オークション

装咬ミミック』を『非・海后スキュラ・フェイカ』へ進化させたその事実が、アルゴの研究者として、また調査官としての評価をより高めることになった。しかし本人にとってそれは、あまり喜ばしいことでもなかった。

 慣れない正装に身を包み、サロンで顔に馬鹿げた仮面と笑顔を貼り付けなければならなくなったからだ。

 先日捕えられたゴロツキ達、それを擁する暴力団内で配布されている札《カード》の出所の調査のためである。

 世間では魔獣の飼育がちょっとした流行になっている。特に希少性の高い魔獣を、成功の証として求める者が、上流階級を中心に後を絶たない。

 このサロンはそんな者たちに開かれた、非合法のオークション会場の入り口だった。

「……」

 オークション開始予定時刻まであと少し。しかしアルゴは、そこかしこで盛り上がる魔獣談義に爆発しそうだった。

 彼にも知識不足、力不足で魔獣を死に至らしめてしまった過去がある。しかしこの場に居る多くの者は、何とも楽しそうにその話をしているのだ。

 魔獣の飼育には届出か、またはアルゴのように調査官の資格が必要となる。単なる届出と資格。これらの扱いの差は、飼育の難易度と危険度。イヌやネコなど一般的に家畜、鑑賞として飼育出来る動物と同程度の飼育難易度、及び危険性の魔獣は、届出が受理されれば飼育出来るようになる。一方で装咬など脱走する能力が非常に高く、またヒトに危険を及ぼす危険性の高い魔獣には、届出のみならず資格が必要となるのだが

 現在、届出のみで飼育が可能になる魔獣は種類がかなり限定されている。

 それもあるのだろう。より希少で危険な魔獣を誰もが求めるのは。他者とは違う。自分は特別だと妄信するために。

 実に愚かしく、人間的だ。込み上げる毒々しい熱を、アルゴは冷静を装うことで抑え込む。

「――みなさま、今宵はお集まりいただけましたこと、主に代わって心より感謝申し上げます。魔獣を愛する同好の士たるみなさまへ、ご覧いただくよう仰せつかっているものがございます。お時間に余裕のあるお方は是非、こちらへ――」

小妖ゴブリン』を二頭――否、片方はゴブリンに似せたヒトを左右に伴った、如何にもな仮面で目元を隠した男が恭しく頭を下げた。参加者たちは会話を中断し静かに色めき立つ。

 帰る者は一人もおらず、小妖が開いたまま待機する扉を順にお行儀よく潜っていく。

 アルゴは最後を、少し離れて付いていく。

 ――っ!

「……」

 ヒトの嘘と秘密に敏感な目が、鼻がアルゴを他の参加者とは異なるものだと判別したようだった。彫像のように固まって動かなかった小妖の首がきっと、鋭くアルゴを追う。反対側の小男も一瞬遅れて、アルゴへ首を回す。

 そうなることなど想定済みだった。

「むぅ……っ⁉」

――――

 一歩、小妖達がアルゴへ踏み込んだ瞬間、その首に腕が絡み付き動きを封じた。

「殺すなよ。パーカー」

 腕を辿り、出所を探るもしかしそこには何も居ない。ただ見慣れたサロンがあるだけ。虚空から腕は伸びていた。そして小妖が明らかに狼狽――恐慌の様子を見せる。

「おちつけ。大丈夫だ」

 アルゴはすかさず小妖の目を覆い、長く尖った耳に静かに声を掛ける。

 洞窟、穴ぐらを主な住処とする小妖にとって『装咬』は天敵だ。長いものが体に巻き付くというだけで、彼らは本能的に恐怖を感じ、強いストレスに曝される。

「おれが助けてやる。だから落ち着いて、おれの言う通りに動いてくれ」

 気の毒ではあるが、アルゴにとっては好都合だった。ヒトも魔獣も無力化しなくてはならないのだ。協力的に動いてくれるなら、その方が良い。

「わかったら二回、あたまをたてに振るんだ」

 小妖と距離を縮める最も簡単な手段。それは何かを与えること。

「言葉」に馴れているためだろう、小妖はすぐに頷く。彼らはしがらみというものに、ヒトほど縛られない。同族、家族でもない相手ならば尚更。

「こっちをほどいてくれ。パーカー」

 腕を二度、指でつついて指示をを出せば、小妖はたちまちの内に拘束から解放される。アルゴは自由になった小妖に自身の方を向かせ、目を見て指示を出す。

「これを、外に持っていってくれ」

 アヴァロンの紋が刻まれた筒を握らせ、彼が身振り手振りで伝えれば、小妖は二度頷き、すぐさまサロンの外へ駆けていった。

「……」

 向き直ったもう片方の小男に、アルゴは眉を顰める。男の纏う気配が妙だった。

 魔獣特有の気配がある。しかしそれはどこか希薄で、それでいて確かな存在感をもっている。魔獣と密な関わりを持っている者にもその気配は染みつくものだが、男の纏うそれは寧ろ内から滲み出ているように感じられ――

「『眠れ』」

 そこまででアルゴは一度思考を凍らせる。得体の知れないものの影を垣間見そうな予感がした。それに今は、そこを深く追求する必要もない。

 いずれにせよ、相手はヒトだ。手加減をする必要のない、ヒトなのだ。

 驚愕に見開かれる男の目を覆い、アルゴは短く唱える。燐光が掌から零れ、もぞもぞと懸命に行われていた抵抗がやがて止まる。

「よくやった。パーカー」

 巻き付いていた腕が解け、鈍い音と共に男は床に転がる。アルゴの前で僅かに空間が揺れる。

「隠れたまま、付いて来てくれ。パーカー」

 返事はある筈もなく、アルゴは立ち上がり通路を奥へと進んでいく。姿を隠したパーカーもまた、音もなく追従する。二分と時間を掛けず二人は賊を制圧し退路を、そして味方の進路を確保したのだった。

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