ワガママ①

「……」

 熾火にじりじりと身を焼かれるような痛みで目を醒ましたアルゴを迎えたのは、馴染みのない木の天井だった。

 薄明るい室内、紙の戸を通して白い光がぼんやりと照らしている。

 八洲に居るのだと、それだけは分かった。

「……、……」

 身を起こそうとして、しかし彼の思うように体は動かず、喉に何かが引っ掛かり、ただ小さく噎せ返った。

 どこまでが記憶通りなのだろう。アルゴは考えを巡らせる。

 今体が動かないのは、司会者から受けた毒のせい。「魔人」に成るためのくすり

 保って数日、と奴は言っていた。

 そこから今まででどれだけの時間が経ったのか。或いはもう

「……」

 死因を思うと癪に障るものがあるが、それを選べる世界に身を置いていないのだと、アルゴはもう随分昔に覚悟を決め――もとい希望を捨てている。癪には障れども、嘆く気は起きなかった。

 しかし、しかし一つだけ懸念はある。

「――」

 声は正しく発せていただろうか。掠れる呼気のような、細く幽かな声でアルゴはその名を呼ぶ。唇に走った小さな痛みで、口を動かせたことは分かったが、反応は返ってこない。

 パーカー。アルゴの飼育下で『非・海后』なる魔獣へと進化を遂げた『装咬』。その変異個体。

 契約者が命を落とせば使役、飼育されていた魔獣の所有権はアヴァロンそのものへ移る。その上で新たな契約者が選出される。

 強い力、特異な成長を遂げた個体ほど、組織は次の契約者探しに躍起になる。使役する者を持たない魔獣は純粋な力の塊だ。一つ所に留め置くことは難しく、また危険を伴う。加えて、違法使役に対して暴力を行使しなくてはならない状況には、力の強い魔獣は不可欠だ。手放す理由がない。

 しかしそれはあくまでヒトの都合だ。魔獣の使役の契約は、イヌやウマと同様に信頼を築くことが前提としてあり、魔獣が拒む限り契約は結んではならない。が、結ぶことが出来ないわけではない。

 結べるようにする手段は幾つかあり、それらは原則禁じられている。しかし黙認されている件があることも、アルゴは知っている。その末路に至るまでをも。

 せめて自分が関わったもの達だけでも、そのような憂き目には遭ってほしくないと、傲慢にも願ってしまう。

「パーカー」

 掠れる小さな声は今度こそ、名を呼んだ。僅かな間を置いてアルゴを覆う掛布団がもぞもぞと波打つ。

 そこに居た。居てくれた。安堵した自身に内心苦笑するアルゴの鼻先に、少女の顔が生えた。ヒトのそれとは異なる瞳がじっと、彼を映している。

 心配してくれていたいたのだろうか。それとも……頭を撫でたいと思ったが腕は上げられず、両者は暫し無言のままに見詰め合う。

「――あ、パーカー!また……くっついたらだめだって言われたでしょ」

 徐に襖が開かれ、見覚えのある角の生えた頭が見えた。

「——!」

 スズカは目を見開く。眼球が零れ落ちそうなほどに。頬が紅潮し唇が引き結ばれた。

「ま――ってて、今みんなを呼んでくるから!」

 持っていたお盆を危うく床に下ろし、彼女は踵を返していった。

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