第29話 僕も裸

「………遂に、ついにこの時が来た!僕はこの時をずっと待ってたんだ!」


 ミライムさんがお菓子を食べ終わったタイミングを見計らって適当にそんなことを言う。


 ミライムさんは少し驚いた様子を見せたが、少しも慌てることなく席を立ち、胸を張る。


「待ってた?それはこちらのセリフです!覚悟してください!」


 お菓子を食べ終わってもその様子で僕はその場の雰囲気で発言しているもののなかなか終わらせることが出来ない。


 僕はミライムさんとこれまで公の舞台では何度も話したことがある。


 その時は決してふざけたりなんてせずに僕と同じ年齢だとは思えないはっきりとしたものいいと威厳のある声で僕は気後れをしながら話さなくてはならなかった。


 こどもと言えども僕は公爵家の人間。


 発言にはそれなりの責任がまとわりつき、僕の行動を制限する。


 何を言われても“はい”と言ってしまいそうになっていた時もミライムさんは決して変なことを言わせようとはせず、話題に困った僕がスタローン家に対して破格の話をしようとしたときもちゃんと責任を持った発言をしなさいと叱ってくれた。


 他の人たちは僕に対して高圧的に話しかけてきたり、返す間もなく話しかけてきたりするような人がいたけれど、その経験もあって適当にあしらうことが出来た。


 ミライムさんは僕がただ遠くから見ることしかできない、憧れの人だ。


 それでも会うたびに優しく声を掛けてくれることで少しづつ距離を縮めてきた。


 僕はミライムさんを対等と言うか僕の方が下だと本能的に思ってしまう。


 それでも僕は必死に友達の様に気軽に話しかけに行っている。


 学園に来たことでプライベートではなす事が増えてきて、とうとう今日僕はミライムさんの新たな一面を知ることが出来た。


 しっかり者のミライムさんだとは思えないノリのいいこと。


 ちょっと驚いたけど、これは僕との距離が学園前に比べて圧倒的に縮まったから見せてくれた一面であると考えられる。


「よし!覚悟します。覚悟してます!さぁお願いします。さぁさぁ!」


 何を覚悟すればいいのか分からないが、この状況だとさぞ素晴らしいことなのだろう。


 僕がそうやって煽るとミライムさんは少し狼狽えながら「あれ?え?」と言う。


 そんな反応がかわいらしくて、ついつい僕も調子に乗ってしまう。


「一人は嫌ですか?それなら僕も脱ぎますよ。さぁ。行きますよ!」


「――え?え、ちょっと待ってください!」


 僕が自分の服に手をかけ、上着から脱ぎ始めると明らかに狼狽えた声を上げる。


 そんな反応をされたら止まれないじゃないかと思いながらネクタイをとり、宝石で作られたボタンを一つ一つ外してシャツを脱ぐ。


 シャツが脱ぎ終わり、下着になったところでミライムさんが根を上げる。


「分かりました!分かりましたから」


 そう言い、服に手を掛ける。


 その様子を見ると僕は服を脱ぐスピードを一気に上げ、さっさと下着を脱ぎ、ズボンを脱いでパンツまでも捨てて生まれたままの姿になる。


「………これが……恥……これが恥ずかしいという感覚……」


 人前で、異性の前で、好きな人の前で裸になる。


 背徳感のようなものを感じるものの、どうして僕はこんな格好をしているのかが僕には自分のことながらどうしても理解することが出来ない。


 全くどうしてだろう?


「どうして僕は全裸になってるの?」


「勝手になったのでしょ!」


 つぶらな瞳を麗しながらかわいらしい声で聴いてみたが帰ってきた答えは淡白なものだった。


 僕のことを半眼で見ながら口をとがらせながらそう言った様子もまた僕にとっては初めて見る表情でとてもうれしいものだ。


 そういうミライムさんも少しずつ脱いでおり、今はシャツに手を掛けている。


 僕の裸を見たら慌てたりするのかな?って思ったりしてたけどそんなことはなかった。



 できれば僕の裸を見て顔を赤らめでもしてくれたら自分の肉体美に自信が持ててうれしいのに………


 それとは打って変わって僕はと言えば少しづつ見えてくるミライムさんの肌の色にまだ見えないところを想像したり、既に見えているきめ細やかな肌に顔を耳まで真っ赤にして鼻息を荒げ、これまで一度も感じたことがない、初恋を初恋と認識したときとは違う、体全体を震わせるかのような感覚に襲われる。


 普段はあまり気にならないスカートから見えるなまめかしい脚も今の僕をくぎ付けにさせる。


「あの……そんなに見られたら落ち着かないんでいったん別の方向を向いてもらってもいいですか?」


「え、ええ。分かりました」


 さすがにお願いされたら断るわけにもいくまい。


 体を後ろに向けてミライムさんの体が視界に入らないようにする。


 ついでに外から部屋の様子が見えてはいけない。


 僕は全裸でカーテンを閉めて回った。


 するとどうだろう?


 部屋の中が天井から吊り下げられている炎からしか光源が無くなり、僕が感じていた不思議な気持ちをさらに強くする。


「あれ?」


「どうかしましたか?」


 僕が呟くとミライムさんが反応してくれる。


 反応してくれたところ申し訳ないのだが、これはとても片思いの相手に言えることではない。


 僕の聖剣がこれまでないほどに反り上がって魔剣なってしまっていることなんて。


 朝、このようなことが起こることはよくあるが日常世活でこれほどまでに闇落ちした僕の魔剣は見たことがない。


「いえ、こちらの話です。少し準備しておきますので、少し待っててください」


「はい。あと少しで脱ぎ終わりますから」


 ビクッ!


 僕の魔剣がミライムさんの声を聞いてさらに反応する。


 それと並行して僕の心臓の鼓動も太鼓をたたいているかのような振動を伝えてきて苦しい。


 初めて感じるその感覚に振り回されながらも本来の目的である彫刻を彫るために今ミライムさんがいる部屋に大きな石、大理石と石彫用の彫刻刀にやすりに、糸鋸、追い入れのみ、木槌を用意する。


 大きな大理石を目の前にして長い夜になりそうだと思う。


 このサイズだと何時間もさすがに同じ体勢でいてもらうのは心苦しいし、長時間拘束することは出来ないだろうから時々裸を見せてもらってミライムさんの体を覚えて彫ることになりそうだ。


 手に木槌を持ちながらそろそろミライムさんも脱ぎ終わってるかな?と思い、意識して準備しているときもカーテンを閉めているときも見なかったミライムさんを見る。


 蝋燭のみの光源で赤い光を浴びながら陰影のあるなめらかな肌をさらけ出しながらミライムさんはこちらを見ていた。


 両腕で胸を隠してるが僕には分かる。分かってしまった。


 その下に隠された幻想が僕の聖剣を闇落ちさせたということに。


 僕はこれまで何人もの女の子の裸を見たことがあるが、こんな気持ちになったのは初めてのことで気持ちの整理がつかないが………感じる。


 感じるんだ!


 何が僕の視線を引き寄せているのか、そしてそれが一瞬でも見えそうになるたびに僕の心が締め付けられそうになっていることを。


 うっかり手に持っていた木槌を足に落としてしまう。


 ゴンッ!


 なかなか痛そうな音が鳴ったが僕にはそんなもの些細なことにしか思えない。


「……………いい加減何か言ってもらえませんかね?」


 一歩、また一歩と足が勝手にミライムさんのところへ僕の体を運んでいく。


 三歩ほど歩いたあたりだろうか、何も言わずに近づいてくる僕を不審に思ったのかちょっとだけ怖がった様子を魅せる。


「………きれいだ……この世の物だとは思えない……」


「それはどうも……ですけど私はここに存在してますよ」


「比喩ですよ」


「なら、お褒めにあずかり光栄です」


 そう言うとミライムさんは腕で隠してた胸を隠すのをやめた。


 成長途中でまだ膨らみかけではあるが僕も『成長の守り人』の一員。


 洗脳とは違うが頭の中に刷り込まれてきた情報を十代の柔軟な頭はスポンジのように何でも吸い込む。


 成長途中ゆえのすばらしさとはこれからどうなるのだろうか成長過程を少しだけ見せてもらえることで一年後にはこんなに、二年後にはこんな感じになってるのだろうというありとあらゆる妄想をさせてくれる。


 芸術と一緒だ。


 もしどこか欠けている芸術作品があるとする。


 そこに本来どのようなものがあったのだろうか僕たちには想像することしかできない。


 だがそこには現実は一通りしかないものだとしても、無限に可能性が広がっているのだ。


 成長と言うのは自分の可能性を絞るということでもある。


 つまりまだ成長しきってない子供とは無限の可能性を持つ芸術なのである。


 光源がはかないものだろうと真っ暗だろうと僕の目はすべてを見ることが出来る。


 僕よりも少し小さな体は程よい肉付きで、僕の心を安心させてくれる。


 ちょっと内股気味になっている足はスラっとした美しいものでちょっと重心を変えるときに動くその様子は僕の心をざわめかせる。


 腕を後ろに組んで少し胸を張っている状態になっている胸は重力に逆らうであろう未来を見せてくれて僕の心に未来という希望を与えてくれる。


 かわいらしく存在しているそのへそは僕の心を穏やかにしてくれる。


 引き締まった形のいいお尻は足から来る曲線美につられて僕の心を少し凶暴にする。


 そして最後にそれらすべてを僕に見せて恥ずかしそうにいているミライムさんの可愛さしくて仕方がない顔は僕にもっと頑張れと言ってくれてるようで僕の新しい元気の源だ。


「じゃあ、早速制作に取り掛かろうと思うのですけどポーズはそれでいいですか?」


 僕としてはミライムさんの裸を見られたのでその分しっかり頑張って制作をしなくてはならないと思うのだが、如何せんポーズが分からない。


 ミライムさんの挙動一つ一つ、どれを切り取ったとしてもそれは高く評価されそうですべてが最適解。


「うーん。ここまでしたからには中途半端なことはしたくないですし、何でもしますから何かリクエストありますか?」


「僕にはどれが最適解なのかが分からないので、出来るだけ清楚な感じにしてもらえてば何でもいいですよ」


 まだ十二歳のミライムさんにセクシーな雰囲気を求めるというのは間違えていると思う。


 幼いということは武器である。


 武器と言うのは正しい使い道と言うのがある。


 弓は遠距離用の武器で剣は近距離用の武器。


 それぞれ正しい使い道をすることで浄化をしっかりと発揮できる。


 幼さと言うのはその身から溢れ出すような何も知らない純粋さが武器なのである。


「私は今、裸であるというのにそんな私に清楚であることを求めるのですね……何でも……何でもですか……なら普通に立ってますね」


「ありがとうございます。確かにその方が時間もかかるでしょうしいいかもしれませんね」


 今の僕はミライムさんの皮肉なんて耳に入らないほど高揚しているようだ。


 できる限り普段通りでいようとしているのに体が震えているのがわかる。


 ミライムさんが重心を動かして体勢を変える。


 体勢を変えたと言ってもそれは大した変化ではなく本当にちょっと重心を変えて足を内股にしただけだ。


 だけど少し体勢を変えただけでも見える体の部位は変ってくるし、雰囲気も違ってくる。


「じゃあ、しばらくその体勢でいてもらっていいですか?」


 僕はミライムさんの返事を待たずに作業に取り掛かる。


 まずは彫るところにどのように彫るか印をつけなくてはならない。


 石は直方体で丸みを帯びているミライムさんの体の完成形を想像するのは少し難しいがミライムさんの裸を間近、と言うかほとんどゼロ距離で見たりしてつけていく。


 勇気を出して裸の彫刻を彫らせてほしいとお願いして本当に良かったと思う。


 もしかすると今が人生で幸福な瞬間かもしれない。


 この幸せを忘れないようにしっかりと離さずに嚙み締めないと………


 紙にミライムさんの体の全体図を描いたり、何度か頼み込んで肌の感触を感じさせてもらった。


 緊張で手汗でびちゃびちゃな手で触ってしまうことになったけど、そんなって汗越しに感じる赤子の撫でているかのようでそれでもさらさらとした張りのある肌、そこから感じるぬくもりに僕は取りつかれたかのように撫で続けた。


 それはミライムさんに「さすがにそろそろいいですかね?」と言われるまで。


 僕はこの感触を一生忘れることが無いだろう。


 一時間ぐらいすると僕もミライムさんの全体図と大理石に印を今この瞬間が見た瞬間に思い出せるくらいに描き込んだ。


 肌の感触も味わったことだし、僕はこれまでの最高結索が作れるかもしれない。


「今日はありがとうございました!」


 僕は今日のところはこれで良いかと満足したのでそう切り出すとミライムさんは驚いた表情をした。


「あれ?完成するまで付き合うものかと思ってたのでしたけど、良いのですか?」


「いいも何もミライムさんは何時間も何十時間も付き合ってくれるつもりだったのですか?それの実際に彫るとなると有毒の粉塵が出ますから僕が普段戦闘時に使ってるマスクをつけなくてはいけませんし」


「確かに何時間もなるとしんどいのですけど………覚悟はしてましたし、だからここまで嫌がったのですけどね」


「なら楽になってよかったじゃないですか」


「まぁ、そうなんですけどね、覚悟が無駄になった気がしてならないですよ」


 僕は裸の状態でいるミライムさんにさっきまでミライムさんが着ていた服を差し出す。


 さすがに下着は恥ずかしくて触れなかったけど服ならまだいける。


「風邪をひいてもいけませんしね」


 僕が呟くようにしてそう言うとミライムさんは少し恥ずかしそうにして受け取った。


「それはお気遣いありがとうございます。ですけど私、風邪どころか病気にかかったことないですし怪我もしたことないので心配いらないですよ」


 そう言い、下着から履きだす。


 そんな様子もまたグッとくるものがある。

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