第20話 薬
「ちゃんと約束通りきましたよ」
僕は出来る限り不満げな声を出しながら言う。
「そんな声は無いだろう。俺はフリード様のためを思って作ったんだぞ。なかなか研究費も高くついたしテンザン様に感謝しておけよ」
そういいながら一錠の薬を取り出し、僕に差し出してくる。
紫色の小さな粒だったが、そこから出る怪しさが半端なものではない。
「これですか……」
「ああ、文句言ってないでさっさと飲め!」
正直こんな怪しいもの飲んでたまるかと思ったが、クロームさんが授業の前に言っていた面白いからという言葉を思い出し、楽しませるくらいなら覚悟を決めた。
「おお、ちゃんと飲んだな。手に持ったままにしたりしてないようで感心だ」
僕の手を見ずにどうしてそんなことが分かるのかは分からないが、僕はきちんと出されたものは飲んだ。
「それで……これってどんな効果があるんですか?」
いつも通り飲んだ後にその効果を聞く。
飲む前に教えてくれたら抵抗せずに飲むようなものもいくつかあるのに面倒な人だ。
「聞いて驚け。まずは効果を実感してもらうために眼鏡をとれ」
眼鏡を?
少し不安には思いつつも特には問題のない行動なので大人しく従う。
「こ、これは……」
「どうだ?効果は実感できたか?」
「ええ、あんたやっぱり天才だよ」
初めてかもしれない。
こんなにも世界を美しいと感じたのは。
僕はエルメが発現して初めて眼鏡をとってもその情報量の多さに頭を痛めることがなかった。
「これっていったいどうやったんですか?」
これなら……僕は希望を込め聞く。
「ああ、結構強力な覚醒剤を使ったんだよ。幻覚を見ないようにするため、あと副作用をなくすため、依存性をなくすため結構時間が掛かったんだぞ。それでいてきちんと頭の回転を一時的に上げる。これがどれだけ難しいことだったかお前に分かるか?……それをいつまでも来なくて……」
僕が悪いの?
そんな怪しい格好で、怪しい色の薬をいつも作ってるくせにいいものを作ったときだけこうだ。
それでも、僕覚醒剤を飲んでんのか。
普段の生活から教えられる覚醒剤の恐ろしさからこの薬を敬遠する気持ちが生まれる。
効果はいいんだよな、効果は。
それに中毒性とかそういったものはなくしてるらしいし問題ないのか。
「それは自分の胸に聞いて下さい。僕は悪いことをした気持ちはありませんよ」
「おま、こんなに素晴らしい薬を作ってくださった恩人に向かってなんて口の利き方だ。謝りなさい!」
「それ、クロームさんがいうことじゃないですよね」
「お前がそう思うならそうかもしれない。お前の中ではな」
「なら問題ないですね。ありがとうございました」
僕は眼鏡を外したままさっさと帰ろうとする。
「ちょっと待て。お前その薬についての説明ほとんど聞いてないだろ。薬だぞ!ちゃんと聞かないと命に関わるぞ。……………特に俺の薬では」
付け加えたような最後の言葉に僕は顔を真っ青にしてクロームさんの前にならう。
こんな恐ろしいことを平然と言うから僕はこの人の薬を飲みたくない。
「聞いてくれる気になったかい?」
無言でうなずくと満足したようにうなずく。
「ならばよし。特別注意するべきことと言えば、これの効果が三十分だってことと、二つ目飲むには八時間空けないと少しずつ命が削られていくこと、効果が切れると反動でとんでもない痛みが襲ってくることぐらいかな」
とんでもないことをあっさりと言っているような気がするけど、僕の気のせいだろうか。
命にかかわるような薬か。
やっぱりあんまり飲みたいとは思えない。
でも三十分ってのはまぁいいだろう。
今まで三十秒だったことを考えれば戦える時間が六十倍になったんだ。
それに頭の痛みを意識せずに戦える。
これは大きなことだ。
そして最後の問題だ。
すごい痛み、クロームさんのいうすごい痛みというのは他の人たちのいう死ぬほどの痛みだ。
正直不安しかない。
だけどもう薬は飲んでしまったし今更もうどうすることもできない。
痛みは受け入れるしかないのだ。
「それではまた」
「ああ、いつでも来いよ」
「気が向きましたらね」
時間を数えていなかった僕はいつ来るのか分からない痛みに怯えながらクロームさんの研究室を後にする。
出来るだけ急ぎながら僕は痛みが来る前に自分の部屋に帰ろうとる。
だが、帝国が力を込めて作っている学園が、そんなに狭い空間であるわけがなく、僕は僕の部屋にたどり着く階段の途中で頭の中をスプーンでまるでスープを混ぜるかのような痛みに襲われ一瞬で耐えきれなくなり、意識を失う。
僕の体は容赦なく重力に従って奇麗に磨かれた大理石の階段の角にぶつかっていった。
「起きました?これで三回目ですね。全く気を付けてください。体は大切にしないといざというときに痛い目にあいますよ」
目をうっすらと開くと心地よい声が耳に響いてきて、また眠りたくなる。
だが、眠るわけにはいかない。
三回目となれば嫌でも見当がつく。
僕はまたミライムさんに助けてもらったのだ。
相も変わらずふかふかでいい香りのベッドだ。
「ありがとうございますミライムさん。本当は慣れてはいけないことなのだと思いますけど、なんだか慣れちゃいました」
そういうと少し困ったような顔をする。
かわいいな~。
いつか僕がこの顔を、この人を独占することのできる日は来るのだろうか?
来ないかもしれない。
ミライムさんの評判は他国にも知れ渡っているが、あいつらは話にならないとしても、カタストロフィー帝国の皇族までもが狙っていると聞く。
政治の面を考えるとなると僕の下に来てくれる可能性はゼロではないだろうが、高くはない。
「別に私は気にしてませんよ。ですが、こうもしょっちゅう気絶されていると不安になってきますから気を付けてくださいね」
だんだんと落ち着いてきたので、ずっとここにいても迷惑になるだろうと思い、まだここにいたいとは思うもののせめてベッドからはどこうと思い、体を起こす。
「痛っ!」
起き上がったことにより、頭の痛みが再発して少しうずくまる。
うずくまって頭を押さえたことにより、微妙な傷の治ったばかり特有の肌の柔らかさ、暖かさを感じる。
「だ、大丈夫ですか?」
ミライムさんが心配そうに駆け寄ってくれる。
せめて友達としてずっと一緒にいたいと思うが、同じ公爵家同士、それは難しいことだろう。
どうして僕はこんなにもネガティブなことばかり考えているのだろう。
頭の痛みに参ったとしても僕らしくない。
「は、はい。もう大丈夫です。ありがとうございます」
「ならよかったです!」
僕のことを本気で心配してくれている様子がありありと伝わってくるその返事に僕は口がうっかり緩んでしまう。
「それで、何があったんですか?」
「たぶんそれは少し考えたらわかりますよ」
少しミライムさんの僕を見る目がかわいそうなものになる。
今日あったことでもあるし、すぐにピンと来たようだ。
「それは……大変でしたね」
「その分効果はいいのですけどね。反動がきつすぎてやっていけそうにありません」
そういうと、ミライムさんは少し、むっとした顔をした。
「いけませんよ。貴族たるもの人前で弱音だなんて」
「もちろん気を許せる人の前でしか言いませんよ」
「ならいいのですけど……」
名残惜しいが、ベッドから降りる。
頭を揺らすとまだ痛みが走るものの、我慢できないほどではない。
「私には痛みを感じるという経験をした記憶がないので親身になることは出来なせんが、頑張ってください」
顔には出してないはずだが、気が付いたのだろうか?
それとも僕のことを心配してのことだろうか?
僕には判断できないが、うれしいことには変わりない。
「頑張ります!」
具体的にどう頑張るかは考えてないが、適当に反応する。
そのまま部屋から出て五秒もしないうちに部屋に戻る。
次の日、昨日はクロームさんのところに行っていて、それどころではなかったので忘れていたが、『成長の守り人』の集合場所に行った方が良かったかと思う。
それでも、僕からわざわざ『成長の守り人』の集合場所に行く必要は無い。
特に意識せず来週に契約通り行くと僕は先輩たちに囲まれて怒られながら僕がガノンと戦った後の顛末を教えてくれた。
僕はどうやら施設を半壊させてしまっていたみたいで、僕がビカリアさんに運ばれた後残った先輩たちとガノンにやられて気絶させられていたものの目が覚めた先輩たちが協力して不安な様子の子供たちをあやしたり、家の壊れた家で一晩過ごさせるわけにはいかないので、他の施設に手分けして預けに行ったりしていたらしい。
そのころにはもう普段寝ている時間をとっくに過ぎていたらしく、大変だったらしい。
今は壊れてしまった第一施設の修復に専念しているらしく大変らしい。
それでもガノンやほかの人たちの身柄と引き換えに慰謝料をしっかり引き出したそうなので実質的な負担はなく、金銭的にはプラスだったらしい。
施設の修繕には僕も手伝わされそうになったが冗談じゃない。
僕はずっと先輩たちが来なかったらあの子たちが心配するでしょうと言い、逃げた。
一応ちゃんと各施設を回り仕事は果たした。
そこで僕は何人かある程度親密に話せる友達と呼べるかどうかは分からないが、仲良く出来そうな人が出来た。
終始僕はたくさんの女の子たちからちやほやされて気分が良かった。
これなら僕もやっていけるだろう。
そう思わせてくれた。
それからは特になにかが起きるわけでもなく、一か月が過ぎた。
イルミナに薬を飲んだ状態で毎日のようにしごかれ、あれからも数度気絶することはあったが、今では滅多にすることは無くなった。
その分意識があることによってとんでもない痛みにそのまま耐えなければならないことになったが、その分クロームさんの薬は僕にすごい効果を与えてくれた。
内容的にはあまり変わっていないが、僕の感覚的には以前よりも圧倒的とは言えないが、強くなっていると感じている。
それに持続時間も伸びて、決してマイナスなことばかりではない。
寮の掃除当番に選ばれたのは『黄』だった。
『赤』の寮の生徒にはなかなかの数の素行不良の生徒数がいたが、これまでの慣例なのか、僕たちは掃除当番の候補にも挙がっていなかったらしい。
貴族の特権は偉大だ。
掃除何てしたくないし、僕が掃除何てするわけないが、ルールに厳しいミライムさんにも掃除何てさせるわけにはいかない。
だからいろいろ知り合いに当たったりして他のクラスを貶めたが、それだけではどうしても限界がある。
他の人たちもいろいろ手を回していたのだろう。
やけに余裕そうだったとは思ったが、そういうことだったのか……
僕的には何にも問題ないし、むしろよくやった!とすら思っている。
だが、ミライムさんも何で僕たちが選ばれなかったか分かっていただろう。
そのことについてどう思っているだろうか?
意外と普段きちんとしているのは貴族としての義務で、掃除は使用人の仕事だと言って安心しているかもしれない。
そう思っていることを期待しておく。
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