蜷川仁奈はやりすぎる

星奈さき

第1話 休み時間の仁奈


るいくん、教科書を見せてくれませんか?」

 となりの席の仁奈になが言う。

「次の歴史の教科書を忘れてしまって」

 仁奈は微笑んだ。百人いたら百人が見とれるであろう笑み。

 蜷川仁奈にながわにな

 十六歳。黒髪で色白。華奢な体躯。可愛い要素と美人要素の二刀流。

 うちのクラスの、いや、うちの高校のナンバーワン美少女。

 そんな仁奈からお願いされたら、どんな男子でも有頂天になるだろう。

 幼なじみの、ぼく以外は。

「……見せるだけ、でいいんだな?」

 ぼくの確認に、仁奈がうなずく。

「もちろんですよ」

 微笑んだまま、仁奈は言う。

「教科書は言い訳で、机を密着させることで、類くんとの密着も狙ってる――なんてことはありません」

「いや、言っちゃってんだろ」

 ぼくはため息をつく。

「それが目的だろ。ぼくとの体の接近が目的だろ、おまえは、

「そんなことありません。わたしを見くびらないでください」

「そ、そう、なのか?」

 仁奈は悲しそうに目を伏せた。罪悪感が胸に押し寄せる。

 ……さすがに、ぼくの思い違いか?

「わたしの目的は、類くんと密着したあと、なんやかんや良い感じになって、唇を密着させることです。たかが体の接近程度が目的なわけないじゃないですか」

「たしかにぼくは、おまえを、見くびっていたようだな……」

 もう一度ため息をつく。

 やっぱりだ。仁奈はなのだ。

 なぜか、ぼくなんかに好意を持っているらしいのだが、距離の詰め方が変すぎる。

「というか仁奈、なんやかんやって。授業中にキスするなんてありえないだろ」

「ありえない、ライト兄弟も最初はそう言われていたでしょうね」

「いっしょにすんな」

「ライト兄弟はやがて、大空に飛び立ちましたよ!」

「おまえは頭がぶっ飛んでんだよなぁ……ほら、机くっつけろよ」

 ぼくは教科書を仁奈の方へ移動させる。

「なんだかんだ言って、貸してくれるとこ、好きですよ」

「はいはい」

「具体的に言うと、アニメで第一話と最終話のタイトルが同じだったときくらい」

「めっちゃ好きじゃねえか」

「はい。めっちゃ好きです」

 そんなにはっきりと言うなよ。

 照れるというか、面食らうっての……。

「よいしょと……机と机をくっつける、これはもうシェアハウスと言っても過言ではありませんね」

「令和最大の過言だろ」

「これでさらに教科書をシェアするというのだから、これはもう■■■ですよ」

「ん? なんだって?」

「ああ、ごめんなさい、教室じゃ言えないことを言いました」

「教室で言えないことは教室で言うな!」

「では、類くんのお家で言いましょう」

「ほんとうにハウスをシェアしようとしてないか?」

「ふふふっ」

「ふふふ、じゃねーよ」

「ぷぷぷっ(笑)」

「ムカつく笑い方すんな! ……ん?」

 いつの間にか、教室中の視線を集めていた。

 たぶん、ぼくの『教室で言えないことは教室で言うな!』辺りの言葉が興味を集めたのだろう。

 視線から発せられるのは〝嫉妬〟もしくは〝困惑〟。

『どうしてお前なんかが蜷川さんと』

『どうして仁奈ちゃんは、あいつなんかと』

 まあ、きっと、こんな感じ。

「――くん、ねえ類くん」

「あっ? ん?」

 暗いところへ沈みかけていた意識が、仁奈の言葉で引き戻される。

「もうっ、わたしを無視するなんて類くんくらいですよ?」

 それは、そうかもしれない。

「わたしがテキトーに呼びかけただけで、その場にいる者は犬や虫も含めてみんな振り向くんですから」

「それはもはや、逆に不便な気がするが」

「わたしが外を歩けば百人中、九十七人はわたしを目で追います」

「それはもう、目で追わなかった三人すごいって話になってこないか?」

「まあ、そんな話はどうでもいいのですよ」

「仁奈から言い出したんだろ」

「これですこれ」

「ん?」

 仁奈が指さしたのは、ぼくの教科書だった。

「類くん、教科書にラクガキ一つしてないんですねって話をしたかったんですよ」

 こんな話こそどうでもよくないか?と思ったのだけど、仁奈の目はキラリと輝いていた。

 まるで、ぼくにまつわるトークができてうれしくてたまらないとでも言うように。

「てっきりラクガキまみれかと思ってたんですけどね」

「ぼくをどんなキャラだと思ってんだ」

「ほら、類くんてその……成績が……ほら……えっと……あのー………………類くんてバカじゃないですか」

「あきらめんなや」

 もっと粘れ。

「ぼくは真面目に授業を聞いてる系のバカなんだよ。だからラクガキなんかしない」

「では代わりに、わたしがラクガキしておきましょう」

「なんで?」

「類くんの教科書に、わたしが存在していたという印を刻みたいからに決まってるじゃないですか」

「決まってないだろ」

「将来的にはお互いの顔を手のひらに彫って、手をつないだときにその顔同士がキスする――そんなラブラブなタトゥーも刻みたいですね」

「たしかにキマッてるな。おまえ、キマッちゃってるよ」

 なんでこんなにヤツに、ぼくは教科書を貸してやってるんだろう。

 そろそろ国から褒章されないと割に合わない。

 やがて。チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。

「あ、おいっ」

 仁奈のやつが、早速ラクガキをはじめている。

 こいつ、授業がはじまって注意しにくいタイミングで……!

「ふふっ」

 イタズラっぽい――いや、小悪魔めいた笑みを見せる仁奈。

 ぼくの教科書には、相合傘が書かれていた。

 ぼくの名前と仁奈の名前。

 しかもなぜか、小林一茶の写真に。

 いや、マジでなんでだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る