第2話 文化祭の仁奈
「お化け屋敷、ですね」
となりに座る仁奈が言う。
「お化け屋敷、だな」
ぼくも言う。
今日は文化祭。ぼくらのクラス二年A組はお化け屋敷をやっている。
ぼくと仁奈は受付担当だった。
「仁奈はいいのか? お化け役やんなくて。なんつーか、花形なんじゃないのか?」
黒髪で清楚なお嬢さまっぽい見た目は、白い着物とかいかにも似合いそうだけど。
「いえ、こうして座ってる方が楽ですし。わたしは野球だったらキャッチャー、サッカーだったらキーパーを志望するタイプなので」
「キャッチャーもキーパーも楽ではないと思うが」
「そうですね、キーパーなんて一人だけ違うユニフォーム着せられて、チームからハブられてますものね」
あれハブられてるわけじゃねーんだよ。
「世のキーパー全員に謝れ」
「世のキーパーのみなさんごめんなさい」
素直に謝るときは謝るんだよな、こいつは。
「というか、類くんが受付係をやるなら、わたしも当然受付です」
「またそういうことを言う……」
「言っちゃいけませんか?」
「ぼくなんかのとなりにいたら、仁奈の評判まで悪くなるぞ」
「はて? なんでです?」
「それは、ぼくの評判が悪いからだよ」
ぼくがどうして受付なのか、それはぼくがクラスに馴染んでないからだ。
なぜだか、ぼくが受付をやることは最初から決まっていた。クラスの総意だった。
まあつまり、『おまえみたいな浮いてる不良は一人で座って、受付でもやっててくれって』ことなのだろう。
不良、ねぇ。
ちなみにぼくは、自分のことを中途半端な不良だと思っている。
特段悪事を働いているつもりはないが、決して優等生じゃない。
特段冷たい態度を取っているつもりないが、優しい人間では絶対ない。
だから、なのだろう。
ぼくは周囲の人間から避けられている。ぼくも、避けているわけだが。
「それって、なにか問題ですか?」
唯一、ぼくを避けていない仁奈が、ぼくの顔をのぞきこむ。
その、大きな瞳で。
「わたしの評判が下がったところで、類くんの評判が低かったところで、なにか問題あります? わたしはそんなことより、類くんといっしょにいたいんです」
「……そうかよ」
「ええ、そうです」
仁奈の好意を、ぼくはうまく飲みこめないでいる。
学校一の美少女がなぜ?という気持ちがぬぐえないのだ。
いわゆる刷り込み、のようなものだろうか。
たまたま、ぼくが、幼なじみだったから。
そうじゃなきゃ、こんなぼくを、仁奈は――
「どうしたんですか類くん、わたしのことを考えているような顔をして」
「……そんな顔はしてない」
「顔に書いてありますけどね。仁奈愛羅武勇って」
「なんでヤンキーが描いてんだよ」
「なるほど、アイラブユーは否定しないと」
「揚げ足をとるな」
「ふうん、そうですね……じゃあ類くん、もしかして退屈なんですか?」
「それは、まあ……そうだな」
適当に話を合わすことにした。
実際、うちのクラスのお化け屋敷はぜんぜん人気がない。
「ぶっちゃけ、ぼくらのお化け屋敷、ショボいからなぁ」
「じゃあ、どうしたらショボくなくなるか、考えてみましょうか」
いまさらかよ、とか。めんどいだろ、とか。
そんな言葉が頭に浮かんだ。でも、口には出さない。
仁奈が仁奈なりに、ぼくに気を遣っているのがわかったから。
「まず、仁奈はどんなお化け屋敷だったら興味を持つんだ?」
「〝体調に不安がある人はご遠慮ください〟とか看板に書かれてあったらドキドキしますね」
うむ、たしかに。
「体調に不安があったら、殴ったり蹴ったりできませんものね」
「物理的な怖さ!?」
「ボクサーの霊とかムエタイの霊を配置するんです」
「たしかに暗い室内で半裸のファイターがいたら怖いけども」
「音響にもこだわりましょう」
「心が不安になる音を流したりな」
「どこからか、こんな声が聞こえてくるんです。〝増税ぇ~〟〝円安ぅ~〟〝少子高齢化ぁ~〟」
「たしかに不安になるけども!」
「〝一人多い子どもぉ〟〝異常に赤い満月ぅ〟〝外れている見知らぬネジぃ〟」
「もういいっての!」
「あとは……そう、お化け屋敷なんだから、幽霊だけじゃなくて、いろんな妖怪を出しましょう」
「たとえば?」
「雪パーソン、狼パーソン、山高齢者」
「ジェンダーに配慮してる!」
「それと吸血鬼も外せませんね」
「かっこいいもんな」
「ただの吸血鬼じゃありませんよ。羽を生やして」
「おおっ」
「腕も六本くらいにして」
「うむ」
「人が嫌がる音も出すんです」
「蚊じゃん」
それはもう、でっかい蚊。
「あとはもう、プロの人におまかせするのはどうでしょう?」
「プロ?」
「怪談師の方にオファーするんです」
ああ、怪談師。
最近流行ってるというか、メディアの露出増えてるよな。
「え~これは~、私が中学生のときの話なんですがぁ」
仁奈がクセのあるオッサン風の声マネをしながら急に語りだす。
結構ノリが良いヤツなんだ、ぼくの幼なじみは。
「え~、夜の公園を通りすぎようとするとぉ~、なにやら奇声が聞こえるんですねぇ~。おかしいなぁ~、不良がたむろするような公園じゃないのになぁ~、おかしいなぁ~、なんて思っていると、ブランコの近くに、白い何かが見えるんですねぇ」
おお、なんか、それっぽいな。
「よく見たらぁ、なんてことはない。ただのオッサンなんですねぇ」
話変わってきたな。
「全裸のオッサンが、奇声を上げて踊っていたんですねぇ。どうやら酔っぱらっていたようでぇ。白いのはオッサンの肌だったという。いやぁ、人騒がせな中年男性だなと思わず笑ってしまった次第で」
「その状況で笑うおまえがいちばん怖いよ」
「いちばん怖いのは、人間ってことですね」
「月並みすぎる」
そのセリフは、なんか言った瞬間ダメになっちゃうヤツだろ。
「あとさ仁奈」
「なんです?」
「念のため聞くけど、さっきのは、作り話なんだよな?」
「うふふ、心配してくれてるんですか?」
仁奈がニタァと笑う。
少しだけ赤面していて、そして、何かを期待するような、そんな表情。
「……たしかに、頭は心配だけどな」
その表情が眩しすぎて、憎まれ口をたたいてしまう。
「作り話ですよ。もしそんな異常中年男性がいたら、チョッキンしちゃいます」
「え」
仁奈は手をチョキの形にする。
「な、何を、どう、チョッキンするんだ?」
「うふふふふっ」
何か言えよ。
……たしかに、生きている人間がいちばん怖いのかもしれない。
「てか、マジで逃げろよ? 不審者とかいたら」
「わかってます。わかってます、だから」
仁奈が、少しだけ、ぼくの方に体を寄せた。
仁奈の匂い――なのだろう、甘い香りがした。
「仁、奈……」
「だから、『おまえが心配なんだ』って言ってくれませんか?」
「い、嫌だ」
そのセリフは、なんか言った瞬間ダメになっちゃうヤツだろ。
ダメっていうのは、その、そんな、恋人みたいなセリフを言ったら、ぼくは……。
「言ってください」
「嫌だ」
「言ってください」
「嫌だ」
「言ってください、言ってください、言ってくださいったら、言ってください、つまり、言ってくださいっ!」
「言ってくださいの一点張り!」
他に策は無いのか。
「そんなパワープレイのゴリ押しじゃ無理だからな」
「ですが……! なんと……! 本日に限り……!?」
「通販の手口やめろ」
そう言って、ぼくは仁奈から距離をとる。
そうだ、最初からこうすれば良かったんだ。
ぼくが、仁奈から離れれば。
「もうっ、いつか、言ってくださいね」
不満げに、でも、冗談ぽく、頬をふくらませる仁奈。
そんな、あざとい表情が、当然のように似合う美少女。
怖いのは、人間。
ほんとうに、そうだ。
ぼくは、仁奈が怖い。
仁奈との関係が変わってしまうのが、いちばん怖いんだ。
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