第24話 僕の援護
「危なかった……」
………はずだった。
から出た何かだ。
「この程度の相手にエルメ『固位』を発動させることになるとは思わなかった……………」
まるで、自分の不甲斐なさを悔いてるような雰囲気で言う。
「こんなものまで見せることになったんだ。本気で行くぞ……」
刹那、僕の肩が切られた。
ノルザは全く動いていない。
何か不透明なものが刀をもって、僕の肩を切っていった。
金の装飾品を付けて、半透明なのにすごく存在感を感じる。
目には見ることは出来たが体が反応してくれなかった。
左肩をやられ、もう両腕で矛をふるうことは出来ないだろう。
「これがお前のエルメか。こんな隠し玉を持っていたなら早く使えばいいものを」
僕は右手だけで矛を構える。
「当然だろ。何でもかんでも本気でやればいいってものではない。私よりも圧倒的に劣るものに一々本気を出してたら体力がいくらあっても足りない」
ノルザは一切動かずに攻撃を続ける。
片腕しか動かせない状況で高密度の攻撃から身を守るには急所のみを守り、他の一切はあきらめることしかない。
こんなことくらいこれまで何度も経験してきた。
今更ためらうようなことでもない。
矛を体の中心に持ってきて、急所に来る攻撃のみ防ぐ。
それでもそのうちに体中を切り裂かれ、守ることが出来なくなりただ殺されるのみになってしまう。
いや、むしろ既になっている。
片腕で急所すべて見切り守っているものの、それ以外の部位はボロボロでもう腕をまともに動かせそうにない。
だんだん体に力が入らなくなってきて、膝を切られると同時に崩れる。
僕は目だけはとんでもなくいい。
だから、僕をこれから殺すであろう攻撃がはっきりと見える。
「ああ、ミライムさん……………」
もうこれ以上見ていることが出来ず、目をゆっくりと閉じる。
………………………………………
……………?
想像してた痛みがなかなかやってこない。
いたぶる趣味があるのか、はたまた既に死んでいるのか僕には判断できない。
それからどれくらいの時間がたっただろうか、目を開けようと思ってもなかなか目が開けられない。
体が言うことを聞いてくれない。
「フリード様!フリード様!起きてください!」
なんだかエレーファの声が聞こえる気がする。
そういえばエレーファなかなか来なかったな。
そろそろ来てもおかしくないとは思っていたけど、何やってんだあいつは。
「すみません、もう少しいい感じの隙を探してたんですが、危ない感じだったので出てきちゃいました」
いい感じの隙って……それで僕は死にそうになってんだぞ。
もう少しましな言い訳を用意してこい。
「必ず生きてると信じています。いや、絶対死なせませんから!」
体に液体のかかった感触がある。
まるで僕のカバンの中に入れてた薬を傷口にかけられたようだ。
あれ高かったのにこのままだとなんだかもったいなかった気がする。
「ねぇ!生きてるんでしょ!返事してくださいよ!」
体を蹴られたような衝撃を感じる。
仏様なんだからもっと丁寧に扱えよと思う。
そして目を開けるとエレーファが泣きながら僕を覗き込んでいた。
辺り一面には氷の世界が広がっていた。
さっきまで燃え盛っていたはずの炎は亡くなり、暗く汚い闇市に広がる氷の幻想的な世界。
僕は柄にもなく見ほれそうになった。
「仲間がいたとは………てっきり逃げて行ってしまったと思ってたが、不意打ちとはいえ、ここまで私を吹き飛ばすとは彼よりはやるみたいですね」
氷の向こうから埃や砂を被った状態のノルザが体中を払いながら出てくる。
僕の相手をしていた時とは違い、エレーファ相手には油断をせず、警戒している。
「もう戻ってくるとは……しっかり蹴飛ばしたと思ったんだけど」
状況から判断すると僕がとどめを刺されそうになった瞬間にノルザを蹴飛ばしたようだ。
よく見るとノルザの左首が真っ赤になってすごく痛そうになってる。
「フリード様は下がっていてください。あとは私が引き継ぎますので……」
そう言うと腰に差してあった剣を引き抜き、構える。
どのようなエルメを出してくるかわからない状況で相手をするにはこれ以上ないほど恐ろしい相手であるが、種がわかってしまえば初見ほど脅威はない。
実際どのようなエルメかわかっていれば僕ももう少しは耐えられていただろう。
僕の仕事はこれまでだ。
「了解」
ノルザも例の半透明なものを体から出している。
よく見ると三つの顔に六本の腕、赤い肌金の装飾品に動きやすそうなだぼっとしているものの見るからに高級そうな仕付けの服。
僕の時には二本しか腕を見せていなかったのに対してエレーファの時は最初から本気で行くようだ。
僕はエレーファの言葉に甘えて重く苦しい体を引きずって離れる。
「気を付けろ、速さだけはすごかったぞ。離れた場所から弓で援護するから頑張れよ!」
「フリード様の弓ですか。有難いです」
僕がゆっくりと動きながら狙撃場所を探していると後ろから高速の剣戟が聞こえる。
少し焦るがその足取りは重く、なかなか進まない。
付近にいたはずの人たちはどこにもいなくなっており、静かだ。
何とかここら辺の近くにある建物の屋上に行き、狙撃をするための準備をする。
エレーファの様子を見てみる……
「どうやらこの幽霊はあなたが動かしているようですね。距離感がめちゃくちゃですよ」
エレーファは余裕をもって六本の刀を一本の剣で凌いでいる。
これはエレーファのエルメ『固位』『エルメの悪魔』による能力のおかげだ。
エレーファのエルメの『高速演算』は『固位』に至るとその精度は跳ね上がり未来予知になる。
たとえ未来を知れたとしても僕には六本の刀を受けきるような技量も身体能力もない。
エレーファは人並外れた努力であまり戦闘向きのエルメではないにもかかわらず僕たちの世代の誰よりも強くなった。
しかし、いくらエレーファでも見た目は余裕そうにしているもののそのとんでもない集中力により、疲労がたまってくるはずだ。
いや、今ですら余裕があるように見せているだけでぎりぎり現状維持をしているだけのように普段の訓練の様子を知っている僕の目にはそう映った。
ならば、今のうちに勝負を決めなくてはならない。
僕はカバンから弓を取り出す。
合成弓と呼ばれるM字の物で、小型で、威力に優れるものだが、使いこなすのが難しいという欠点がある。
だが、僕くらいの使い手になると体の一部の様に扱うことが可能だ。
これは僕のお気に入りのもので、『創設期』に作られたもので魔力をつぎ込むことで無限に矢を作り出すことが可能である。
エレーファも六本の刀を躱しながら本体のノルザを叩くことは難しいようだ。
こうなってくると僕の援護で決まる。
「それは申し訳ない。私の技量が足りないだけみたいです」
さっきまでは傍から戦闘の様子を見ているだけだったノルザだが、今度は戦闘に参加するようだ。
六本が八本になる……
ここまで来るとあまり変わらないかもしれないが、さっきまででもエレーファもしんどかったはずだ。
体をみるとうまく隠しているが、僕の目から見るとあまりに多い手数に無理をしているようだ。
ノルザはそれを知ってか知らずか戦闘に参加した。
だから僕は弓を構える。
半透明な腕のみから繰り出される剣術は僕たちが普段接している剣術の常識が通用せず、エレーファがこれまで読んできた剣筋が予測しずらくて苦戦していたようだ。
ノルザが加わったことで、慣れない戦い方に分が悪いのがさらに悪くなり、傷がだんだんと目立つようになってきた。
僕を軽くあしらっていたノルザが本気でエレーファをつぶそうとしている様子が伝わってくる。
弓に魔力を込め矢を作り、弦を引く、矢を放つ。
この弓はどんな力でも弦を引くことのできる弓だ。
どんな弱い力でも、強い力でも弦を引くことが出来、どこまでも弓の威力を上がる。
すかさずまた魔力を込め矢を放つ。
また魔力を込め矢を放つ。
エレーファに楽をさせてあげるため出来る限り多く矢を放つ。
僕の技量とエレーファのエルメがあれば決して同士討ちをすることはない。
僕が狙うのはエレーファが刀をはじくには面倒になりそうなはじくために大振りする必要がありそうなものだけだ。
これだけで大分楽になるだろう。
それもそうだろう、僕の援護だ。
エレーファにできる傷の数も増えなくなってきた。
「フリード様!そろそろ勝負を決めたいと思いますのでできれば矢の量を増やして私に当たりそうな攻撃を片っ端から落としてください」
僕のいる方向にエレーファが叫ぶ。
……やれやれ、全く無茶を言う。
僕じゃなかったら怒られてるぞ。
「いいだろう。安心して飛び込め」
込める魔力を多くして生成する弓の量を増やす。
三本の矢を生成して一つ一つ狙って放つ。
それを断続的に何度も行う。
正直僕もしんどいし、激しい戦闘のように頭を使うことをすると薬の効果は早めに切れてしまう。
エレーファに言ってたかな……………?
マズい、言ってなかった……
でも大きな声で言ってしまうとノルザは時間稼ぎに来るだろう。
放つ矢の数が増え、来る攻撃の数が減るとエレーファが仕掛ける。
周りに敷いてた氷を利用して滑り始める。
時間がたったことによって表面が解け、滑りやすくなった氷は滑るたびに水滴を周りに飛ばしながらノルザを翻弄する。
靴を見るといつも使っているものではないようだ。
足首までしっかりとプロテクトされ、靴底に刃がついている。
これにより、ここまできれいな舞のような動きが出来ているのだろう。
「『氷塊の園』!」
僕は少し興奮気味に叫ぶ。
これを見るのはいつ振りか………水魔法の使える得物を得意とするエレーファは高難易度の水を氷にすることにすることが出来る。
これは今の僕にはまだ不可能なことだ。
そんなエレーファは一面に氷を敷いてそれを利用して動くことが出来るように練習していたことは僕たちの間では有名な話である。
しかし、僕くらいの実力だとエレーファにこの技を使わせるほど追い詰めることは出来ない。
この技はエレーファの努力の結晶でもある。
エレーファの姉がなくなった後、強くなるために暇さえあれば訓練をしていた。
特に才能があったからだとは思はない。
むしろ僕よりも才能については乏しいように思える。
しかしエルメであるノルザの幽霊にはあまり効果はないのか、動きはあまり変わらない。
だが、ノルザには効果抜群だ。
普段あまり慣れない滑りやすい氷の床に四苦八苦している。
それをエレーファが幽霊の攻撃を凌ぎながら近づいて攻撃する。
立っているだけでやっとの様子のノルザはなすすべなく攻撃を受ける。
「『炎膜』!」
このままでは分が悪いノルザは氷を解かすため、辺り一面に炎を敷く。
赤い炎が氷を赤い光で照らす。
みるみる氷は溶かされていき地面が浮き出てくる。
「『氷塊の園』」
さらにその上からまた氷魔法を使う。
「ぐぬぬぬぬ……………」
ノルザが悔しそうに唸る。
魔力の差か、技量の差か、ノルザが溶かした氷はまたもや敷かれていく。
ノルザの悔しがりようからおそらく技量の差だろう。
だが、その間もノルザの幽霊は動き続ける。
魔法に集中しているエレーファに避ける様子はない。
「ちゃんと決めろよ!」
僕はさらに弓に込める魔力の量を増やし、今度は六本の矢を出す。
僕が放った矢は寸分たがわずエレーファを襲う幽霊の刀を弾く。
「これで決まりだな」
エレーファがノルザに向かって剣を振り下ろす。
するとドンッ!と何かものを弾く音が聞こえる。
エレーファが振り下ろした剣の先にあったのは幽霊だ。
ノルザのエルメが使用者を吹き飛ばし、使用者を守った。
「クッソ!あの時フリードをすぐに殺してしまっていれば……………」
弾かれた先でノルザが悪態づきながら、逃げ去っていくのが見える。
僕は弓に矢をかけ、ノルザの足を狙い矢を放つ。
「なっ!」
僕の放った矢を幽霊が叩き落す。
「フリード様!もう大丈夫です」
「そうか……殺せたと思うんだが……」
エレーファがそういうなら僕が追いかけることもない。
「助かりました。また弓の腕を上げましたね!」
「まぁ、僕の取り柄だからな。それにエレーファこそ強くなったんじゃないか。僕はあの剣、二本しか使われてなかったのにあれだけボロボロにされたんだぞ!」
「いや、でもあれ相当厳しかったですよ。それにあの後あの人が入ってきた後フリード様の援護がなかったら多分あのまま押し切られてましたよ」
「でも危なかったな、僕あと十秒くらいで活動不能になってたぞ」
「ええ?」
「だからあとはよろしく」
「ちょっと!」
そう言うと僕の頭に割れそうになるほどの痛みがやってくる。
「ぐああああ……いってー!」
「フリード様!大丈夫ですか?しっかりしてください」
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