オークション➁

「では先ずはこちらから!『王蛇バジリスク』!小柄ながら王を冠する名を持ち、その証としてこのように立派な鶏冠を備えた魔獣です。飛ぶ鳥さえ射殺す魔眼も潰してありますゆえ、高貴なみなさまのお側に侍らせることも可能です!」

 あっていいわけがない。飼うために目を潰すなど。心臓が怒りで煮えているようだった。

「なんだ。目はもう使えんのか」

 そんな中で恰幅の良い中年男が眉間に皺を、一方で唇を吊り上げて不服そうに声を上げた。

 同調する声は離れた席に座る老女から上がる。

「茶会で金糸雀でも睨ませれば盛り上がりますのに!」

 それらが何を言っているのか、アルゴには一瞬理解が出来なかった。しかしそれより先に別の客が声を上げる。

「しかし王とはまた縁起の良い――いくらだね?」

「はい。ではこちらの王蛇――」

 アルゴは改めて悟る。ここに集まっているのは彼のように、純粋に生物、魔獣に興味を抱く研究者や愛好家ではないのだと。

「――なに、その程度で良いのか!買おう!」

「お待ちを!二割上乗せしましょう!」

 オークションや自慢話も含め、ここにいるものにとってはただの娯楽に過ぎないのだ。

「ではこの王蛇は夜色のドレスのあなたへ!」

 このオークションでのきまりなのだろうか、進行役の男の声にぱらぱらと淑やかに拍手が起こる。年若い女は皆に一礼をし、袖へ運ばれていく王蛇を半ば強奪するように受け取る。

 倣って手を叩くふりをしながら、アルゴは思う。このような光景を、この感情をなんと呼ぶのだろうかと。

 破滅的 虚無 愚昧

 特別を望みながら彼らは、主とやらのを大枚をはたいて奪り合っているのだから。

「それでは次の魔獣を紹介いたします!」

 飛ぶための翼を奪われた『人鳥ハーピー』が連れて来られた。しかし美貌もたおやかな肢体も、所詮は彼女の持ち前のものに過ぎず、昏く怯えた表情や艶を失い色褪せた羽毛から、彼女がどのような扱いを受けてきたかは容易に察せられる。

 そんな彼女に対し参加者は賞賛と嘲りを、銘々好き勝手に浴びせながら大枚を積んでいく。アルゴはその様を口に手を置き考えるふりをして耐える。彼女達の保護も今日の目的の一つだ。故に仕掛ける機会は逃せない。

 人鳥を競り落とした男は下卑た笑い声を漏らしていた。

「食べていいぞ。パーカー」そう一言命じれば、自分と居ることを選んでくれた魔獣はこの場のヒトを、僅かな肉片の残り滓に変えてしまうだろう。しかし、アルゴは踏み止まる。

 そんなことをさせるために、彼女と生きているのではない。

 それからもオークションは続いた。『人魚マーメイド』『双頭犬オルトロス』『人獅子マンティコア』が運ばれ、信じ難い額で競り落とされていく。いずれも先の二頭同様に、表情は昏くヒトに怯え、体の一部を自由と共に奪われた姿をしていた。

 いい加減反吐も我慢の限界だった。――否。出るのが反吐ならまだマシだろう。アルゴは昏い光を双眸に湛え自嘲する。本当に吐きそうなのは、吐いてしまいたいものは

 彼女へのたった一言の、簡素で暴力的な命令。

「――ときにお客様」

「――」

「そう!先ほどから、何やら深い思案に耽っておられるあなた!」

 進行の男がアルゴを差し、一部の客が彼を振り返る。

「今まで一度もお手を挙げていただけていない!主よりみなさまを楽しませる大役を仰せつかっている身としては、実に堪えるものがあります!なにかご所望のものがおありで?」

が出てくるまでひたすら耐えるつもりでいたが、これは好機か或いは窮地か。いずれにせよ、沈黙だけは彼を追い詰める。

「どれも見たことのあるやつばかりだ。もっと珍しいか、危ないのはいないのか?」

 例えば――注目を集める中でアルゴはふてくされた様子で続ける。

「極東の『ヨウカイ』とか」

 その一言が会場に静かな波を起こす。聞き慣れない言葉に多くの客が興味を示していた。

「なるほど。お客様は大変目が肥えておられるようだ」

 男が笑みを深める。

「丁度良い機会でした!本日お披露目する最後の魔獣こそ、ヨウカイの一種なのです!」

 として利用されたらしい。一方でアルゴにとってもこれは望んでいた展開だった。

 男が手を鳴らし、檻を恭しく迎え入れる。すると会場に困惑と感動の静かなざわめきが、また波打った。アルゴもまた、目を剥く。

「こちら『ヨウカイ』に括られる魔獣の一種、『オニ』でございます!」

 額からはウシやヤギ、ヒツジなどとは異なる生え方をする一対の角。きわめてヒトに近い容貌と、瞳、歯、手足に見られるヒトならざる特徴。構成する情報の全てが、いずれもアルゴの知識の外側にあった。

 しかし彼が驚愕したのはそこではなかった。

「――!――!」

 檻を掴む彼女は、アルゴには聞き取れないものの、明らかな言語を発していた。

 人外の存在は魔獣を含め、その性質によって三つの部門に分類される。

 魔獣、亜人、神霊の三つだ。

 具象化された自然現象、または概念。絶大な権能を有し対話などが原則不可能な、地域、国家、民族、宗教で『神』として崇拝、信仰されるものを相称して神霊。

 ヒト型で知性と高い知能を持つ、言語による意思疎通な存在を亜人。近年は殆ど確認されていない『エルフ』や『ドワーフ』などがここに分類される。

 そしてどちらとも異なる、既存の生物とは異なる特殊な能力、生態を有するその他すべてが魔獣。識者の間で『小妖』など一部の魔獣に対し、亜人に分類すべきと議論が行われている。

 そして、亜人は法律上ヒトと同等に扱われるため、飼育が禁止されている。

 極東の地でオニがどのように扱われているか、アルゴにも分からないが。

「これが海外の魔獣……!」

 それなりに数だけは見てきた客席が熱狂の渦に吞まれる。

「ぜひっ!是非譲ってくれ!」

「いや私ならもっと出せる!」

「餌は何を食べるんですの⁉」

「待ちなさいあなたさっき『人魚』を競り落としたでしょう⁉」

「欲しければくれてやる!とにかくアレは私が買う!」

 まるで麻薬を前にした中毒患者だ。輪を掛けて悍ましい光景にオニの少女は顔を青褪めさせる。

 誰からともなく客達は金額を叫び出し、それはみるみるうちに膨れ上がって、国が傾きかねないところまで上り詰めていく。

「さあさあ遂に桁が一つ変わりました!さあさあ思案に耽っておられた御仁はこの極東の秘宝にいくら出されるのか!」

 進行の男が囃し立て、暫定最高額を提示した男が、勝ち誇ったようにアルゴを振り返った。

「……」

 麻薬というのならば、この場に満ちる空気がもう、一種のそれだった。手筈通りに進めねばと頭では分かっていても、飛び出してしまいそうな熱が胸から全身を駆け巡り、焦がしている。

 早く。はやく、はやく

 台詞はもう喉までせり上がってきている。そのときだった。壇上の隅、舞台袖で光が不自然に、一定の拍子を刻んで明滅を繰り返した。

「――!」

 アルゴは立ち上がる。椅子を跳ね飛ばすほどの勢いで。

「『アヴァロン』だ!この場に居る全員『魔獣法』違反で逮捕する!」

 それはさながら咆哮だった。その言葉の意味を理解した客達の間に戦慄が走り、早い者は即座に立ち上がり逃げようと試みる。

「――パーカー。捕えろ」

 指示を伝え終えるのと、パーカーが最初の一人を捉えたのはほぼ同時だった。出入り口からの脱出は不可能だと悟った一部の客が、裏口からの脱出を目論み舞台上へ向かう。

「止めて。ニコル!」

 鋭い声が混乱を切り裂くように舞台袖から響き、それに応じて競りに掛けられていた人獅子が躍り出た。その顔に先ほどまでの怯えの色はない。獰猛で、どこか誇らし気で、そして美しくさえあった。

「――な⁉お前、何してる、どけ!」

 人獅子を競り落とした中年男が傲慢に叫ぶが、彼女にそれを聞き入れる素振りは見られない。どころか、鋭い咆哮を浴びせ返しさえする。

「ヒトを捕食するこの娘たちが、自分より弱い男に従うわけないでしょ?」

 反対側の舞台袖から、給仕の女が服装に似つかわしくない堂々とした足取りで歩み出てきた。

「貴様、わたしを誰だと――」

「さぁ、痛い思いをしたくなかったら、大人しく捕まりなさい」

 人獅子の隣に並び立った女は、慣れた手つきでその背中を撫でる。それが両者の絶対的な信頼関係を如実に物語っていた。

「……っ!司会者ウェイター!何とかしなさい!」

 老女が癇癪を起したように叫ぶ。金切声を浴びせられた仮面の男――司会者は飄々とした態度をそのままに行動を起こそうとし

「おっと」

 パーカーの腕が瞬時にその胴を腕ごと拘束した。加減されているとはいえ、尋常ではない力で絞め上げられている筈の彼は、しかし依然として飄々としている。

「動くな」

 アルゴが踏み込む。先程までと同じように昏倒させるために肉迫、その手が仮面に触れようとしたその刹那――

「『悍怖影ブギーマン』」

 司会者の体が砕け散った。破片は全て、大小様々な蟲となり方々に逃げ出す。

「――⁉リオ、その子を!」

「分かってる!」

 アルゴは給仕服の女――調査官エリオールにオニの少女の保護を訴える。二人の調査官の危惧を裏切り、蟲の群れはただ逃げていくだけだった。

「パーカー、それはもういい!ヒトはそのまま捕まえておいてくれ!」

 檻を背にアルゴは周囲を警戒する。しかし何かが襲ってくる気配は無い。客が拘束されていくにしたがって、会場に満ちていた熱は急速に冷めていく。

「……?」

『いやー、まさか調査官の方々がお見えになっているとは驚きでした』

 司会者の飄々とした声が降ってくる。弾かれるように天井を仰ぐも、やはり何も起こらない。

『ごきげんよう。退散いたします。命あっての、ですから』

「――っ、この子は良いのか⁉貴重な『オニ』だろう⁉」

 捕らえられるものならば、この場で捕らえてしまいたい。取り逃せばまた魔獣が苦しめられる。

『流石は調査官だ。しかし引き際は弁えております。それは是非、戦利品としてお持ち帰りください』

 アルゴの挑発にも乗らず、司会者の声は遠ざかっていく。焦燥が彼の足を突き動かす。一方で頭は司会者を捕らえることは出来ないと理解してもいた。

「アル、先ずはこいつらと――魔獣たちを」

「……ああ」

 エリオールに促されアルゴは渋面で頷く。手筈通り店を取り囲んでいた衛兵に客を引き渡し、魔獣たちは荷馬車に乗せ最寄りのアヴァロンの支局へ

「離せ!私を誰だと思っている!」

「お前達の上司とも私は親交があるんだ!明日から路頭に迷うことになるぞ!」

「それをどこに連れて行く気⁉ワタシが買ったものよ!」

 流石は上流階級なだけはあり、言うことが違う。アルゴは嘆息する。

 この地の領主が如何な裁定を下すのかは不明だが、少なくとも彼らは今までも多くの問題を身分と金で解決してきたのだろう。

 厳正な処罰とやらは期待してはならないことを、アルゴはこれまでの経験から理解していた。

 罵詈雑言を背に受け、アルゴはパーカーを伴い、魔獣たちを乗せた荷台へ乗り込んだ。

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