第15話 主戦場へ
僕は剣を抜き、ノルザに向かって構える。
「な、なんで私を狙うのですか。僕は近くにいただけで何もしてないじゃないですか」
「逆にどうしてこの僕がアルバート程度の人間を真剣に相手しなくちゃいけないんだ。僕が相手するにふさわしい相手だと認めているから剣を向けているんだよ。……この賞金首が」
ノルザは口が裂けるのではというくらい口を大きくにやりと笑う。
すると情けなくしていた顔をキリっと引き締め、背筋を伸ばした。
——ゾクッ!
それだけで背筋に掛けて冷水を掛けられたような感覚と共に、さっきとは打って変わって警戒させてもらえないどころか警戒せざるを得ないほどの実力者の気配を感じた。
「分かりました?」
そういうとノルザは武器を介した魔法を用いアルバートを泥で顔ごと覆う。
アルバートも必死になって抵抗するが、ノルザ使った土魔法と水魔法は僕の場合と違い粘っこい土を作り覆ったため必死にもがく様子が見えるがまともに動くことが出来ていない。
ノルザは顔がにやけてしょうがないといった様子で必死に真面目な表情をしようとしているが僕を相手には隠しきれていない。
僕としては万が一と言える懸念材料が減り特には気にしない。
だが状況はとんでもなく悪くなったと言える。
いや、もともと悪かったのを僕が認識することが出来た。
しかし収穫もある。
腰に掛けている二本の剣は二図と土を扱うことができるようだ。
「お前、偽装にしてはやるじゃないか。この僕でさえ僕の実力と五分ぐらいだと認識していたぞ」
「それは過大な評価を有難い限りですね。それも天下のボルベルク家の次期当主に最も近いあなたに行ってもらえるとは……あなたのお父さんにもあったことがありますけど私も見ただけで震え上がりましたからね」
何を言っている。
今の僕の実力では手も足も出ない、天と地ほどの差がある。
「でも残念ですね。今私があなたを殺すもしくは捕まえようとすると向こうにいる強そうな女の人に殺される可能性がありますので私としては殺す気はありませんよ」
女の人?
ノルザのさす方向を見る。
「気が付かなかった」
そこにはビカリアさんとイルミナがおり、だがそれはカタストロフィー帝国の誇る世界中を探してもどこにも見ることのできない竜宮レッドグローリーの頂点に立てられたカタストロフィー帝国の帝旗の上に乗ってこちらを空でも見ようとしているのかと疑問に思うほど大きな望遠鏡を手に取りながら見ているのが見える。
ここからその距離は一キロや二キロどころではない。
僕のエルメをもってすると眼鏡を付けている状況で本人の消している気配を感知し、はっきりと探知することができるものの、他の人が見える、さらに感知するのは不可能だと言える。
「なるほど貴族街に仲間を忍び込ませているか」
「それは答えることが出来ないな」
そういうとノルザは逃げようとするしぐさをする。
「待て!わざわざアルバートなんかに近づいたんだ。目的ぐらいは話してもらわないと僕の立場がない。少しぐらい付き合ってくれてもいいだろう」
「いいや遠慮しておくよ。それに君も私の目的ぐらい察しがついてるだろ。私の顔を知ってるんだ。何をしている人間かぐらいは知っていて当然だ」
「知ってはいるさ。だからこそ具体的に知らなければならない」
ノルザは「はぁ」とため息をつき今度は本当に逃げようとする。
「ダメだ、行かせない。せっかく命の保証のできる状況で格上と本気で戦うことのできる機会に出会えたんだ。僕の言い訳づくりだと思って戦えよ!」
そういうと最初から本気を出すため眼鏡を地面に叩きつけ、走り出す。
今度の走りは余裕をもっていたさっきまでの走りとは違い、短く鋭い走りだ。
視界の端でイルミナとビカリアさんがぶれる程の速度で動き出したのを見て覚悟を決める。
間合いに入るとノルザも剣を振り上げる。
ザッと踏み込む音を鳴らしながら下から喉を狙う。
それと同時にノルザも剣を振り下ろす。
相打ちにでもなりそうなタイミングで、お互いに一切の防御をしなかった。
ひらりと衣服だった布切れが地面に落ちていく。
僕の剣先はノルザの首元から一切動かなかった。
ノルザは剣を振り下ろした状態で静止している。
僕の着ていたものはズボンを除き、皮の防具を含めてすべてが地面に落とされていた。
なぜ一振りしかしてないはずなのに風を丁寧に切られているのか疑問に思いはしたものの、剣先が動かないと悟った時点で僕は次の行動に移る。
「エクステンションスラッシュ!」
体を一周回すように動き、僕の剣の特殊性能を発動する。
この能力は普段は遠距離から斬撃飛ばすものとして使うのだが、接近戦で使うと相手の防御をすり抜けて攻撃することが出来るなかなか値の張る品のふさわしい性能だ。
体を軸に一周回しながら胴を狙う。
「おっと」
そういいながら一周回ったことで出来た時間を使ってゆったりとした動きで受け流そうとする。
勝った!
高らかに金属音が響く。
そしてほんの少しの間がありまた金属音が響く。
「フリード様。負けを認めてはいかがですか?」
僕の腹に向かって第三の腕が剣を持って刺そうとしていたのをイルミナの短剣で受け止める。
相手は一本しか武器を持って無いにも関わらず、そして腕の二本も視界に入っており、特に特別な動きをしていなかったにもかかわらず、僕に致命傷を負わせかけていたことに恐怖し、腕の力を抜いてしまいそうになっていた。
イルミナは「はぁ~」と息を吐き、もう片方の手で新しい短剣を握る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。私だってこの子を殺そうという気はなかったです。せいぜい逃げられるくらいに怪我を負わせようとしたぐらいです。あなたたちが来るまでに殺すことぐらい簡単でしたよ。それでも生き残らせてあげたのですから見逃してください!」
ノルザは土下座をしようという憩いで捲し立てる。
アルバイトと一緒にいた時とは違い、言葉に必死さがある。
「それは私も分かっていますよ。それでも何があるか分かりませんし、もともとフリード様をあなた如きが傷つけていい相手だと思ってるのですか?」
イルミナは短剣を抜き切りかかる。
「馬鹿!」
今度はビカリアさんがやってきた。
ビカリアさんは僕に少し視線を向けるとすぐにアルバートを助けに行った。
泥をかき分け、中から気を失ったアルバートが泥まみれの状態で状態で出てくる。
「アルバート様はアレですけど、バジール伯爵は出来た人ですよ。私も口利きしてもらったこともありますし人命第一です。貴様はさっさとどこかへ行きなさい」
ビカリアさんはノルザを見逃そうとしているようだ。
そういうとノルザもイルミナと僕から離れ、こちらを警戒しながら後ずさりをしてやがて背を見せて走っていく。
僕に怪我を負わせようとして、これまで何人もの貴族の子供たちをさらい、今後もアルバートに何かしようとして、僕に怪我を負わせようとして、僕に怪我を負わせようとしたノルザをだ。
大事なことは何度も思う。
「何考えているのですかビカリアさん。イルミナもいますしこの程度万が一というのもあり得ないでしょう。こいつは賞金首ですよ。逃がす理由がありませんしここで逃がしたらもっと被害者が出る可能性があるんですよ」
「いえ」
さっきまで少し考えていたようなしぐさを見せていたイルミナが一本だけ武器を収める。
「そうですね。私たちの気が変わらないうちにさっさと帰りなさい」
「それは願ってもない」
「イルミナ!」
僕はイルミナを非難がましく見る。
ノルザは走り出しすぐに建物に隠れて見えなくなってしまった。
「ちょっとどうしてですか?ビカリアさんとイルミナならというか、どちらか片方でも余裕をもって勝てたでしょうに」
「そういうものではないでしょう。見てませんでした?相手は何もない空間からフリード様を刺そうとしていたのですよ。それも自分の肉体ではなく他のものが。つまり何もない空間から攻撃することのできるエルメを持つ相手に足手纏い込みで戦うことはできません」
「それでも自分のことを守ることぐらいはできますよ。僕がどれだけ弱いと思ってるんですか?舐めすぎでしょ!」
いくらいつでも殺される状況だったとしても、自分より身分の低い人間に対しては自尊心の塊になってしまう僕は腹が立つ。
相手が何もない空間から攻撃できるとしても僕だって防御に徹すれば相手の強さにもよるが少しぐらい耐えることが出来る。
「フリード様が私を相手にある程度まともに戦うことが出来たら認めてもいいのですけど。私としてはフリード様に万が一のことがあったらカタストロフィー帝国の未来に関わることになりますので安全に過ごしてもらいたいんですよ」
そういわれると何も言い返せなくなる。
それでも何度か敵が目の前にいるにもかかわらずずっと見ていただけだった人のいうことだとは思えない。
「もちろん強くなってはもらいますし、私たちで対処できるのでしたらある程度の危険を負ってもらいますが、あの人の能力は不確定要素が多いので勘弁してください」
うーん。
確かにあの人が結局どれくらい強いのかは具体的には分からなかった。
それでもビカリアさんとイルミナよりは及ばないことくらいは分かる。
僕よりは強いということしかわからなかった。
「その分ちゃんと訓練を厳しくしてあげますから」
「別にそこは求めてないんで遠慮しておきます」
「遠慮するしないではありませんよ。そんなに戦いたかったなら頑張りましょうよ!」
もうこうなっては受け入れるしかない。
幸いビカリアさんは記憶力がそんなにいいというわけではないので寝たら忘れてしまっていることに期待するしかないだろう。
「フリード様!」
「フリード様はいますか?」
すると遠くの方から僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「この声は……」
この声はおそらく道路沿いにいた二人を相手にしていた先輩たちだ。
「ファイヤー!」
僕は手を上に掲げ、太陽の殆ど落ちかけ大分暗くなってしまっている空に自分の存在を示すように大きな火を放つ。
「お仲間も来たようなので私たちは隠れておきますね」
そういうとビカリアさんたちはアルバートを置いてどこか行ってしまった。
アルバートは未だに目を覚ます様子がない。
特に心配しているわけでもないし、静かになるだけなので問題はない。
それからしばらくすると二人の先輩たちが気を失ってぐったりしている人を抱えながらやってきた。
「フリード様無事でしたか。よかったです」
爽やかにそんなことを言ってくる先輩たちに僕は趣味さえ良ければいいのにと思わざるを得ない。
「ええ、まぁ少しイレギュラーなことがあって大変だったんですけどね」
すると片方の先輩が目ざとくあることに気が付く。
「そういえば、覗いてたのは二人いたとか言ってなかったですかね。何かあったんですか?」
取り逃がしたとわかると怒るかと思ったが、意外と先輩は心配そうにしていた。
あれだけ覗き込んでいた人の存在を知っただけで怒っていた人だとは思えない。
「それが……僕、相手の力量を見誤ってしまっていたようで、僕よりも普通に強くて、ビカリアさんたちも来ていたのですが、僕もいたこともあって逃がしてしまったんですよ」
そういうと先輩たちの顔は真っ蒼になる。
「ビカリア様ってあの白砲ですよね。あの人が逃がすって一体どんな人だったんですか?」
「僕がいたので万が一に備えて逃がしただけだったようですけど、僕よりは強いことは確かでした」
そういうと少しは緊張が解けた様子だったが、それでも少しおびえているように思える。
確かにあのビカリアさんが逃がしたような人を相手に戦わされた可能性があったのだ。
おびえてもしょうがないだろう。
「まぁ、それはともかくこのアルバートはキチンと捕まえることが出来ましたので」
ぐったりとしているアルバートの傷口を洗い流し、止血した状態で放置しておく。
そうすると先輩は腰袋から荒いロープを取り出してくれて、アルバートを拘束し始めた。
未だにぐったりしており、少しかわいそうに思うものの、貴族で魔法を使えない人間の存在はうまく魔法を使える人間よりも貴族の情報網では情報が集まりやすい。
バジール伯爵家の子供に魔法の使えない人がいたことなど聞いたことがない。
隠そうとしても伯爵家の子供であれば隠しきろうとするのは相当困難である。
「よし!これであとはガノンさえ倒せば一件落着ですね。さっさと倒して敗北者どもを視界に収めながらあの子たちと遊びましょう」
そういうと気を取り直して『成長の守り人』の除き間たちを抱えながら元の第五施設に戻る。
今度は屋根の上を通らずに地面の上を歩く。
あまり慣れた道とは言えないので先輩がいなければ恐らく道に迷っていただろう。
既に夜も遅くなっており、『成長の守り人』の人たちには猿轡をかませている。
アルバートの意識が戻ったときのあの慌てようときたら笑いがこらえきれなかった。
それでもしばらく歩き続けると遠くの方から剣戟の鳴り響く音と鞭の音速の壁を突き破る音が聞こえてくる。
僕たちは顔を見合わせて未だに戦っている先輩たちの助太刀をするため走っていく。
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