第13話 天色
――配信中
人型の壁の窪みから腕が這い出てくる。
『ギュドラス』が唸り声を上げながらこちらを睨みつけ、臨戦態勢へ。
「――行ってきます」
「ああ、行ってこい」
先にオーバードーズさせた強化魔法は今もなお、肉体を蝕む。だが、ボス部屋内に満ちている高濃度の魔素が身体へ馴染みはじめている。
全身の筋肉から歯ぎしりのような音が鳴り、身体強度が強化されていく。
「……
身体が悲鳴を上げている。
(今の俺なら耐えられるはずだ)
痛みを堪え、一歩踏み出す。
「ッ!」
『ギュドラス』が全速力で迫る。
俺は応戦するように脚部から魔力を放出。
「
4つ腕の内の1つを引き絞る。対する奴の右腕もこちらを殴り殺さんと隆起している。
片足を力いっぱい踏み出し、腕を解き放つ。
「――
激突。
互いの凄まじい量の魔力が周囲を焼き焦がすような紫電を発し、風圧が見届人の髪を舞い上がらせる。
これだけで終わらない。
3つの腕は余力を残し、今か今かと疼いている。
「何度でも、何度でも殴る。お前と俺……どちらかが先に倒れるまでッt!」
全複腕に膨大な魔力を流し込む。紫色の複腕が天色へ変貌していく。
もう十分か? いや、まだだ。
(更に魔力を!)
全身全霊、奴を灰燼と帰すまでに必要な魔力を制限なしに注いで、注いで、注ぎ尽くす。
******……
「……なに、あれ」
見届人――レイ・クルセイドは驚きに目を大きく開く。
通常、魔力の色が変わることは"覚醒"を除き、起こることはない。
少なくともビギナーの段階で至った者は存在せず、アドバンスド級の上位ダンジョンを攻略する段階でようやく"第1覚醒"を果たす者がほとんどだ。
だが、目の前で起きていることは紛れもない現実。
「あれはまるで、"覚醒"に至ったような」
レイ自身、"第1覚醒"したのはアドバンスド級上位ダンジョン"ケルベロス"を踏破した時。そこへ至るまでにかかった年月は2年。これは公式最速記録である。
「……凄まじい潜在能力」
人類が未だかつて踏破したことがない"アビスダンジョン"を攻略する糸口が見つかったかもしれない。
彼女、ヤタならそう幾ばくもしない内に私達の領域に。
「これは期待せずにいられないね。それにこれなら」
深紅の魔力外装を解除し、戦いを見届ける。
精神状態が元に戻ったことでヤタに対する感情が昂ぶり、頬が赤みを帯びる。
「――あまり、お姉さんをドキドキさせないでほしいな」
無表情変態機動女はいつになく、興奮していた。
******……
全身が痛い。意識が飛びそうになる。
そんな中で俺は急速に自身の身体が適合し始めていること、以前とは比べ物にならなほどに魔力が練り上げられ、複腕が大幅に強化されているのを感じている。
「さっきは散々世話になった」
奴の顔が怒りから苦悶の表情へ変わる。
天色の拳が灰色の拳を押していく。
「だから――もう終わらせよう」
脚部、背部から魔力放出行い、前方へ一気にブーストをかける。
次の技が正真正銘、互いにとって最後。
いくら大量の魔力を保有しているといっても限界が近い。
3つの腕を全て『ギュドラス』へ向ける。
奴は危険を察知したのか、距離を取ろうと拳を引こうとした。だが、もう遅い。充填は完了しているのだから。
「逃さない……
天色の腕が部屋全体を照らすほどに明滅し、膨大な魔力が噴射。
「
轟音が1発鳴った後、コンマ1秒に満たない間に2発、3発と隙間なく鳴り響く。
巨大な4つの腕による超高速の連打が『ギュドラス』の全身を何十と打ちつける。
「ッ!?」
何が起きているのか分からないほどに速い殴打は止まること無く続く。
俺はなりふり構わずに咆哮を上げ、奴の腕が飛べば次の部位を殴って殴って破壊。それをひたすら繰り返し、ついに上半身と頭だけになった奴を全力で殴らんと迫る。
「――最後だッ!」
4つの腕を引き絞り、撃ち放つ。
肉体を離れて撃ち出された複腕は『ギュドラス』を飲み込み、壁に縫い付け、粉砕した。
そして『ギュドラス』の身体は部屋内へ霧散。残ったのは壁にめり込んだ深紅のコアのみ。
「終わった、か?」
全身の力が抜け、膝をつく。
「は、ははは」
【やりやがった!】
【やったか!?】
【↑おいコラ】
【コアになったから! ほら!】
【うおおお!】
【ボスの強化種をやりやがったッ!】
【……さっきのは"覚醒"?】
【まさか】
【いんや"疑似覚醒"の可能性もあるぜ】
【なにはともあれ無事で良かったよおおおおお】
カメラがあったことを思い出し、視線を向けるとコメントの盛り上がりに気づく。
軽く遡ると、みんな悲鳴を上げたり応援をしてくれていたり、心配してくれていたり。
ふと、『ヤタの姉』というハンドルネームの人がいないと思ったが、きっと忙しいのだろうとすぐに記憶の彼方へおいやる。
「やったね! ヤタちゃん」
両手に回復魔法の光を携えながら抱きしめてくるレイさん。深紅の魔力を纏って居ない時はお茶目な人に戻るようだ。
「ありがとう、ございます」
「お疲れ。疲れたよね」
「はい、とても」
「ふふっ、じゃあ寝てていいよ。帰りは私が運んであげるから」
そこまで世話になるわけにはと言いたいところだが、正直限界だ。ここは素直に甘えよう。
ただ、1つだけ疑問がある。それだけでも聞こう。
「そういえば何故、レイさんはここへ?」
「んー? それは当然、ヤタちゃんのリスナーだからだよ」
「わ、私のですか。……ありがとうございます」
「そんなかしこまらなくたっていいよ」
全然気づかなかった。コメントはしない派の人なのかもしれない。
「見てくれていて嬉しいです。さすがにコメントまでは忙しそうですし、してないですよね」
「してるよ」
即答。彼女は続けざまに言う。
「ちゃんとハンドルネームだって付けてるんだから」
「え、それってまさか」
嘘だろ? そんなことがあるのか。じゃあ、今まで俺の姉を名乗っていたあの人は
「――どうも、『ヤタの姉』ことレイ・クルセイドですっ!」
衝撃の事実に頭が真っ白になり、ダンジョン内に情けない悲鳴が響いた。
この日、コメント欄は追えないほど加速し、投げ銭と登録者が大幅に伸びたという。
視聴者数5373人
投げ銭:514,750エル
登録者数:5132人
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。