第12話 不審者の背後

 次の日の放課後僕は急いで『成長の守り人』の集まっている教室へ急いでいった。


「すみませんザバンさんいますか?」


「ここだよ」


 入り口付近の床で寝っ転がりながら何やらプリントに記入しているザバンを発見した。


「何でもういるんですか!」


 僕が疑問に思うのは普通のことだろう。


 この部屋は五年生の部屋から相当な距離離れており、さらに僕は授業が終わってからこの部屋まで急いできた。


 にも拘らず、すでに来て寝っ転がっているのはどういうことなのだろう?


「だって五年生になったら好きな授業を受けるだけでもうほとんどが自由登校みたいなものだからね」


 その一言で納得しておく。


「あんたら昨日僕を洗脳してたでしょう。すごく恥ずかしい目にあったんですからね。何か言い訳があるのだったら言ってください」


 僕の言葉に「ああー、気づいてしまったか」といった雰囲気が教室内に醸し出される。


 だがなぜかばれてしまってやばいことになるといった悲壮感はどこにも見当たらない。


 何か理由があってのことなのかと疑問に思ってるとザバンが口を開く。


「気づいちゃった?一応だけどなんでばれちゃったか教えてもらえるかな?」


「話をそらさないでください!」


 僕は強い意志を込めてザバンの質問に答えるつもりはないと伝える。


「まぁ、ばれてしまっては仕方ない。実はね……」


 ザバンの話を要約すると、どうやら学校側から許可を取っての行動らしい。


 というのもギルドの活動において推薦で選んだメンバーにのみ洗脳することが許されているという。


 それについては厳正な審査や親の許可など様々なことをしなければならないらしく、それにより推薦できる人数も減ってくるそうだ。


 やけに真剣に勧めてくるくせに実際に推薦する人が少ないと感じていたが、理由が分かった。


 ということは僕は両親に洗脳してもいいと言われたのか。


 何故洗脳が認められているかについてはよく知らないようだが、おそらくは将来洗脳されても気づいたり対処できるようにするためらしい。


 ついでに二度の洗脳は認められないらしく、僕はもう安全らしい。


 僕はこのことを思いっきり攻め立てようと思ったが、『成長の守り人』のみんなは「我々を導いてもらうはずだったのに」と嘆き続けて口をはさむ余裕がない。


 だが、そんな中にもお構いなしと開き直ってるやつもいる。


「そういうわけでどうだい?『成長の守り人』。この調子ならうまくやっていけるような気がするけど」


 どういうわけか分からないが、まだ僕を誘おうとすることにびっくりする。


 すると後ろから入ってきたグランさんが、入ってくるなりどういう状況なのかすぐに判断したらしく少しの間嘆いたものの僕に対してフォローに回ってくれる。


「ごめんね、フリード君。ザバンさんは君のアンケートを見たときからたった一日だが君が『成長の守り人』に入ってくれるのを心待ちにし続けていたんだよ!」


 そうなのかと内心びっくりする。


 確かに結構歓迎されてた雰囲気があったから居心地もよかったし、少しぐらいは『成長の守り人』で活動してもいい気がしてくる。


「しばらくすると心の中で間違え無く入ってくるってストーカーみたいな思考回路を持つようになってしまったんだよ」


 うん?


「しまいには“フリード君と『成長の守り人』で楽しく活動する夢を見た”とか言い出してね、さらに“夢に出てくるそれ程フリード君も入りたがっている”ってどういう考えでそう至ったのかは甚だ疑問ですが、ザバンは真面目にフリード君に『成長の守り人』に入ってきてもらいたいと思っているんだ。どうかもう一度考えてもらいたい」


 なんかザバンさんを責めるはずの言葉が、僕に刺さってきてるような気がしてきたが、これはきっと気のせいというやつなのだろう。


「そして苦労して洗脳許可書に署名してもらった分働いてほしい」


 こいつ僕をこの公爵家の長男である僕を働かせようとしているのか。


 思わぬところでグランさんの本音が飛び出てきて僕は一層『成長の守り人』に対する警戒心を高めた。


「すみません、折角ですが僕には少々荷が重いようですのでこの話はなかったことでお願いします」


「うそ、ちょ、ちょっと待って!」


 僕は何か言われてまた意見が変わってしまわないうちにこの部屋を出てこの人たちと関わらないようにする作戦に出る。


 そうして寮へと走って戻った僕は自分で自炊した料理に舌鼓を打ちながら優雅な時を過ごしていた。


 しかしその後、僕の部屋へとやってきた『成長の守り人』の人たちによる二時間の説得の末、週に一度ギルドに通うことが決定したのだった。




「そんなことがあって結局僕は『成長の守り人』に通うことになったんですよ」


 僕はミライムさんとエレーファに対してそう愚痴をこぼした。


「まぁ、最後は自分で決めて後悔しているわけではないのでしたらいいんじゃないですか?」


「そうですよ。それに先輩方からそこまで有利な条件を引き出すことが出来たんですしよかったじゃないですか」


 僕は洗脳したお詫びとして先輩方から『幼少の誓い』のお世話券というものとその他もろもろたくさんのお詫びの品をもらった。


 そこまでするかと若干驚いたが、有難く頂戴することでその場は丸く収まり僕は週に一度ギルドへ向かうこととなったのだ。


 そのことに対してミライムさんたちは特に悪い気持ちを持ってないらしく、洗脳したことに対する償いはもうすでに済んだと考えていいだろう。


 そして僕は少し気になっていたことを聞く。


「そういえばエレーファもギルドに行ったはずだよな、洗脳とかされたりしなかったか?」


 そう聞くとエレーファは顎に人差し指を当てて左上を向き始めた。


 可愛いとなぜか僕の心のどこかが呟いたが、その行動に“まさか!”とよくないものを感じ、僕とミライムさんは固唾を呑んでエレーファの次の一言に耳を傾ける。

「特に僕に対する害はありませんでしたね。みんな私の頭脳の前に何も言えない状態になってましたよ」


 どうやらエレーファは洗脳しようとした先輩方に先輩方の考え方の不備などを徹底的に指摘して帰ってきたのだろう。


 もし僕にエレーファと同じエルメがあったら同じことが出来るのだろうか。


 もちろんエルメのおかげというのもあるとは思うが、所詮は思考が早くなるだけ。


 エレーファの頭脳はもともとがとても優れているのだろう、嫉妬がわかないほどの差が僕たちにはある。


 エレーファの言葉を聞いて僕たち二人は安心したのか、ため息を吐いた。


「それで、エレーファはそれから『特殊の巣窟』だっけ?そこから接触を受けてるの?」


「いえいえ、あの人たち泣きながら“さっき言ったことはもう取り消すから許してください”って言っていたので私を勧誘するのはあきらめたのではないのでしょうか」


 あの理論派の変態たちと同じように『特殊の巣窟』の人たちも理論派の人もいたのだろう。その人たちにそこまで言わせるとはやはりエレーファは天才なのだろう。


「じゃあ、僕だけがギルドにたまにだけど通うことになったのか。それでもたまにの話だから今週末どこか遊びに行こうよ」


 おそらくだが、エレーファはこの誘いを断るだろう。


 これまでにも何度か一緒に遊ぼうと誘ってきたが、ことごとく断られてきた僕が考えるのだから間違えない。


 ミライムさんは恐れ多くて僕など愚かな人間が遊びに行こうと誘っていいような人間ではない。


 だが、二人を誘ってはどうだろう。


 エレーファも誘えば、僕は気軽にミライムさんを遊びに誘うことが出来るのだ。

 現在僕の心臓はバクバクなって、足も少し震えているがそんなことはどうでもいい。


 今回もエレーファは僕の誘いを断るだろう。


 そしたらどうか、僕はミライムさんと遊びに行くことが出来るのだ。


 さぁこい、早く僕の誘いを断るんだエレーファ。


 そしたらミライムさんは優しい人だ。


 僕に気を使って必ずや一緒に遊んでくれるだろう。


 ミライムさんとデート。


 その他の言葉を頭に浮かべるだけで僕は……


「私はその日ビカリア様に訓練していただくように頼んだので遠慮させていただきます」


 よし!


 これでミライムさんさえ行くと言っていただけると僕はミライムさんとデートすることが出来る。


 膨らむ妄想を鼻血へと変換させながらミライムさんの返事を待つ。


「そうですね、その日は特に用事はないのですが両親が私の様子を見に来るので行くことが出来ませんね」


 その時僕はどういう顔をしていたのだろうか。


 その時の僕の顔を見た二人は垂れていた鼻血も指摘することが出来なかったという。



 

 それから僕はしばらくの間放心状態で、その場を動くことはなかった。


 僕が帰ったのはイルミナがさすがにそろそろ帰りましょうと僕に声を掛けたときくらいで、次の日僕は珍しくも昨日出された課題を済ませてなかったことによりいろいろな先生に苦言を頂いた。


 僕の顔を見ても普段と態度を変えたりせず、さらに僕の心配までしてくれるエレーファにミライムさんを除き、クラスメイトという薄っぺらい関係の薄情な奴らに恨みを覚える。


「エレーファは自分の専属護衛に死なない程度にぼこぼこにされる人がいるって言ったら信じる?」


「ん?おっしゃっている意味がよく分からないのですが、それは護衛される側が何らかのお願いをしての行動なのでしょうか?」


 流石の秀才エレーファの脳内データにも護衛にぼこぼこにされるというデータはないよだ。


「いいや、違うな」


 エレーファの反応を見て護衛に逆恨みでぼこぼこにされるということは一般的にあり得ないことを知り、僕のこの感情は正当なものであることを確信する。


「それは護衛の人が裏切ったとかではないのですよね」


「それも違うな」


 エレーファはうーんとうなり声を上げながら考え込む。


「私の記憶の限りだとそんなことするのはイルミナ様ぐらいなのですけど、その傷もしかしてイルミナ様にやられたのですか?」


 そしてもう一度僕は護衛を変えてもらうようにお願いする手紙を書くことを決心する。


 僕の反応を見てなぜかエレーファは何か希望の光を見つけたかのような表情をし始める。


 しかしどこかその表情の裏には何かありそうなものの、ただただ喜んでいるだけではなく何かを覚悟をした表情でもあったので、こいつ気持ち悪いなとは思わなかったが僕以外の目で見てもそのエレーファの陰りを見抜くことはできなかっただろうし評判を下げるようなことは友達としてあまりしないでほしい。


「イルミナってそんなに暴力的なことで有名なのか?」


「あれ?知らないんですか?僕たちの業界だと一度怒らせたら何をしても許してもらえない烈火のイルミナって呼ばれてますよ」


 烈火のイルミナ。


 僕は兵士の育成で名高いボルベルク家の人間なだけあってイルミナレベルは当然のこと戦闘力には難ありだが、サポート役としてあまり目立った戦果はないものたくさんの人からの尊敬を集めている人などそこらの貴族や軍人などとは比べ物にならないくらいの知識を持っているはずだがそんな二つ名は初めて聞いた。


「いや、はじめてきいたな。そんなに知っていて当たり前のような二つ名なら僕も知ってるはずなんだけどなぁ」


「まぁ、僕もこういった話題はフリード様にはまだ早いことが分かりましたしあまり気にしないでください」


 エレーファはどこか含みを持たせたような口調で言った。


 まぁ、エレーファと僕の仲だ。


 何かとても大切なことなら向こうから教えてくれるだろうし、そこまで大切なことじゃないと判断してからの言葉だろう。


 それにしてもこの高貴な僕の学園生活がこんなにも波乱万丈でいいのだろうか。

 確かにある程度は厳しく稽古を付けられたり、新たな交友関係が生まれて忙しくなったりするかもしれないとは思っていたが、こんな顔に傷を付けられたりするとは思っていなかった。


「そう言えば聞きましたか?フリード様が倒したっていうあの誘拐犯、ここ最近たくさんの貴族の令嬢、そして有名どころの商社の子息を誘拐しまわって奴隷として売り払っていると言われているハーム・ウリの幹部だったらしいですよ」


 エレーファは感心したように言う。


「ハーム・ウリって言ったらここ最近世間を騒がせている新興ですが、リーダーの腕がすごく立ちその部下も強いと評判ですよ。それを重く受け止めた国は被害にあった貴族とハーム・ウリ専属の調査隊を結成したほどですからね」


 なるほどよっぽど質の悪い組織なのだろう。


 我がカタストロフィー帝国が犯罪組織程度に真剣になることはめったにない。


 精強な我がボルベルク領で育てた兵士がカタストロフィー帝国中に兵士として雇われており、犯罪組織が大きくなったりする前に消えてなくなってしまうからだ。


 僕のボルベルク領の兵士は思想教育から始め、一つ一つ金と手間をかけて育てた兵士たちだ。


 自分の力を過信したりして大人数の組織を相手に少人数で攻めに行ったりなどしないはず。


 つまり僕の領の兵士たちを何度も退け続けてきた相手というわけだ。


 そんな組織の幹部を殺した僕はなかなかすごいというわけか。


「まぁ、最後はビカリアさんが肉塊にしたから、僕はなかなか競り合ってただけだしね」


「それでもすごいことですよ。武器を持っていない状況でそんな組織の幹部を打ち取ったのですから」


 エレーファが手放しに誉めてくれるが、そのエレーファは僕より圧倒的に強いのであまり褒め言葉だと思えない僕はませているのだろうか。


「今日どうする?僕は今日特に予定はないし『成長の守り人』のところに顔を出そうと思うよ。洗脳させられて結構腹立ってるけどせっかく入ったんだから活動しないと勿体ないしね」


「僕も特に予定はないですし、ビカリア様に放課後稽古をつけてもらおうと思ってますよ」


「そっか……昨日も稽古してたろ。大きな怪我をしたりしないように気を付けるのと、加減を知らない人だからやりすぎたりしないように気を付けろよ」


 どうせ僕のいうことは聞かないだろうが一応友達として、無理はしないように忠告しておく。


 本当に僕とエレーファの戦闘力の差はどんどん広がっていっているように思う。


 今の僕程度ではただエレーファを見るだけで何かとても大きなものを背負っているように見える。


「……わかってるでしょフリード様。僕にはこのままでいるわけにはいかない理由があるのですよ。だから無理をしてないと落ち着かないんです」


 こう反応されるのは分かっていた。


 ただはぐらかされるより正直に僕の願いを聞くつもりがないことを言うことがエレーファのいいところでもあるだろう。


「ところでエレーファはいつも怪我してたはずだけど全然傷が残らないのは何か理由があったりするの?」


「うーん、特に何かしているわけではないんですけど、昔から生傷の絶えない生活ばかり送ってましたから慣れたって言ったらいいんですかね。それでも毎日体のマッサージとかやったり傷口に薬は塗ってますよ。それぐらいですかね」


 僕とエレーファではもう体の構造まで変わってしまったのか。昨日できてた傷や普段の傷、それは一日や二日で奇麗なぴちぴちの肌になるような傷ではない。


 遠くへ行ってしまったように感じる。


 そのまま他愛のないことを話し続けているとビカリアさん、先生がやってきた。


 エレーファは自分の席へと帰っていき、今日も真面目に授業を受ける。

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