仮説参

 人糞を後から乗せたという説が大筋間違っていないという前提に立ったうえで、実現性という観点で思考を巡らせてみよう。


 仮にこう考えてみたらどうだろう。と。どういうことか。簡単な話、犯人の身長が著しく高かったのだ。人間山脈や超巨人が鬼籍に入っている以上、世界最大の格闘家や印度の大巨人、崔 洪萬辺りが有力候補だろうか。そうでなくとも暗黒肉弾魔人くらいの身長があれば事足りるかもしれない。とにもかくにも長身であるという一点さえ満たしていれば、後は単純。両手を伸ばしてそっと乗せる。たった、それだけだ。


 三度みたび、人々のために想像してみよう。深夜。二米にめーとる超の長身を誇る若い男。公衆便所内で普通に息んだ彼は、習慣として自らの糞を見下ろして、ある種の感動に見舞われる。でかい、と。これまでもその巨大な体躯にふさわしい糞をひり出し続けた彼だったが、今回のものは極めつけだった。普段通りであれば、数日の間、ああでかかったなぁ、といった具合に何度か思い出したあと、忘却の彼方になるのが関の山だろうが、そこは深夜。人目も届きにくい時刻が彼を狂わせた。この俺が生み出した偉大なる人糞を世に示すべきではないか。どこまでもおかしい考えであるが、そう決めた。二つ前の妄想内の中年男性よろしく酒が入っていたのかもしれないし、或いは駅前で時折売り捌かれている非合法の薬の類を嗜んでいたのかもしれない。でなければ、便器の中からあらためて糞を取りだすなどということを為せるとは考えにくい。取りだした方法は、一つ前の妄想と同じように円匙、或いはそれに類する長物を使ったと考えるのが妥当だろうが、これから実行する方法から逆算して、手掴みしたとしておこう。その際、当然気になったであろう臭気を、深夜の浮ついた気分を背景とした可笑しさによってごまかしながら人糞を掬いあげた若い男は、どこが目立つだろうと辺りを見回した末に、扉の上に目を付ける。その位置は彼の身長ゆえの目線の高さにちょうどいい具合に合っていた。ここに置けば、みんなが見るはずだ。普段、身長の高さゆえに周囲から浮いているのを自覚していたはずの彼であったが、上手く客観視ができないまま、とても素晴らしい案だと自画自賛し、他者の存在を介さないまま無批判に、目立つ場所へと人糞を設置した。人糞が扉の上で、安定するまでにはそれなりの時間を要しただろうし、その感触や生理的嫌悪も想像を絶する気持ち悪さを要したであろうことは想像に難くない。しかしながら、彼はやりきった。室内灯に照らされた自らの生み出した最大傑作を見て、拳で額を一擦りした。それから、漂う臭気に手洗いをしないままこびりついた糞を擦り付けたのに気付き、軽く嘔吐えづいた。


 もちろんこの説にも突っ込みどころは多く存在する。まず身も蓋もないことを言えば、あれこれ理屈をつけてみたとしても扉の上に糞を置くという行為自体が意味不明である。また、あくまでも一般論ではあるが、人糞を手掴みするという作業は多くの場合、前述した通りの生理的嫌悪感を伴いがちである。おまけに便器の中から取り出すともなればなおのこと。護謨手袋ごむてぶくろ防毒面ますくをすればどうにかなるという向きもあるかもしれないが、実現の容易さという主眼に置いた本仮説においてはどことなく本末転倒な感がある。非合法な薬によって諸々の感覚が狂っていてどうしても実行しなければ気が済まなかったということなのかもしれないが、どうにもしっくり来ないと言わざるを得ない。

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