第19話 イヤな人

 そういえば一か月に一度発表されるという生活習慣を改善する目的で行われる寮対抗の掃除係はどうなっているのだろうか?


 まぁ、そんなこと気にしてもしょうがないだろう。


 僕は決してそんな使用人みたいな真似をしない。


 たとえビカリアさんに脅されたとしてもだ。


 ミライムさんに言われたらするかもしれないが、掃除何て絶対にやりたくない。


 そんなことを考えているとすぐに自分の部屋の前に着く。


 今日はもう特にするべきことはなくなってしまっているし、これから寝るまでどうしようか。


 そんなことを考えながら暇つぶしに本を読んでいるとイルミナが帰ってきた。


 すごくほくほくした顔でやってきたイルミナは満足げだった。


「これ、フリード様のために選んでおきましたよ」


 そういいながら僕の身長より少し長いくらいの矛を取り出す。


 確かに奇麗に装飾もされており、刃の長さも十分、良さげなものだ。


 特に目を見張るものがあるのは柄だ。


 どんな金属を使っているのだろうか、アダマンタイト、ミスチルなど世界でもそう発掘されることのない金属が惜しみなく使われている。


 いったいこんなものをどうやって手に入れて作ったのだろうか。


 刃も紅い輝きを放ち見るものを惑わせるような美しさがある。


「どうして矛なのでしょうか?」


 一応理由も聞いておく。


 僕は確かにたくさんも種類の武器を扱うことが出来るが、矛が特に得意というわけではない。


 父上が矛を使っているという理由ならもっと早くから薦めただろうし。


「それはもちろん、これが一番いい武器だったからですよ。ブリギットもテンザン様のために何度も武器を作ってきてましたからね。一番よく作ってきた武器だったんじゃないですかね?もしくは本来テンザン様に渡すはずのものが残っていて、それがわたしの目に入ったからかもしれませんし」


 うん、これはなかなか見ることの少ないいい武器だということが見て取れるのは確かだが、僕はあまり大きな武器を持ちたくなかったのに。


 それでもこれがブリギットの持つ一番いい武器ならしょうがない。


 大きな武器を持っていようが持っていまいがどうせ僕はそこにいるだけで目立つ存在だ。


 気にしないようにする。


 そういえば僕の持っている他の武器も『創設期』に作られたものだろうか。


 せっかくいい武器を借りたんだし、この矛を使うが、どうなのだろうか?


「『炎耀・ダンタリオン』、これがこの矛の名前だそうです。炎をまとわせることが出来、魔力の量次第では刃の部分を一メートルほど伸ばした炎の刃を作り出すことが出来るそうです」


「おお!」


 僕の剣をすごいと言い張っていた割にはこの矛も十分凄いとは思うが、どうなのだろう。


 むしろ僕からしたらこの矛の方が使い勝手がよく、すごいと思うのだが。


「これ普通にさっきの剣よりも高性能ですよね。さっき断る必要なかった気がしてきました」


 僕は得した気分になって、ご機嫌になる。


「確かにそうかもしれませんね、フリード様にとっては……」


 何か含みを持ったような言い回しが気になるが、特には突っ込まない。


「こうなっては試し切りがしたくなってくるでしょう。今から特訓しましょう!今日からはエルメ『固位』になってからの勝負ですよ。やっぱり本気の勝負でないとあまり意味がありませんしね」


 そして僕は損をした気分になって気分が落ち込む。


「やめときますよ。昨日たくさん血を流してしまってまだ少しふらふらしますしこれでけがをしてしまったら意味がないでしょう」


「それならむしろ実戦ぽくて良いじゃないですか。勝負を挑んでくる人に今日は貧血だからって言ったとして大人しく帰ってくれますでしょうか?」


「それを帰らすのはあんたの仕事だ!」


 いったい、護衛というのは何のためにあるのだろうか?


 僕のことをボコボコにするし、昨日だって危ない機会は何度かあった。


 それでもその前は僕に戦わせないようにする。


 どういった価値基準でいるのだろうか。


「そう言えばそうでしたね」


 忘れてましたとばかりにうっかりしたといった感じの声を出す。


「それならどうしますか?私も目の前に人がいるのに何も話さず、暇を持て余すの嫌ですよ」


 私がいつもいられるわけではないのですよ。ぐらい言われると思っていたが、あっさりと引いてくれて僕は正直うれしい。


 全く、軍の幹部が暇を持て余すほど、今は平和なのだろうか?


 なら結構だが、それを嘆くというのはどういうことだ。


「僕は今日部屋を出るつもりはありませんし、もう帰ってもらってもいいですよ」


「でもそうしたらご飯はどうするつもりですか?」


「ご飯に行くのに護衛もいらないでしょう。他の人達もたくさんいるでしょうし、その人達の護衛もいるでしょう。さすがに特に必要ないのでは?」


「そうですね。ここは学園領ですし、特に必要ないですよね」


 そういいながらイルミナは帰っていった。


 残った僕は特に何かするわけでもなく、部屋の中で相も変わらず、本を読んで時間をつぶしていた。


 本当にやることがないので、ただの時間つぶしだ。


「あっ、そういえば手紙出さないといけないんだった」


 そう思い、机について紙を出す。


 なんて書こう……


 特に格式ばったことを書く必要は無いだろうし、でもお願いをする立場だ。


 失礼なことを書くと怒らせてしまいそうだ。


 うーん。



拝啓 フリード・ボルベルク


 ブリギットさんに僕がもらった武器を貸します。


 代わりにどうやらよさそうな武器を貸してもらいました。


 問題なさそうなのであしからず。


 あと、本当にイルミナは護衛として働いていないので何とかしてください。


 もしくは新しい優秀な護衛を付けてください。


敬具



 短い文だったが要点はしっかりとまとめられていい文だったろう。


 僕と父親の礼儀を必要としない親密な関係が分かる心温まる文だ。


 紙を折りたたみ、袋に入れ、蝋燭を溶かして封をする。


もう僕にすることは本当になくなった。


後はもう趣味でもない読書にふける。


そうして無駄な一日が終わった。



「今日は充実した一日にするか……」


 僕はすっかり元に戻った体の血もあるし、気を取り直して楽しい一日にしたいと思う。


「そうですね。昨日特にやることなくて暇だったらしいですし、今日どこか遊びにでも行きますか?」


 エレーファが僕に気を使って遊びに誘ってくれる。


 エレーファは毎日訓練をして強くなることに集中しており、学園に通うことすらも時間がもったいないと思っていると聞く。


「楽しそうですけど、遊びに行って言っても、特に行く場所はないですよね。どこに行くつもりですか?」


 ミライムさんも楽しみしているようだけど、現実的だ。


 確かに僕たちが遊びに行けるような場所はない。


 夕方から遊びに行けるような場所探すとなるとどこにもないと考えてもいい。


「遊ぶとなると学生の立場が枷になりますね。休日ならどこかに冒険にでも行けそうなものですけどね。諦めるしかないかもしれませんね」


「確かに、フリード様も昨日来てなかったから逆に今日忙しくなるかもしれませんしね」


「分かりました。ならまたいつかということで」


 すぐに遊びに行くという話は亡くなってしまった。


 そこまで本気ではなかったのか、みんなそんなものかといった顔をしている。


 残念に思っているのは僕だけだろうか?


「そう言えば、学園領の北の端の方に小屋が建ってるの知ってます?」


 ブリギットに頼まれていたことを思い出した。


「一応把握はしてますけど……」


「私は知りませんでした」


 エレーファは知っていたようだが、ミライムさんは知らなかったようだ。


 確かにこれでは客が誰もいなわけだ。


「そこって僕がお世話になっていた鍛冶師がいる場所なんですよね。ボルベルク領の専属鍛冶師だったんですけど、やめちゃって今ではあそこで働いてるみたいなんですけどね。気が向いたら行ってみてくださいよ」


「ボルベルク領……」


 ボルベルク領の専属鍛冶師だというのはステータスだ。


 腕を保証されてないと僕の父親の耳にも入らない。


 それなのに選ばれたということは相当の実力がないとありえないことだ。


「いいのですか?そんな偉い人に見てもらえるのは僕としては願ってもないことですけど……」


「ああ、ブリギットも暇していたようだし行ってやってくれよ」


「ありがとうございます。今日の予定が出来ました!」


 そういい、エレーファはまだ今日の授業は終わってないにもかかわらずどこかに行ってしましまった。


「今じゃなくてもいいのに」


 ミライムさんが呟くようにそういう。


「しょうがないだろ。エレーファの目的は遥か高みだ。今は少しでも強くなりたいと思っているだろうし、あまり戦闘向きじゃないエルメなんだ。他のひとより強くなりにくくて、少し慌てているんだろうさ」


 エレーファの後ろ姿をただ純粋に応援するまなざして見送りながら僕たちは次の授業の準備をする。


 僕たちは応援することだけしかできない。


「そう言えば、昨日『成長の守り人』の人たちが向かに来てたよ。なんかすごく慌てていたみたいだったけど、何かしでかしたの?」


「そんなことを無いよ。むしろ敵を倒したからじゃないかな?相当強い相手だったし、怒られるようなことは何にもしてないよ」


「そう?ならいいけど、怪我とかしないように気を付けてね」


 席に直り、教材を広げる。


 そこに書かれるのは世界にある傷薬によく使う薬草になる薬だったり、それこそ伝説に歌われるような珍しい草、毒薬まで様々な種類の草が乗っていた。


 それを見て僕は憂鬱な気分になる。


「次ってクロームさんの授業かー」


 少し気まずそうに言う僕にミライムさんの興味が向く。


「何かあったのですか?」


 正直その言葉を待ってはいたのだが、その意図を説明する。


「それが……前にクロームさんが僕に新薬が出来たから来いって言ってたでしょ。それまだ言ってないんだよね。さすがに大分待たせてしまっているし待たせれば待たせただけ行きにくくなったんだよね」


 全く自業自得なことではあるが、誰でもあんな怪しい人が作るような薬を飲みたいとは思わないだろう。


 僕は悪くないはずだ。


 それにこれまで、放置してきたのはクロームさんだし、文句言われる所以はないはずだ。


 ……………こういうとなんだかあるような気もしてきた。


「それは……私にはどうすることもできないことですね。やっぱり一度行ってみては行ってみて薬を見て、それでもなお怪しいと思ったら断ればいいじゃないですか。さすがに無理やり飲ませたりはしないでしょう」


 ミライムさんが真剣になって僕のことを考えてくれていると思ったら胸の奥が熱くなる感覚がある。


「残念ですけど、それはもう一度試しているんですよね。その時は引いてくれるのですが、あとになって食事の中にコッソリ混ぜて何が何でも飲ませようとするんですよ。そうなっては見境がなくなってみんなの食事にそれを混ぜるものですからなぜか僕が怒られて、それ以降断れなくなってしまっているんですよ」


 僕の言葉を聞いて悲しそうな、合われるような目を僕に向けてくる。


 ミライムさんにそんな目を向けられるなんて、僕の家はやっぱり以上だ。


 いつか必ず僕は一般の家くらいの優しい環境を勝ち取ってやろうと決心を固める。


 前々から思っていたが、僕のこの環境はやっぱり異常だ。


 この学園に来て、それをひしひしと感じる。


「それは……頑張って飲んできてください。これからしばらくは自分で食事を用意するようにしますね」


 クロームさんのせいで僕が迷惑をかける存在みたいになってしまった。


 クロームさんは前科はあるものの、ここに来ては何にもまだ悪いことはしていない。


ただ、僕に薬を飲ませようとしているだけだ。


理不尽だとは分かっているが、恨みを感じずにはいられない。


「そんなぁ、さすがに他の関係のない人たちに盛ることはないですよ」


 僕は素言うが、自分で言っていて本当のところはどうなのか僕には判断できない。


 なんせクロームさんだ。


 ボルベルク家の現当主テンザン・ボルベルクにも薬を持ったくらいの男なのだ。


 自身の有用性を示し続けて、首になったりすることはなかったが監視はつけられるようにはなった。


「そうだといいのですが……………」


 教室の壁の窓からひと影が見える。


「ウイーっす!」


 やる気のなさそうな声を出しながら一人の髭の生えた青年がやってくる。


 先生としているはずなのになぜか関係なく、荷物を置いて僕の前にやってくる。


「おい、フリード様よ。俺前に俺の研究室に来いって言ったよな。あれからどれだけ立ったと思ってんだ。二週間だぞ二週間。俺に余計な手間かけさせやがって。飯に混ぜてほしいってことか?」


 元雇い主の子供に対する対応とは思えない口調で僕に詰め寄ってくる。


 授業もせずに僕に話しかけているので、クラス中のみんながこちらを見ている。


 クロームさんは特に気にしていないようだが…………僕も気にならない。


「いや、そっちの方が手間でしょう。手間を掛けさせるなっていう割には自分から手間がかかるようなことをするんですね」


「当然だろ。他人が嫌がるようなことをするのに手間だなんて言ってられっか。俺は俺が面白くないことに対して行う手間がかかるのは嫌だけど、面白いならそれには一切の手間を惜しまない。そういう男なんだよ」


 はっきりとしていてなんだかかっこいい気もしなくはないが、迷惑を掛けられる身としては普通に嫌な奴だ。


 それでも誰に対してもこの態度を崩さないのは僕がクロームさんを尊敬するわけだ。


「ならなんで研究してるんですか?」


「当然、俺が作った薬をどんな効果があるかを言わずに飲ませてその反応を楽しむために決まっているだろ。趣味な部分もあるが、俺がここまで小汚くなっているのもその反応をより面白くするためなんだよ」


「それはめんどくさいだけでしょ」


 クラスメイトのうちの誰かが呟いた。


「まぁ、それは否定しないがそういうメリットもあるってことだよ」


「分かりました。今日伺いますので、もう授業始めてください」


 いい加減周りの目が気になってきて、自棄になっていう。


 別に他のクラスメートの目が気になるわけではない。


 ただ、ミライムさんの目が気になる。


「おお、来いよ。お前のためだけに作ったものなんだからな」


 不安しかないが、もう行くしかないだろう。


 そういうと満足したように「そうか」と言って授業を始めた。


 ミライムさんも満足そうに僕のほうを見ていた。


 それを見て少しは好感度上がったかなぁって自分を慰める。


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