第34話 悔しい敗北
「それにしても随分といいようにやられたな……………」
僕が再び目が覚めたとき、そこはいつも僕たちが使っている教室でみんなが一様に険しい顔をしていた。
特に『幼少の誓い』のみんなの表情は出る前に見た気の弱そうなものとは全然違い、ひどく険しい顔をしている。
「起きましたか?」
僕が起きていることに気が付いたザバンさんが僕に視線を向ける。
そっと部屋を見渡すとみんなが僕に視線を向けていることが分かる。
やがて部屋の片隅でパンツ一枚で縛られて乱雑な扱いを受けた形跡がある人が目に入る。
僕と一緒に冒険に行ってた人たちだ。
一緒に冒険に行ってた人たちと言えばある人がいないことに気がつく。
「あれ?フィリーネさんは?」
「気がつきましたか?………ええ、彼女は攫われました」
攫われた?
誰に?
まさかバルテルたち?
でもあいつらは巨乳好きの集団のはず。
とれもフィリーネさんを攫ってまで手に入れようとしているとは考えにくい。
「……………まさか『ハーム・ウル』に?」
最近僕がよく出会っている誘拐集団と言えばここしかない。
まさか僕がフィリーネさんと一緒に行動しているのを見られて先輩たちから奪われてしまったのか?
ならばそれをみすみす見逃してしまった先輩たちが縛られているのにも頷ける。
「そんな組織に攫われていたらこいつらも無事では済まないだろ!」
そういいながらザバンさんは縛られている先輩たちを指さす。
「攫ったのはフリード様たちが戦ってたバルテルたちだ」
「なら、今すぐ助けに行くべきなのでは?一応守るための組織なのでしょう?」
「そうだ。攫われてしまったがな。それでも私たちは健全に成長してもらうために出来るすべてのことをしなければならない。突撃は明日の昼だ。全員で『少年の心』の本拠地に突っ込むぞ!」
「「「「オオオオオオ~~~~~~~!!!!!!!!!」」」」
冒険に行く前も先輩たちは『幼少の誓い』の皆と一緒に行けることでよく声が出ていたが、今度はその人が攫われたということで声が出っているどころではない咆哮が鳴り響く。
寝そべったままだったので起き上がるとその頭の痛さに顔をしかめる。
フィリーネさんが攫われてしまったのか………………
未だに実感が湧かないが、あの治癒スピードには僕がボルベルク領にいたときにお世話になっていた人たちに負けずとも劣らない。
あの人たちは毎日のように上げしい訓練をしている人たちの治癒を担当している人達でその人たちに匹敵するということはとてもすごいことのはずだ。
どういう目的なのかは分からないけど一緒に冒険をした人が僕が気絶させられている間に僕を気絶させた人が攫ったというのはとんでもなく腹立たしいとしか思わない。
「起き上がれますか?」
顔をしかめていた僕を見て傍から見ていた『絶壁のロリータ』ことレスキュラさんが起き上がるのを手伝ってくれる。
「すみません……………」
起き上がるのを手伝ってもらうこととフィリーネさんを攫われてしまったこと僕にもその責任の一端はあるのでその意味を込めて謝る。
「気にしないでください。フィリーネが殺されるようなことはないでしょうし、明日帰ってくるのですよね。………『成長の守り人』の皆様の勢力は『少年の心』の勢力に比べると少ないようですし、明日どうか手伝っていただけないでしょうか?」
「逆に僕がここまでやられて黙っていられるわけないでしょう。それに僕にもその責任はありますしこちらこそ手伝わせてください」
僕が覚悟を込めた表情で見つめると安心したような表情になる。
僕に今できることと言えば出来るだけ早く体力を回復させて、特に頭を休ませることだ。
「それにしてもどうしてフィリーネさんが攫われてしまったのですか?あいつらの趣味に合わないと思うのですけど」
「それが……『少年の心』は趣味の大人の女性は既に自立したりしている人が多くて、なかなか囲うことが出来ないらしいですよ」
確かに『成長の守り人』の施設にいる子たちは自分のことをまだあまり自分で決めることが出来ないような子たちから施設にいるような子ばかりだが、自分のことをはっきりと決めることが出来るような歳になって、なおかつ美人が自分から貴族の変態坊ちゃんに囲われたいと思うような人はなかなかいないだろう。
「それでも身請けをすることも可能ですけど、貴族の坊ちゃんたちが身請けをするほどの奇麗な女性だとなかなか手が出せないらしくて」
確かにあいつらは面食いばかりだし、そんな美人を囲おうとしたら子供だけではとてもじゃないがお金がかかりすぎるし。
やっぱり美人だと既に他の貴族の息のかかっている可能性のあるし割に合わないだろう。
「そこで小さい時から安く買い取って、自分たちで育てると愛情をもって接することが出来ることもあって最近はやっているらしいですけど、あまり興味を持てない子供を育てるのにもお金がかかるし、かわいい子、かわいくない子沢山いて飽きてきた頃から『成長の守り人』の育てえてきた女の子をいい歳ぐらいになると攫っているようなんです」
それでフィリーネさんは攫われてしまったのか……
それならやっぱりおかしい気がする。
「そんなにフィリーネさんって大きいですかね?」
「将来、必ず美人になると確実に分かるような子だと小さな時から囲うようです。あの子かわいらしいですしそれで……………」
「ありがとうございます。必ず助けますので、安心してください!」
レスキュラさんの手を握り、力強く宣言すると感極まったのか、目じりに涙を浮かべる。
昼頃に出かけて僕の記憶では二時間くらいしかたってないはずなのにもう外はすっかり暗くなってしまっている。
『成長の守り人』のたまり場から一人で寮へと向かう。
「それにしても今日の戦い酷いものでしたよ」
隣にビカリアさんが急に現れて今日の感想を教えてくれる。
「やっぱりいままの僕にはパワーが圧倒的に足りないと思うんですよね」
「そうですかね?私からしたら全部足りないので底上げしなくちゃいけないですが…………確かにフリード様くらいの技の精度でその力だと確かに弱い部類に入るかもしれないですね」
技は力が無くても補うこともあるが、力が無くては何もできないし、相手が素人なら問題ないが、少しでも経験のある人が相手だと特に力がものをいうことがある。
少しでも技を齧ってるだけで相手はすごく厄介になる。
「フリード様って今身長何センチになりました?」
「百六十四くらいです」
僕は思い出す間もなくすぐに答える。
戦闘において体格というものはとても重要なものだ。
細かく動き回って相手の攻撃を受けないように意識しながら戦う人には小さいほうがいいと言うが、通常身長が高く、体格がいい方が戦いを優位に保つことが出来るというのが一般的だ。
僕は毎日身長を測っているし、誰よりも自分のことを把握できているつもりだ。
「フリード様自身はどれくらい身長が欲しいと思っているのですか?」
「大体百八十くらいは欲しいと思ってますね」
それくらいを超えた位からは逆に動きづらくなると聞いたことがあるような気がする。
「まぁ、それくらいならまだ何とかなるかもしれませんし、この問題が解決したらあれを始めますか!」
忙しくなるぞ!とビカリアさんは気張っているが僕は何をするつもりなのか分からないのでその感情を共有することが出来ない。
それにこれからって……イルミナが帰ってきたらお役御免だっていうのにご苦労なことだ。
それにしてもイルミナがまだ聖域から帰ってきてなくてよかった。
もしもあんな小物にやられてしまったとばれたら……僕の命はなかっただろう。
「手伝ってくれないんですね…………」
期待しているわけではないがフィリーネさんを助けるのを手伝ってくれてもいいのに…………
今、どんな目に逢っているのだろうか?僕はそういった事情をあまり把握してないのでよく分からないが基本的にそういった目的で捕まった人はろくな目に逢うことが無いだろう。
明日使う装備を揃えてバルテルの鼻っ柱をへし折ってやらないと気が済まない。
「それは…………手伝う必要があるならある程度は手伝いますけど必要に迫られた様子もなかったですし、頑張ってください!」
必要に迫られた様子が無いってどういうことだろうか?
「そう言えば、明日エレーファを誘ってもいいですかね?あいつ僕よりも圧倒的に強いしあいつがいるだけで大分楽になるんじゃないですかね?」
「エレーファ様は明日はベアトリーゼ様と何やら約束をしていたはずですけど…………大丈夫なんですかね?」
「ベアトリーゼさんと、っていうことはどうせ訓練をするってことですよね。なら実戦をした方がいいんじゃないですかね?むしろベアトリーゼさんも一緒に来てくれたら助かりますねぇ」
「いや……さすがに……せっかく二人きりでやることになっているみたいですし勘弁してあげてくださいよ。フリード様の頼みだとさすがに断れないでしょうし、かわいそうです」
そう言ったビカリアさんの表情は空気を読めと言いたげだった。
「別にそんなこと気にしないでしょう。あいつ、いつも僕の後についてくるような奴だったし。……いや、それで絵もベアトリーゼが現れてからはそっちの尻を追ってたっけな?」
なんだかまずい気がしてくる。
「今後のフリード様に対するエレーファ様の対応が雑になるかもしれませんよ!」
「……………まぁ、それは後の話じゃないですか。それよりも明日のことですよ!僕はバルテルと戦う予定ですけど、勝てますよね?」
もうバルテルの攻撃内容も大体把握できたし、僕はまだたくさんの手札が残っている。油断さえしなければ勝てるはずだ。
「今日油断してばかりでしたしね。明日はエレーファ様の代わりにミライム様を呼びますか?そしたらもっとまともな勝負になるでしょう。あぁ、安心してください。ミライム様に何かあることは決してないです。最優先で警護しますから!」
僕には負けるつもりは毛頭ないし、それでも地力が違うから接戦くらいにはなるだろう。
これなら僕の戦ってる様子を魅せることが出来て、少しくらいは僕のこと凄い!って思ってもらえるかもしれない。
「別に良いですけど、僕は誘いませんよ」
「分かりました私の方で誘っておきますから。名目は…………私と戦闘の観戦ってことにしておきますか。きっと暇でしょうし来てくれますよ」
ビカリアさんは楽しそうに僕がどうなるのか思い描きでもしているのか悪そうな笑みが絶えない。
「これで負けたら恥ずかしいなんてものではないですよ。引き締めて締めてくださいね」
そう言うとまたどこかに行ってしまった。
僕のことをあんなにも馬鹿にしてくれた奴に完璧に負けた。
正直ノルザに手も足も出ずにやられたことよりもはるかに腹が立つ。
「あいつ…………絶対倒す!」
意志を固めて少しでも体調を整えるために部屋へと向かう。
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