第4話 発見

 ラルクからの連絡は思ったよりも早かった。


「アリシア様にお手紙が来てますよ」


 家庭教師の授業が終わって先生を見送ると、エミリーが封書を持って来た。


「パトリックから?」


 パトリックはアリシアの幼馴染みで、兄ルーズベルトの学友でもある。アリシアが唯一友人と呼べる人物で、後の婚約者だ。手紙をくれるとしたらパトリックしかいなかった。


「いいえ、リュミエールからです。どうせ宣伝ですよ」


 エミリーが嫌そうに手紙を渡してくる。


 アリシアは緊張した面持ちで封を切った。


『先日はご来店頂きありがとうございました。アリシア様好みの品が手に入りましたので、ご連絡いたします。近いうちにぜひお越し下さい。――店主ラルク』


「やっぱり宣伝ですね」


 後ろから覗いていたエミリーが言う。


 違う。


 このタイミングでただの宣伝の手紙が来るはずがない。来るとしたらアリシアの情報の真偽についてだろう。そしてこれは、情報が正しかった事を示している。


「行くわ」

「え?」


 すっくと立ち上がったアリシアを見て、エミリーが驚きの声を上げる。


「今すぐリュミエールに行かないと」

「え、でも、もう夕方ですよ?」

「どうしても行かないといけないの。少しでいいから」

「そんなにあそこの紅茶がお気に召したんですか?」

「うん」


 エミリーは「アリシア様が行きたいなら……でも夕食も近いし……旦那様も帰宅されるし……でもせっかくアリシア様が出掛ける気になっているのに……だけどあの店は……」としばし悩んだ後、「執事に相談してきます!」と言って部屋を出て行った。


 そして光の早さで戻って来た。


「旦那様の帰宅が遅くなるそうです! 今のうちに行きましょう!」


 急いでいるなら着替えなくても良いのでは、とアリシアは主張したのだが、その提案は却下された。




 リュミエールに着くと、ラルク自らが出迎えてくれた。


「アリシア様、お待ちしておりました。さあ、どうぞこちらに」

胡散臭うさんくさい……」


 初対面の時と同様の大仰な仕草に、エミリーが毒を吐く。


 前回ラルクがアリシアを前に爆笑する様子も見ているため、余計にそう思うのだろう。


 二階の個室に案内されたアリシアたちには、注文をする前から飲み物が運ばれて来た。


 アリシアには、ルーエン産のアールグレイを煮出したミルクティで、砂糖は三つ。エミリーには、同じくルーエン産のアールグレイとミルクで、砂糖は一つ。護衛たちにはルーエン産のアッサムのレモンティだ。


「お気に召しましたか?」


 情報ギルドらしく、各々の好みを完璧に押さえたチョイスだった。前回、同じものでいいと言ったのが、プライドに火をつけてしまったのかもしれない。


「どうしてこれを……?」


 エミリーが固い声を出した。家から出ないアリシアはもちろんのこと、一介の使用人に過ぎないエミリーの好みを把握しているなど、警戒して当然だった。


 ラルクはただにこにこと笑っている。誇らしげでさえあった。


 仕方なくアリシアは助け船を出した。


「私が頼んだの。次はこれにしてって」

「ルーエンの茶葉の中でも特に品質の良いものをそろえました」

「そうですか。確かに美味しいですけど、でも、これならわざわざ店に来なくなったって……」


 エミリーの言う通りだった。ルーエン領で採れた茶葉のうち、最高級のものは当然ルーエン家にも納品される。同じ物なら屋敷でも飲めるのだ。


 手紙に書いてあった「アリシア様好みの品」がこれなのであれば、わざわざ店にまで来る意味がない。


「これじゃないんでしょう?」

「はい。こちらをアリシア様にぜひプレゼントしたく」

「チケット……?」


 ラルクが差し出してきた封筒に入っていたのは、オペラのチケットだった。日程は三日後だ。


「人気の演目です。アリシア様が気にされていた人物も出ますよ」


 アリシアははっとラルクの顔を見た。


 国王の愛人の隠れ場所の真偽だけではなく、もうケイドンの居場所までもをつかんでくれたのだろう。


「ありがとう……仕事が早いのね」

「とんでもありません。それではごゆっくりどうぞ。後ほどまた参ります」


 ラルクはまたも大仰に一礼し、退出した。


 途端、エミリーに詰め寄られた。互いに椅子に座っているからもちろん物理的には寄られてはいないのだが、そういう気分だった。


「オペラに興味があったんですか? それも演者に?」

「う、うん。メイドがね、好きだって言ってて」


 公爵家には平民も仕えているが、もちろん貴族の方が多い。だから、オペラや俳優に興味のある者もいるはずだ。


「その話をあの男に?」

「話の流れでそういうことになったの」

「そうですか」


 エミリーはなんだか機嫌が悪そうだった。


「行くんですか?」

「うん。できたら行きたいな」


 口ではそう言ったものの、アリシアは何としてでも行かなければならなかった。なにせ王国の未来がかかっているのだ。


 それにはエミリーの協力が絶対に必要なのだが、なんだか雲行きが怪しい。


 どうすればよいのかわからなくて、当たり障りのない話をしていたら、そろそろ家に帰らなければという時間になってしまった。


 そこに、ラルクがやってくる。


「アリシア様、もうお帰りですか? その前にほんの少しばかりお時間を頂けないでしょうか。二人だけで」

「わかったわ」


 エミリーが嫌そうな顔をしたが、アリシアは口を出される前に承諾した。


「大丈夫だから」

「わかりました」


 心配そうにちらちらと見ながら、エミリーと護衛が部屋を出て行く。扉はやはりほんの少しだけ空いていた。


 初日と同じように、ラルクはどかっと豪快に椅子に座った。


「いやぁ、まさかあの話が本当だったとはね。驚いたのなんの。一体全体どこから仕入れたんだ?」

「情報源を話すわけないでしょう?」

「そりゃそうだ」


 ははっ、とラルクが笑う。


「王妃殿下から謝礼をたんまりもらったし、伝手も出来た。ライバルギルドの鼻も明かせてこっちとしては大満足だ。だからあんたの依頼も最優先でやらせてもらった」

「このオペラの会場にいるの?」

「正確にはその地下だな。この日、闇競売が開かれる。観劇のためであれば貴族や裕福な商人が出掛けても不自然さがない」

「でもオペラって、公営でしょう? そんなところで人身売買なんて……」

「だから盲点なのさ」


 確かに、自分たちの領域で闇競売が行われているなんて、思わないかもしれない。


「それで、依頼は探すところまでだったけど、この後はどうするんだ?」

「助けたいの」

「競りに参加するってことか?」

「盗めないのなら」

「さすがに警備が厳しすぎて、盗むのは無理だろうな。今からじゃ準備も間に合わない」

「なら、競り落とすしかないわね。ただ……」


 アリシアは目を伏せた。


 まさかこんなに早く見つかるとは思っていなかった。すでに誰かに買われた後かもしれなかったし、闇競売に掛けられることなく取引されたかもしれなかったし、王都にいない可能性もあった。数年の長期戦を覚悟していたのだ。そもそも見つからないかもしれなかったのに。


 だから、まだ資金が用意できていない。

 

「金の心配なら要らない」

「え?」

「さっきも言ったが、王妃殿下から謝礼金をたんまり頂いた。人捜しにしては対価として多すぎる。その分を当てれば、小僧一人くらいなら余裕だろう」

「いいの?」

「構わない」 

「じゃあ、お願いするわ」


 ラルクは満足そうに頷いた。


「競りに参加するのも俺で良いよな? あんたは会場には入れないだろうから」

「やっぱり無理かしら」

「無理だね。変装するにしても、さすがに幼すぎる。商品として紛れ込むならできるだろうが」


 アリシアはぶんぶんと首を横に振った。


 人身売買の商品になるなんて冗談ではない。


「まあ任せろって。競り落とすだけだろう。それよりその後どうするかを話しておきたい。助けたいってことは、かくまう気なのか? どうやって?」


 それもまだ全く考えられていなかった。


「どうにかするわ」


 なんとかして、家の使用人にできないだろうか。当日までに何かいい手を思いつくと良いが。


「じゃあ、競り落とせたら報せを送る」

「お願いね」

「ああ」


 ラルクが立ち上がった。


 それをアリシアが呼び止める。


「ねえ!」

「なんだ?」

「どうして、私のことを助けてくれるの?」

「なんだそりゃ。俺は依頼を受けているだけだぜ」

「それにしたって……」


 本当はこんなことを言うべきではないのかもしれないが、新興とはいえ情報ギルドの長が、なぜアリシアと対等に取引をしてくれようとしているのかが気になる。


「まあ、勘かな。箱入りの生意気なガキんちょかと思っていたら、とんでもない情報を持ってきて、話しててもガキんちょって感じがしないんだ。普通の貴族令嬢の雰囲気とも違うし。あんたといると面白い事がありそうな気がすると思ってさ」

「そんな理由なの……」

「ルーエン公爵家と縁を結ぶのも悪くないと思ってるぞ。公爵に繋がれなかったとしても、あんたならいい所の坊ちゃんと婚姻を結ぶんだろ。そしたら夫人として重宝してくれ。これは投資でもある」


 ラルクがにやっと笑うと、ドアがノックされた。エミリーだ。


「アリシア様、お時間です。そろそろ帰らないと旦那様が帰宅されてしまいます」

「おっと。話が長くなってしまって申し訳ありません。本日はご来店頂きましてありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。――次はコーヒーを用意しておきますね」

「え?」

「アリシア様、お早く!」


 最後の一言に引っかかったが、エミリーに急かされて、アリシアは慌ただしく店を出た。

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