第9話

おいらは、そうまである。

眠気は、まだない。

本当は、そろそろ昼寝の時間だと、身体が訴えているのだが…

あっちにも、こっちにも、楽しそうな物ばかりが目についてしまうのである。

おいらは、カミカミしたい衝動に駆られているのだ。

しかし、カミカミしてはいけないから、我慢するのだ。

良い子なのだ。

だが…

やっぱり、カミカミしたいのだ!

おいらの歯茎が、ムズムズするのである。

お世話係の眼を盗んで、カミカミする所を探していると…

何かをくれたのだ。

これは、何なのだ?

ハリネズミのぬいぐるみなのだ。

お世話係が、おいらに玩具をプレゼントしてくれたのだ。

これはカミカミして良いと言われて、尻尾が嬉しそうに揺れているのである。

カミカミ振り振り、カミカミ振り振り、楽しいのだ。

尻尾の周りにあった埃が、舞い上がっても気にしない。

おいらの周りは、常に綺麗なのである。

この玩具は、なかなか噛み応えがあるのだ。

そのうち糸が伸びて、良い感じに崩れて来たのだ。

そこを集中的にカミカミしていると、何やら麗しい誘惑が…

そうだ!

おいらは、我慢しなくても良いのだった。

これはおいらの玩具だから、好きにして良いのである。

崩れた所から出た糸屑を、食べるのだ。

クッチャ・クッチャ、クッチャ・クッチャ、クチャ・クチャ・ゴクン。

う…うま~い!

おいらは夢中になって、食べたのである。

クッチャ・クチャ…

「ンゴッ」

何をするのだ!

お世話係は、おいらの口を無理やり開けようとするから、歯を食いしばったのだ。

きっと、糸屑を横取りする気なのだ。

おいらの糸屑。

ここで死守しなければ、トイプードルの名が廃る。

しかし、お世話係の力は想像以上に強く、おいらは呆気なく撃沈したのである。

糸屑が~

おいらの糸屑が、おいらの届かない所にあるゴミ箱に、捨てられてしまった。

『ガ~ン』

何故なのだ!

酷いのである。

返すのだ、おいらの糸屑を、返して欲しいのだ。

ピョンピョン飛び跳ねて抗議していたら、飛んじゃ駄目だと叱られてしまったのだ…

悲しいのである。

仕方がないので、もう一度糸屑を出そう思ったのに、おいらの玩具が無い!

お世話係の手の中で、おいらのハリネズミが「さようなら~」と言って、ゴミ箱の中に入れられてしまった。

良い感じに、よだれでベトベトになっていたのにぃ~

血も、涙も無い奴め!

父ちゃん母ちゃんに言いつけ…

ん?

こっこれは…

新しい玩具なのか?

おいらのか?

お世話係が渡して来たから、仕方なく受け取ってやるのだ。

ハリネズミの事は、許してやっても良いのだ。

そして又、良い感じにベトベトになって来て、糸屑を食べていたのだが…

取り上げられてしまったのだ!

何度も糸屑チャレンジをしたのだが、やっぱり取り上げられてしまう。

何故なのだ、これからが良い所だと言うのに、返すのだ。

おいらは、糸屑を…

糸屑…

気持ち悪いのである。

「ウプッ…ウプッ」

これは、一大事なのだ。

おいらのお腹の中に、何かが入り込んでしまった様だ。

「ゲボッ」

ハァ~スッキリ。

え?

おいらはお世話係に抱っこされて、先生の所へ連れて来られてしまったのだ。

お里は好きだが、先生は嫌いなのだ!

離すのだ、お前の好きにはさせないんだぞぉ~

しかし、診察台の上に乗せられたら、身体が動かなくなるのだ…

仕方ないから、大人しくしてやったのだ。

それなのに、おいらは玩具を、貰えなくなってしまった。

どうやら、糸屑を消化出来ずに吐き出してしまったのが、悪かったらしい。


そんな、ご無体な…


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