第26話 イルミナの意外なところ
「惚れ惚れだなんて褒めすぎですよ。私くらいの動きくらい誰でも努力すれば出来るようになりますよ。それに昨日の動きから察するにちょっとベアトリーゼさんの動きに違和感と言うか動きづらそうにしているのを感じたので、後で一緒に訓練場に行きませんか?」
サラッとエレーファがベアトリーゼさんをデートに誘う。
もしかしたらとてもデートだとは言えないような激しいものなのかもしれないけれどそんな簡単に誘えるとはとてもうらやましい限りだ。
「エレーファ、楽しそうですね」
僕がそんなエレーファを見ながらミライムさんに話しかける。
話題を提供してくれたエレーファには感謝だ。
「そうですね。フリード様がいない間は話しかけて来る人はいましたが、ことごとく追い払っていましたからね。それでも寂しかったとは思いますし、普通に話すことが出来る人と出会えてよかったと思いますよ」
そんなこんなで話していると無視され続けてきた周りの低級貴族どもは少しずつ人垣を崩していった。
授業の時間も近づいてきてもう少しすると僕の周りには誰もいなくなっていた。
そして放課後、僕はミライムさんの訪問を待ちながら部屋を客人の対応仕様に模様替えをする。
部屋の中に香水を塗し、部屋の中には普段出していると傷つけることに抵抗を覚えてしまうほどの高級品で埋め尽くす。
「ミライムさんがあとどれくらいで来るか分かりますか?」
するとイルミナが僕の前に現れる。
「あともうちょっとで来ると思いますよ。ミライムさんとしては特に気負いもせずにただただ遊びに来ているといった様子でしたし、フリード様も特に気負いすることもないですよ」
「気負わずにミライムさんと話すことが出来たら、僕はとっくにミライムさんに告白してますよ」
部屋の模様替え以外にも何かおもてなしできることは無いかと考え、僕に出来る女性が喜びそうなことと言えば僕の笑顔を見せること、プレゼントを渡すにしても僕の芸術作品それも彫刻だったらかさばるだろうし、絵だったら価値が分かりにくい。
貴金属ジュエリーでもあげたら喜んでくれるのではないだろか?
いや、さすがにその考え方はミライムさんを馬鹿にしすぎか?
「ミライム様、自分の結婚相手を自分で決めることを許されてるわけですし、もうちょっと積極的になってもいいんじゃないですかね」
「そうやって振られてきた人たちを僕はたくさん見てきたのですよ。それに降られた悲しみで自殺した人もいますし、僕は振られたら絶対に自殺する自信がありますよ。僕が自殺するとたくさんの人が困るでしょ。………軽々しく出来ないですね」
「確かにフリード様がもしも自殺してしまったら国を挙げての大騒ぎになってしまいますね」
「逆に騒ぎにならなかったらそれはそれで腹が立ちますけどね」
僕はこれまでに作ってきた貴金属ジュエリーを宝箱の中から取り出し、ミライムさんに渡すのであればと初恋を表す花言葉を持つライラックの花を彫る。
もしかしたら僕すごく大胆なことをしているのではないかと思うが、僕の腕なら伝わらなかったとしても奇麗に彫られた置物として喜んでくれるだろう。
「今から作業するのですか?本当にあと少しで来るのですよ」
イルミナは僕のことを心配してくれているのか不安そうな声を出すが、僕も少し不安だ。
「意外と部屋の主が作業しているときってお客様は居心地が悪いものですよ」
人がいて居心地が悪い………僕はそんなことを感じたことが無いのでよくわからないが、イルミナのせっかくのアドバイスを無下にするほど僕は恐れ知らずではない。
「僕としては仕事人としての一面を押していきたいと思ってるのですけどどうなんですかね?」
「やめといたほうがいいですよ。自分の考えの中なら絵になってると思ってるのかもしれませんが、わざわざそんな一面を見せられても困るだけだと思いますよ」
僕は基本的に年長者の意見には耳を傾けるタイプだ。
一度聞き入れたうえで其れが本当に正しいのか判断するので、息継ぎをする間もなく話しかけられると何も考えられなくなってしまうけど、人の意見を聞かない人間よりもいいことだと思う。
「なら、諦めますよ」
僕は渋々貴金属性の腕輪の金の部分に彫っていた手を止めて宝箱の中にしまい入れる。
「ちゃんと人の意見を聞き入れることが出来て偉いですね」
イルミナが僕の頭をなでながら褒めてくれるが、僕が人の意見を聞き入れるようになったきっかけは戦闘の指南を受けているときに先生が教えてくれていた時に考え事をしていて話を聞いていなかったとき、殺されかけたことが原因である。
それからこの点で指導を受けたことが無いがあの時の衝撃は今でも覚えているほど大きなものだった。
「どうしたのですか?今日、なんだかいつもと違い過ぎて怖いですよ」
「あれ?いつもと同じ感じでよかったですか?この前のこと怒りすぎてしまったのではないかと思って少し反省してましたが、必要のないことでしたね」
「――反省?………貴様さては偽物だな!周りの人たちは騙せても僕のこの瞳は誤魔化せないぞ!」
「………何故ばれた………変装は完璧だったはず。こうなっては生かしておけん!」
そんな感じで僕とイルミナの偽物の戦闘が始まろうとしていた時、僕の部屋のドアがノックされる。
「はい、今出ます!」
僕は戦闘態勢に入るよりも早くドアの前に走り出す。
ドアを開けると予想通り予想以上にカジュアルな格好をすることによってこれまた美しさを醸し出されたミライムさんがいる。
「こんばんわ、フリード様」
「こんばんわです。ささ、どうぞ部屋の中でくつろいでいってください」
「失礼します」
お客様用に出してあった椅子を指しながらミライムさんを中に誘う。
ミライムさんは特に意識した様子もなく僕の誘導に従ってくれて椅子に座る。
「先ほどまで何やってたんですか?」
「………聞こえてました?」
「ええ」
ちょっとすごく恥ずかしい………
聞こえてたってことは僕とイルミナの即興の芝居が聞こえていたのだろう。
どうにかしてスタイリッシュに聞こえないだろうか?
イルミナは恥ずかしさのせいか、うつむいて何も話そうとしない。
「特に意味はないのですけど、イルミナがらしくないことを言ってたんでそれをからかおうとして適当なことを言ったら乗ってきてくれてああなっただけなので安心してください」
「そうだったのですか。もしかして何かとんでもないことに巻き込まれているのではないかと思って乱暴にドアを叩いてしまいましたよ」
「あはは、気にしないでください。普段からもっと荒い使い方をする人ばかりですから」
どうだろう?納得はしてくれたみたいだし、本当のことを言ってはいるのだけどれでもまだ変なことを言ってる人だと思われてたら嫌だな………
使用人がいないので自分で入れることになるが、紅茶を入れて差し出す。
「ありがとうございます」
「いえいえ、僕が淹れたものなので正直素人がやったものだと思いながら飲んでいただけると助かります」
僕が差し出した紅茶をまずはひとくち口に含む。
「確かに、素人って感じで新鮮です」
この反応は喜んでいいのだろうか?
これで喜んだらなんだか僕がとんでもなく小さな人間に思えるのでさすがにこれで喜びたくない。
でもうれしい。
二律背反な感情に襲われる。
「そうですか。もし、喜んでいただけていたなら嬉しいです」
「それはうれしいですよ。私のためにフリード様が紅茶を入れてくださったのですから。なかなか出来ない経験ですよ」
なかなか一対一ではなす事のない間柄としては遠慮なく話すことが出来ていていい滑りだしではないかと思う。
そう思ったのは束の間で不意にミライムさんの顔に陰りが生まれる。
「この前………」
この前?
エレーファと三人で出かけて行った時のことか。
「フリード様があんなに傷だらけになるまで戦って、大けがを負ってしまったというのに………あの時ビカリア様達に知らせに行けるように先に逃がさせていただきましたが………あんなに呼びに行くのが遅れてしまってすみませんでした」
ミライムさんは辛そうに、己の罪を懺悔するかのように言う。
だが、僕には何を怒ればいいのかすら分からない。
あの闇市の場所から学園までどのくらいの距離があるのかくらい当然理解している。
最初から助けが間に合うだなんて思ってもいなかったし、むしろあの距離で、ビカリアさんが走ってあの場所に到着するまでの時間を考慮しても早すぎるとすら思った。
わざわざすごく遠回りをしてまでノルザの背後を取ったエレーファと比べてもよっぽど早かったように思える。
でも、こんなことを言ってもミライムさんが納得するとは思えない。
「あの時は確かに殺されかけてもうだめかと思って命をあきらめかけていましたし、それと同時に少し腹が立ってました」
「それは………すみませんでした」
「勘違いしないでください。ミライムさんは僕たちを助けてくれようとして頑張ってくれました。それにこうして謝ってくれてもいる。少しその時のことを忘れかけていましたけど、それは本当にうれしいですし、ミライムさんに対する怒りなど一切湧いてません」
「………?」
ミライムさんは僕が何を言いたいのかが見えてこないからなのか、不思議そうな顔をしている。
「僕が怒っているのは………お前だぁぁぁああ!」
僕は立ち上がり、イルミナを指さし、叫ぶ。
突然指さされたイルミナも突然のことに頭が追い付いていないからかポカンとしている。
「いつもいつも訓練と称して僕を殴って、あの日急に護衛が出来なくなるだとか急に言って、そのせいで僕は友達と遊びに行くのに完全武装で行くことになったんだぞ!」
あの時の周りの知らない人たちの反応を僕は忘れない。
顔はかっこいいのに、服を選ぶセンスは壊滅的だという。
エレーファとミライムさんは何にも言わずに受け入れてくれたけど内心ではどのように考えていたかだなんて分かったものではない。
もしかするとこんなセンスの人と一緒に歩きたくないって思われていたかもしれない。
さすがにこれは考えすぎかもしれないけど自分を誤魔化しながら、数年後の主流になると信じて歩ていたが、やっぱりあれは恥ずかしかった。
「あれってファッションではなかったのですか………」
ミライムさんが聞こえるか聞こえないかの声でそう言うが、僕はあんなにもこもこした格好をする人ばかりだと思っているのだろうか?
「それに僕は必死に戦ったうえで殺されかけたというのにすべてが終わった次の日に僕のことをあと少しで首になりかけたと言いながら殴りやがって、絶対に許さない」
少しの間ポカンとしていたイルミナだが、言い終わるころには持ち直して僕方に歩みを進めてくる。
「あのですね………フリード様が護衛をつけられないとき、防具をつけて行かなければ安心できないというのはあなたが弱いから、あなたが死にかけたのはあなたが弱いから、私が訓練をつけているのはあなたが弱いから、ほら、全てフリード様が悪いじゃないですか」
「よし!手紙を出そう」
「そんなことをやり続けているといつか私の足が狂ってうっかり腕を蹴り落としてしまうかもしれませんよ」
イルミナに、僕程度の力で脅しが通じることはなさそうだ。
交渉というものはある程度お互いを認め合ってなくては成り立たない。
それを僕は実感した。
僕にはこの化け物にまともに会話をさせる手段を持ち合わせていないのだろうか?
普段の護衛としていてほしい時には全く姿を現さないくせにミライムさんと二人っきりで会話をするチャンスがあるときに限ってその場に居やがる。
「もしも僕の書いた重要な情報の乗ってある手紙を破くようなことがあったらただで見逃すと思うなよ」
僕が声のトーンを低くしてしゃべるとさすがにふざけることができる雰囲気ではなくなったのか、ちゃんと向き合って話してくれるようになったと思う。
さすがボルベルク家次期党首の権力。
人間社会にいる以上どんな強者でも抜け出すことのできない網を僕は実感した気がした。
だが、そんなことを確認すると代償も出てくる。
さっきまでは何を言っても許すことができるような楽しい雰囲気が一気に凍り付いてしまった。
こんな状況でいる皆を部屋から出ていかせてもこの場の雰囲気が悪くなるだけだろう。
「いや、主人の手紙を破き捨てている時点でアウトよ」
そう思っていたが、ミライムさん的には僕の書いた手紙を破り擦れることを許容することがおかしなことであったらしい。
そういわれてみればそれが常識な気がする。
「……っ!」
強気な態度をとることが難しいミライムさんからの援護にイルミナもたじろいでしまい、ただでさえ押され気味だった態度が今では少し委縮気味になってしまっている。
こんなにイルミナが圧に弱い人だったなんて……結構解釈不一致だわ。
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