第27話 僕の願い

 まぁ、だからと言って日頃の恨みを忘れるわけではない。


「そういえば、そうだよね。イルミナ、言い訳ある?」


 これ以上空気を悪くしてもいいことはないように思えるので、努めて優しく話かるようにする。


「いっ、いいえ、特にありません。これまですみませんでした」


 イルミナは相も変わらず腰の引けた感じで申し訳ないといった様子を全身で表現しているように思える。


 しかし、イルミナがこんな性格であるわけがない。


 隠れた意外な一面とは言い切れないほどに、普段と態度が違いすぎる。


 そこで僕はピンっと来た。


「お前以上に有事の際に役に立つ護衛なんてそうそういないというのも事実だ。だが、ここで何もなく終わらせるなんてこともできないというのはわかっているだろう?」


「は、はい」


「よろしい。ならば、お前には藍玉と聖域の守護石を見つけてきてもらう」


「え?」


 イルミナの間抜けな声が、異様に僕の部屋に響いた。


 ミライムさんも同じように驚いた表情をしている。


 あれ……?僕、なんか変なこと言ったかな?


「……さすがに……それは……」


「フリード様、さすがにボルベルク家の最高幹部にやりすぎじゃないですか?」


「――?イルミナくらいなら聖域くらい簡単に行けるんじゃないですか?それにイルミナの足ならすぐでしょう」


 藍玉と聖域の守護石といえば局所的にしか存在しないこの世界でも最高級の宝石といえるだろう。


 売れば破格の値段で買い取ってもらえるこれらの宝石を求めて多くの人たちが、産出場所である『聖域』に赴き宝石を欲したが、天然の要塞となっている聖域に足を運び入れた者たちのほとんどがそこに住む生き物の養分となり、残ったものの多くが生還できたものの、重傷を負い、かつ、広い聖域から宝石を発掘することができなかった。


 選ばれた少数の者のみが宝石を手に入れることができ、選ばれた少数の者たちに流通している。


 確かに厳しい場所ではあると聞いているが、イルミナならきっと大丈夫だろうと思っていたから少し意外だ。


「いや、人には得意分野と不得意な分野があってですね。私の場合、正面からの戦闘は相手を問わず、苦手という意識はないですけど、一転して環境により、罠が仕掛けられていたりしていると、よっぽどわかりやすいものでない限り引っかかってしまうんですよ。そんな私に、ただでさえ天然の要塞と呼ばれている場所に連れていくだなんて、ミライム様がいなくなった後フリード様がどうなってしまうか保証できませんよ」


 つ、ついに本性を出したか……


 ミライムさんに部下になめられてしまっている程度の男だと知られ、ボルベルク家の格を落とさないためにイルミナが猫をかぶっていることはわかっていたが、その皮を捨ててしまうまでこのバツが嫌か……


 ヒェッ、ヒェッ、ヒェ!


 こいつは面白い。


 僕は他人の不幸のためならば、たとえそれ以上の苦労でもしょい込む漢!


「弱点を弱点のまま残しておくような奴は二流。……どこかで聞いたことはありませんか?」


 ミライムさんが今、ここにいることを前提とした煽り。


 そしてこれまで地面をなめている間に言われてきたこと。


 僕の圧倒的強者に対する権力を用いた復讐が始まる。


「い、いや、そんなこと私は言った記憶がないですけど……むしろ、私は得意なことを伸ばす方針で訓練をしています!」


 あ、あれ?


 そうだったかな?


 ――恥ずかしい。


「べ、別にあなたが言ったとは言ってませんよ。これは僕に訓練をつけてきたこれまでの幹部のうちの誰かが言った言葉です」


 誰だったかな?


 まぁ、いい。


 今引いたら僕は復讐をすることなく殺されてしまう。


「僕に教育を施すような人の言ったセリフです。あなたも今からでも頑張って弱点を克服するべきでは?」


 ――ひぃっ!


 僕が言い切ると同時にイルミナが殺気の籠った眼で僕をにらみやがった。


 産毛が逆立つような感覚にやはりこいつにはバツが必要であると確信する。


「……あの」


 ミライムさんが遠慮がちに手をあげながら話し始める。


 どうしたんだろう?


 さっきのイルミナの殺気に怖がってしまったのかな?


 だとしたらもっと重い罰を与えなくては……


「……お恥ずかしいのですが、お花摘みに行ってもよろしいでしょうか?」


 そんなことを突然ミライムさんが言い出した。


 お花摘み?……ああ、トイレのことか。


「それは……もちろん大丈夫ですよ」


 へぇー、ミライムさんも僕たちと同じようにトイレに行くんだ。


「ありがとうございます!それでは失礼します」


 そういってミライムさんはこの部屋から出て行ってしまった。


 トイレの場所分かるのかなぁ?


 まぁ、たぶん部屋の構造は同じだろうし、きっと大丈夫か!


 この部屋に残ったのは僕とイルミナだけ。


 この後、僕がどうなるかなんて想像することは難しくない。






 ……いつになったらミライムさんはトイレから戻ってくるんだろ?


 いったい何時間トイレにこもってるんだ?


「…………ミライムさん……早く……戻ってきて……死ぬぅ……」


 僕の絞り出した声が虚しく響くが、特に反応はない。


 くそ、僕が生意気なことを言ったからって服で痕が隠れるところだけを殴り続けやがって……


 絶対に許さない!


「そんなこと言って……まだミライム様がトイレに行ってから一分もたってないじゃないですか」


 なに……まだたったそれだけしか?


 ――クソ、いったいこの短い間にイルミナは何発殴りやがったんだ?


 絶対に許さない!


「全く……フリード様がミライムさんと二人っきりになりたいと表現してたからせっかく二人っきりにしてあげようとして、わざわざバツを受けてあげるように仕向けていたのに……調子に乗りやがって」


 高速のピストン運動を上回るような速度で殴られ続け、血反吐を吐くのを我慢しながらぐったりとしている僕に向かってつぶやくようにイルミナが言った。


 まずいな……このままじゃポーションを飲み込んでも吐いてしまう。


 僕はただでさえミライムさんと話すときには緊張で吐きそうになっているというのにさらに吐きそうになる要素を加えられるのか……


 イルミナめ!


 絶対に許さない!




 吐き気を抑えるために安静にして少し待っているとトイレからミライムさんが戻ってきた。


「あれ?イルミナ様もすごくすっきりしているような顔をしていますけど、ここの部屋って二つもトイレがあったんですか?……それにフリード君はすごくおなかの調子が悪そうだよ。急いでトイレに行ったほうがいいんじゃない?――もしかして私がトイレに行ってたからいけなかったりした?それは申し訳ないです!」


 ミライムさんがトイレに行っていたせいか、物事にトイレを絡めながら考察している。


「……い、いえ、別にトイレに行きたいわけではないので大丈夫です。今日のお昼ご飯にイルミナが勝手に入れた毒蛇が適切に処理されていなくて死にそうなだけですのでお構いなく……」


 我ながら完璧な言い訳にほれぼれしてしまいそうだ。


 僕はこの類の言い訳を使いまわすことで幾度となく訓練をさぼってきた経歴がある。


 訓練を担当してくれる人一人当たり一度にしか通用しなかったが未だにこの言い訳をいい思いだと思えるくらいにはありがたかった記憶がある。


 二回目からは何を負っても訓練を強行された。


「――いや、構いますよ!だ、大丈夫ですか?解毒剤!解毒剤を早く持ってきて!」


 安心しながら、どういう反応をするのかと伺っていたら思った以上に大げさな反応をするので少し慌ててしまう。


 僕に向かって駆け寄りながら様子を伺おうとするミライムさんお行動を制止しながらイルミナが僕の目の前に立つ。


「安心してくださいミライム様。こういう時はこのように――」


 イルミナは僕の目にも見切ることができないほど素早くボディーブローを喰らわせて何か僕の口に入れるような素振りを見せる。


 ちなみにこの時僕の口には何も入ってこなかった。


「――このようにすれば悪いものは出ていきます」


 防御する間もなく放たれたボディーブローにより僕の意識は朦朧しながらも「………イルミナ……バツだ……とっとと聖域に行ってこい…………」となんとか言いきり、ぐったりとした。


 まさかミライムさんが信じてしまうとは思ってなかったが、普段のイルミナの僕に対する激しい訓練の内容を知っているミライムさんはぐったりしている僕に駆け寄りながら、「返事は?」とイルミナに聞いた。


 底冷えするような声色にもしもこの声色で自分に話しかけられたらと思い背筋がぞっとする。


「かしこまりました!行ってまいります!」


 さすがのイルミナもほかの領の人間が相手では強気に出ることができないようでハキハキとした返事で僕の部屋から出ていった。


「「…………」」


 嵐のようなイルミナが去って行ってしまうと残るものは静寂のみ、僕たち二人は繰り出す話題を探したまま何も話し出せないでいた。


「……護衛がいなくなっちゃいましたね」


 ぐったりとしている僕を床に寝かせたミライムさんは僕を覗き込むようにしながらそう言った。


「……安心してください。あれは護衛じゃない。ただの鬼です」


「ふふっ」


 結構本気で言ったつもりだったけど、ミライムさんはネタとしてとらえたようだ。

 まぁ、別に笑ってくれたならそれでいい。


「……今日は特にひどいですけど、フリード君って私と会ったときはいつもしんどそうな表情をしてるよね」


「そうですか?……確かに」


「まぁ、フリード君の様子から何となく理由には察しがついてるけどね」


 あれ……?


 もしかして僕の気持ち伝わってた?


 それもそうか。


 僕ってわざわざ必殺技を叫ぶときに恋とか愛とかを叫んでいるんだ。


 多くの人は知っているだろうし、伝わってないほうが不自然か。


「……なんか恥ずかしいな」


「この前、遊びに行ったときは私を真っ先に逃がさせていただきありがとうございました。二度目になりますが、ビカリア様を呼ぶのが遅くなってしまいすみませんでした」


 先ほど一度していた話だが、もう一度この話題に戻るようだ。


 僕としては全く怒る要素が見当たらないので先ほどは話題を変えたが、もう一度この話題を出してくるあたり相当気にしてしまっているようだ。


 僕だったらほかの人に逃げろと言われたら喜んで逃げて後で合流できると「お疲れ~」で済ませるのに健気だなぁ~。


「さっきも言ったけど、僕はミライムさんに対して特に怒ってないよ」


「――でも……フリード君があんなに血まみれになって死ぬ可能性すらあったのに……私は……きっと大丈夫だろうと思って焦りもせずに…………」


 ミライムさん……焦ってなかったのか。


 焦ってなかったのにあの足の速さ……才能って怖いな。


「それはイルミナがいることを想定してたからでしょう?ボルベルク家の幹部の強さを知っていればそりゃあ危機感を覚えることは難しかったでしょう。これに関しては黙っていた僕の責任です」


「…………そう言っていただけると私も気が楽になります」


 僕にミライムさんを責めている気も違ないことを理解してくれたのだろう。


 これ以上謝罪をしてもただ僕が困ってしまうことを理解してくれたのかもしれない。


「それでも……もしも次に同じように戦わなくてはならないことがあった時には私だけを逃がすんじゃなくて一緒に戦ってください!」


 ミライムさんは力強くそういった。


 ……そういわれても。


「……そういわれても、僕は戦うことを求められて生まれ、戦うために最高峰の教育を受けてきた人間です。あなたやほかの貴族とは違う!戦いのプロとして友達を、女の子を同じ土俵で戦わせるわけにはいかない」


「女の子でも私は戦えます。戦うための才能にも恵まれています。……勝手なことですが、これは頼みではなく宣言です!」


「せ、宣言ですか……」


 宣言か……宣言ならしょうがない。


 僕が何を言ってもどうしようにもならないということだ。


「ええ、宣言です!私は強いですし、もっと強くなります。頼りにしてくださいね!」


 そう言うミライムさんの顔はいつもよりも凛々しく感じた。


「こういう時にいうのはあれですが、僕の才能は全人類の中でもピカイチだといわれています。今はまだ才能が開花されていませんが、僕はあなたが戦う準備をするまでに敵を倒して見せます。……これは僕の宣言です!」


 ミライムさんは少々面食らったような顔をしていた。


 それでもやっぱりかわいいなぁ。


 なんだか久々に自発的に強くなりたいと願えたような気がする。


「……ふ、ふふふっ!」


 凛々しい表情から面食らった表情への唐突な変化に僕は思わず笑いがこみあげてきてしまう。


「え?ちょっと!」


 真剣な話をしていた中、唐突に笑い出した僕の反応が気に入らなかったのかミライムさんがむっとした声を出す。


「ごめん」


「まぁ、いいけど。……そんなことよりも、フリード君が怒ってなかったとしても今回だけは私の中でけじめをつけたいんだ。なんでもいい。何か私にお願いとかないかな?最大限叶えるよ」


 僕のミライムさんに対する願い……そんなの結婚しかない!

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