第22話 エレーファが心配
朝のさわやかな空気を肺いっぱいにすいこみながら僕は集合場所の噴水前に行く。
太陽がいつもより輝いて見えるのはこれから僕がミライムさんと遊びに行くからだろうか?
エレーファもいるがあいつは空気の読める男だ。
これまでもいろいろ気を使ってくれたこともあったし、僕自身あいつのことが好きなので邪魔だなんて決して思わない。
むしろ僕一人だと緊張してたじたじになってしまうかもしれない。
いて損のない、そういうやつだ。
「僕が一番乗りかな?」
集合場所に着くと待ち合わせによく使われる場所なのか、たくさんの遊びに行く格好をしたやつらがいた。
楽しそうにアホずらを晒している。
全く、こんな顔を晒していて、恥ずかしくないのだろうか?
金属製の防具の上にさらに服を着ている。
厚着になってっしまって、少し汗ばんできている。
「あ、待ってました?」
僕に向かって誰かが声を掛けてくる。
「おはようございますミライムさん!」
ここ一番の笑顔が出た気がする。
ミライムさんの私服姿は清潔感あふれるとてもおしゃれなものだった。
普段は見せないひざ下まで見せてくれる。
興奮して鼻血が出そうだ。
ミライムさんも武器を持ってきているようだ。
背中にレイピアを背負っている。
腰に差した方が取りやすそうなものだが、どうしてだろうか。
「早く着いたのですね。私も昨日から楽しみにしてて、早めに来たつもりだったのですが、もっと早く着いた人がいたようですね」
ミライムさんも楽しみにしてたのか。
「僕もですよ。昨日も大分寝るのが遅くなってしまって、でも起きる時間はいつも通りだったので今少しだけ眠たくなっているのですよね」
学園に通う生活習慣が身に沁みついてしまっているのか、朝起きる時間帯はもう決まってきていた。
僕の服装について特に言及してくることはなかったが、時々目線が服に移っていることを僕は見逃さない。
こんな恥ずかしい格好をしている僕を見ないでほしい。
ファッションを確立させる前にその服装をしている人はみんなこんな気持ちなのだろうか?
だけど、僕の予想では二年後ぐらいにこの服装が大流行している気がする。
僕がしている服装だ。
誰もがかっこいいと思うに決まってる。
「休日だからしっかり寝るのもいいかもしれませんね」
「でも、寝るだけで過ごしたらなんだかもったいない気がしません?」
「確かに、何にもせずにすぎる時間ほど無駄な時間はありませんしね」
エレーファを待つ間僕たちは会話をしていた。
早く着いた弊害で待ち時間が長くなってしまっているが、心が満たされるような感覚があって、とても幸せだ。
これだけで誘ってくれたエレーファには感謝したくなる。
「二人とも早いですね。私が一番早く着いたと思ったのですが、まさか一番最後になるとはなんだか申し訳ないです」
「気にしなくていいよ。待ち時間も楽しかったし、結局九時どころか全員集合した時間が三十分前になるとは、心配性の多い三人になりましたね」
「全員集まったことですし、早速行きませんか?」
ミライムさんもそういうことだし、噴水の向かう。
「行きますか!」
元気よくみんなを先導する。
行先は知らないけど……
噴水から転移すると今日は普段よりもたくさん人がいる気がする。
知り合いでもない人だなんているだけで邪魔だ。
だけど、邪魔とか言ったらミライムさんの心象に関わる。
「これから何処に行くんだっけ?」
そういうとエレーファがそういえば!て顔をして前に行く。
「わかりました私が案内するのでついてきてください」
「今日どこに行くんだ?」
「今日は掘り出し物でもみんなで探して一緒にご飯を食べながら最後に『デイリーファイト』を観戦して終わろうと思います」
妥当なところか。
やることと言えばそれぐらいしかないし、丁度いいんじゃないかと思う。
でも買い物するとなると少々荷物を持ってき過ぎたような気がする。
冒険に行けるだけの荷物を準備してきたから既に荷物の重みを感じる。
「いいね!楽しそうだし」
「分かりました了解です!」
まずは貴族街から抜ける。
貴族街には確かに良いものはたくさんあるが、良いもの止まりで本当に価値のある物などは持ち込まれる時の審査で既に買われたりする。
変なものは確かにないが、僕たちの目から見て価値のある物は売ってない。
前に変な奇麗な小さい球を買ったのも市場街だったし。
あれって結局どういう風につかうのだろうか。
何となく買ったけど、使いかたが分からない。
もしかしたらとんでもなく貴重なものかもしれないし、一応保管しておくけど、無駄使いしてしまったかもしれない。
しばらく歩いていると市場街に着く。
通行人たちはミライムにばかり目がいっている。
僕もおんなじくらい美形だと思うけど、どうして僕にはあまり視線が来ないのだろう?
確かに女の子たちからの視線は感じるけど物足りない。
もっと僕のことを見てほしい。
特にミライムさん!
「ここらへんの商店街とかなかなか良いものがありそうな雰囲気ありませんか?」
ミライムさんが指さすのは少しさびれた場所でよくない連中がたくさんいそうなところだ。
危機意識はないのだろうか?
もしかしたらイルミナが言ってた、傷つけられない弊害で危機意識がないのかもしれない。
傷つけられないって本当のことなのだろうか?
「確かにいい掘り出し物がありそうですね」
それにエレーファも同意する。
こいつは強いから危機意識がないのか?
二人とも僕が思っているよりも大物なのかもしれない。
「フリード様はどうです?」
そんなこと聞かれても……断るわけにもいかないし……肯定するしかないか。
「大丈夫じゃないですか?……………あと、買う前に僕に見せてから買ってくださいね。僕、ちゃんと目利きが出来るので、変なもの買う心配はないと思います!」
「おお!」
「助かります!」
急に僕を見る目が輝いたものになる。
ミライムさんからの視線……勉強頑張って来てよかった!
「どういったもの買うつもりなんだ?」
「まだ特に決めてないですけど、よさそうなものがあったら買おうと思っている程度ですかね」
「僕は戦闘に役立ちそうなものを適当に見繕って行こうと思います。あと便利なものもあったら買おうと思ってます」
ある程度のものなら僕の目でわかるが、あまりマイナーなものだと何がいいのか分からないがこの程度のものなら大丈夫だろう。
小汚い通りを僕たちのような上流階級の人間が歩いていると自然と目立ってくる。
僕を羨むような、尊敬するような、嫉妬するような視線なら僕としてもうれしいがカモを見るような目を向けられると気分が悪い。
そんな目で僕を見ないでほしい。
「なら問題ないですね。行きましょうか」
なかなか広いとおりを歩きながらいいものは無いか物色していると、目をギラギラ光らせたおじさんやおばさんに囲まれていく。
「君たち、貴族の子だよね。これとかどうだい?」
顔に張り付けたような笑みを浮かべた醜いものどもはなかなか日の当たりにくい品物を取り出しては僕たちに見せるようにして宣伝していく。
公には出しにくいような品物がじゃんじゃん出てくる。
こんなものをミライムさんに見せたら怒ってしまうんじゃないかと思ったが、意外とそうでもなかった。
「これとかどうだい?なかなか手に入らないここから数十キロ離れたところから取り寄せた女王蜂で出来た品で、効果は保証するよ」
こんな小さな子供に媚薬を売ろうとするなよ!
確かに偽物ではありそうにない。
だが闇取引でないと手に入れることのできない品だ。
女王蜂の蜂蜜は蜂たちとの報復を恐れて、ほとんどの国で採取禁止となっている。
あいつらはこの人たちの様に執念深い。
出されるものの殆どすべてが誇張はあるものの僕たちをだましている様子はない。
こんなにも親切に教えてくれるこんなに怪しい人たちは珍しい。
だが僕たちが欲しいと思えるようなものは売ってなかった。
いいものはもうたくさん持ってる。
僕たちが欲しいのは本当に良いものだ。
ミライムさんとエレーファが僕のほうに視線を向ける。
僕は何を伝えたかったのかよく分からなかったがとりあえず頷いておいた。
「媚薬ください」
エレーファがそういい、代金を払う。
なんでだ?
とは思ったが口に出さず、そっと見守る。
好きな子でもいるのだろうか?
ミライムさんではないというのは本人から聞いたことがある。
何やら友達としてしか見れないらしいのだが、そしたら誰にのませるつもりだろう?
「好きに見たいんで道空けてください」
媚薬をカバンにしまったエレーファが顔色一つ変えずにいう。
やっぱりこいつは僕が思ってるよりもすごい奴だ!
そうは言ってもなかなか道を空けてくれる様子はない。
既に僕は声をかけてくる連中の声を一切聞かず、ここら辺にいいものがないかどうか探していた。
根が真面目なミライムさんはきちんと対応しているようだが、押されて買う様子はない。
ならば僕が間に入る必要は無いだろう。
「そろそろ行きましょうよ!」
ミライムさんの手を取り、人垣をかき分けて進む。
その時、武器に手を掛けながら進むと効果的だ。
誰も僕たちの進路を塞ごうとはしない。
エレーファも後ろからついてきてるようだし問題ないだろう。
しばらく無言で進んでいると誰も追いかけてこなくなっていた。
「ミライムさん闇取引で手に入れてた人もいたようだけど、特に怒ったりして無いみたいだね」
特に気にせず、疑問に思ってたことを言う。
「ああ言ったものはどんなに取り締まっても抜け道を探してとうになされるものですし、世の中にはああいったものも必要であるということは理解してますしね。行き場をなくした人たちの最後の砦を奪ってしまうとどうなるのか分かりませんしね」
あの人たちはまだグレーゾーン手前だったが、闇の中でしか生きていけない人もいる。
その人たちはマジでやばい人たちが多い。
さすがにそこの区域まで行きそうになったら僕も止めよう!
それでも既に闇の一歩手前まで来ている気がする。
周りに売ってあるものの殆どがこいつらには到底手に入れられないような貴重品もしくは薬ばかりだ。
僕としてはもう帰りたくなってきた。
だけど二人は特に顔色を変えずに平然としている。
一応忠告だけでもしておいた方がいいだろうか?
「さすがにここら辺は治安も悪そうですし帰りませんか?」
「ここからがいいものが売ってるんじゃありませんか。この前も『創設期』のナイフを手に入れたことがあって、まだ使いこなせてませんけどいい買い物でした」
エレーファはどうしてそんなことを聞くのかというような顔をしている。
ミライムさんをエレーファの意見に賛成なようだ。
僕と二人の違いがなんだか不安になる。
外はまだ明るいはずなのに、ここら辺は上を何かで覆っていて暗くなっている。
ここら辺に来るともう、周りに僕たちのような上流階級はさておき、一般人ですら一切いないように思える。
顔の怖い大人たちが物陰に隠れながら僕たちを監視しているのが見える。
エレーファが僕たちを先導して、いかにも構成員の人たちの指でも楽しみながら切ってそうな人がいそうな建物の前に止まる。
「こことかすごくよさそうなものが売ってそうではありませんか?」
既に僕はビビりまくって、少しだけ足が震えている。
なんせ、僕の周りにいる人たちが僕のトラウマにもなっている、ボルベルク領最高幹部の一人怪物、ディル・ヴェルヴェーヌを思い出すような服装、姿をしているからだ。
あの人はやばい。
一切の躊躇なくこの僕に消えることないトラウマを植え付けたのだ。
あれからしばらく部屋から外に出られなかったし、戦うなんてもってのほかだった。
たくさんの人たちが僕を部屋から出そうとしたが、引きこもり続け、部屋の中にためてた食料が尽きても引きこもり、最後はミライムさんがやってきて出たんだったか。
とにかく、それから僕はあの人に会うことはもってのほかだが、似た雰囲気の人も怖くて近づけなくなった。
それからボルベルク領では服装の大改修が行われたようだが、僕はそれでようやく自分から外に出ることが出来るようになったのだ。
エレーファは店になる前に起こる独特の気おくれした様子を見せた後に入っていった。
「お邪魔します」
「……………どうも」
ミライムさんも入っていったので僕だけ先に帰るのもそれはそれで怖いので、後ろからついていく。
店の中にあったのは薬の類だった。
安い低級の回復薬が銀貨十枚もする。
ありえないほどぼったくりな店だ。
店長は店の出入り口に会計所を構え、生意気にもミライムさんに下品な目で舐めるような気持ちが悪いくらいの視線を送っている。
確かに気持ちも分からないこともないが、さっきまで震えていた足はどこやら、僕はしつけのなってない筋骨隆々で所々ナイフでつけられたような傷のある男を睨む。
僕の視線に気が付いて、おどけたようなしぐさを見せていたが、気にせずミライムさんを見続けている。
当のミライムさんもこの視線には気づいてるようだが、いつものことなのかあまり気にしている様子がない。
「フリード様!この薬とかすごく戦闘中に使ったら効果ありそうじゃないですか?」
エレーファが僕たちの目の前に持ってきたのは瓶に詰められた紫色の液体だ。
タグには《頑張るあなたの味方!あと一歩踏みしたいときに飲むべき、最強の神経調整薬》と書かれている。
正直怪しいとしか思えないが、僕の知る知識を参照する限りでは毒ではないようだ。
ただ、痛みを誤魔化し、体の疲れを誤魔化す、こういうところではよくあるありきたりな薬のようだ。
「別に買っといても悪くはないと思うけど、クロームさんに頼んだら作ってもらえると思うよ。あの怪しさを目に瞑ったらただの優秀な人だから」
店の人が舌打ちをしている音がする。
腹が立っていたからか、その舌打ちがとても気持ちいい。
「それもそうですけど、あの人少し怖くて話しかけずらいんですよ」
「それは、あの人の趣味の研究を割く時間を作らないためにわざと距離を置いてるだけだよ。普通に良い人だし……………あの怪しさがなければ」
僕とエレーファが目を合わせてお互いの気持ちに納得が出来るためか、頷き合う。
「そうですか?私には普通に接してくれていたと思いますけど……」
だが、これには納得できない。
僕の父上との会話でさえ、態度を変えずに接していたのに、『成長の守り人』の人たちと同じ部類なのだろうか?
エレーファも納得がいっていないようで少し首をかしげている。
「それはともかく、僕の欲しいものはこの店になさそうだし、早く出て、違う店にでも行こうよ」
「分かりました。ならせめて少しだけ薬を買って行きますね」
そういうと持っていた薬を置き、別の場所から既に買うものを決めていたのか、迷わずに進み、一袋ほど持って会計を済ませる。
僕に聞いてこなかったし、ここの店にも何度か来たことのある様子だったので、いつも買ってるものなのだろう。
「またこれか……体に気をつけろよ。金払いのいい客は貴重だから、来なくなってしまったら困るぞ」
店長が困った顔をして言う。
こんなところにいるような人に心配させられるような薬を買っているのか……………
いったいどんな薬だろうか?
店長の様子を見る限りあまり体にいい薬だとは思えないのだが、これは本人も理解してのことだろう。
僕から何か言うことはない。
「ここら辺にどれくらいの頻度で来るんだ?」
「本当にたまにですよ。訓練のし過ぎた次の日に休む目的で来たりするから三日に一回くらいですかね」
思ったよりも常連のエレーファにびっくりする。
「ここに来ると言っても買い物をするだけで、ちゃんと調べてから買いますし、ここにいる人たちと変な関係を持ったりして無いので気にしないで大丈夫ですよ」
「ならここら辺にお勧めの店とかないですかね?」
「ええっと……だからここら辺にあまり関係を持ってないですし、ここはこれでも一般人にとってはなかなか危険なところで、僕たちが楽しむための場所ではないんですよ」
分かってるなら連れてくるなよと心の中で叫ぶ。
それでもここに来ているということはそれなりのいいものがあるのだろう。
「強いて言うならあそこら辺にいる人たちを衛兵に差し出すとお金がもらえるゲームをやってる人がいたのは見たことありますけど、その人たちは最近見てないですねー」
それ多分その人たち殺されちゃってるよ……
「人を売ってお金を得るってことですよね。その過程を楽しんでるだけで……同じ人間なのにそんなことをするのですか……」
「それが世の中ですよ。それにそれで少しは治安が良くなるはずですし」
「治安が良くなるためなら何でもしていいというわけではないですよね。治安が悪いのは国のせいであるところもありますし」
「僕の聞いた話ではどうしようもない人っていうものは世の中にいますよ。すべての人間が根が善良というわけではないですからある程度で線切りをしないとだまされて痛い目にあいますよ」
二人の話を聞きながら世の中極端に物事を進めてはいけないなと思う。
少しずつ妥協を重ねて世の中は作り上げられていくのだ。
だから世界は少しずつしかいい方向に変えることは出来ない。
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