第16話 僕の必殺技

 走っていくにつれて剣戟の音はより激しく、鞭の音はより鋭く聞こえてくる。


 先輩たちは第五施設の裏庭で戦っているようだ。


「助太刀は僕がしておきますので先輩たちは女の子たちを安心させてあげておいてください」


 庭と言っても僕の実家の庭に比べてしまうとその広さは大豪邸のうちの物置みたいなものだ。


 五対一となるとさすがに手狭になってしまって流れて行った攻撃で見方を攻撃しかねない。


 そう判断した僕はこの武器によって発生した音が鳴り響いているのだ。


 施設内にいる女の子たちは不安な夜を過ごしているだろうと察し、先輩たちに先に行くよう促す。


「いいのか?そんな俺たちばかりいい目にあって。フリード様なら俺たちもこの場はあの子たちの相手を譲りますよ」


「いいんだよ。そういうことは言わなくて。せっかくいいって言ってくれているんだ。その行為に甘えていればいいんだよ」


 フリード様!そんなことできません俺たちも残ります!的な反応になると期待していた僕は少し腹が立ったものの怒るほどのことではないので我慢する。


 裏庭の柵にまでたどり着いた僕は隙間があり、中を覗き込むことはできるものの飛び越えるとなってはなかなか苦労しそうな柵をジャンプして軽く飛び越える。


「さあさあ、僕が来た。もう帰りたいからさっさと帰りなさい!」


 僕がそう言いながら着地したものだから戦っていた三人は邪魔なものを見る目でこちらを見てきた。


 決して僕はふざけたわけではないが、さっきのアルバートにしろノルザにしろ僕が満足出来る楽しい戦いが出来ていない。


 戦闘狂というわけではないが、戦う心構えをしたにもかかわらず、ああも消化不良では夢見が悪くなる。


 先輩たちは一応ガノンとかいうやつを押してはいるみたいで細かい傷をいくつか作っているようだが、決定打に欠けるというかどちらも大振りな攻撃しかしないタイプみたいで絣はするもののまともに当たってくれないみたいだ。


 三人とも既にエルメ『固位』を発動させて戦っているようでその衝撃波は施設の窓の木枠をガタガタ鳴らしてもう壊れる寸前のようだ。


 エルメ『固位』というのはエルメの発現する段階のことを指す。


 僕のエルメを例にとると僕のエルメが発現していなかった三歳までがエルメ『空位』。


 発現して僕の目が以上に発達して見えすぎるようになったのがエルメ『投位』。


 そこから発展して得られる能力がありそれがエルメ『固位』。


 ここに達しているかどうかでは戦闘力にどうしようもない差が生まれているらしい。


 まださらにエルメは発展していくらしいのだが、僕にはまだそこら辺を教えてくれない。


 僕は現在エルメ『固位』までが発現している。


 庭に植えてあった作物や花などは戦いの衝動で土が掘り返されもう見る影もない。


 たしかにこの三人が本気で戦えばこの施設ないしここら一帯は更地と化していてもおかしくないだろう。


 しかしまだこうして存在するのはこの中にいる女の子たちが目的であるのにもし怪我をさせたりしてしまうと取り返しのつかないことになってしまうからだ。


 具体的には女の子を愛でるために存在する集団であるのに女の子を傷つけ、嫌われてしまっては今後の活動に支障がきたす。


 僕はここにいる人たちのエルメも戦い方も知らない。


 もしかしてだが、もしかすると僕は先輩たちからも邪魔だと思われているかもしれない。


 庭は決して広いと言えるほど立派なものではない。


 そして先輩たちは接近戦でしか戦っていない。


 下手に魔法を打つと本当に邪魔にしかならない。


 接近戦に加わろうにも先輩たちの戦い方を知らないのなら動きに制限を与えるだけかもしれない。


 こう来ると僕にできることは……………


「先輩たち!僕は応援しておきますので頑張ってください!」


 応援しかない!


 僕は施設の中に入り、何か見るだけで心が躍りそうなものを探す。


 その間も先輩たちは必死になってガノンと戦っている。


「誰か太鼓とか気分が上がりそうなもの持ってない?」


 僕が大きな声で言うと二階からひょっこりと何人かの女の子たちと落ち着かせるために先に帰ってもらった先輩たちが出てきた。


「どうかしたのですかフリード様?太鼓だなんて。それに加勢に行ったのでは……」


「それ以上は無しで。現場を見たら僕が入っていけるような隙間がなくてせめて応援だけでもしようと思って」


 すぐに先輩たちは納得したようにうなずいてくれた。


「ああ、確かにあそこそんなに広くないですしね。でも応援って言っても何するつもりですか?石でも投げて野次でも飛ばします?」


「確かにそれもいいかもしれませんね。石を投げてもいいのですが、今回は普通に言葉通り応援しようと思います。……例えば太鼓をたたきながら近所の人たちを集めて観戦でもしようと思います」


「近所の人たちを集める意味ないですよね」


「ええ、確かにそんなことする意味はないですけど、ガノンって人が負けたら気が済むまで馬鹿にできるし、もし先輩たちが負けても僕が戦って勝てば自慢できるじゃないですか。簡単に言えば目立ってちやほやされたいんですよ」


「さすがにそれは……厳しいんじゃないんですかね。応援っていうことならこの子たちを二階の窓から観戦させて一緒に応援するっていうのはどうですかね。そしたらグランさんたちも喜ぶんじゃないんですかね」


 なるほど。


 そうすれば規模は小さくなるだけで負けた相手を馬鹿にできるし、もしグランさんたちが負けても僕が出れば問題ない。


 確かによく考えれば僕の都合だけで暗くなってるのに人を集めるのも悪い気がする。


「みんな。庭で遊んでる人たちでも一緒に見ない?」


 僕は上を見ながらご飯を食べる感覚でハイレベルな戦いの観戦に誘う。


「いいの?」


 つぶらな瞳で僕を見詰める少女たち。


 たしかにかわいがりたくなる気持ちはわかる。


「いいさ。だから誘ってあげてるんじゃないか」


「なら行く~」


 この子たちにとっては何をしているのか全然分からないところが多いだろう。


 けど、もしこの年で、特に特別な戦闘訓練を受けずにこれを理解することが出来る子がいたらその子は僕がボルベルク家に送って、しっかりとした教育を受けさせてあげよう。


 そう思えるくらいにはハイレベルな戦いを繰り広げる先輩たちの雄姿を見ようとみんなでベランダに出る。


「せーの!」


「「「「お兄ちゃん頑張ってー!」」」」


 幼い声援が暗く静かな夜に響き渡る。


 グランさんとイオーレさんはギョッと僕たちの方を驚いた顔で見た。


「せぇい!」


 このような大き過ぎる隙を見逃すような相手ではなかったのか、ガノンはこちらには見向きもせずに、出来た隙を見逃さず鋭い踏み込みで大きな矛を体の一部のように扱い、一撃をもってグランさんとイオーレさんを吹き飛ばす大きな一撃を繰り出した。


「ぎょえー!」


「ぶぎゃー!」


 バカみたいな声を出しながらグランさんとイオーレさんが吹っ飛ばされていった。


 かっこいい人だと思っていたけど、所詮は僕以外の人間。


 表面を取り繕っているだけの凡人だった。


 別に取り繕うことが悪いとは思わない。


 むしろ取り繕うとすらしないような奴には会話をするだけでも不快になる。


 取り繕わなければならないような性格を持って生まれたことには同情を禁じ得ないが、ばれないように頑張っているんだ。


 ここは気を使って特に何も言わないようにしてあげよう。


 その一撃で先輩たちは戦闘不能に陥ってしまった。


 致命傷にはなっていないように見えるが、気絶してしまってる。


 細かい傷は負っていたものの、全体的に見れば押していたはずなのにどうしてこうなったのだろう。


 ……………僕のせいか。


「全く、どうしたことでしょうね。……とりあえず相手も逃げようとしてますし、疲れてしまっている様子ですから追い打ちを掛けに行ってきます」


 返事を待たずして僕は二階の窓から飛び降り、ガノンの目の前に立つ。


「チッ!お前さっきふざけてたやつか。まあいい、どけ。さっきあいつらの気を逸らせてくれたので見逃してやるから消えろ」


 さっきまでエルメ『固位』を使っていたからかガノンの息は荒くなっている。


 既にエルメ『固位』は解除している様子だが、まだ少しは余裕がありそうだ。


「おいおい、それじゃあ、まるで先輩たちが負けたのは僕のせいみたいじゃないか。……まあ、認めるけど。それに身分が上の人間に対してその口の利き方は無いんじゃないか?」


 僕が腰から剣を抜きながら答える。


 さっきの戦いのせいで上半身に何も服を着ていない。


 初めての経験だが、瑞々しい素肌をみんなの前にさらすことに少しばかり興奮を覚える。


 この様子をミライムさんが見ていてくれたら、どういう対応をするのか想像するだけで心が震える。


「なら、そっちこそ目上の人に対する敬意が足りないじゃないか。体を冷やして風邪をひかれても困る。さっさと終わらせるぞ!」


「既に息の荒れてる雑魚が!」


 僕たちは同時に一歩目を踏み出し攻撃に入った。


 金属音が鳴り響き、手がジンジンする。


「馬鹿力め!」


 さっきまでの以西はどこへやら僕は一気に弱気になっていた。


「年齢が違うんだ。たとえボルベルク家の長男だろうと俺だって必死に訓練してきた。この年期の差は埋められるものではないぞ!」


 僕はまだ十三歳。


 相手はおそらく既に十六歳を超えている。


 肉体的にもまだ出来上がってない僕の力では相手の攻撃をいなすことしかできない。


 僕を最小限の動きで倒そうとしてくるガノンはわざわざ策を弄することすら端折って力推しで攻めてくる。


 スピードも力も相手の方が上回っている状態では技も何もない力推しの攻撃でもなかなか厄介なものだ。


 厄介だと言っても本当に直線的なので防戦一方だが、僕にはまだ余裕がある。


「技を使わないのか?」


 突然ガノンはそんなことを話しかけてくる。


「どうしてそんなことを?」


「当然だろ。ボルベルク家の人間だ。あのテンザン様と同じ技を教わっているのだろう。武人、世界最強の一角であるあの方と同じ技なら受けてみたいと思っては不思議ではないだろう?」


 僕の父上世界最強の一角だったの?


 衝撃的なことが聞こえたような気がするが、まぁいい。


「あの技、僕はそんなにすごいと思わない。ただの大振りが多いし、隙ができやすくて僕には合わないから」


 一応僕は秘伝と呼ばれる、でも幹部以上にも伝授されている秘伝ではないような気がする技を全部かどうかは分からないが、いくつか習っている。


 実戦でも使ったことがあるが大振りがメインのその技を使ってもむしろ弱くなった気がする。


 父上やビカリアさんにはそれを慣らしていくことがいつか大きな力になると言っていたが、たまに技の復習をするが実戦ではあまり使っていない。


「そんなわけがないだろう」


 ガノンは断言する。


 そこには狂信的な覇気が感じられる。


 少しずつ攻撃に技が入ってくる。


「俺が昔、帝国内交流戦でテンザン様の試合を見たとき、他の貴族の領地から選ばれた最強の兵士たちと戦っていた。交流戦に限ると人を殺しても罪に問われず、当然政敵はテンザン様を殺そうと武器に毒を塗ったり、いろいろ画策していた」


 五年に一度龍宮ブラックグローリでそんな試合が行われるのは知っている。


 帝王の御前で戦うらしいがほとんどの試合が規格外過ぎて、毎度毎度戦いの衝撃で死人が出たりしないようにするため大金が飛んでいるらしい。


「ボルベルク家固有の技を使って戦ったらしいが、一切の隙がなく、一撃も浴びることがなく優勝したんだぞ」


 数年前にも父上が自慢げに優勝商品の矛を見せてくれたことがある。


 あれは確かに立派なものであった。


 確かに規模の大きな試合だったらしいがボルベルク家だ。


 勝てなくてどうする。


 勝てなかったらボルベルク家の存在意義がなくなってしまう。


 ちなみにその矛は今、ボルベルク家の武器庫の中に眠っている。


 優勝商品はもうボルベルク家が使うために用意されているという噂を聞いたことがある。


 そして父上の一番よく使う武器は確かに矛だが、予備の武器よりも性能が悪かったらしい。


「確かにテンザン様が他の流派の技を使っても勝てないことはないかもしれない。だが、そんなテンザン様が使う技が弱いわけがないだろう!」


 いつの間にかガノンの繰り出す攻撃は一撃一撃が僕を崩し、奇麗な一撃を打ち込むための連撃となっていた。


「僕だって強ければ当然のように使っているさ。僕に合わないだけかもしれないから弱いとは思っていない。すごいとは思わないだけだ」


「大振りで守りにくいから使わないって言ったよな。なら俺に打ち込んで来い!攻撃している間俺から攻撃をしないようにしてやる。すごい技かどうか俺が判断してやる」


 勝手に判断してんじゃぁねえよ!


 心の中でそう吐き捨てる。


 だが、その言葉は本当で、さっきまで烈火の如く攻めこんでいた攻撃はぱったりと止まり、少し離れたところで矛を構えている。


 僕の父上を尊敬しているようだし、もしかしてその影響で矛を使っているのかな?

 もしそうだとしたらなんだか可愛げがある。


「……僕はやれって言われたからやるんですからね。文句言わないでくださいよ!」


 そうは言っても何の技にしようか迷う。


 特に得意技とかはないし、何度も実戦で使ってきた技もない。


 こうなったら基本的な技でいいかもしれない。


 何の技にするのか決めると、その技に入るため準備をする。


僕は背後にそびえ立っていた石の大きな壁を蹴り壊し、宙に破片を大きく舞い上げる。


 ガノンの上空へ導くようにして壁の破片をいくつか挟むようにして発生させる。


で舞い上げた壁を蹴りながらガノンのはるか上空に陣取る。


 蹴るのにちょうどよさそうな欠片あると少しでもガノンの態勢が崩れるきっかけになればと思いながらガノンに向けてける。


 最後に一番上に作ったガノンに対して垂直に飛ばした比較的大きな壁を蹴り、一直線に重力を味方につけながら突っ込む。


「舐めすぎだろ!」


 ガノンは僕が狙って切りつけようとした場所から左足を軸足に体を回転させて回避した。


 勢いそのままに地面に叩きつけられ、庭に大きな振動が響く。


「ふん!」


 そのまま地面に落ちて、反動で少し動けなくなっていたところを切りつけようとしてくる。


「危なっ!」


 しゃがみこんだ態勢のまま宇崎のような動きで横に飛び込み、間一髪で避ける。


「おい!打ち込んで来いって言ったよな!何で避けるんだよ」


「あんな見え見えの攻撃逆に避けられないとでも思ったか?カウンターしなかっただけでも感謝してほしいぐらいだ」


「だから言っただろう。僕には合わないって」


「だが……テンザン様はあの技をほんの一瞬で行っていたぞ!それに威力もあんなものではなかった。本気ではなかったということはないよな?」


 威力は確かにある攻撃ではあるが、実戦で使えるようなものではない。


 それを再確認したものの、腹が立つ。


「……お前、実家……どこだ?」


 友達に次の授業が何か聞く感覚でガノンの実家について聞く。


 ガノンは少しの間ポケっとしていたが、その意味を理解すると冷や汗を搔き始めた。


「いや、その、そんな……馬鹿にしてるわけではなく……」


「まぁ、いいですよ。今はそんなこと関係ないですからね」


 自分から戦いには挑んだが、自分より地力のあるやつで、防戦一方になり、さらにできないといったものをきちんとやってやったにもかかわらず文句を言われる。


 僕は少し腹が立っているみたいだ。


「エルメ『固位』を発現させろ。とっととけりを付けるぞ!」


 剣先を相手に向け、言い放つ。


 ガノンは少し驚いた顔をしていた。


「いいのか……いや、いいのですか?」


「何がだ?」


「だから、エルメ『固位』とエルメ『投位』の戦闘力の違いが分かっていっているのですか?」


「なら、逆にボルベルク家の僕が分かっていないとでも思っているのか?」


 そういうと覚悟を決めたような顔をしてきた。


「僕に勝つことが出来たらさっきまでの不敬を許してやるよ」


 ガノンは口をにやけた。


「いいのですか?……なら」


 ガノンは体のあちこちを触りだした。


 それはまるで僕がミライムさんと触れることが出来たときに行う儀式のようなものに似ており、いや、むしろ僕の普段よりも念入りに触っている。


「エルメ『固位』『ボディービル』発動」


 特に騒ぐわけでもなくその能力は発動された。


 体の形状が変化しているのか?


 ガノンの体がうねうねとうなっており、見ていて少々気味が悪かった。


 しばらくすると体のうねりは止まり、確かに人間のようには見えるもののその風貌はまるで獣人、魔人、人のすべての特徴が入っているように見える。


 立派な角の生えたおでこに、馬のような足、しかし腕は人間の特徴が残っており、有り体に言って化け物だった。


「よし、済んだな。僕のエルメ『固位』も見せてやるよ」


 そういうと僕も眼鏡を外す。


「エルメ『固位』『シルバーアイ恋着』発動」


 瞬きをし、目を開くと僕の片目の白い目はピンク色に変化していた。


「三十秒で終わらせる」


「なら、私もそのつもりで行きます!」


 この瞳は、十歳の誕生日パーティーの時、僕を祝いに来てくれたミライムさんが誕生日プレゼントにペアルックの腕飾りをもらったときに発動したものだ。


 あの時の僕は入ってくる大量の情報に慣れることができるようにと頻繁に眼鏡をはずすように意識をしていた。


 十秒に一度の頻度で眼鏡を着けることで僕は長時間眼鏡を外すことが出来る。


 その時僕は眼鏡を外しており、僕の目には僕とミライムさんの名前が並べて彫り込まれてるところを素早く認識した。


 僕の体の内側からこみあげてくる熱と脳汁がドバドバとあふれかえっているのではないかと疑うほどの興奮に浸っているとパーティーの会場が僕を中心にして眩いピンク色の光に包まれたという。


 僕からはよく分からなかったが、気が付くと僕の瞳はピンク色になったという。


 これがエルメ『固位』だと見破った人は少なかったが、ミライムさんにはすぐにわかったという。


 このエルメは僕が『シルバーアイ恋着』と名付け、後日何日もかけてその能力の性能を調べた。


 それでわかったのはこのエルメは眼鏡を着けた状態では発動できないということだ。


 そのため三十秒しか持続して発動させることが出来ない。


 だがその分性能は素晴らしいものだった。


 僕はすぐにガノンに向けて走る。


 その速度はさっきとは比べ物にならない。


 そのスピードそのまま片手でガノンの腹に向けて刺す。


 しかしエルメ『固位』を発動させたのは同じこと。


 矛先でその筋を逸らすようにして避ける。


「うおおおおぉぉぉぉ!」


 僕が突きによって前に出され、引き戻している間に、ガノンは体勢を立て直し、攻撃を仕掛けてくる。


 下からの振り上げ、そこから左右に回すようにしてくる。


「オラァ!」


 数度回した後、体全体を回しながら横から薙ぎ払う様な攻撃がやってくる。


 コンビネーションがしっかりしており何度も何度も練習してきたのか、その動きに一切のよどみはなく、さらに肉体改造されたその体からなる攻撃は脅威だと言っても差し支えはなかった。


「『初恋の衝撃』!」


 僕の髪が逆立つ。


 剣を下から振り上げその勢いで空中に飛ぶ。


 そこからの体を物凄い勢いで縦に回転しながら振り下ろす。


 その時に魔力を大量に使い、炎を蒔き散らかせて退路を塞ぐことを忘れない。


 ガノンは柄で受け止めようとする。


「うおっ!」


 思ったよりも強い衝撃だったのか、片膝が抜け、態勢が大きく崩れる。


「『心酔』」


 体の力がふっと抜けるようにして、県だけを上段に構えたまま残し、滑らかな動きでガノンの懐に入り込む。


 ついでとばかりに今度は水魔法と土魔法を使い、土をどろどろにする。


「フンッ!」


 そこからの振り下ろし。


「グァ!」


 とっさに矛を構えながら後ろに逃げようとするが、右肩に少しだが刃が皮膚を切り裂く。


 しかし攻撃を受け慣れているのか少し口から悲鳴は出たものの、すぐに態勢を立て直す。


「『打ち上げ一閃』!」


 ガノンは地面を削りながら力のこもった下からの一閃は防御したはずの僕を上へ吹き飛ばす。


「『車刃やし』」


 打ち上げた僕を頭の上で矛を回転させ、何度も切りつけてくる。


「グアァァ!」


 刃と棒、切られる痛みと殴られる痛みが交互に来て、僕の奇麗な肌に傷と打ち身痕を作っていく。


 しかしすぐに状況を打破するため、より外側に逃げその猛攻から逃げることが出来る。


「『無量才華』」


 そして逃げることに成功し、地面に腰をつけている僕に追い打ちをかけるようにして、ジャンプからの切り下ろし、腹に『無量才華』が叩き込まれる。


「グッッッ!」


 とっさに剣を間に入れるが、その勢いは止まらず、間に挟んだ剣ごと攻撃がぶち込まれる。


 僕の横腹にそれは入り、とんでもない量の血が流れていく。


 これほど僕の剣の元の良さと毎日手入れしていることによる切れ味のよさを憎んだことはない。


 それでもとっさに距離を取り、態勢を立て直す。


 体がなんだか重くなっているような感覚だ。


 あまりの痛みに少し涙目になり、今すぐ叫んでのたうち回りたい。


 それでも決して傷口は見ない。


 もし見てしまうと僕はここで諦める口実を作ってしまうだろう。


 僕は弱い人間なんだ。あきらめる理由を与えてはいけない!


 相手の動きははっきりとこの目が見限っている。


 だが、エルメ『固位』を使える時間が限られていることもあり、その動きに体をついていかせるための修行時間が圧倒的に足りない。


 血の流し過ぎか頭がクラクラするし、そろそろエルメの使い過ぎで目の奥がじんじんし、頭はガンガン言っているようだ。


 呼吸もヒュウヒュウとか細いものになる。


 あともう五秒ほどで僕はエルメ『固位』の効力が消え、意識を失ってしまうだろう。


 次が最後の一撃!


「もう終わりにしてください。その流血量は命にかかわります!」


 焦ったような叫び声が耳に入る。


「……わかった。次の攻撃を最後にしよう。……お前も来い!」


 ギラッ!と目を吊り上げ相手を見る。


 戦意が失うような情けない顔をしていたが、僕が目を向けると途端に引き締まったものに変わる。ガノンがさらにその姿を変える。


「『獣化猛進』!」


 その姿はサイのような前傾姿勢となり、ただ前に、防御を一切考えない攻撃のためのものだとすぐにわかる。


「『執心傾倒・恋の盲目』」


 それを正面から僕は攻撃する。


 既に動きは見切っているのだ。


 たとえ体は重症でもあと少しだと思えば戦える!


 それからすぐに勝負は決した。


 僕の勝ちだ。


 ガノンは僕の後ろで肩から腰にかけて大きな一筋の傷跡ができ、前に倒れ込む。


 そして勝った僕はその勝利を知ることもなく、出血多量と情報量の多さで気絶した。


 僕の『執心傾倒、恋の盲目』は僕の長所を消す技だ。


 僕が敵と認めた相手以外の一切を頭で認識できなくする。


 ただ相手の動きにのみ反応し、最高の集中力で相手を迎える。


 なにも見えない状況でただ真っ直ぐ相手に突っ込む、僕の最強の攻撃力とスピードを持つ技だ。



 後に残ったのは荒れ果ててしまった庭と半壊した建物、それと僕たちのことを心配して駆けつけてくれた先輩たちと女の子たちだけだった。

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