八洲➁

「では改めて――こちらスズカ」『こちらはアルゴ』

 入浴を終えたスズカと、カイシュウを通訳に交えた会談は互いの自己紹介から始まった。

『帰らせてくれるって本当?』

「はい。それは勿論」

『で、代わりに何をしろって?』

「話――意見を聞かせていただきたくて」

 アルゴはカイシュウにも視線を向ける。彼は何かを察したようで「わっしもかい?」と目を丸くした。首肯しアルゴはカードを二人に見せる。

「最近魔獣をここに封じ込めて携行、使役している者による犯罪行為が増加しています。我々はこれを製作、販売している者を探していて――」

『まじゅう?』

「あなたが捕まっていたときに一緒に居た生き物たちのことです。ほら、ヒトと鳥を足したような子とか、ヒトと魚を合わせたような子とか」

『そこの子も?』

 スズカが指し示したのはアルゴの後ろ、椅子の上で膝を抱えて座っているパーカーだった。アルゴは首肯する。

『わたしも?』

「いえ、我々の基準ではスズカさんは魔獣ではありません」

 アルゴはカイシュウにしたときと同様に、『魔獣』と『亜人』との違いをかいつまんで説明した。

『面倒なことをしてるのね』

「そう、かもしれません」

 辟易したように呟いたスズカに、アルゴは苦笑する。そこにカイシュウが興味深げに目を細め尋ねてきたことで話題は元に戻る。

「それで、わっしらにというと、八洲に何か手掛かりを見出したってことかい?」

「はい。といっても同僚の何気ない一言に過ぎないんですが、今は調べられる限りのことは調べるべきだと思いまして」

 一方でスズカの札を見る目には、分かり易く嫌悪の色が表れている。

『すごく嫌な感じがする』

 やはりとアルゴは得心する。

「この札に封じ込められていた魔獣もそうでした。近付きたがらず……凶暴化していたのもストレスからだったのかも」

 怪訝な表情のまま視線を外したスズカに代わり、カイシュウが口を開く。

「こーいう札でどうこうってのはあれだろうね、坊主か陰陽師の領分だ。後は忍者」

「――っ、御存知なのですか⁉」

 オンミョウジという言葉にアルゴは堪らず喰い付く。二人は揃って目を丸くし、カイシュウが手を出し落ち着けと制する。

「すまないがわっしはそっちは全然でなぁ、むしろその道の話に明るいのが国にどんだけいるかも――」

 申し訳なさそうにそう釈明するカイシュウはそこで何かに気付いたように言葉を切る。彼を見ていたアルゴもまた、何かに気付いた。二人の声が重なる。

『行方不明者の共通点……!』

「有り得る話だ。活躍の場を求めて海を渡る」

 カイシュウの仮説にアルゴも頷く。唐突に盛り上がる二人に付いていけていないスズカがカイシュウに説明を求めた。

『――わたしは呪い師に売られたってこと?』

「あくまでまだ仮説ですが」

「しかしそう考えると、上手く点が繋がるように出来てるね」

 思い込みは視野を狭めるが、考え方に一つの指向性、基準が出来たのは前進と言えるだろう。

「――で、問題はこれからどうするかだねぇ」

 カイシュウは眉根に浅く皺を刻み呟く。彼は八洲政府の役人だ。寧ろ今、ここに居てくれていることの方が特殊と言えるだろう。仮に滞在中の予定に自由があったとしても、帰国する日程までは自由に出来ない。

 行方不明者の捜索について、新たに確認出来ることも増えたのだ。或いはすぐにでも調査を進めたいと考えているかもしれない。

 スズカの問題は、彼に託してしまえば最低限度のことは完了するが

「わっしとしては何人か一緒に来てもらえればと思うんだが、どうかね?」

「――っ、いいんですか⁉」

 思ってもみなかった提案に、アルゴは身を乗り出す。確かに調査を進める上ではそれが最も的確であるが、国交のあまりない国への渡航には何かと面倒が付き纏う。

「使節団か交易か、まぁ適当な理由をつけて何人かね」

「適当って……」

 それでいいのだろうか

「なに、大々的にお許しを頂戴する必要なんてない。滞在許可さえ下りればね。それにアルゴ君、きみにはあるだろう?国中を行脚するのにうってつけの適当な理由が」

 カイシュウが笑みを深めた。

「八洲に魔獣を探しに来る気はあるかい?」

 そこには為政者特有の強かさや狡猾さがあった。アルゴは後ろで記録を取り続けるミゲルを振り返る。尤も、一職員である彼に委ねられた判断など限られているのだが。

「是非」

 故にアルゴは即決した。調査官とは元来研究者だ。為政者でもまた役人でもない。そしてその調査官を包括するアヴァロンもまた独立機関だ。

 為すべきことは一つだけ。

「よし!そうと決まりゃあ、あとは偉いさんに話を通すことだな」

 一つ膝を打ち、カイシュウは立ち上がる。

「出立は?こちらにはあとどれくらい滞在されるのですか?」

「早ければ明後日の朝になるだろう。急ぎになるが準備を整えておいてくれ」

 それからのカイシュウは怒涛の勢いだった。

「わっしは一旦ここを出る。あー、誰か一人付いて来てくれると助かる。それと」

 部屋を外へ向かって歩き出す。その間にも、間延びした口調はそのままに、かなりの早口で彼は用件を並べ立てていく。

「迎えに来るまでスズカ嬢のことは頼んでいい?」

 アルゴ達は言葉を挟む隙間を見付けられないまま。ミゲルを立たせると、カイシュウは彼を伴い部屋を出て行こうとする。呆気に取られていたスズカがはっとなり語調も強くカイシュウにぶつける。

『ちょっと、わたしは⁉』

 カイシュウが彼女を振り返った。

『みんなにわっしらの言葉を教えておいてやってくれ。必ず迎えに来るから』

 任せたぞ。彼女にだけ伝わる言葉でカイシュウは笑って伝え、踵を返した。

『な……っ!』

 その顔は力強く、信頼する仲間に向けられるもののようだった。一同はまた呆気に取られる。

『戻ってきたら一発ひっぱたいてやっかんね!』

 スズカの絶叫だけが虚しく響いた。

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