第32話 六寮の王

 満身創痍の僕の体はその声を聞くことは出来たが、反応することはせず、ただミノタウロスの息の根を止めようとする。


 刹那、後ろから何かがやってきて、僕よりも早くミノタウロスの首をとった。


 首が宙に浮き、頭があった場所からは大量の血が噴き出してくる。


「まだ殺してなかったようだし、殺したのは俺たちだからこの獲物もらっていくよ」


 僕よりも年上の男、おそらく最高学年くらいだろうか、僕に向かってとんでもないことを言う。


「……お前は馬鹿か?」


 今時僕をひと目見ただけで誰でも僕が何者か理解するというのに、いったいどこの馬鹿だろうか?


「何言ってんですか?獲物はとどめを刺したものが総取り、常識ですよ」


 いったいどこの常識だ。


 そのようなことがあってはヒーラーはわざわざ冒険をしようとはしなくなるし、盾役の人は自分が守っても強敵だと最後の一撃をとることは少ない。


 みんながアタッカーになろうとして、全員がアタッカーのパーティーが珍しくなくなってしまう。


 そんなことになってしまえば対応できなくなってしまう魔物に出くわした時、そのパーティーの帰還は絶望的だ。


「それはお前だけの常識だ。そんな馬鹿みたいな常識に僕を巻き込むな」


 そう言うとまるで僕が話の分からないやつのような困った表情をする。


「これだから貴族の坊ちゃんは……………自分に都合よくしか考えない」


 勝手に僕たち貴族を語るとは不敬罪としてとっちめてやることることは出来なくはないだろうが、この程度のことで権力に頼ってしまうと僕の評価が下がってしまう可能性がある。


 そんなことになったらミライムさんのお父様に変な印象を持たれかねない。


 僕とミライムさんの将来のことを考えるとこの程度のこと、何でもないように思える。


「これだから馬鹿は自分以外の視点から物事を考えることが出来ない」


 だから僕は同じ土俵に立って戦う。


 僕に言いかえされたのが癪だったのか、男は眉を顰める。


「おい!戦闘音が聞こえないがどうした?」


 男の来た方向から別の男がぞろぞろとやってくる。


 僕ではなく、男に話しかけている様子からも僕の味方ではなく、男側の人間のようだ。


「どうしたんだ?獲物を倒したならさっさと運ぼうぜ!」


 場の状況がよく分かってないのか、勝手なことを言い出す。


「それが、聞いてくれよ。俺がこのミノタウロスのとどめを刺したっていうのによ、あの貴族の坊ちゃんが自分の獲物だっていうんだよ」


 それを聞いた人たちは僕をクズを見る目で見る。


 その理不尽さにいくら僕が理不尽な目に逢いなれていても腹が立つ。


「何を言っている。僕が瀕死の状況まで追い込んで、最後とどめを刺すときにお前が割り込んできただけだろ。勝手なことを言うな」


 そう言うと胡散臭い目で僕を見る。


「何を言ってるんだ?ミノタウロスは大型モンスターだぞ。そんな年の子供が瀕死にまで追い込めるような相手ではないし、瀕死に追い込まれたの間違えじゃないか?」


「それでバルテルに助けてもらった口だろ。捏造するものじゃないですよ」


 相手は僕が善戦すらできていないと思い込んでいるようだ。


 こうなってはもう僕が何を言ってもただの噓つき貴族の駄々にしか思わないだろう。


 腹立たしいが今この場で僕の様子を見ているであろうイルミナに後で証言してもらって、公的機関に罰してもらうのが一番早いし、ストレスのたまらないことだろう。


 でも、やっぱりと言うべきかエルメ『固位』の状態ではない今の僕ではミノタウロスを倒す程度のことすらも手間取ってしまう。


 それでも、少し前までの僕ならエルメ『固位』を使っていても程度あるい苦戦していたはずだ。


 僕も成長しているということだ。


すこし大型モンスター相手には武器が心もとなかったこともあるが、すぐに殺せてしまうくらい強かったらこんなことにはならなかったはずなのに……悔しい。


 一対多でもあるし学校に抗議の手紙を送りつけるためにも帰ろうと踵を返す。


「それにしてもバルテルはやっぱり容赦の欠片もないな。目を二つ潰して、オスをメスにするなんて」


 後ろで何か言っているのが聞こえるが、聞こえないふりをする。


「それにしてもあれだけでかい口を叩いてたのにあっさり引くなんて貴族様特有のプライドはないのかよ」


 聞こえないふりをする。


「生まれ持った物だから家の恥であることとか認識できないアホなんだからそんなこと言ったら悪いだろ」


 聞こえないふりをする。


「フリード様!大丈夫ですか?」


 こちらに向かって何人かの集団がやってくる。


 フィリーネさんだ。


 後ろにも先輩たちの姿が見える。


 フィリーネさんが戦闘音が聞こえなくなって、戦闘が終了したと判断し、治療に来てくれたようだ。


 戦闘中にも治療してもらえることがヒーラーのいる最も大きな利点なんだが、ッ先輩たちがあの戦闘で、巻き込まれでもしたらただでは済まないと判断し、遠ざけたようだ。


 血まみれの僕と近くに一緒に知らない男の人たちが立っているのを見て、少し困惑した雰囲気が見える。


「フリード様……」


 ヒーラーは現場での判断力が重要だ。


 ヒーラーがリーダーの冒険者のグループも多い。


 たとえ困惑していたとしても一番重要なことを見失ってはいけないということはベテランであるほど理解しており、フィリーネさんもすぐに僕の治療に当たってくれる。


 僕の傷の殆どが殴られたりしたことによる、体の内側でのダメージだ。


 表面だけ直せばいい切り傷とは違って少し時間が掛かる。


「あれ?あのミノタウロスってフリード様の仕留めたものですよね。どうして『少年の心』の連中が持ち帰ってるんですか?」


 当然のことかもしれないが、面倒なことになりそうだ。


「まぁそうなんですが、最後の一撃だけ勝手に奪われて、急にミノタウロスの所有権を主張しだしたんですよ」


「はぁ?」


 当然の反応だろう。


 僕だってそう思う。


 殺されかけながらも倒しかけていた相手の手柄を奪われたんだ。


 これを理不尽と言わずして何と言う。


「ああ、よりによってあいつもいるのか……………」


 一人の先輩が嫌そうな顔をして我が物面でミノタウロスに触れている人を見る。


 たしかバルテルとか言ったはずだ。


 よりによってとは何か悪い噂でもあるのか。


 でも、確かに僕にあんなこと言ってくるようなら他にどんなことをしていたとしても不思議はない。


「それがですね、あいつバルテルとかいうやつでですね。『六寮の王』の一人『白き反逆』と呼ばれています。白の寮の寮長で貴族に対して強い反抗心を持ってるみたいなんで、個人的にも『反逆の剣』という組織を立ち上げてるみたいで結構人数がいるらしいですよ」


 白の寮には主に平民が生活している。


 白の寮の白とはまだ何も経歴として残していない未熟者という意味で、これから偉大な経歴を残すという意味でつけたらしいが、今現在は何も残していないということでよく馬鹿にされている。


 それにしても貴族に強い反抗心を持つとは、家族でも変態貴族に売られたりしたのだろうか?


 正直どうでもいいが、それで僕に絡んでこないでほしい。


「それで彼自身も相当頑張ってるみたいで、寮長にも選ばれたし、成績でも相当上みたいですよ」


 それで彼を慕う人たちが集まってきて組織にも人数が集まってるのか……


 ならどうして『少年の心』にも所属しているのか気になる。


 貴族が嫌いならわざわざ貴族の集まるところに参加する必要ないのに……………もしかして『五醒の覇者』にでもなって、貴族の上に立ちたいとでも思ったのだろうか?


「なるほど、変わった人もいたものですね」


 それ以上の感想が出てこない。


「それでもこれはおかしいですよ。今すぐ抗議に行くべきでしょう。せめて抗議したという事実だけでも作るべきですよ」


 たしかにあっさり引きすぎていたような気もする。


 もう少し本気で抗議して、それでもダメだったということにしていた方が向こうのペナルティーを大きく出来るかもしれない。


「確かにそれもそうですね。でも、さすがに僕一回行ったのであと一回ですよ」


 僕はミノタウロスの周りで討伐照明するための部位を切り出しているバルテルたちの元へ向かう。


 奴らは報酬を何に使うか楽しそうに話しており、僕は悪くないはずなのだがこの雰囲気を壊すのは忍びないと普段なら思う。


 でも、こいつらは獲物を奪っただけでなく、僕を侮辱したんだ。


 到底許すことなんてできない。


 僕たちが近づいてきたことに気が付いたバルテルたちは呆れたような顔をして僕の方を見てくる。


「あれ?瀕死だったようでしたけど、もう大丈夫なんですか?」


 一人が僕に煽るようにして聞いてくる。


「……………優秀な治癒士がいるからな」


 そういい、目線をフィリーネさんの方に向けるとつられてみんながフィリーネさんに目を向ける。


「え?ええ?」


 急に全員の視線を受けたことで、フィリーネさんは戸惑ったような声を出す。


 すこし照れくさそうにもしているが、確かにこの様子はかわいいと思う。


「それよりも、そのミノタウロスやっぱり返せ。一度はいいかなって思ったけど、命がけで倒した獲物を横取りされるのはやっぱり気分がいいものではない」


 戸惑う様子もなく、特に反応もない。


「そう言われましても、こいつは俺が殺したものですよ。もう一度言いますけど、止めを刺したものが総取り、これは譲れないです」


「その止めを刺すのを横取りしただけの他人にそれは言われたくない。お前がしたことと言えば、最後、僕が心臓を突き刺そうとしたときに僕より少し早く急にやってきて首を切っただけだろ。こんなことが許されたら、みんな漁夫の利を狙って、モンスターと正面からやり合おうとする者はいなくなるぞ」


「それは奪われる方が悪いのでは?奪われないくらい早く倒せばいいだけでしょう」


「それだと弱い人は稼げなくていいと言っているように聞こえるぞ」


「なら弱い人なら魔物なんて狩らなければいい。ただそれだけでしょう」


「どうしようのない理由で狩る必要のあることもあるかもしれないだろ」


 どうしても向こうはミノタウロスを返してくれる気はないようだ。


 それなら僕も覚悟を決めた方がいいかもしれない。


「お金の入り用があったとしてもわざわざ魔物討伐を選ぶ必要は無いでしょう。弱い人でも倒せるような魔物だったら一日肉体労働してた方がお金になるだろうし、安全でしょう」


「それにたとえ強くて、ドラゴンを討伐してたとして、最後の一撃だけ取られる可能性を考えたら誰も討伐しようとしなくなるだろ」


「だからそれは取られる方が悪いんだと言ってるじゃないですか」


「獲物を横取りされることに気を配りながら倒せるようなドラゴンなんていないだろ。そんなことが出来るのはうちの幹部位からだ」


 はぁ~、とバルテルが息を吐き、今にも攻撃してきそうな手でこちらを見る。


「なら、それだけ強くなればいいだけだと言うと、あなたはふざけるなと言うのでしょうね。俺たちに獲物を奪われるのが気に食わないなら……俺たちから奪い返せばいい!」


 バルテルは僕に向かって剣を抜き、切りかかってくる。


 確かに『六寮の王』に選ばれるだけのことはあるのだろう。


 僕よりも年上なのを考慮したとしてもそこら辺のひとに比べても身体能力の桁が違う。


 それに必死になって努力したのだろう。


 貴族を見返そうとする理由は知らないが見返すために必死に頑張ったのだろう。


 きちんとした太刀筋で様になっている。


 だが所詮は平民の剣。


 僕の様に生まれたときから武器を触り続けて、振り続けた僕と比べてしまうと動きの拙さしか見えてこない。


 別に平民の剣は大したことないと思っているわけではない。


 ボルベルク家の兵士の中にも平民で僕が尊敬する人はたくさんいる。


 でもそれは相当経験を積んだ人だけだ。


 僕の同世代で尊敬に足る人はなかなかいるものじゃない。


 実際に僕よりも強い同世代の人はエレーファぐらいしかいない。


 だから僕は身分は一つしか爵位は変わらないが、僕は長男で、エレーファは三男。


 僕が気を使う必要なんて一切ないような相手だ。


 それでも僕は変な目で見られないくらいに精一杯の敬意をもって接している。


 それに比べて、バルテルの剣は平民らしいと言っては失礼かもしれないが、技術もあるがそれよりも力を籠めるように意識していることが印象的な剣だ。


 僕の目をもってすれば簡単に見切ることが出来る。


「もう少し会話してもいいんじゃないか?」


 僕はバルテルの攻撃を紙一重で避け、腰から短剣を二本取り出す。


 バックステップして距離を取り、武器を構える。


「このまま話していてもどうせ何も進展しなかったことは目に見えていたでしょう。それともそんなことも分からなかったんですか?」


「何を言っている?それを何とかするのが知的生命体にしかできないことだろう。それともなんだ?お前はそんななりして本当はサルなのか?」


 さっきまでは僕はミノタウロスとの戦闘で内臓まで深刻なダメージを受けていたが、フィリーネさんの治療を受けたことで少しぐらいなら激しい運動をしたとしても問題なさそうなくらいには回復している。


 口の中はまだ少し血の味はするし、頭もくらくらするが僕にとっては日常の一部でもあるし、むしろそれのことが僕の体に今は戦闘中だということを教えてくれているみたいで集中できる。

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