながら受ける。


 押しているのか?と思ったがどうやら様子が違う。


「おい!そっちに行くな!」


 僕はバルテルの狙いに気が付き、声を掛ける。


「え?なぜで……す⁉」


 恐れていたことが起こった。


 アルバートの足が、地面から離れなくなる。


 これは前回僕がバルテルに負ける原因を作り出した、バルテルのエルメ『固位』の能力だ。


「よし!これで勝ちだ!まったく、馬鹿ばかりで助かるな」


 バルテルが悪人面で笑う。


「ヤバい!忘れてた!」


 アルバートも焦ったような声を出し、何とか抜け出そうと藻掻くが抜け出せない。


 だが、少しその様子に違和感を覚える。


「アルバートはこいつと親しいみたいだな」


 別に親しいというわけではないのだけど、まぁ、別にいいか。


「親しいだなんてそんな恐れ多い」


「そんなお前にこいつと同じ倒し方をしてやるよ。同じように気絶でもしてくれたら笑うな」


 バルテルがあの時と同じ剣を二本とも取り出す。


「『重鋼』」


 バルテルの体に金属光沢が浮かび、ネックレスの能力で作られた甲羅は特に固そうになっている。


 アルバートがまともに狙うことが出来るような部位は僕が壊した甲羅の部分しか残されていない。


「『硬巌生成』」


 バルテルの縦に大岩が出来上がる。


「……必殺『人体吸力砲』!」


 後ろから大岩がバルテルにせまり当たると同時に前からものすごいスピードで岩が放出される。


「おっと」


 アルバートは放出されると同時に少し、岩の軌道からずれて避ける。


 さっきまで動けずにもがいていた足だとは思えない軽々しいステップだ。


「は?」


 余裕の表情を浮かべていたバルテルの表情が一瞬で虚無になる。


「ねぇ、僕聞いたことあるんですけど、その『創設期』の剣不良品らしいですね」


「どこでそれを……?」


「まず、平民が体の硬化を出来るようなそんな高価な『創設期』の武器を買うことが出来るわけがないじゃないですか」


 そんなにも高いものなのか…………


 僕が山の様に持っている武器を売るといったいどれくらいのおかねをもらえるのだろうか?


「それでも壊れていたり、不良品が時々闇市で売られることがあるようですが…………様子を見る限りそれはある一定時間解除することが出来ないようですね。さらに硬化している間は動くことが出来ないようですね」


 闇市で売られることがあることは聞いたことがあるが壊れている武器まで売られることがあるとは。


 壊れた武器何て僕の知る世界では無かったな。


「そこまで知ってるのか?」


「逆に『六寮の王』と呼ばれるような人の弱点をどうして調べられてないと思ったのか僕にとっては不思議ですね」


「なら私の能力もその時に知っていたのか?」


「当然ですね。自分の能力は相手に知られていると常に思いながら戦わなくてはならないというのは強い人、有名人には必須のことですよ」


 何?そんな必須事項があったとは。


 でも、僕は万能型のエルメだし問題ないか。


「それで私の油断を誘うために逃げられないふりをしていたのか」


「まぁ、僕もあれで本当に信じてくれるかどうかは心配だったんですけどね。あなたが僕のことを思いっきり下に見ていてくれたおかげで勝てました」


 アルバートはゆっくりとバルテルの方へ歩いていく。


 アルバートが残った岩砕いて進みながら、発射するために突き出している手に体が当たりそうになるまで近づいていく。


「油断しすぎじゃないか?」


「僕のどこが油断のし過ぎなのか気になるのですけど……」


「こういうことだよ!」


 バルテルは確かに動くことが出来ないが、突き出したままの手にアルバートが引き寄せられる。


「……やはり問題ないな」


 アルバートは剣を持ったまま引き寄せられ、引き寄せられる力でそのまま剣を甲羅のはがされた腹に突き刺す。


 僕の見る限り急所は外しているようだが、これまでの戦闘もあるしさすがにもう戦うことは出来ないだろう。


「クソ……が……」


 アルバートに刺された腹からバルテルの血があふれるように出てくる。


 この様子だとあと三十秒も意識を保つことは出来ないというのが見て取れる。


 それでも『創設期』の武器の影響で未だに動くことが出来ていない。


 これは弱点の大きさに僕が持っていたとしても使うかどうか悩む品だ。


「フリード様大丈夫ですか?」


 アルバートが僕に手をかざし治療を始める。


「お前……回復系統のエルメだったのか!」


「一応近接戦闘の訓練は受けさせられたことがありますけど、やっぱり苦手ですね。バルテルにはあまり僕の剣は通用してなさそうでしたし」


 確かに僕の目からしたら拙いものだったけど、近接戦闘メインのバルテルに反撃されることなく剣を振り続けたならそれはなかなかすごいことなのではないだろうか?

「後衛にしては十分すぎるくらいでしたよ」


「そう言ってもらえると有難い限りです」


 僕の体の傷は最後にバルテルに蹴られた傷だけたったこともあり、意外と治療は早くに終わった。


「既に他の女の子たちは救助をしているはずです。これが済んだら僕たちも早く戻りましょう」


 アルバートは僕の治療が終わるとバルテルの治療を始める。


 どちらかと言うと僕が倒れていたのは魔力不足とエルメ『固位』を使ったせいで頭が馬鹿みたいに痛くなったせいであって傷自体は大したことは無かったのでバルテルを先に治療した方がいいとは思ったけど、ここは敵か味方の違いだろうか?


「でもいいのか?」


「何がです?」


「いや、バルテルを倒したじゃないか『少年の心』の人間だろ。問題じゃないのか?」


 よく見ると僕がモーニングスターで作った傷は意外と深いようで結構痛そうだ。


 案外バルテルも必死に痛みを我慢しながら戦っていたのだと思うと必死だったのだと思う。


 それでも僕は馬鹿にされた恨みは忘れないけど…………


「そんなの問題にもならないですよ」


 アルバートは笑いながら、悪いなんてひとかけらも思ってなさそうに言う。


「僕は希少と言うほどじゃないですけど回復系統のエルメの持ち主ですので。それにバルテルは僕たち六人で戦ってた時に一緒に戦わず、一人だけ偉そうに腕を組んでたような奴ですよ。普段の行動で皆から嫌われているような奴ですし、獲物の横取りをするような奴として問題もこれまでに何度も起こしているのでむしろ褒められるような気さえします」


 確かに僕のミノタウロスも奪われたしあんなことを何度もやってたとするとそれは問題も起きるし、そんなことが何度もあると周りからも疎まれるか。


「こんなものですかね。そろそろ合流しましょう」


「まだ、怪我が残ってるようだけど、良いのか?」


「死なないくらいがちょうどいいんですよ。全快するとまた僕たちと戦わなくてはならないことになるかもしれないですし」


 僕の場合はいつなん時でも治療をしてもらえる時は必ず、細かいところまでしっかりと治してくれていたのでそんな発想はなかった。


「そんなものなのか」


「じゃあ、そろそろ起きてください」


 アルバートは僕に起きるために手を差しのべる。


「ご苦労」


 僕もその好意に甘えて手を握って起き上がる。


「痛ッ!」


 突然起き上がったことにより、エルメ『固位』の影響で少しずつマシになっていっていた頭痛が再開する。


 起き上がったところで少しふらついたが大分痛みには強い方だ。


 すぐに涼しい顔を作り出す。

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