八洲③

 港を発ってからおよそ二日。幸い大きな事故にも見舞われることなく、アルゴ達を乗せた船は八洲へ辿り着いた。

「ここが八洲」

 港が近付くにつれてその周囲の街並みも次第にはっきりと見えてくるようになる。石造りの建物を見慣れたアルゴにとって、木造の平屋ばかりが並ぶ景観はそれだけで新鮮味があった。

「ああ、あっちとはまるで違うだろう?」

 甲板に立つアルゴの背にカイシュウの声が掛かる。

「ええ。ですがどこか懐かしくも感じます」

 本心からの感想にカイシュウは呵々と快笑する。

「嬉しいことを言ってくれるねぇ。だが上陸しちまえば、懐かしさなんてどっかに吹っ飛んじまうだろうよ!」

 八洲から大陸へ渡ってきただけあって、彼の言葉には力が宿っている。アルゴは笑い返した。

「楽しみにしています」

 船は程無くして無事着岸。アルゴはパーカーを伴い、遂に八洲の地を踏んだ。

「……っ!」

 そしてすぐに、カイシュウの言葉の意味を理解した。

 木造の背の低い建物群に抱いた懐かしいという印象はまだ残っているものの、それよりも今は確かに驚きの方が勝っている。

 同僚の持ていた絵巻物コミックとも異なる衣装。乗船の際にも驚かされたものだが、港で肉体労働に勤しむ多くの男達が脚を、ほぼ尻に至るまでを晒している。本の通りの恰好をしているものも見かける一方で、男女ともにそれよりもずっと簡素な服装だった。

 加えてただ纏めているだけとは異なる独特の髪型も、アルゴの目を引いた。

 調査のために蒙古の近くまで旅をしたこともあったが、八洲の文化はそれとも異なる独自の発展を遂げていた。

「その様子だと、掴みはまずます、ってとこかねぇ?」

 笑いながら追い越していくカイシュウ。その背をアルゴが追う。

「先ずは幕府へ向かうよ。皆のことを御上に紹介しなきゃだからねぇ」

 カイシュウの声が、ほんの僅かにではあるが低くなったのをアルゴは感じ取る。彼は力強く返事をする。

 波止場から少し離れたところ、小さな人だかりの中心に二台の馬車が停まっており、御者はカイシュウの姿を見留めるなり礼をした。何事かと振り返った野次馬たちの中からわっと、歓声が湧く。

「カツさん!そうかアンタの迎えならコレも納得だ!」

「はっはっ、大仰で気後れがするよ」

「今度の旅はどうだった?イイもん見られたかい?」

「ああ。いい経験が出来たよ」

 カイシュウは向けられる言葉一つひとつに丁寧に返しながら進んでいく。

「――そっちの人たちは?」

「異人さんかい?」

 誰かがカイシュウの後ろに続く、アルゴ達アヴァロンの調査員達に気付く。一斉に視線を向けられ、アルゴは咄嗟に緊張を漲らせた。

「ああ、段蔵のやつが居なくなったって言ってただろ?そのことであっちで相談に乗ってくれた人達だ。他の行方不明者のことでも力を貸してくれることになったんだ」

 ほんの一瞬の沈黙をカイシュウの朗らかな声が埋める。

 果たしてその効果は覿面だった。

「それは本当かい……?」

「はい。どれほど役に立てるかは分かりませんが」

 期待と不安、或いは不審の眼差しを受け、アルゴは気圧されながら歯切れ悪くそう答え

「力を尽くします」

 背筋を伸ばし、そう一言力を籠めた。

 あれほど賑やかだった人混みが凪ぐ。

「頼んだぜ異人さん!」

「カツさんが見込んだ人なら安心して任せられるぜ!」

 一声を皮切りに肯定的な声がそこかしこから上がる。異邦人への警戒を、アルゴは取り敢えずではあるが解くことに成功したのだった。

「じゃあわっしらは行くよ。おいおい話を聞きにくることもあるだろうから、よろしくね」

 馬車までの道が拓かれ一行は順に乗り込んでいく。カイシュウが最後にそう残し扉を閉めた。

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