第25話 次に向けて
それからしばらくするとビカリアさんがミライムさんを抱えた状態で来てくれた。
僕は頭の痛みで其れどころではなかったが、ミライムさんの顔を見ると少し楽になった気がしたが、それはただの気のせいだった。
エレーファは僕の援護がなかったら負けていたことを誰よりも分かっているためか、冷や汗を掻いていた。
これで皆がもっと僕のことを尊敬してくれればいい。
ノルザを捜索するためにたくさんの騎士たちが派遣されたがなかなか見つかることは出来なかった。
見つけることが出来て、とらえられたならともかく、あと一歩で僕が死んでたかもしれないという状況に僕とエレーファとミライムさんはいろんな人に怒られた。
特にイルミナからは暴言と共に暴力まで受けた。
ならもっとマシな人を僕の護衛にしてほしいと思うが、どうせ僕の要求は呑まれることは無いだろう。
いつもそうだ。
どうでもいいことだけ僕はボルベルク家の威光を借りることが出来るが、命にかかわるようなことや重要なことはすべて周りが決めてしまう。
「僕はしばらく引きこもって歴史に名を遺す準備をしておきますよ」
僕が部屋の中でそう宣言するとイルミナがどういうこと………?といった表情をする。
僕の目の前には大理石の原石と彫刻刀
、そして削りカスが地面に落ちないように地面には紙が敷かれている。
さらに大きな全身鏡を用意すれば準備は万全だ。
僕の美しさを後世にまで残すため僕は全力を尽くす。
いつかはミライムさんのことも彫りたいと思っているけど、さすがに長時間モデルをやってもらいのは心苦しい限りだ。
こういうのは大人になって一緒に暮らしてからでもいいだろう。
「これがうわさに聞いていたフリード様に命の危機が迫るとよくあるという芸術家モードというやつですか……………」
「僕がこうなるまで命の危機を感じたのはあなたのせいですけどね」
あそこまで僕のことを殴れる人は貴族にはいない。
「ってことはこれからしばらくはどこにも出歩かないってことでいいんですよね。学園はしばらく休むということは伝えておきますけどお友達が来たらお通ししますね」
意外と気が利くイルミナはそういい、部屋から出て行った。
それが一週間前の話。
僕はもう一週間ほど日の目を浴びていない。
イルミナからはいい加減外に出ましょうとは言われているがなかなか僕が納得できるような僕が完成しない。
どうしてこんなにも僕は美しいのだ!
この美しさのせいでいつまでたっても美しすぎる僕を表現することが出来ない。
「フリード様。いい加減訓練しないとエンドレス組手をしますよ」
「そんなことを本気でしようとしたらボルベルク領に帰りますから。今度こそ解雇ですよ」
エンドレス組手と言うものは組手と言う名前だけで拷問の一つだ。
格上相手に数十人に組手を挑み、格上相手の立ち回り方を学び、忍耐力を鍛えるという大義名分のある訓練の一つだ。
僕も何度か参加したことがあるが僕が参加したときの人は一撃でゲロを吐いて、僕が組手の相手をするようなときには血尿に糞、そしてゲロまみれでどこもかしこも骨が折れているところで申し訳ないという気持ちでいっぱいになってしまった。
僕はあんな目に逢うのは嫌だ!
絶対に嫌だ!
イルミナも本気で言っていなかったようですぐに鼻で笑ってくれた。
「そう言えばミライム様たちもずっと学園に行ってないので心配してまたよ。エレーファ様もさみしそうにしてましたしいい加減学園に行ってくださいよ」
「了解。そろそろ僕も疲れてきた頃だし、明日にでも学園に行くつもりだよ」
「ならいいのですけど………」
僕は鏡をしっかりと見つめながら僕の体を彫る。
次の日僕は一週間ぶりに学園へ行った。
「フリード様!待ってましたよ!」
エレーファが僕が教室のドアを開けると同時に駆け寄ってきてくれる。
「それで、一週間かけてフリード様が作ったという作品見せてくださいよ」
「いいよ」
カバンの中から小さなものなのでたいして時間はかかりはしなかったが精巧な竜を取り出す。
いくら僕がかっこよくて見飽きることのない顔だとしても同じものばかり作っていると変な癖がついてしまいそうで時々息抜きに別の種族の彫刻を作っていた。
それに自分の彫刻を一週間も作っていたと思われてしまうと僕が変な人だと思われてしまいそうなのでカモフラージュにいろんなものを作った。
ついでに記憶をたどりにミライムさんとエレーファも等身大で作ったのだが満足いくものが作れたとはとてもじゃないが言えない。
僕も早く満足いくものが作りたいのだがそれはいつになることやら。
「さすがフリード様です!鱗から翼まですごく精巧に作られてますね」
そのエレーファの声を聞いてクラスのみんなが僕の周りに集まってくる。
ただでさえ久しぶりに僕が来たことで作られてきていた人垣がボルベルク家の幹部二人が訓練しているとき並みに人が集まってきた。
みんなが僕のことをほめてくれるのは良いが、僕が返事も出来ないうちに言葉を投げかけられるのはあんまり好きじゃない。
それに押されて気が引けてしまうからだ。
「当然だな。僕はこれまで何度も竜に逢ってきているからな。どんな形かくらいこの目に焼き付いている」
髪をバサッと掻き揚げると周りから「おお~」と感嘆の声が鳴る。
「これは………?」
僕が気持ちよく褒められていると後ろからミライムさんの声が聞こえる。
ミライムさんにもこれを見せて褒めてもらおう!
周りにいるやつなど無視して一直線にミライムさんのところに向かう。
「昨日までつくった僕の彫刻を見せてたんですよ…………これです!」
僕は昨日までに作った作品の中でカバンの中に入りかつ最も出来の良かった作品を取り出す。
「こ、これを昨日まで学園をさぼりながら作っていたのですか………」
思ったよりもミライムさんの反応がよくない。
僕が学園をさぼっていたことが気に食わないのだろうか?
確かにミライムさんはルールを守らない人を好ましく思っていないようだが、もしかしたら悪手だったかもしれない。
「確かにすごいですね。私にはとても作れるものだとは思えませんよ」
「これでも僕は名匠と呼び声高い人の師事を仰いだことがありますし、芸術面で意外と僕の作品も高く評価されているのですよ」
ミライムさんは確かにルールを守らない人に厳しい、だがそのルールを守る以上の結果を出している人は一転して高い評価をくれる。
これは僕の経験で見抜いたことだ。
「あ、そうなのですか。どんな作品が評価されているのですか?」
「………??僕が基本的に彫るのは魔物か人ですけど高く売れているのはやっぱり人と竜、それも竜王のレベルの強いものが高く売れますね。僕にはその実物を何度も見ることのできいる機会がありますし、やっぱり有名でその強さをよく知られている魔物は高く売れますね」
ミライムさんは僕のことを感心した様子で僕を見てくれる。
それが気持ちよくて僕の頬は無意識のうちにつり上がっている。
「全部これくらいの大きさの物ばかり作っているのですか?」
「いや、もっと大きめの物ばかりですよ。人を彫り時には等身大に作ってますけど」
「いつか私にも見せて頂いてもよろしいですかね?」
「もちろんいいですよ。むしろ見に来てほしいくらいです」
「ありがとうございます。今度上がらせていただきます」
僕の部屋にミライムさんが来てくれるのか………
今の僕にはとても想像することさえできないが、それはとてもいい光景なのだろう。
僕の部屋を早く香水で華やかな香りにして出来る限りの好印象を与えたい。
「いつ頃来られるか分かります?僕、明日はちっと用事があるので………」
僕は『成長の守り人』の人と契約をして週に一回は必ず参加するように契約したが、引きこもっていて参加できていないのでそろそろ参加しなくてはならない。
とはいえ、今日は行く気ないけど。
「なら、今日伺わせていただきますね」
「はい、待ってます!」
そんなことを話して僕がウハウハ気分でいると急にエレーファが浮足立った様子でいる。
こんな感じの雰囲気はどこかで、いや、よく見たことがある気がする。
「ベ、ベアトリーゼさん、おはようございます!」
どこかで………どこか………どこだろう?
本当に身近でよく見た顔なのに思い出せない。
それにしても表情筋が緩み切ってやがる。
こんな情けない顔僕なら人前で見せることなんて恥ずかしくてとてもじゃないが出来ないぞ!
「あ、エレーファ様!おはようございます」
エレーファの視線の先には一人の少女の姿があった。
たしかヘンゼル伯爵家の長女だったと記憶しているが、確かにエレーファが気にいるだけの素質は持っているようだ。
だが、ミライムさんに遠く及ぶとは思えない。
よくミライムさんと会って話しているエレーファがどうして惚れるのか正直僕には分からないが、きっとそれなりの理由があるのだろう。
僕が口出すようなことでもないし特には何にも言うつもりはない。
伯爵家ということは上級貴族ということだし、大丈夫か。
「昨日の傷はもう大丈夫ですか?」
エレーファがそんなことを聞くが一体何があったのだろうか?
「ええ、きちんと治療して頂きましたし、どこも痛むところはありませんよ」
ベアトリーゼさんも気にしてなさそうにいうがどういう関係だろうか。
「いやー、昨日の冒険、危険がいっぱいでしっかり体を動かすことが出来て楽しかったですね」
「ええ、わたしもあまり自由に動かせてもらえる機会が少ないですし、楽しい経験でしたよ」
エレーファもベアトリーゼさんも楽しそうに笑い合っている。
まだまともに交流を持ち始めてそんなに経ってないはずだ。
僕が彫刻を彫ってる一週間で新しく作ることが出来た仲だろう。
僕とミライムさんの長い中の友達ですら一緒に冒険などしてないというのに、羨ましい限りだ。
「でも、なかなか危険な目に逢ってましたよね。怖くなかったのですか?」
へー、危険な目に逢っていたのか。
吊り橋効果などにも見舞われてさぞかしエレーファにとって効果的な冒険だったのだろう。
「危険な目に逢うからこそ生きている楽しさを感じることが出来るのですよ。命の輝きを感じることが出来ました」
「確かに槍を嬉々として振り回し、血をまき散らしながら戦っている様子は私も感激しましたよ」
思ったよりも変わった子のようだ。
見た感じお淑やかそうなのに大分頭のねじが飛んでいるな。
「エレーファ様は相手の攻撃を一切寄せ付けずに一撃で切り伏せる。そんな戦いを続けて、一切息の切れない。見ていて惚れ惚れするような動きでしたよ」
楽しそうに話している様子を見て、僕だけといつも話していたエレーファがどこかへ行ってしまったようで、少し悲しい。
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