復讐令嬢の異議申し立て

三辺 志乃

第一章

第1話 失敗!

(……今日の薬はこのくらいで十分かな……)


 ルゼは予備で作った薬瓶を小テーブルに置くと、ベッドで眠るシャーロットの寝息が安定していることを確認して帰り支度をした。


 シャーロットはルゼが学院で知り合った最初の友人である。本人は身分を明かしてはいないものの、その話し方や所作からやんごとなき生まれの方のように思われた。彼女は生まれつき体が弱いようで、ルゼはもう一年近くシャーロットの部屋にお邪魔しては、魔力を込めた薬を調合して与えている。

 

 この日はシャーロットの容態がいつもよりも悪く、ルゼはその分多くの魔力の込めた薬を調合していた。そのためか、今度はルゼの方が倒れそうだった。


(……体内の魔力が足りてない……。無理しすぎたかな……)


 ルゼは、自分の力量を正確に測れない己の未熟さを反省したことが今までに何度もあったのだが、一向に改善の余地が見られなかった。しかし、その未熟さを反省はするものの後悔はしない。


(目の前に出来ることがあるならば全力でする!)


 これがルゼの信条だからだ。

 しっかりと自分に降りかかる結果も考慮した上で全力で物事に当たり、その結果やり過ぎているだけなのである。これを悪癖と捉えるべきか長所とみなすべきか、ルゼには悩みどころであった。

 

 ひどい頭痛に耐えて部屋を出ると、廊下にはこちらへ歩いてくる一人の人間がいた。

 一年近くこの邸、強いてはシャーロットの部屋に通っているのだが、彼女の部屋へ出向く人間は数人の侍女くらいで、そう多くはなかった。それに加えて、こんな夜更けに何の用事があるのだろうか。


(……まさか恋人?  シャーロット様も隅に置けないんだから!)


 あのお堅い友人に、ひいては澄まし顔で人を嘲笑し愚民をひれ伏せることに何の疑問も抱かないような美しい女王にも、意外な一面があるようだ。

 ルゼは澄ました顔で秘密の逢瀬の相手を妄想しながら、すれ違いざまにその人に一礼した。


(……なんだかまじまじと観察されているような気がする……)


 好奇の目には慣れている。

 こういう時は、こちらが向こうに興味を持っていると悟られないようにするのが無難。そのまま通り過ぎるのが正解だ。


「……」


 スッ、と剣が空を切る音がする。


(は!?)


 明らかに自分に向かって振り下ろされた剣の音である。

 ルゼはドレスの下、太ももに隠し持っていた短剣を咄嗟に左手で取ると振り返り、自分の首めがけて振り下ろされた剣に対抗した。


 キン、と甲高い音が鳴った。

 おそらく互いの剣が触れ合ったのだろう。


 本当に首を落とすつもりはなかったのだろう、非力なルゼの短剣でも応戦することができた。それでもその重い一撃に、短剣から伝わった衝撃に腕がビリビリと痺れる。


(ち、力が強……押される……っ)


 剣越しに強い力で押され、ルゼも全力を込めるのだが徐々に押し負けてしまう。向けられた剣を抑えることはできたものの力では敵わず、ドン、と壁に背中を押しつけられてしまった。

 鋭い視線が全身に突き刺さる。


(……意味が分からない……! お兄様、私は意味もなく殺されてしまうようです!!)


 シャーロットの恋人は背の高い暗殺者のようだ。ルゼはそもそも背が高い方ではないのだが、目の前の人物はルゼよりも頭2つ分は背が高いようである。

 シャーロットも女性にしてはかなり背が高い方なので、二人が並んだら見目良さげだ。


(──それはどうでも良くて!)


 なぜいきなり斬り殺されようとしているのだろうか。

 この正体不明の人間に、隙を見せた瞬間に殺される。ルゼは疲労で揺らぐ脳みそを必死に回転させると魔力不足でふらつく足を踏ん張り、目の前に立ちはだかる背の高い人間を睨み付けた。

 キリキリと二本の剣の触れ合う音が耳元で鳴っている。


 その緊張を、低く冷たい声が裂いた。


「……何者だ。動きがただの令嬢のものではない」

「!!」

(……な、なるほど、私を間者か何かだと思っているのね。早く弁解しないと……!)


 剣を扱う令嬢はまずいない。しかしルゼは至って平凡な令嬢だ。訳あって剣の鍛錬をしているだけなのだが、普通の令嬢とは認定されなかったようである。 弁解、弁解の言葉を……とは思うのだが、ひどい頭痛で頭が上手く回らない。


 混乱しているルゼとは対照的に、その人物の声は妙に落ち着いていた。剣を抜いたものの殺す気はなく、質問しているものの答えを求めている風でもない。ただこちらをじっと観察しているような視線がルゼの全身に浴びせられた。


(……話は聞いてもらえそう?)


 楽観的にもそう考えると、ふうと一つ息を吐いて剣は下げないまま、姿勢を正してにこりと微笑んだ。


「──シャーロット様と同じ学院に通う、ただの子爵令嬢でございます。あなたがどなたか存じませんが、いきなり斬りかかるなんてどういうおつもりですか?」

(……あれ!? さ、最悪! 私なんで挑発しちゃってんだろ……!)

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