ワガママ➁
報せを受けた面々が集まるも、そこにカイシュウとミゲルの姿はない。先の一件の後始末を請け負ってくれているとのことだった。
「
代わりとしてやってきたナオカゲがそう、苦し気な面持ちで教えてくれる。
「もう長くないやろう、とも言うとった」
「ええ、でしょうね」
先程よりは幾らか声も出し易くなった。アルゴは掠れる声で応じる。
「容態があまりにもひどく、基地へ戻るよりも先ずはこちらで診た方がいいだろうと。それで、あの、アルゴさん……」
何があったのですか?調査隊の一人、ウィーブルが似たような表情で問うてくる。当然の疑問だろう。疫病の中でもこのような奇異な症状が現れるものはそうない。隠す必要もないだろうとアルゴは口を開く。噎せながら、彼は自身の知る全てを話した。
「先のオークションの件で報告したヒトのような魔獣、「司会者」と呼ばれていた者。そして彼が属する組織が、伊賀のシノビを唆していました。鬼を攫った目的は、魔獣の力を取り込む薬を作るため。その材料として亜人の体が必要なようです。そして私の体の異常は、その薬を投与されたせいです」
『――⁉』
「スズカさんがあの日オークションに出され、彼らがいとも容易く手放したのは、材料として不要になったためでしょう。集落を襲ったのも生産のためには人数が必要だったから」
そちらはあくまで私の憶測に過ぎませんが。そう囁くアルゴにスズカが詰め寄った。
「そんなことより、何か助かる方法はないの⁉薬草でも獣でも、なんなら妖怪だって、言ってくれれば郷の皆でいくらでも何でも用意するよ⁉」
オニはアルゴ達に随分と好意的になってくれたようだった。アルゴは小さく首を振り、その申し出を断る。
「ありがとうございます。ですが何をすればいいかはもう分かっています」
その言葉に対する反応は二つに分かれた。表情を明るくする者と、反対に曇らせた者。
「じゃあ――」
「スズカさん。申し訳ありませんがパーカーを頼みます。賢い子ですので郷の復興にもきっと力になってくれるでしょう。……居なくなってしまったときは、そうしたかったのだと思ってください。大丈夫です。少なくともヒトは食べませんから」
「……え?」
「セキエンさん。それとウィーブルさん」
呆気に取られるスズカを他所に、アルゴは二人に声を掛ける。
「今から出来る限り情報を口頭でお伝えします。他の郷のオニ達や魔獣を守るのに役立ててください」
表情を曇らせた面々は諦めたように首を縦に振った。
「ちょっと待ってよ。何、その言い方。それじゃまるで……」
「その話、わしも聞かせてもろうてええがか?」
「ええ」
ナオカゲが落ち着いた声でそう申し出て、アルゴは快諾する。スズカにとってはそれも異様な光景だった。
「なんでそんな落ち着いてるの。だって……」
「いいんです。スズカさん。こんな仕事ですから、覚悟はしていました」
覚悟。或いは悟り、達観か。日常的に生物の死に接している中で、アルゴはいつか自分もこうなるのだと、漠然と理解していた。
それ故に彼は悲嘆しない。生きることは残すことなのだ。
「だからって……」
しかしそれをすぐに呑み込むことは、余人には難しい。
「勝手に諦めないでよ。アンタは、ちょーさかんなんでしょ?まだ牛廻のこともアタシたちのことも、他の鬼も、妖怪も、全然調べてないじゃない!」
希望も気力も捨ててしまったかのようなアルゴを焚きつけようと、スズカは吼える。
「すずか、聞き分け」
「嫌よ!郷を守ってくれた恩人が、勝手に諦めて死のうとしてるのを、はいそうですかって受け入れられるわけない!――ちゃんと分かってるんでしょ?生き延びる方法」
ナオカゲの言葉を遮り、スズカは尚も言葉を浴びせる。
「……そうなんか?」
それを聞いたナオカゲが、視線をアルゴへ向ける。沈黙は問いへの肯定を意味していた。
視線が集中する。観念したように彼は司会者の言葉を伝える。
「――じゃあ、魔獣を連れてくればいいのね⁉」
「いえ、すずかさん。それだけでは意味がないんです」
今にも飛び出していきそうなスズカをセキエンが制した。
「体に合った魔獣でしょ?片っ端から試せば……」
「今のアルゴさんにはそれが出来ないんです」
彼が対処方法を口にしなかった理由が、分かる者には分かってしまった。
「合わないものには拒絶反応が出るんです。今のアルゴさんの体にはその負荷が大き過ぎる」
魔術を行使することも、同じく負担となるようだった。オニ達の救助のために何度も身体強化の魔術を使った彼の体は、おそらく通常よりもずっと早く限界を迎えようとしている。
「合う魔獣に心当たりが目星はついとらんのか?」
ナオカゲの問いにアルゴは首を振る代わりに、目をゆっくり閉じて開いた。
分かっていたならば、彼は対処していただろうか。その答えは本人のみぞ知るところだろう。
改めて突き付けられる、手遅れという事実が、再び部屋を暗い気配で満たす。
「――書くものを準備してきます。改めて集まりましょう」
セキエンがそう切り出す。誰ともなくそれに同意し、アルゴは再びパーカーと二人部屋に残された。
「パーカー」
アルゴから無理矢理離されていたパーカーが、静かに彼の元へやってくる。
「すまない」
腕が殆ど上がらない。掠れる声で彼は謝罪する。置き去りにしていくこと。進化させてしまった。それに、それに……
パーカーはその言葉の意味を理解出来ていない様子だった。暫く待ってみても指示が来なかったためか、彼女は徐に親指の根本を噛む。
それは装咬、洞咬の擬態と同化の能力を復元させるために彼女が行う習慣。如何な理屈か、彼女は自身の血を取り込むことで、非・海后になったことで失われた能力を取り戻すことが出来るようだった。
その研究もまだまだ途中だった。心残りにほんの僅かに目を細めたアルゴの脳裏にふと、風が舞い込むように一つの疑問が生じた。
今の自分が同じことをすればどうなるのか。
「パーカー」
か細く咳き込みながら彼女を呼ぶ自信を、アルゴは内心自嘲した。生きることを諦めてなどいなかったのだと。
「腕を、口元まで持ち上げてくれないか」
視線で腕を示せば、パーカーはすぐさまに彼の腕を持ち上げ
「ちがう。ああいや、いい。いいぞパーカー」
同じくその親指の根元に噛み付こうとした。それでいいのだと了承すれば、患部に新たに痛みが生じる。
「パーカー。今度は俺の口に、手を持って来てくれ」
今度こそパーカーは彼の口へ腕を運んだ。彼女が付けてくれた傷口を、彼は歯で広げ滲んだ血を飲む。
確信などない、ただの実験だった。あわよくば何か得られればいいと、深い考えなどない児戯のような行為。
「——」
呼吸が明らかに楽になった。細胞が壊れる痛みが引いていく。体に力が戻る。
「――は、は」
何より気がずっと楽になった。思わず笑ってしまうほどに。
まだ碌に動かない体を、魔術で無理矢理に支える。そこに生じた違和感は小さな痺れ程度。あの時のように血が爆ぜるような激痛はない。
実験は成功したようだった。
「ありがとうパーカー。お前のお陰だ」
「――?」
パーカーはその言葉の意味を分かっていないようだったが、頭を撫でるアルゴの手を、彼女はただ受け入れる。
人肌とは異なる体温と独特の感触に、彼もまた懐かしさと安心感に満たされる。
――それはほんまか?
――はい。不審な動きがあると
襖の向こう、ナオカゲが何者かと言葉を交わしているのが耳に入ってくる。
――今動ける
――応援に来てくれた分はもう全員。あとはここにに留まってるだけです
――ほうか《そうか》。……幕府とオヤジにそれぞれ連絡を。動ける者を集めてくれ。ワシが出るきに
声音から察するに、良い報せではないだろう。アルゴはやおら身を起こす。
「パーカー」
声はまだ掠れている。ましになったというだけで、全快には程遠い。アルゴはパーカーの手を握る。
「俺のわがままに、もう少しだけ、付き合ってくれるか?」
それは指示ではない、本来であれば掛ける必要のない言葉。
「——」
パーカーは大きく頷いてみせる。言葉の意味は伝わったのだろうか。ただ握り返された手の感触は、アルゴに力を与える。
「ありがとう」
この言葉もいつか伝わるだろうか。それが良いことか否かはともかく。子どもの思い描く夢のように、ただ無邪気に、そうなってほしいと願う自分を、アルゴは笑う。
「よし。じゃあ行こうか」
人の気配が襖の前から去ったことを確認し、アルゴはよろけながらも立ち上がった。
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