魔獣➁

「……」

 数刻後、夜も更け灯りもまばらになった街を、男は鞄を片手にとぼとぼ歩いていた。後ろには黒犬ブラックドッグが尻尾を揺らして付いてきている。

『黒犬』の伝説はこの地域ではそれなりに有名なようで、宿屋の店主は男が黒犬を部屋に連れ込むことをひどく嫌がった。追加料金に首を縦に振りかけてはいたが。

 厩舎を使うことも出来ないとあってはどうしようもなく、ゴロツキ達の持っていたカードも、黒犬の怯える仕草から選択肢から外れ、男は仕方なく目的地へ向かわざるを得なくなった。

 街を抜け、道路を挟むのは田畑ばかりになる。月明かりも頼りにならない夜闇をひたすらに歩き続け

「――調査官アルゴ・。保護した魔獣の受け入れを願いたい」

 固く閉ざされた重厚な扉を叩き、外套の男アルゴは用件を伝える。すぐに返事はなく、もう一度ノックをしようと扉に手を伸ばし掛け

『証ヲ』

 小さな窓が開かれ、そこからぎょろりと目玉がアルゴへ鋭い視線を向ける。彼はペンダントを取り出し示した。

『魔獣ハ?』

「保護したのはこの『黒犬』が一頭。それと使役している『装咬ミミック』が一匹」

 まるで挨拶をするように黒犬は一声鳴く。しかし使役しているという『装咬』はどこにも見当たらない。数拍の沈黙。ぴしゃりと窓が閉められ、代わりに数歩離れたところからきぃと蝶番が軋む音。

『オ入リクダサイ』

 街の外れにぽつんと佇む『アヴァロン』の一支部の扉を、アルゴはやっとの思いで潜る。空の端は既に白み始めていた。

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