第9話 華族の遊戯

 次の日僕はあのアンケートでどのような活動を紹介されるのか気になって必要以上に早めに教室についてしまった。


 どうやら既に僕より早く来ている人が数人いるようで、思い思いの行動をしていた。

 その中にエレーファもおり、一直線にそこへ向かう。


「おはようございます。フリード様今日は早いですね」


 エレーファもこちらに気付いたようで、挨拶をしてくる。


「ああ、おはよう。エレーファは早いな。昨日もこの時間より早く来たのか?」


「ええ、普段は両親が厳しいので、早めに行動するのが癖になってしまったのですよ」


「なるほど。特にエレーファの母上は厳しいからな」


 こうして話している間にも新しく生徒が続々と登校してきて周囲はどんどんにぎやかになっていく。


 少し耳をすませばイケメンと言われるのを除いて「帝都を騒がせた誘拐犯を倒したって」「先輩たちの間でも結構話題になっているらしい」といった僕に関する情報が入ってきて、僕がどう思われているのか自動で教えられる。


 便利だ!


「そういえばビカリアさんが私たちの担任になったのは驚きました。ビカリアさんはこれから忙しくなりますし、これから誰がフリード様の護衛をするのですか?」


「そう!聞いて。ビカリアさんが護衛から外れることになったんだけど、また新しい人が護衛についてくれることになってね、しかもその人はイルミナなんよ。だけど、どうも父上が命令したようで、僕が決して勝てないような相手以外は僕が戦わないといけないらしくて、なら護衛の意味がないって話なんよ」


 僕の畳みかけるような話し方に、少し引き気味のエレーファだったが、すぐに持ち直す。


「本当!イルミナ様に護衛をして頂いてるのですか!羨ましい」


 どうやら僕の予想していた反応とは違い、エレーファはイルミナに憧れを抱いているらしい。


「いや、イルミナに文句はないけど護衛してもらえないのはどうか?って話よ」


「それでもあんなに奇麗な人に近くにいてもらえるなんてとてもうらやましいことじゃないですか」


 するとエレーファは僕の周りをキョロキョロし始めた。


「僕の近くで待機しているってビカリアさんが言ってたよ」


 するとエレーファはイルミナを見れなかったからか落ち込んだような顔をした。


 すると丁度夢と同じ感じで教室がざわめき始めた。


 ミライムさんがやってきた。


 ミライムさんは一直線に昨日と同じ席、僕の席の隣にやってくると荷物を置き僕たちの方へ向かってくる。


「おはよう二人とも今日からとうとう授業が始まるね。どんな先生がやってくるのか今から楽しみだね」


 ミライムさんは僕たちに朝一番の笑顔を届けてくれる。


 その笑顔を浴びた僕とエレーファは自然と体が硬直して顔が赤面する。


「どうかしました?そういえばフリード君たち苦手な教科とかはあったりするのですか?」


「ぼ、僕は大体の科目しっかりと予習したつもりだから苦手なものは特にないかな。強いて言えば数学に少し不安があるけどある程度は出来るつもりだよ」


「私はあまり予習をしてこなかったのでどの科目が難しいのかわからない感じです」


 卒業するまでに習うようなことまで勉強していたので自信はあるが、計算ミスがあるかもしれないという不安があるので数学を挙げたが、エレーファはまじめな奴だと思っていたので予習をやってこなかったというのは少し意外な気がした。


「エレーファ予習をしてこなかったのか?」


「ええ、まぁやってないですね」


 僕は少し悩んだ後に声を出す。


「分からないところがあったら遠慮なんかしたりせずにちゃんと聞きに来いよ!僕の友達が勉強できないやつだと思われたら腹が立つしな」


 すこしカッコつけた口調でエレーファを窘める。


「なら私も分からないところが出来たら教えてもらってもよろしいですか?予習していた時にもいくつか分からないところがあったのですよ」


「もちろん!いいに決まっているじゃないか」


 僕がそう言い切るとエレーファが言いづらそうに口をはさむ。


「あの……フリード様。私のエルメ忘れたのですか?それさえあればなかなか分からないところができないと思うのですが」


「あ……」


 大切なことを忘れていた。


 エレーファのエルメは高速演算でほとんどのことを一瞬で理解し、覚えることが出来、さらに相手の動きを少し観察することで、その相手の弱点を割り出したりするすごく便利な能力だ。


「そうか。なら僕はミライムさんだけ教えるよ」


「……?ありがとうございます」


 ミライムさんは今一つ分かっていないようだ。


 後でコッソリ教えてあげることにしよう。


「そろそろ、ビカリアさんが来る時間ですね。席に戻りましょうか」


 その後も話し続けたことで、いつの間にか時間ぎりぎりになってしまっていたようだ。


 ミライムさんの号令で席に戻った僕はミライムさんをチラ見しながらビカリアさんの到着を待つ。


「皆さんこんにちは今日の授業はもうわかっていると思いますが、四限に体術があり、それは私が担当するので時間に間に合うように北の演習場に来てください」


 僕たちが席に着いた少し後についたビカリアさんは簡単にホームルームを行い、帰っていってしまった。


「一限目は薬学だね。どう?ミライムさんはできる?」


 僕はミライムさんと少しでも話したりしたいので、すかさず話しかける。


「ある程度は理解できてると思いますよ。似たような植物もあるのでやはり完璧とは言い切れませんが」


 僕はその言葉を聞いて安心した。


 僕の得意分野といえばそれは“眼”僕の目に似たようなものは通用しない。


 だから「フリード君、頼もしいよ」と僕に言うミライムさんの姿を目に浮かべながら答える。


 しばらくすると教室に不健康そうな頬のやせこけた男性が入ってきた。


「お!クロームさんだ」


 見覚えのある人物がやってきてうっかり口づいてしまう。


 クロームさんはボルベルク家にいたときは毒、解毒剤のプロフェッショナルとして知られており、僕はクロームさんに三年前薬学のほとんどを教えられていたのであの頃に戻ったみたいで楽しみになってくる。


「お、フリード様じゃないか……よし、クラスのみんなの名前を覚えるまで当て続けるからちゃんと聞いておくようにしておけよ」


 なぜ久しぶりにあった人に挨拶したら授業中にいじめる宣言をされるのだろう。

 謎の宣言に僕はどう反応すればいいのか迷っていると、ミライムさんに肩をツンツンとたたかれる。


「初めて見たときは怖い人が来たと思ったけど、意外と話しやすそうでよさそうな人だね」


 ミライムさんに気軽に話しかけられるようになった学園の力に感謝しつつ、ミライムさんに話しかけられた回答を考える。


「でも、あまり親密になりすぎると実験の被験者にされかねないから気を付けてね」

 自身の経験からミライムさんに注意点を伝えておく。


「うふふ、フリード君私たちは一応公爵家の人間なんだよ。あまり偉そうにしたくないけど、さすがに実験の被験者にはなったりしないよ」


 ミライムさんは手を口に添え、上品に笑う。


「そこの二人静かにしなさい。あとフリード様には飲んでほしいものがあるから、いつか私の部屋に来てくださいね」


「うふふ………」


 ミライムさんの声がだんだんしぼんでいった。


 今日のところはクロームの自己紹介とこれからどのようなことを学んでいくのかを教えるだけで授業は終わっていった。


 それからの授業もその調子で終わっていきあっという間に放課後になってしまった。


「やっと終わったね」


「うん、まさかビカリアさんの力を示すために僕とエレーファの二人で一緒にかかっていくことになるとは思わなかったよ」


 僕は力の抜けた感じでミライムさんに返事をする。


「うん、まさか囚人用の拘束着を着たまま余裕をもって二人共を宙に浮かせたときはみんなビビってたね」


 ミライムさんのその言葉で今にもあの恥ずかしい記憶がよみがえる。


「それじゃあ私は帰るね。フリード君たちは放課後活動をどこにするか選ぶのでしょう」


 そうだ。今日はまだ終わってない。


 昨日のアンケートの結果で僕の放課後活動で何をするのか決定するのだ。


 一体どのようなところから声が掛かるのか緊張してくる。


 エレーファのほうを見てみてもどうなるのか緊張しているのだろう。


 まだ席を立たずに、荷物を片付けるふりして先輩たちが来るのを待っている。


 それだけでみんながどのような活動があるのかよく分からないものに真剣になっているのが伺える。


 しばらくすると教室の窓のいくつかの黒い影が見える。


 するとまだ教室に残っていた男子たちに緊張が走る。


 今日は終礼ないとビカリアさんが言っていたにもかかわらず、クラスの男子全員が残ったままだった。


「こんにちは赤組のみんな。遅くなってしまったけど、もう帰ってしまった人はいないかな?」


 グランさんの質問に誰も答えないものの、クラスの雰囲気を察したようで話を進めていく。


「よし、ならみんなも気になっているだろうから早速発表する」


「今のうちに言っておくが、例年から推薦を得られる人なんて一クラスから多くても二から五人だから推薦を得られなくても気にしないように気を付けてね」


 隣にいた男子生徒による発言により、『いまさら言う?』『もらえるかな』という雰囲気がクラス内に醸し出された。


 それにより一番になりたいという欲求の強い貴族の子供たち諸君は発表するグランさんではなく、クラスのみんなに集中してきた。


 そんなことを冷静に分析している僕に向けられている視線はおそらくクラスで最も多い。


 僕としてはたいして仲のよくない者たちに向けられる不躾な視線など気にする必要性を少しも感じない。


 何が分かるのかよく分からないアンケートだったがこの僕の価値の理解できないダメな活動には参加をしたくもない。


「このクラスの推薦は四人だね。あまり話していなかったけど、活動のためのグループを私たちは、ギルドって呼んでいてね五つあるんだよ。一つ目のギルドは規模の一番多い『少年の心』活動内容としては主にあまり言いたくないが、ストーキングとか女の子に対して酷いことをしているよ」


 どうやらこの人たちは『少年の心』の人たちが嫌いらしい。


 さっきから愚痴が止まらない。


「二つ目は僕の所属している『成長の守り人』主に『少年の心』とは反対に女の子を守ったりするのがメインだね。たくさんの子たちから慕われているいいところだよ」


 今度は反対に自分の活動しているギルドだからかすごくいい感じの雰囲気しか伝わってこずにまるで正義の味方のようなギルドだ。


「三つめは『征服の矛』ここにいる人たちは怖い人が多くてね、よく違うギルドに移る人がいるよ」


 だんだんギルドの紹介ではなくほかのギルドの悪いところを言い始めたグランさんだったが、『征服の矛』に関して言ってることは本当なのだろう。


 目が本気だ。


「四つ目は『鉄壁の執事』主に自己鍛錬だね。ここに所属している人たちの殆どが高い防御力を有して更に優しい先輩たちが多いよ」


 ここに関してはあまり興味がないのか、淡々としていてまともな説明だった。


「最後に『特殊の巣窟』ここは特にやることはなく、個人でやりたいことの研究を主にするところだね」


 入れるかどうかばかり気にしてどのような活動があるのかあまり気にしたことなかったが、基本的な活動は強くなるためのトレーニングで研究とはよくわからないがきっと強くなるためのことだろう。


「じゃあ、まずは『少年の心』から二人推薦が来ているから。推薦が来たからといって必ず入らないといけないわけではないから気にしないでね」


 どこまでも『少年の心』が嫌いなんだろう。


 入らせないように意識しているのがまるわかりだ。


「ジュダル・エルシオンくんとクラジュ・ヴァルテンくんに推薦が来ているからね。気を付けてね」


 ジュダル・エルシオンといえば確か、どっかの男爵家の人間だった気がする。


 クラジュ・ヴァルテンも子爵家の子供だったはず。


 僕が呼ばれなかったことから、この推薦には家柄は関係なく、アンケートの結果のみを判断しているらしい。


『少年の心』の人たちは僕のすばらしさの理解できない愚かな奴らだということが分かったが、呼ばれるかどうか急に心配になってきた気がする。


 ま、まぁ僕の良さの理解できないところには、入りたくもないけど。


「わが『成長の守り人』からも一人フリード・ボルベルクくん。君にリーダーから強い推薦があってね、どうしても君に入ってほしいと思っているようだ」


 フ、やはり僕のすばらしさのわからないような人間は愚かだ。


 それに比べて『成長の守り人』のリーダーとやらは僕のすばらしさを理解できる出来た奴のようだな。


「フリード様よかったですね。私もたとえ推薦が来たとしても『成長の守り人』に行きますから今後も一緒に頑張りましょう!」


 エレーファが僕に嬉しいことを言ってくれる。


 だがどうしてだろう、昔から一緒に遊んできたからだろうがエレーファは訓練の時以外は僕のことをすごく尊敬してくれている。


「そうか、一緒に頑張ろうな。思っていた活動と違っていても落ち込んだりするなよ」


 僕のせいでエレーファの活動を決められたと言われても困るので一応思っていたのと違っていた時用に逃げ道を用意しておく。


「あとは『特殊の巣窟』だけだね。ここからはエレーファ・クウディカルくん君が推薦されているよ。さっきの会話、聞いていたけどせっかく推薦が来たんだし一度は考えてみてあげてね」


 後付けでサラッとフォローしたグランさんは颯爽と帰っていった。


 残された僕たちはあまり考えてなかったが本当に入るかどうかを真剣に考え始めた。

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