第3話 情報ギルド

 リュミエールに着いたアリシアとエミリーは、護衛と共にすぐさま二階の個室に案内された。馬車の紋章を見て、公女だとわかったのだろう。平民相手にも商売をしている店にしては、管理が行き届いている。


「あ、ルーエン産のアールグレイがありますよ。ミルクにしますか? ケーキはどうします?」

「見せて」


 エミリーからメニューを受け取って、記憶を引っ張り出す。


 確か――。


「アシェロット産のダージリンを、レモンティーで。砂糖は二つ。あと、シナモンもつけて」

「ミルクじゃなくて、レモンですか? それにシナモンも?」


 明らかにアリシアの好みではない注文に、エミリーが驚いている。


 だがこれでいいはずだ。


 店員が一瞬鋭い目付きになったあと、にこりと笑った。


「かしこまりました。お連れ様はいかがなさいますか」

「えっと、私は、ルーエン産のアールグレイを。ミルクで。――アリシア様、ケーキは要らないんですか? ケーキが美味しくて有名なんですよ」

「私は要らない。エミリーは食べていいよ」

「それならやっぱり時間を置いてきた方がよかったのでは?」

「いいの」

「なら私もやめておきます。今度また一緒に来ましょう」


 明らかに遠慮しているのがわかって申し訳なかった。でもエミリーが心配していたように、アリシアの小さなお腹はいっぱいだ。


 帰りにケーキを注文して帰ろうと決める。


 端のテーブルについた護衛たちも紅茶を一杯ずつ頼んで、店員は退出していった。


 反応からするとアリシアの注文は正しかったと思うのだが、これからどうなるか。子どもだからと無視されなければいいが。


 緊張しながら待っていると、紅茶が運ばれて来た。アシェロットは架空の地名だから、どこの茶葉のものが来るのかと思ったら、ルーエンの茶葉だった。さほど紅茶に詳しくないアリシアも、さすがに飲み慣れている茶葉はわかる。


 エミリーが「たまには外でお茶するのもいいですね」とか「あそこの絵、有名な画家のものではないですか」とか、色々と話かけてくるが、正直アリシアはそれどころではなかった。


「疲れちゃいましたか? 帰ります?」


 生返事ばかりを繰り返すアリシアを、エミリーが気遣う。


「ううん。大丈夫」


 とはいえ、ゆっくりと時間を掛けて飲んでいた紅茶も、残り少ない。これ以上長居するのは難しかった。


 符丁が間違っていたのかもしれない。調べ直さないと。子どもなのが原因であれば、代理を立てることも考えなければ。


 ひとまず今回は諦めるしかない、と最後の一口を飲み干した時、見計らったように一人の男が入って来た。後ろには先程の店員を伴っている。


「アリシア・ルーエン様、ようこそ我が店へお越し下さいました。公女様にいらして頂けて、感無量です」


 大げさな動作で膝を折った男は、黒い髪と褐色の肌をしていた。片目を眼帯で覆っている。


 我が店、と言ったからには、この男が店主なのだろう。


「折り入ってお話があるのですが、二人だけで話す機会を頂戴できますか?」

「もちろんお断りします」


 答えたのはエミリーだった。


「お嬢様を男性と二人きりになんてできません」

「アリシア様はどうお考えですか」

「話がしたいわ」

「アリシア様!? いけません。そんな」

「大丈夫よ。こんな店の中で何があるというの。エミリーたちは部屋の外で待っていて。魔導具もあるし」


 アリシアは指にはめた指輪を見せた。


 悪意を持って触れようとすると発動する魔導具だ。この指輪の場合は、相手を弾き飛ばすと共に、けたたましい警報音が鳴る。


 エミリーはしばらく逡巡しゅんじゅんした後、うなずいた。


「わかりました。ドアは開けておきます」

「どうぞ」


 エミリーの譲歩に店主が応じて、エミリーと護衛、そして店員は部屋を出て行った。ドアがわずかに開いているが、盗み聞きが出来る距離ではない。


 すると、店主が急に態度を変え、エミリーの席にどかりと座った。


「で? なんでこんなおちびさんが符丁を知ってたのかな? 悪ふざけならやめといた方がいいぜ」


 気迫にされて、アリシアはひるむ。


 しかし、ここで負けてはいけない、と気力をふるい立たせた。


「依頼をしたいの」

「金はあるのか?」

「お金はない。けど、情報ならあるわ」

「いいだろう。依頼に見合う情報であれば受けてやる。ここはそういう所だからな」


 男はにやりと笑った。


 カフェ・ド・ラ・リュミエール。


 表向きは普通のカフェだが、上階は情報ギルド「影の織り手」の本拠地になっている。店員は全てギルド員。つまりこの店主はギルド長でもあるのだ。


 今でこそ新興のギルドだが、十年後には大きく成長しており、かなり有名になっていた。なにせアリシアでさえ知っているくらいなのだ。符丁は、当時はこうしていた、という内容がインタビュー記事かなんかに載っていた。


 いずれ大きくなるポテンシャルを秘めているのであれば、今後取引をしていくのに悪くない。そして何より、アリシアには他の情報ギルドへの伝手はなかった。


「それで、欲しい情報ってのは?」

「黒髪赤目の、十歳前後の男の子を探してほしいの」

「人捜しか。それなら探偵に頼んだ方がいいんじゃないか」

「……人身売買を疑っているの」


 店主が軽く目を見張った。


「闇競売か……赤目なら珍しいからな」

「もう売られた後かもしれない。だから過去の記録も調べて欲しい。でもこれから掛けられるかもしれないから、今後の競売の様子も探って」

「できなくはないが、高くつくぜ。最近は御上おかみがうるさいからな。主催者も隠し方が巧妙になってきている。深入りして巻き添えを食うリスクもある」


 摘発されたというニュースが今朝の新聞に出ていたのを思い出す。


「それで、お嬢ちゃんが払う情報ってのは?」


 アリシアはごくりと喉を鳴らした。


「国王陛下の、愛人の隠れ家を知っているわ」


 店主は目を大きく見開いたあと、腹を抱えて爆笑し始めた。


 部屋のドアの隙間が大きくなり、エミリーが顔を出した。大丈夫だ、と合図を送る。


「国王陛下の愛人? 奔放ほんぽうだった先代ならともかく、今代は王妃殿下一筋で側室すらもたれていないんだぞ。愛人なんているはずがないじゃないか」


 それがいるのだ。


 この年の最大のゴシップが、国王の愛人問題だった。さらには隠し子までいて、それを知った王妃は大荒れ、離婚して実家である隣国に帰るとまで言い出す始末。結局、子どもに継承権を放棄するという念書を書かせ、母子ともに国外追放して何とか王妃の怒りは収まった。


「王妃様が密かに探していらっしゃるのも、知らないなんて、このギルドは大した事がないのね。ならいいわ。別の所にお願いするから」


 立ち上がろうとすると、一瞬で真顔に戻った店主がアリシアを引き留めた。


「その話、本当なのか?」

「もちろん」

「場所は」

「それを伝えて、もし本当だったら、私の依頼を受けてくれる?」

「この話が本当なら十分すぎる見返りだ。追加であといくつか依頼を受けてやってもいい」

「先に、契約書を書いて」

「賢明だな」


 店主はにやりと笑った。


 部屋に備え付けられた棚から筆記用具を取り出すと、さらさらと契約書を書き始めた。


 アリシアも内容を確かめて、二人で署名する。


 店主の名前はラルクというらしい。


「これでいいな。場所を言え」


 アリシアは王領の狩猟場の一つを挙げた。そこの狩猟小屋にいるのだと。国王は狩猟に行く振りをして逢瀬を重ねている。


 追放される二人に申し訳ない気持ちにはなったが、アリシアが黙っていたとしても遅かれ早かれ他の情報ギルドによって発覚するのだ。それに、戦争になるのなら、国外にいた方がむしろ安全でさえある。


「まずはこの情報の真偽を確かめる。結果が出たら連絡する」

「わかったわ」


 アリシアは、ほっと息をついた。なんとか門前払いをされることなく、次に繋げることができた。


 緊張の糸が切れて、どっと疲れが押し寄せてくる。


「次に来る時には好みの飲み物を用意しておくが、何がいい?」


 メニューを渡されるが、アリシアはろくに見る元気がなかった。


「コーヒーはないのよね……」


 成人してから好きになった、苦いあの飲み物が恋しくなって、ぽつりと呟く。


「何?」

「ううん、今日と同じでいいわ。美味しかったもの」

「そうか……」


 釈然としない顔で、ラルクは部屋を出て行った。


 それと入れ替わるようにして、すぐさまエミリーと護衛が部屋に入ってきた。


 ぐったりとしたアリシアを見て、大慌てになる。


「アリシア様、大丈夫ですか!? 何かされたんですか?」

「何もされてないわ。少し疲れただけ」

「こんな所にはいられないです。すぐに帰りましょう!」


 ラルクは何も悪くないのに、エミリーは、あの無礼な男が何かしたに違いない、と決めつけていて、誤解を解くのに苦労した。

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